“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

94 / 99
ボスラッシュ五回戦前半


愚者の暴君 ⅩⅨ

 混濁する意識の中でアヴローラは眼前の光景に絶望していた。

 

 九番目(エナトス)に敗北して連れ去られたアヴローラは“宴”の舞台たるクォーツゲートへと移送された。

 

 かつては絃神市の市庁舎や人工島管理公社の本社が置かれていた建造物。外壁を透明なアダマスガラスで囲われた巨大な宝石宮殿。美しくも空虚なガラスの城にはザハリアスが用意した“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”たちが揃えられている。

 

 二番目(デウテラ)七番目(ヘブドモス)八番目(オグドオス)十一番目(ヘンデカトス)、そして──十二番目(ドゥデカトス)たるアヴローラ。

 

 “焔光の夜伯(カレイドブラッド)”たちは誂えられた漆黒の棺桶の中で眠りについていた。特殊な薬品を投与されて眠らされているのだ。アヴローラもまた、その時が来るまで眠り続けていた。

 

 アヴローラが目を覚ましたのは異変を感じ取ったからだ。記憶を失ってもなお監視者としての本能が、アヴローラの意識を無理やりに呼び覚ました。

 

「あ、ああ、あああああああああ────!!」

 

 意識が朦朧とした状態でアヴローラが目にしたのは、舞台の中心で絶叫する凪沙の姿だった。

 

 内側から侵食する莫大な質量の魂。抗うことはできず、絶望に絶叫する凪沙に呼応してアヴローラ以外の“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”たちも目を覚ます。

 

 棺桶から立ち上がった“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”たち。その中心で座り込む凪沙の背中から刃のように鋭い翼が伸びた。

 

 漆黒の翼はその矛先を“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”たちに向ける。別々に封印されていた眷獣たちをその手に取り戻すため、彼女たちを吸収しようとしているのだ。

 

「凪沙さん! 気をしっかり持ってください、凪沙さん!?」

 

 第四真祖として覚醒しようとしている凪沙に、外野から叫ぶ女性がいる。凪沙をこの地に連れてきた張本人、獅子王機関の攻魔師である遠山美和だ。

 

 遠山は牙城と深森の安全を盾に取るような形で凪沙をこの地へ誘導した。凪沙のために牙城と深森、そして兄たる“まがいもの”が傷付いてほしくないのであれば、といった具合だ。

 

 その上で、遠山は凪沙に無理難題を突き付けた。それは、覚醒する第四真祖の魂たる“原初”を、凪沙が“同族喰らい”すること。つまりは上書きするということだ。

 

 獅子王機関の目的は第四真祖の覚醒であるが、中身が危険極まりない“原初”である必要はない。凪沙が“原初”の魂を駆逐して第四真祖に取って代わることができるのであれば、むしろそちらの方が都合がいい。

 

 牙城と深森の献身も報われるだろう。暁凪沙としての記憶が周囲から、家族からすら失われてしまったとしても、無事に生きてさえいればもう一度やり直すことだってできるのだから。

 

 遠山の、獅子王機関の意思を明かされた凪沙はそれを了承した。牙城と深森の安全を盾に取るような手口に怒りは湧いたものの、全ては自分が抱えてしまった“原初”(爆弾)が発端である。逃げることもできない以上、遠山の案に乗るしかなかった。

 

 覚醒する“原初”の魂を逆に凪沙が喰らう。無謀な企みは、やはりといっていいか失敗に終わってしまった。

 

 巫女として優れたる潜在能力を有する凪沙であるが、それでも天部が創り上げた“原初”の魂を駆逐することは叶わない。そもそもが人の手に余る代物だったのだ。

 

 集められた“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”たちと共鳴した凪沙は、目醒める“原初”の魂に抗うこともままならず、一瞬で取り込まれてしまった。遠山の呼び掛けももはや届いてはいない。

 

 鋭い刃の如き漆黒の翼が広がる。二対四枚の黒翼だ。それらは周囲を囲む四人の“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”たちの胸を貫き、本来在るべき場所へと還す。

 

 光の粒子となってこの世から消え去る四人の少女たち。四体の眷獣を取り戻した凪沙はゆらりと立ち上がり、未だ棺桶の中で朦朧とするアヴローラを見下ろした。

 

 天真爛漫で周囲も笑顔にする凪沙は、怖気を催す酷薄な笑みを浮かべていた。

 

 円な瞳は逆巻く焔光の色に染まり、アヴローラを妖しげに見つめている。凪沙ではない、その肉体は既に“原初”の手に堕ちていた。

 

 “原初”が手をアヴローラに手を伸ばす。呼応して漆黒の翼がアヴローラを貫かんと迫る。外野から遠山が防御の結界を展開したが、そんなもので止められるはずもなく、紙切れのように切り裂かれた。

 

 薬で意識が朦朧としているアヴローラに抗う術はない。仮に万全の体調であったとしても、果たして何処まで抗えたのかはしれないが。

 

 獲物を狙う蛇のようにゆっくりと迫る漆黒の翼にアヴローラは心を絶望に支配されてしまう。もはや助かる術のない状況に瞼を閉じて──硝子の砕ける甲高い音が響き渡った。

 

 音の発生源は天井。丁度“原初”の真上に位置する硝子張りの天井が盛大に砕け、破片と共に巨大な獣の影が落下してくる。

 

 “原初”が降り注ぐ硝子と巨大な獣から逃れるようにその場から下がる。入れ替わるように舞台へと降り立ったのは燃え盛る火焔のような毛並みを持つ神狼と、それを従える一人の少年だった。

 

 少年は振り返ると棺桶の中に横たわるアヴローラを見やり、安心したように笑みを零す。間に合ってよかった、とその口が小さく呟いた。

 

 硝子が砕ける音の時点で目を開いていたアヴローラは、見慣れた少年の姿に途方もない安心感を覚えていた。次いで見慣れない眷獣の後ろ姿に同盟者(ヴェルディアナ)の面影を感じ取り、胸が締め付けられるような痛みに襲われた。

 

 様々な感情が綯い交ぜになって涙を零すアヴローラに、少年──“まがいもの”は優しく声を掛けた。

 

「遅くなってごめん、アヴローラ。もう大丈夫、俺が来た」

 

 アヴローラの窮地に間一髪で駆け付けた“まがいもの”。その姿は正しく主人公(ヒーロー)のようだった。

 

 

 ▼

 

 

 儀式によって擬似吸血鬼化した人々の波を“神狼の凍炎(フェンリル)”と共に乗り越え、“まがいもの”は間一髪でアヴローラの窮地に間に合った。あと少しでも遅れていれば、アヴローラも“原初”に吸収されてしまっていたことだろう。

 

 “まがいもの”は舞台の中央に立つ凪沙を見やる。既に第四真祖としての覚醒が進行しているのだろう。意識は完全に“原初”によって塗り潰され、その肉体も真祖のものへと置き換わり始めている。

 

 時間を置けば置くほど手遅れになる。逆に言えば、今この瞬間こそが最大の好機だ。

 

「遠山さん、アヴローラを連れて此処を離れてくれ。獅子王機関としても、ここでアヴローラを失うわけにはいかないだろ?」

 

 獅子王機関の目的は最小限の被害で第四真祖を覚醒させること。凪沙を主人格としての覚醒が失敗した以上、獅子王機関は次に第四真祖との和平交渉に移る段取りのはずだ。

 

 その交渉に当たって、アヴローラは取引材料に打ってつけの存在だろう。何せ“原初”の監視者であり、封印の柩の役目を担っていた“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”だ。またぞろ封印されないためにも、確実にその手で取り込んでしまいたいと“原初”は考えるはずだ。

 

「あなたは……いえ、分かりました」

 

 覚醒直後とはいえ第四真祖に一人で挑もうとしている“まがいもの”に、遠山は異を唱えようとした。しかし“まがいもの”の横顔に揺るぎない覚悟の色を見て取り、説得を諦め獅子王機関としての立場を優先した。

 

「だめ……じゅうしゃ、一人で戦ったら……!」

 

 遠山に抱え上げられながら、アヴローラは必死に“まがいもの”へと手を伸ばす。しかし伸ばした手は届かず、遠山の手でこの場から離脱させられてしまった。

 

 泣きそうな顔で遠山と共に儀式場を後にしたアヴローラを見届け、“まがいもの”は改めて“原初”と対峙する。

 

 凪沙の肉体を奪った“原初”は何が面白いのか愉快そうに“まがいもの”を睥睨していた。

 

 普段はポニーテールに纏められている黒髪は妖しく揺らめき、爛漫に輝いていた瞳は逆巻く焔光の色に染められている。背中からは二対四枚の歪な黒翼が突き出し、獲物を斬り裂く刻を今か今かと待ち侘びていた。

 

「初めましてだな、“原初(ルート)”。目醒めて早速で悪いが、凪沙の身体を返してもらえないか?」

 

「生憎とその願いは聞き入れられぬな。我が魂の覚醒にこの娘の肉体は必要不可欠だ」

 

「俺を代わりの器にするのはどうだ?」

 

「ふむ……汝も悪くはない。だがこの娘ほどの素養は望めぬな。そもそも、我が汝の要求を受け入れる道理もない」

 

 “まがいもの”の提案を“原初”は切って捨てた。“まがいもの”も受け入れられるとは考えていなかったので落胆はない。だがそこで言葉による交渉を諦めることもなかった。

 

「この先の未来の知識が付属していたとしてもか?」

 

「──ふはっ」

 

 奥の手を晒してまでの交渉に“原初”は思わず笑みを零す。その笑いは未来知識に対する興味関心などではなく、無駄な足掻きをする“まがいもの”を嘲笑するものだった。

 

「随分と必死だな。そこまでしてこの娘を救いたいか、暁古城──否、“まがいもの”」

 

 “原初”からの“まがいもの”呼ばわりに一瞬だけ動揺する。しかし即座に気を取り直し、“原初”と相対した。

 

「凪沙ちゃんか……」

 

「そうだ。この娘の魂も血の記憶も我が掌中にある以上、この程度の記憶の閲覧など容易いこと」

 

 凪沙の魂を取り込んだ“原初”は凪沙の記憶を閲覧できる。故に暁古城の中身が“まがいもの”であることを知っていた。

 

「歪な兄妹関係だ。汝が総てを擲ってまで救う価値があるのか、甚だ疑問ではあるな」

 

「価値があるか、決めるのはお前じゃない」

 

「だが、この娘はそう思っておらぬようだぞ?」

 

「なに……?」

 

 くつくつと人を食ったように笑っていた“原初”が唐突に黙り込み、静かに瞼を閉じる。数秒の静寂を経て再び目を開くと、そこには殺神兵器たる怪物ではなく酷く憔悴し切った少女がいた。

 

「──もう、いいんだよ。これ以上、凪沙のために傷付かなくていいんだよ」

 

「凪沙、ちゃん……?」

 

「凪沙のせいで、牙城君も、深森ちゃんも傷付いた。あなたも、そんなぼろぼろになってまで戦って……」

 

 全身血塗れで服の至る所が裂けた痛ましい格好で立つ“まがいもの”を見て、凪沙は堪えられないとばかりに顔を手で覆う。傷こそ再生していても、この場に辿り着くまでに“まがいもの”がどれほどの苦難を乗り越え死線を潜ってきたかは分かる。

 

「もう、いやだよ。凪沙のせいで大切な人たちが傷付いて、苦しんでなんてほしくない。凪沙のことなら、もういいから……救ってくれなくて、いいから」

 

 自身が怪物の魂を抱え込んでしまったがために引き起こされる悲劇。抗うことすらできなかった絶望に、凪沙の心は完全に折れてしまっていた。

 

 顔を覆う手の隙間からぽろぽろと涙を流し、凪沙は震える声音で言う。

 

「だから、凪沙のことは忘れて。あなたはアヴローラのためだけに生きていいんだよ──お兄ちゃん」

 

「────」

 

 凪沙の拒絶の言葉に“まがいもの”は衝撃を受けたように硬直した。返す言葉すらないのか、愕然と目を見開いたまま立ち尽くしてしまっている。

 

 凪沙とアヴローラのために死に物狂いで此処まで駆け付けたのは知っている。その上で先の拒絶がどれほど残酷なものかも、重々理解している。

 

 それでも、凪沙はこれ以上傷付いてほしくないと思った。実の兄妹ですらない少女のために、命を投げ捨ててほしくないと願ったのだ。

 

 アヴローラを出しにするような懇願。されど明確な拒絶を含んだ言葉を受けた“まがいもの”は呆然と立ち尽くし──不意に笑い声を零した。

 

 重苦しい空気に似つかわしくない、喜色を多分に含んだ笑声だ。表情も思い詰めたようなものではなく、嬉しさと気恥ずかしさが入り混じったものに変わっている。

 

「……お兄ちゃん?」

 

 何処に喜ぶような要素があったのか、理解できない凪沙は困惑の眼差しを向ける。凪沙の困惑を感じ取った“まがいもの”が、悪い悪いと軽い声音で謝罪した。

 

「いやさ、お兄ちゃんだなんて呼んでもらえると思ってなかったんだ」

 

「……あ」

 

 言われて初めて凪沙も気付く。「古城君」と呼んだことは多々あれど、「お兄ちゃん」と呼んだことは一度もなかった。何故なら“まがいもの”が頑なとして“暁古城”として在ろうとしていたから。

 

「だって、それは……」

 

 凪沙のためにと“暁古城”を演じる“まがいもの”を否定しないため、肯定するために今までと変わらない呼び方をしてきた。そこに他意はなく、“まがいもの”を兄として認めていないなどという考えは微塵もなかった。

 

「分かってるよ。凪沙ちゃんは悪くない、俺がそう望んだからな」

 

 心優しい凪沙は“まがいもの”の意思を尊重して拙い演技に付き合っただけ。“まがいもの”も“暁古城”の居場所を奪った身で、凪沙に兄として認められたいなんて厚かましいことを願うつもりなどなかった。

 

「それでも、面と向かってお兄ちゃんと呼んでくれた。それが嬉しくて堪らないんだよ」

 

 言葉にすることで改めて伝わることがある。心の内で思っていることも、口にすることで初めて事実となるのだ。

 

「……凪沙だって、呼びたかった」

 

 自分のために“暁古城”を演じ、側に寄り添えない両親の代わりに寂しさを埋めてくれた。実の兄ではないけれど、心の内ではもうずっと前から兄のように慕っていた。

 

 底抜けに優しくてお人好しなもう一人の兄。いつか、誰に憚ることなく「お兄ちゃん」と呼べたらいいな、なんて心の内で思っていた。そんな細やかな願望が無意識に零れ落ちてしまったのだ。

 

「お兄──」

 

 もう一度と、声を大にして呼ぼうとして──意識が引き摺り落とされる。愉快な見せ物が期待外れな三文芝居に成り下がったと、“原初”が凪沙の魂を意識の底へと沈めたのだ。

 

「下らぬな。呼び名一つ程度で、汝もこの娘も愚かしい事この上ない」

 

「下らなくなんてないし、愚かでもないさ。俺と凪沙ちゃんにとっては、これ以上になく大切なことだ」

 

 詰まらないと言わんばかりの“原初”に、“まがいもの”は威嚇するように攻撃的な笑みを浮かべた。

 

「感謝するよ、“原初(ルート)”。お前のお陰で俄然やる気が湧いてきた」

 

 元から諦める気など毛頭もなかったが、事ここに至って凪沙からのお兄ちゃん呼びである。テンションは最高潮、疲労も消耗も彼方に吹き飛んだ。今ならば真祖が相手だろうと怖くも何ともない。

 

「気概一つで真祖たる我を下せると? 本気で思っているのならば、滑稽だな」

 

 刃のように鋭い漆黒の翼が拡げられ、渦巻く魔力が嵐の如く吹き荒れる。荒れ狂う魔力の嵐に大気が悲鳴を上げ、クォーツゲートを覆うガラスの壁が粉微塵に砕け散り、建物そのものが崩れ始めた。

 

 ただ力を軽く解放しただけで建物を崩壊させる。圧倒的な暴力を見せつけられた“まがいもの”は、しかし恐れることなく笑ってみせた。

 

「凪沙ちゃんもアヴローラも、()()()()。全部やらなくちゃならないのが、お兄ちゃんの辛いところだな」

 

 戯けるような口調で呟いて、“まがいもの”は舞台上に立つ“原初”を睨み上げる。

 

「覚悟はいいか? 俺はできている」

 

 クォーツゲート崩壊の真っ只中、“まがいもの”と“原初”の戦争の幕が切って落とされた。

 

 

 ▼

 

 

 旧南東地区の中心に位置するクォーツゲート──だった場所。

 

 “原初”の魔力放出によって半壊、見るも無惨な有様となったガラスの城。元の美しい景観は跡形もなく消し飛んでしまった宝石の宮殿で、“まがいもの”と“原初”が戦争を繰り広げていた。

 

「串刺しにせよ、“牛頭王の琥珀(コルタウリ・スキヌム)”」

 

 雄牛の怒号が響き、溶岩の巨大な杭が“まがいもの”を狙う。それも一つや二つではない、十は下らない数だ。

 

 一つ一つが柱並みの杭である。まともに受ければ串刺し云々の前に潰れて死んでしまうだろう。

 

「“神狼の凍炎(フェンリル)”!」

 

 低く重い咆哮を轟かせ、神殺しの大狼が権能を解放する。燃え盛る溶岩から一瞬で熱を奪い、杭をただの岩石の塊へと変えた。仕上げに熱線で岩石を跡形もなく消し飛ばせば、脅威の無力化は終わりだ。

 

 ちっ、と忌々しげに“原初”が舌打ちしながら手を翳す。その動きに呼応して漆黒の翼が蠢き、眷獣を操る“まがいもの”を襲った。

 

 鞭の如くしなり迫り来る翼に“まがいもの”は回避一択。“神狼の凍炎(フェンリル)”は眷獣の迎撃に充てたい以上、翼による攻撃は自力で凌がなければならないのだ。

 

「うおおおおっ!」

 

 足元の瓦礫ごと問答無用で切り裂く翼撃を死に物狂いで躱す。ここに至るまでの地獄のような戦闘経験のお陰か、多少不格好ながらも回避し切れている。今のところは被弾ゼロで済んでいた。

 

 ちょこまかと動き回る“まがいもの”に“原初”は苛立ちを募らせる。戦闘が始まってからずっと、“まがいもの”を仕留めきれない。実力差は圧倒的であるにも関わらずだ。

 

 原因は幾つかある。一つは“まがいもの”の戦闘勘が有りえないほどに研ぎ澄まされていること。“原初”の動きを的確に読み、最善の手を選び続けていることだ。

 

 “静寂破り(ペーパーノイズ)”、第三真祖。世界という枠組みの中でも上澄みに近い実力者との戦闘は、“まがいもの”の戦士としての才覚を否が応にも引き上げた。その結果、覚醒直後の“原初”では仕留めきれない傑物へと無自覚に至っていた。負けない、ということに注力すれば今の“原初”に“まがいもの”を仕留め切ることは難しいだろう。

 

 次に“原初”の状態。“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”を四人、眷獣を四体その手に取り戻した“原初”だが、未だ完全に力の全てを掌握できていなかった。

 

 本来であれば己の手足たる眷獣たち。一体一体が天災に等しい力を有しているにも関わらず、完全掌握できていないがために眷獣の全力を引き出せていないのだ。

 

 ならば早急に眷獣を掌握してしまえばいいのだが、そうはできない理由があった。

 

「この期に及んでまだ抗うつもりか、暁凪沙……!」

 

 

 ──これ以上、お兄ちゃんを傷付けさせないよ……! 

 

 

 “原初”が“まがいもの”を仕留め切れない最大の理由。それは取り込んだはずの凪沙による反抗だ。

 

 “同族喰らい”に失敗し、“原初”の圧倒的な質量の魂に沈められたはずの凪沙が、内側から激しく抗っている。平常時であれば容易く捩じ伏せられるのだが、“まがいもの”を相手取りながらとなると途端に難しくなる。

 

 内側からの妨害によって眷獣の掌握は遅々として進まず、“まがいもの”はここぞとばかりに勢いづく。“原初”にとっては悪循環極まりない状況だ。だからといって“まがいもの”優勢なのかと言えば、そうでもない。

 

「無駄な足掻きだ。死期を少しばかり先送りにしているだけに過ぎないと、理解できないか」

 

 指揮者の如く“原初”が腕を振るうと、虚空より大瀑布が“まがいもの”へと降り注ぐ。それはただの水ではない。触れたもの全ての固有時間を原子の粒レベルにまで巻き戻す、破滅的な再生を齎す“水精の白鋼(サダルメリク・アルバス)”の大洪水だ。

 

「ま、ずい……!?」

 

 触れたら最期、原型を留めない原子の粒にまで巻き戻される。“まがいもの”は咄嗟に“神狼の凍炎(フェンリル)”の背に飛び乗り、猛スピードで瀑布の範囲外へと逃れた。

 

 “原初”は逃げ延びた“まがいもの”に追撃を仕掛けようとして、内部からの激しい反発に硬直する。その隙を“まがいもの”は見逃さなかった。

 

「喰い千切れ!」

 

「き、さま……!?」

 

 “まがいもの”を背に乗せた“神狼の凍炎(フェンリル)”が一足で“原初”に飛び掛かり、背中から生える翼の一枚を喰い千切った。

 

 翼を一枚奪われた“原初”は憤怒と焦燥に表情を歪める。翼の損失は物理的なダメージこそないが、魔力を著しく消耗してしまう。

 

 魔力の損失は覚醒直後の身体に大きな影響を及ぼす。具体的に言えば、眷獣の掌握に更なる時間を要し、凪沙の反抗を抑え切れなくなる。このまま一枚、また一枚と翼を奪われるようなことがあれば凪沙に肉体の主導権を奪われかねない。

 

「否、認めるわけにはいかぬ。我は世界最強の吸血鬼なれば、人の巫女程度に、血の従者風情に敗北などあり得ない……!」

 

 “原初”が放つ圧力が増す。多少魔力を喪失したとしてもすぐに補充できる。何せ今は“焔光の宴”の真っ只中だ。現在進行形で“宴”の影響下にある者たちから記憶を搾取し、莫大な量の魔力を回収できてしまう。

 

 禍々しい魔力を注ぎ込まれた漆黒の翼が不気味に胎動し、堆く積み上がった瓦礫の山へと突き立つ。そのまま魔力を解放すると、クォーツゲートの地盤ごと吹き飛ぶ勢いで瓦礫が盛大に舞い上げられた。

 

「嘘だろ……!?」

 

 空中高く吹っ飛んだ大小様々の瓦礫が一瞬の停滞の後に落下を始めた。魔力の絡まない純粋物理範囲攻撃は下手な眷獣による攻撃よりも凶悪な代物だ。

 

 “神狼の凍炎(フェンリル)”の熱線で消し飛ばそうにも範囲が広すぎる上、物量が尋常ではない。夜空一面を覆うほどの瓦礫を薙ぎ払えるほど、“神狼の凍炎(フェンリル)”の熱線は攻撃範囲が広くないのだ。

 

 “まがいもの”は顔を引き攣らせて死に物狂いで回避に走る。

 

「さあ、無様に逃げ惑うがいい、“まがいもの”」

 

 原始回帰の水でヴェールを張りつつ、“原初”は高みの見物と洒落込んだ。

 

 大量の瓦礫が轟音を立てて地上に降り注ぐ。もはや一種の絨毯爆撃に等しい理不尽な暴力に、“まがいもの”は致命になりかねない瓦礫だけ躱し続ける。

 

 人間大以上の瓦礫は回避一択。それ以下は避けられないものは“神狼の凍炎(フェンリル)”に迎撃させ、拳大以下は頭だけは庇いつつ無視。体中あちこちを降り注ぐ瓦礫に打たれ激痛に苛まれるが、足を止めればその時点で瓦礫の雨に呑まれる。

 

 時間にして十数秒、地獄のような瓦礫の雨が止んだ。

 

 “まがいもの”は己の両足で立っていた。全身を瓦礫の雨に打たれ無事とは言い難い有様だが、潰れて瓦礫の染みになる末路は避け切った。

 

「はぁ……はあ──あ、がはぁ!?」

 

 瓦礫の雨を凌ぎ切って気が緩んでいた。乱れた呼吸を整えるために立ち尽くしていたところへ、漆黒の翼による強烈な刺突を腹部に受けてしまう。

 

 腹部を刺し貫かれた“まがいもの”の身体が黒翼によって持ち上げられる。“まがいもの”が即座に“神狼の凍炎(フェンリル)”に翼を喰い千切れと命ずるも、それよりも“原初”の行動が早かった。

 

 “まがいもの”を串刺しにする黒翼が鞭のようにしなる。黒翼に縫い止められていた“まがいもの”は振り回される勢いで串刺しから解放されたものの、勢いそのままに瓦礫の山へと叩き付けられてしまった。

 

「ご、は……!」

 

 尋常ならざる衝撃に意識が明滅し、大量の血塊が口から飛び出す。全身の骨が砕け散り、激痛が“まがいもの”の身体を責め苛んだ。

 

「理解したか。只人が真祖に抗うことが、どれほど無意味で愚かな行いか」

 

 立ち上がることすらままならない“まがいもの”を睥睨し、“原初”は無慈悲に宣告した。

 

 “原初”は原作よりも遥かに弱体化している。取り込んだ眷獣の数は六体から四体に減り、覚醒直後で眷獣もろくに掌握できていない状態。加えて凪沙が内側から反抗して妨害までしている。

 

 圧倒的に有利な条件が揃っている。にも関わらず、“まがいもの”は押されていた。原作よりも圧倒的に弱体化しても、やはり真祖は真祖ということなのだろう。

 

 人の形をした災害、或いは戦略兵器。“まがいもの”の前に立つのは正真正銘、世界最強の吸血鬼だった。

 

 だが、それがどうした。

 

 血反吐を吐きながら“まがいもの”が立ち上がる。砕けた骨も再生が終わっていないにも関わらず、ふらふらと蹌踉めきながら気合いと根性で立ち上がってみせた。

 

「悪いな、諦めの悪さには一家言あるんだ……」

 

「ならば、肉片の一片たりとも残さず消し飛ばしてくれよう──裁きの刻限だ」

 

 “原初”が天高く手を掲げる。直後、天上遥か高くに巨大な流星が出現した。

 

 流星の正体は巨大などという表現すら生温い、山をも貫く超大な剣。古代の武神具が絃神島を標的に定め、大気を摩擦で燃やしながら落下してくる。

 

「“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”!? もう眷獣を掌握したのか!?」

 

「“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”だけだ、業腹だがな。だが、汝にあれを止める術はなかろう」

 

 “まがいもの”が瓦礫の雨を死に物狂いで凌いでいる隙に“原初”は眷獣の完全掌握を進めたのだ。とはいえ、掌握できたのは“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”のみだが、それでも十分過ぎる。

 

 “夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”以外の眷獣ならば“神狼の凍炎(フェンリル)”でも対抗できたかもしれない。だが、頭上遥か高くより降下する巨大剣の眷獣だけはどうしようもない。

 

「諦めないと宣うのならば、抗ってみせるがいい。さあ、さあ、さあ──!」

 

 愉悦に笑みを歪めて“原初”は煽る。“まがいもの”には止められないと確信しているが故の余裕だ。

 

「ぐっ、“神狼の凍炎(フェンリル)”──!」

 

 無理だと半ば確信しながらも“まがいもの”は命ずる。

 

 神殺しの大狼が四肢を大地に突き立て、周囲から際限なく温度を奪う。そうして溜め込んだ熱量(エネルギー)を一気呵成に空へ、落下を続ける巨大剣に解き放った。

 

 衛星砲すらも凌駕する熱線と上空から降り注ぐ裁きの剣。衝突の結果は語るまでもなく、熱線は巨大な剣の切先に触れるや否や切り裂かれ、四方八方へと散らされてしまった。

 

 押し返すどころか落下速度を緩めることすらできない。打開策のない状況に“まがいもの”は歯噛みする。

 

「幕引きの刻だ、“まがいもの”」

 

「まだだ、まだ……!」

 

 終われない、此処で諦めることなどできるはずもない。

 

 絶体絶命の状況に置かれても絶望せず、気焔を吐いて“まがいもの”は立ち向かう。決して折れることのない鋼の精神性に、“原初”は鬱陶しげに表情を歪め──不意に目を見開いて凍り付いた。

 

 “原初”が徐に頭上を仰ぎ見て、忌々しげに口端を歪める。

 

「どういう、ことだ…………」

 

「……? なんだ、いったい──」

 

 “原初”の妙な反応を怪訝に見つめ、“まがいもの”も続くように上空に目を向ける。そして頭上に広がる予想だにしない光景に言葉を失った。

 

 神の裁きが如く天上より落とされる巨大剣が虚空で停止していた。否、正しくは落下軌道上に出現した()()()()()()()()によって無理矢理に止められていた。

 

「あれは、まさか……!」

 

「“神羊の金剛(メサルティム・アダマス)”、だと……!?」

 

 第四真祖が眷獣の一角、一番目の“神羊の金剛(メサルティム・アダマス)”。純粋な物理攻撃に対しては無敵に等しい絶対防御の障壁が、“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”の降下を阻んでいた。

 

 不意に“まがいもの”は背後に気配を感じて振り返る。そこには一番目(ブローテ)──ではなく、金剛石の肉体を有する巨大な大角羊(ビッグホーン)が佇んでいた。

 

「お前、どうして……」

 

 生きてくれと願ったのに、そんな言葉が喉元まで出掛かって寸前で呑み込む。あれは“まがいもの”の一方的な願いに過ぎず、聞き入れるかどうかは一番目(ブローテ)次第だった。一番目(ブローテ)が別の選択肢を選んだとしても、そこに口を差し挟む資格なんてないのだ。

 

 ただ一言、万感の想いを込めて“まがいもの”は告げる。

 

「ありがとう、一番目(ブローテ)

 

 感謝の言葉に大角羊は小さく嘶いて身を震わせた。

 

 目下最大の危機は一番目(ブローテ)の介入でなくなった。改めて“まがいもの”は“原初”と対峙しようとして、“神羊の金剛(メサルティム・アダマス)”の後ろに他の気配が降り立ったことに気付く。

 

 衝撃波の化身たる緋色の双角馬(バイコーン)──“緋色の双角(アルナスル・ミニウム)”だ。

 

九番目(エナトス)、お前も……いや」

 

 頭を振って余計な思考を追い出し、“まがいもの”は真っ直ぐ双角馬の瞳を見据える。

 

「力を貸してくれるか、九番目(エナトス)?」

 

 仕方ない、とばかりに双角馬が静かに嘶きを返し“まがいもの”と肩を並べた。

 

「眷獣の分際で、我に逆らうだと……!」

 

 一番目(ブローテ)九番目(エナトス)の裏切りに“原初”は怒りを募らせる。激情の発露に呼応した漆黒の翼が荒れ狂い、禍々しい魔力が吹き荒れた。

 

「ならば、我が手ずから誅罰をくれてやろう──」

 

 轟々と燃え盛る溶岩の杭と森羅万象を原始の姿へと回帰させる波濤が押し寄せる。片方だけでも脅威足りうる攻撃を、“まがいもの”は九番目(エナトス)と共に迎え撃とうと身構えて──新たな闖入者が飛び込んできた。

 

 突如として降り注いだ雷光が押し寄せる大洪水を一瞬で蒸発させる。燃え盛る溶岩の杭は“まがいもの”に届く前に霧へと返上させられ、跡形もなく消失してしまった。

 

 雷光と霧化。権能の特徴だけで乱入者の正体を察した“まがいもの”は、頭上を駆ける雷光の獅子と周囲一帯を霧化させる甲殻獣の姿に思わず笑みを零した。

 

五番目(ペンプトス)、それに四番目(テタルトス)!」

 

 ジャーダの足止めに残った少女たちがその身に封じていた眷獣たち、”獅子の黄金(レグルス・アウルム)”と“甲殻の銀霧(ナトラ・シネレウス)”。二体の眷獣が“まがいもの”を援護するべくこの場に馳せ参じた。

 

 だが、二体だけではない。龍の咆哮が轟くと同時、“原初”の漆黒の翼が空間ごと引き裂かれた。防御不可能の次元喰らい(ディメンション・イーター)がその翼を喰らったのだ。

 

 三番目(トリトス)が封じていた眷獣、次元ごと全てを喰らい尽す“龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)”。禍々しい魔力を放つ巨龍が存在を主張するように吠えた。

 

「ぐぅ……! 三番目(トリトス)までもが、我に逆らうだと!? 有り得ぬ……!」

 

 半分の翼を奪われ“原初”は焦燥に顔を歪める。数にして五体もの眷獣が、元の宿主である自身に叛旗を翻したのだ。如何な“原初”と雖も焦りを隠せない。

 

 手元に在る眷獣は四体。そのうち完全に掌握できたのは“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”のみという体たらく。挙句にその“夜摩の黒剣(キファ・アーテル)”も“神羊の金剛(メサルティム・アダマス)”によって完封されてしまっている。間違いなく、“原初”は追い詰められていた。

 

 一方の“まがいもの”は心強い、頼もし過ぎる援軍の登場で勢い付く。このまま彼女たちの力を借りて限界まで“原初”を消耗させることができれば、凪沙から引き剥がす機会が生まれるはずだ。

 

「頼む、みんな。力を貸してくれ!」

 

 絶対に負けられない“まがいもの”は恥も外聞もなく彼女たちを頼る。頼られた側も拒絶することなく、任せろとばかりに応じた。

 

 第四真祖の眷獣、天災の権化とも恐れられる怪物たち、或いは殺神兵器。そんな存在と、まるで十年来の仲間であるかのように肩を並べて、“まがいもの”は原初の第四真祖に再び挑み掛かった。

 

 

 




こちらも長くなりますので前後半で分かれました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。