“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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ラスボス“◼️◼️◼️◼️◼️”


愚者の暴君 XXI

 

 “まがいもの”が振り返った先、そこには極光(オーロラ)のように美しい金髪と()()()()()()()()()()を携えた少女がいた。見間違えるはずがない、アヴローラだ。

 

 だが、纏う雰囲気が違い過ぎた。おどおどと自信なさげに泳いでいた眼差しは少年のように凛々しく、逸らすことなく真っ直ぐ“まがいもの”を見据えている。まるで中身だけが入れ替わったかのようで──その立ち姿に、此処には居ないはずの少年の面影が重なった。

 

「う、そ……」

 

 外見は“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”たちと同じ少女であるアヴローラに、どうしようもなく実の兄たる暁古城の面影を感じて、凪沙は呆然と声を洩らす。

 

 有り得ない、何故なら暁古城は第四真祖の血の記憶に呑まれて消えてしまった。救うことができなかったのだ。今この場所にいるはずがない。

 

 理解が追い付かない凪沙。一方、話の中心となっているアヴローラらしき少女は僅かに渋い表情で“まがいもの”を見た。

 

「いつ、気付いたんだ?」

 

「確信を持ったのは凪沙ちゃんとアヴローラを引き合わせた時。離れていく凪沙ちゃんを見つめる横顔に、君を見つけた」

 

「あの時か……」

 

 アヴローラらしからぬ口調で呟く少女──否、暁古城は自身の失態に顔を歪めた。

 

 あの時、怯え恐れて離れていく凪沙の背中を見つめていたのは古城だった。久方ぶりに再会した凪沙の元気そうな姿に思わず反射的に出てきてしまったのだ。

 

「ああ、でも疑い自体はずっと前から持っていたんだ。そこにいるんだよな、アヴローラ?」

 

「──わ、我は、暁古城と共に、此処に在る」

 

 少女の片方の瞳が元々の焔光の色に戻る。やたらと大仰で尊大な口調の割に自信なさげな態度、間違いなくアヴローラその人だった。

 

 一つの身体を二人で共有している状態に近いのだろう。器用なことをするな、と思いながら“まがいもの”はアヴローラを優しげに見つめる。

 

「消去法で当たりはつけていたんだ。でも、根拠も確信もなかった……アヴローラの言動に違和感を覚えるまではな」

 

「我の、言動……?」

 

 心当たりがないアヴローラは首を傾げる。“まがいもの”の前で古城についての話は一度たりとしてこなかったはずだ。ならば、どんな言動から古城の存在を掴んだというのか。

 

「先に言っておくと、俺はアヴローラを責めてるつもりはないからな」

 

 わざわざ念押しして“まがいもの”は違和感の正体を語る。

 

「封印から目覚めて今日まで、アヴローラは一度も俺を名前で呼ばなかったよな」

 

「あ──」

 

 その鋭い指摘にアヴローラははっと己の失態を悟る。指摘されて初めて気が付いたとも言えた。それほどまでに、無意識のことだったのだ。

 

 逆に“まがいもの”がそれを違和感として捉えられたのは原作知識があったからだ。原作において、アヴローラは矢鱈と仰々しい呼び名で人を呼ぶが、状況によってはちゃんと名前で呼んでいた。暁古城も、「古城」と名前で呼ばれていた。

 

 しかしこの現実において、“まがいもの”は一度たりとも「古城」と名前で呼ばれたことはない。「従者」と呼ばれることしかなかった。

 

「アヴローラに悪意や他意がないのは分かってる。じゃあ、なんでアヴローラは俺を名前で呼ばないんだろうと考えて、一つの可能性が浮かんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だから名前で呼ぼうとしないんじゃないかってな」

 

 “まがいもの”の推測は正鵠を射ていた。記憶の大半を失っていながらも、アヴローラは自身に仕える少年が暁古城ではないと知っていたのだ。

 

 その理由は語るまでもない、本物の暁古城が自身の内側にいたからだ。第四真祖が抱える血の記憶に呑まれながら、残滓に近しい存在になっても生き残っていた暁古城が。

 

 言葉を失い呆然としてしまうアヴローラに代わり、古城が苦々しい表情で“まがいもの”を見上げた。

 

「根拠も確信もなかったのに、あんたは俺を探し続けたのか?」

 

「根拠も確信もなかったけど、俺は君を信じていたんだよ」

 

 見上げる眼差しを真正面から見返し、“まがいもの”は一切の迷いなく続ける。

 

「暁古城が、大切な妹を遺して死ぬはずがない。主人公(ヒーロー)が、泣いてる女の子の元に駆け付けないはずがない」

 

 三年前のあの日、暁古城の居場所を奪ったあの時から、“まがいもの”はずっと探し続けていた。どんな形であっても、暁古城は生きているはずだと根拠も確信もなく信じて、その後ろ姿に手を伸ばし続けていたのだ。

 

 居所も生きているかも知れない人間を、誰にも明かすことなく追い続ける。正気の沙汰ではない。だが“まがいもの”は狂うこともなく、ある種盲目なまでに暁古城を信じて探し続けた。

 

 その果てに“まがいもの”はやっと暁古城を見つけた。

 

「君は生きていた。凪沙ちゃんの涙を止めるために、ちゃあんとこの場に駆け付けてくれた。ありがとう、暁古城。おかげで凪沙ちゃんもアヴローラも、そして君も──()()()()()

 

「それは、あんたが犠牲になるってことか?」

 

「その通りだよ、暁古城。俺が、“原初(ルート)”を連れて逝く。君の身体ごと滅ぼしてしまうのは申し訳ないけど、我慢してくれ」

 

 申し訳なさそうに眉尻を下げる“まがいもの”。“原初”を滅ぼすには道連れになる魂と肉体が必要不可欠だ。血の従者となっている暁古城の肉体以上の器がない以上、他に選択肢はない。

 

 だが、その選択を古城が受け入れられるかと言えばそうではない。

 

「あんた、分かってんのかよ? そんなことすれば、あんたは跡形もなく滅びるんだぞ!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そこに、なんの問題があるんだ?」

 

 元より“まがいもの”はこの世界に存在しない異物だ。何の運命の悪戯か、主人公(暁古城)の座を奪い居座ってしまっていたが、それを返上するだけの話である。

 

「凪沙とアヴローラはどうするんだ? やっとあんたをお兄ちゃんって呼べた凪沙と、家族同然のアヴローラを放って、それでも自分を犠牲にするつもりなのか!?」

 

「──()()()()()()()()()()?」

 

 徐に指差して、それがごく当たり前のことのように“まがいもの”は言った。無責任なんてものではない、最初から“まがいもの”は暁古城に全てを託す(返す)つもりだったのだ。

 

 丸投げに等しい発言に絶句する古城に、“まがいもの”は聞き分けの悪い子供を諭すような眼差しを向ける。

 

「そもそも、俺が犠牲になる以外にどんな選択肢があるんだ? 凪沙ちゃんを犠牲にする? 有り得ない。アヴローラに封印させる? 問題の先送りのためだけにアヴローラが犠牲になる道を、俺は認めはしない……肉体を持たずアヴローラに同居している状態の君に、何ができるんだ?」

 

「それ、は……」

 

 感情論ではない理性的な反論に古城は返す言葉を失う。否定するばかりでその実、古城に“まがいもの”を論理的に説得する術など最初からなかったのだ。

 

 反論を封じられた古城から視線を切り、“まがいもの”は凪沙へと目を向ける。

 

 死んでしまったはずの実の兄の登場、そこから始まる“まがいもの”と古城の言葉の応酬についていくのがやっとだった凪沙。情緒がぐちゃぐちゃになって誰の味方になればいいのかも分からず、勝手に進んでいく状況を呆然と見守ることしかできないでいた。

 

 混乱の坩堝にいる凪沙に“まがいもの”は優しく微笑みかける。

 

「凪沙ちゃん。俺と暁古城、どちらを選べばいいかなんて迷う必要はない。そんな辛い選択を強要させたりなんてしないよ。凪沙ちゃんは何も選ばなくていい、そこで見ていてくれ」

 

「あ、あぁ……」

 

 それは優しい気遣いに見せ掛けた残酷な仕打ちだった。“まがいもの”は凪沙から選択する権利も、選び取る責任すらも取り上げようとしているのだ。

 

 追い討ちに等しい残酷な言葉に凪沙の心を絶望が支配する。もはや凪沙に反抗する気力は残っていない。

 

 暗い面持ちで項垂れる凪沙に罪悪感を抱きながら目を逸らし、“まがいもの”は再びアヴローラを見やる。そして優しく諭すように語り掛けた。

 

「アヴローラ……生きてくれ。幸せになってくれ。それが俺と、ヴェルディアナの願いだ。だから、呪われた運命も、逃れられない宿命も、全部俺に寄越せ」

 

「────」

 

 祈りにも等しい“まがいもの”の願いにアヴローラは息を呑む。手を伸ばしても届かないと諦めていた平凡な日常を前にして、ほんの僅かだが心が揺れかけた。

 

 クロスボウを握る“まがいもの”の手が動き始める。アヴローラの命令が緩み、自由を取り戻しつつあるのだ。

 

 あと少し、もう少しで全てを救える。悲願成就を目前にして、しかし“まがいもの”の手は再び鎖で縛り付けられたかのように動きを止めた。

 

「……どうしてだ、アヴローラ?」

 

 “まがいもの”に向けて手を突き出すアヴローラに問いかける。

 

 あんなにも望んでいた、羨んでいた普通の幸福を何故拒絶しようとするのか。それとも、“まがいもの”が犠牲になる以外の選択があるとでもいうのか。

 

 咎めるような“まがいもの”の眼差しに身を竦ませながら、それでもアヴローラは目を逸らすことなく真正面から見返して答える。

 

「“原初(ルート)”の監視は、我が責務だ。じゅ、従者に押し付けた挙句、己だけが安寧を享受するような未来を、我は認めない……!」

 

 “原初”の監視役としての自覚なんてほぼないけれど、その責務を従者に押し付けて自分だけがのうのうと普通の幸せを享受する未来を、アヴローラは到底受け入れられない。そんなことをするくらいなら、再び“原初”を封じる柩として自ら眠りに就くほうがマシだと心底思っていた。

 

 いつになく頑な態度を崩さないアヴローラ。一度これと決められてしまっては、言葉による説得は意味を為さないだろう。ならば、仕方ない──

 

「──分かったよ」

 

 あっさりと、“まがいもの”は自身の意見を引っ込めた。あまりにも急すぎる掌返しにアヴローラと古城が疑いの眼差しを向ける。

 

 そんな二人を納得させるべく“まがいもの”は行動に移す。その手に握っていた自らを滅ぼすクロスボウを、なんとアヴローラに向けて放り投げたのだ。

 

 真祖殺しの槍が装填されたままのクロスボウ。“原初”を道連れに滅ぶ為には絶対不可欠のキーアイテムを手放す暴挙にアヴローラも古城も愕然と立ち尽くしてしまう。その瞬間、二人の意識は完全に宙を舞うクロスボウへと奪われていた。

 

 故に二人は気付かない。クロスボウを手放した“まがいもの”の瞳に、常軌を逸した覚悟の光が灯っていたことに。

 

 “まがいもの”の手が懐からもう一振りの真祖殺しの槍──カルアナの槍を抜き取り、一瞬の躊躇いもなく自らの脇腹へと突き刺す。筆舌に尽くし難い激痛に呻き声を上げたところで、ようやくアヴローラと古城は“まがいもの”の正気を疑う行動に気が付いた。

 

 だが、気付いたところでどうしようもない。

 

 突き立てた槍で無理矢理に脇腹を抉じ開け、開いた傷口に手を突き込む。耳を塞ぎたくなる絶叫を上げ、血塗れの槍を取り零しながら、“まがいもの”は迷うことなく目的の物体を掴み取る。“まがいもの”とアヴローラを繋ぐ証たる、二本の肋骨を──

 

「ぎ──あああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 突然の凶行に立ち尽くすことしかできないアヴローラの前で、“まがいもの”は絶叫と共に脇腹から手を引き抜く。血塗れの手には水晶のように透き通った二本の肋骨が握り締められていた。

 

 “まがいもの”が力尽きるように片膝を突く。ザハリアスのように固有堆積時間(パーソナルヒストリー)の逆流で朽ち果てることはない。しかし急激な血圧の低下によってショック状態に陥り、顔色が蒼白を通り越して土気色になっていた。

 

 そして、その口元は狂的な笑みに歪んでいた。

 

 ショックのあまり言葉も出ないアヴローラに代わり、空色の瞳に怒気を宿した古城が声を荒げた。

 

「お前……自分が何をしたのか、分かってんのか!? アヴローラにとって、あんたとの絆がどれほど大切なものか!?」

 

「分かって、いるさ……でも、こうでも、しないと、俺はアヴローラに逆らうことも、できないんだ。ごめんな、アヴローラ……」

 

 謝罪の言葉にアヴローラは焔光の瞳から一雫の涙を零した。

 

「な、ぜ……そこまで、して」

 

「…………」

 

 震える声での問い掛けにふらつきながら立ち上がる。脇腹から止めどなく血を流しながら、血に塗れた凄絶な笑みを浮かべて答えた。

 

「必ず、救うと決めた。アヴローラも、凪沙ちゃんも、暁古城も。一人残らず、全員だ。あぁ、そのためなら──俺は暴君になろう」

 

 握り締めていた肋骨をアヴローラへと放り投げ、抉り開かれた脇腹に手を当てる。直後、手から噴き出した業火が傷口を焼き、その上から冷気で感覚を麻痺させた。

 

 アヴローラとの繋がりを失い、魔力供給を絶たれた“まがいもの”に残された力。ヴェルディアナから託された残火を頼りに、“まがいもの”は立ち塞がる。

 

「犠牲になるのも、忘れ去られるのも。俺とヴェルディアナだけで十分だ」

 

 右手に業火を、左手に冷気を宿す。傷の再生すらできないほどの消耗でありながら、闘志は尽きることなく纏う鬼気に翳りはない。

 

「嫌われたっていい、憎まれたっていい。恨んでくれても構わない──どうせ、全て忘れるんだ」

 

 好きな人を止めるために立ち塞がった浅葱と同じ台詞。だが、その意味合いはまるで違う。全て忘れられるからと、“まがいもの”はこの場における最悪の悲劇を看過しようとしているのだ。

 

「それでも、受け容れられないんだろう? 納得が、できなんだろう?」

 

 “まがいもの”の問い掛けに古城は怒りに震える拳を握り締め、アヴローラは涙を零しながらも凍気を纏う。“まがいもの”を止める、古城とアヴローラの意思は合致していた。

 

「いいさ、俺もそうして此処まで来たんだ。存分に、戦おう」

 

 だが、と“まがいもの”はそこで声を低くした。

 

「俺の用意する結末を否定するなら、それ以上の結末を用意してくれよ。できるんだろ、主人公(ヒーロー)?」

 

 詰問するような、あるいは嘲るような言葉。狂気に燃える真紅の瞳に睨まれた古城は、怯むことなく真正面から立ち向かう。

 

「ねえよ、そんなもん。だけど俺もアヴローラも、あんたを犠牲にのうのうと生きていくつもりなんざないんだよ」

 

 そうだろ、と古城が呼び掛ければ間髪入れずに頷くアヴローラ。乱暴に涙を拭い去り、今まで見たことがないほどに力強い眼差しで“まがいもの”を見上げた。

 

「従者よ。汝に、我を救済することは叶わない。その所以を、汝に示そう」

 

 断言するアヴローラに“まがいもの”は微かに動揺する。だがそれも一瞬のこと。即座に気を取り直すとなけなしの魔力を漲らせた。

 

「もう、いい。これ以上は、語るだけ無駄だ」

 

 噴き上がる魔力と共に業火と冷気が“まがいもの”を包む。自傷すら厭わない、眷獣すら召喚できない今の“まがいもの”に出せる全力の姿だ。

 

 対するアヴローラは大気すらも凍て付かせる凍気を振り撒き、古城が肉体の主導権を得て構える。権能の制御をアヴローラが、戦闘における立ち回りを古城が担っている形だ。

 

「──必ず救う。“勝つ”のは、俺だ」

 

 待ち受けるのが悲劇と知りながら、全員を救済すると謳う愚か者。幾人もの人たちの制止を振り払い、突き進むその有様は正しく暴君。

 

「──必ず止める。“悲劇”のままで、終わらせてたまるか!」

 

 暴君が齎す悲劇を認めない少年と少女。決して折れることのない鋼の意思に抗うため、救いのない救済を止めるため、聖戦へと挑む。

 

 

 ──“愚者の暴君”。“まがいもの”の第四真祖。

 

 ──“焔光の夜伯(カレイドブラッド)”が十二番目、アヴローラ・フロレスティーナ。

 

 ──怠惰なる“主人公(ヒーロー)”。暁古城。

 

 

 原作には有り得なかった最終決戦。第四真祖の眷獣たちが見守る中、互いのエゴを貫くための戦いが幕を開ける。

 

「……凪沙は」

 

 大切な人たちが争う様を見せつけられ、暁凪沙は失意の底で項垂れる。昏い瞳が虚に見つめる先で、血塗れの槍が鈍く光った。

 

 

 ▼

 

 

 それはなんて事のない日常の一幕。休日のりあな号における穏やかな一時だった。

 

 りあな号の船内に甘く香ばしい匂いが充満していた。発生源は備え付けの簡易キッチンである。

 

 キッチンにはエプロンを纏った“まがいもの”が立っている。手慣れた手付きでフライパンとフライ返しを操り、クリーム色の生地を引っ繰り返す。綺麗な狐色になったら手際良く大皿へと重ねて盛り合わせていった。

 

「こんなところか」

 

 十分な出来上がりだと頷き、少年は大皿を手にテーブルへと向かう。テーブルではキラキラとした眼差しでナイフとフォークを構えるアヴローラと、そんな少女に世話を焼くヴェルディアナがいた。

 

「待たせたな。俺特製、ホットケーキの出来上がりだ。トッピングは隣のメイド様にお願いしてくれ」

 

「誰がメイド様なのよ」

 

 ぼそっと文句を零しつつもヴェルディアナはチョコペンですいすいと猫のイラストを描いてみせる。日々のアルバイトで鍛え上げられたのだろう。余りにも手慣れた動作で、仕上げのバターまで完璧に載せてみせた。

 

「……もうプロだな」

 

「うぅ、カルアナの娘たる私がどうしてこんな……」

 

 すっかり給仕が板に付いてしまった己に嘆くヴェルディアナ。そんなことはお構いなく、ご馳走を前にしたアヴローラは興奮を隠し切れない様子だ。

 

「ふおおおぉぉ! 惨劇の館に劣らぬ出来栄え、褒めて遣わす!」

 

「お褒めに預かり恐悦至極の極み、なんてな。ほら、冷める前に召し上がれ」

 

「うむ!」

 

 辛抱堪らないとアヴローラはナイフとフォークでホットケーキを頬張り、言葉にならない歓喜の声を上げる。余程美味しかったのか、頬を緩めながら次から次へとホットケーキを口へと運んでいった。

 

 パンケーキに夢中になるアヴローラの姿に、“まがいもの”とヴェルディアナはどちらからともなく目を合わせると苦笑混じりに肩を竦めた。側から見ると子供の面倒を見る夫婦でしかないが、二人にその自覚はないだろう。

 

「それにしても、本当によくできてるの。将来は料理人でも目指してるの?」

 

「いや、これは必要に駆られてっていうか……」

 

 本物の暁古城が料理上手であり、凪沙との二人暮らしで違和感を持たれないために必要だった故に“まがいもの”は料理スキルを磨いた。そのスキルが役に立った結果だ。

 

「ふぅん……じゃあ、高校生になったらうちの厨房でバイトしてみたら? 私が店長に口利きしてあげるの」

 

「いやー、バイトするならもう少し普通のとこがいいな」

 

「それはうちが普通じゃないって言いたいの……?」

 

 ぐいっと首元を掴んで引き寄せ、不貞腐れたような表情で睨むヴェルディアナ。“まがいもの”は目を合わせないようにすっと顔を逸らした。

 

 ヴェルディアナのアルバイト先は俗に言うコスプレ喫茶である。厨房であったとしてもコスチュームを着ないで済む保証はない。“まがいもの”としては遠慮しておきたい職場だ。

 

 半目のヴェルディアナと頑なに目を合わせない“まがいもの”。浅葱あたりが見たら、いちゃついてやがると悪態を吐きそうな光景であるが、ホットケーキを頬張るアヴローラには仲睦まじいやり取りに見えていた。

 

「そ、そうだ。ヴェルディアナも食べるか? まだ生地は余ってるから、作れるぞ」

 

「露骨に話を逸らしたわね……でも、貰うの」

 

「よし、すぐ用意する」

 

 そそくさとヴェルディアナから離れてキッチンへ逃げる“まがいもの”。ヴェルディアナはその背中に呆れ混じりの眼差しを向け、ふっと目元を愛おしげに和らげる。そしてそのまま優しく温かい目をアヴローラへと移した。

 

「美味しい、アヴローラ?」

 

「うむ! 至高の美味なり!」

 

「それは、よかったの」

 

 アヴローラの満面の笑みを前にヴェルディアナは眩しそうに目を細める。この笑顔の前では何もかもがどうでもよくなってしまうような気がして、同時に忘れてはならない使命に胸を締め付けられて唇を浅く噛んだ。

 

 殆ど無意識にヴェルディアナの手がアヴローラの頭を撫でる。母親が子供をあやすような優しい手つきだ。撫でられるアヴローラは少しばかりくすぐったそうにしている。

 

「……ヴェルディアナは今、幸福か?」

 

「────」

 

 不意にアヴローラから投げられた言葉にヴェルディアナは硬直する。アヴローラからそんな問いを投げ掛けられるとは思いもしていなかったのだ。

 

 じっと見上げてる眼差しにヴェルディアナは困ったように眉尻を下げ、キッチンに立つ“まがいもの”の背をちらっと見る。“まがいもの”はホットケーキ作りに集中していて二人のやり取りには気付いていない。

 

 “まがいもの”の意識が自分たちに向いていないことを確認し、ヴェルディアナは囁くように答える。

 

「──きっと、幸福だと思うの。貴方たちとの暮らしは大変だけど、退屈しなくて愉しい毎日だから」

 

 古城には内緒なの、とばかりにヴェルディアナは口元で指を立てて小さく微笑んだ。互いに利用し合っているからこそ続いている関係を終わらせないため、“まがいもの”に余計な重荷を背負わせないためにヴェルディアナはアヴローラにだけ本心を明かした。

 

「アヴローラはどうなの? 幸せ?」

 

「我は……」

 

 キッチンに立つ“まがいもの”と目の前のヴェルディアナを見やり、最後に手元のホットケーキを見下ろす。そして花も恥じらうような輝かしい笑顔を見せた。

 

「幸福だ!」

 

「うーん、ホットケーキと比べられるのはちょっと複雑なの……」

 

「む?」

 

 微妙な表情のヴェルディアナにアヴローラは疑問符を浮かべる。悩むように小首を傾げ、ややあってから口を開いた。

 

「ど、同盟者と従者がいる、それだけで我は満足している。空虚な我が生において、今この刻こそが至福……」

 

「アヴローラ……」

 

 上手く言葉を選びながらも本音を明かすアヴローラに、ヴェルディアナは感激したように目を丸くする。

 

「この刻が永遠に続けばいい、と我は思う。でも……」

 

 きゅっと口元を引き結ぶアヴローラ。その願いが叶わぬものだと、幸福な日々はいつか終わりを迎えると知っているがために二の句を継げなかった。

 

 俯くアヴローラの隣にヴェルディアナが身を寄せる。そして弱々しく震えるアヴローラの肩をそっと抱き寄せた。

 

 言葉はない。ヴェルディアナもまたアヴローラと同じく、幸せな日々に終わりがあることを覚悟しているからだ。だからこそ、今この時を大切にしようと考えている。

 

「ねえ、アヴローラ。今度の休みに、何処か出掛けましょう」

 

「む、二人のみ?」

 

「もちろん、古城も誘うの」

 

「俺がどうかしたか?」

 

 両手にホットケーキを載せた皿を持ち、“まがいもの”がテーブルの前に立っていた。二人がどんな会話をしていたかまでは聞こえていなかったようで、はてとばかりに首を傾げている。

 

 ヴェルディアナとアヴローラは互いに顔を見合わせ、やがてどちらからともなく破顔する。

 

 未来を望む気持ちは捨てられない。だが、今この場で幸福の終わりを憂いたところで何もいいことはない。ならば現在(いま)この時、一瞬一秒を大切に噛み締めよう──

 

 言葉なく想いを交わしたヴェルディアナとアヴローラは、首を傾げる“まがいもの”を見上げた。

 

「今度の休みに出掛ける話をしてたの。もちろん、古城にも来てもらうから」

 

「そうなのか。まあ、いいけど……」

 

 急な話だと思いつつも、“まがいもの”は了承した。それだけでやたらと嬉しそうに笑うアヴローラとヴェルディアナに、ますます首を傾げながら皿を差し出す。

 

「出掛ける話はまた後にして、ホットケーキ第二弾な。アヴローラのお代わりもあるぞ」

 

「おおおぉぉ!!」

 

 つい先程までのしんみりとした空気は何処へやら。第二弾のホットケーキを前にしてナイフとフォークを掲げるアヴローラに、ヴェルディアナは耐えかねて吹き出した。

 

 

 なんて事のない日常の一幕。永遠には続かない幸福、もう二度と戻ることのない日々をアヴローラは思う。

 

 分かってはいても、覚悟していても辛かった。それでも幸せな日々に間違いはなかった。

 

 だから──

 

 

 業火と冷気を纏う従者を見上げる。ヴェルディアナの残火を限界まで引き出し、自らの肉体を傷付けながらも立つその姿は吸血鬼ではなくもはや魔人。死に体の身体を気合いと根性だけで奮い立たせるその精神は正しく鋼そのものだ。

 

 己の盲信する悲劇(幸福)に突き進む暴君と化した家族を止めるため、アヴローラはその救済に否を叩き付けると決めた。

 

 ──いいんだな? 

 

 内側からの問い掛けにアヴローラは迷いなく返す。従者が望む救済は誰も救われない。ヴェルディアナも、きっと望んでいないはずだから。

 

 懸念は道連れにしてしまう古城のこと、そして再び実の兄を失うことになる凪沙のこと。第四真祖の呪われた運命に巻き込んでしまった暁兄弟への申し訳なさだけが、アヴローラの心残りであった。

 

 ──気にすんな。俺はもう死んだ人間だからな。凪沙に関しては……後で、ちゃんとお別れをするよ。

 

 すまない、と胸中で最後の謝罪の言葉を呟く。そして迷いを振り切り、アヴローラは古城と共に従者に対峙する。

 

 此処に、“宴”の本当の最終演目が幕開けた。

 

 

 

 

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