“まがいもの”の第四真祖   作:矢野優斗

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感想を頂いて、ちょっと不安になったので性転換タグを追加しました。前にタグ不足で非掲載になったことがあるので、念の為……


愚者の暴君 XXⅡ

 

 銀色の霧に咽ぶ人工島・旧南東地区(アイランド・オールドサウスイースト)。“原初”が齎した終末の嵐によって沈みつつある決戦の地にて、本当の最終決戦が繰り広げられている。

 

 世界を凍らせる純白の凍気と大気を焼き焦がす紅蓮の業火が激突する。相性的にいえば炎が有利に思えるが、現実は違う。物理法則すら捻じ曲げる圧倒的な魔力によって齎される凍気は、業火に炙られようと溶けることなくむしろ押し返す。

 

 無尽蔵に等しい魔力を有するアヴローラの権能と、眷獣すら召喚できないほどに消耗した“まがいもの”では勝負にならない。初手の激突で勝敗が決して当然の隔絶した差がある。

 

 だがそれで“まがいもの”が折れるはずもない。真っ向勝負に勝機がないことなど折り込み済みで、業火と冷気を纏ったまま瓦礫の戦場を駆け巡る。狙いを絞らせず、一瞬の勝機を掴み取ろうとしているのだ。

 

 “まがいもの”とアヴローラたち、彼らにはそれぞれで勝利目標がある。“まがいもの”は真祖殺しの槍による自滅、アヴローラたちは“まがいもの”の自滅の阻止と無力化だ。

 

 “まがいもの”の狙いは真祖殺しの槍で自らを“原初”ごと滅ぼすこと。しかしそれはアヴローラたちとの戦闘の最中で実行できるものではない。必然的に、アヴローラたちを戦闘不能に追い込む必要があった。

 

 アヴローラと古城の狙いは“妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)”による凍結で“まがいもの”の動きを封じること。業火を纏っていようと第四真祖の権能に抗えるほどのものではない。四肢を氷の中に封じ込めてしまえば十分に無力化できる。

 

 此処までにおける強敵たちとの連戦で著しく消耗している“まがいもの”が不利な戦況だ。にも関わらず、“まがいもの”はそんな前提を知ったことかとばかりに覆そうとしてくる。

 

 魔力の差が歴然ならば速攻で、能力の差が圧倒的ならば工夫して、限界を訴える肉体は気合いと根性で捩じ伏せる。幾人もの強者を乗り越えこの場に辿り着いた“まがいもの”の実力は、もはや歴戦の戦士に等しかった。

 

「くそっ、俺の前世は英雄か何かかよ……!?」

 

「何処にでもいる、一般人だったよ」

 

「何処にでもいる一般人が炎に巻かれながら戦えるわけないだろ!?」

 

 理不尽を叫ぶ古城に“まがいもの”は業火に包まれながら苦笑う。原作において持ち前のクソ度胸と機転から幾つもの困難を乗り越えてきた、あるいは越えていく主人公にそんな文句を言われるとは思ってもみなかったのだ。

 

 アヴローラの焔光の瞳が真紅に輝く。噴き出す凍気が勢いを増し、周囲一体を丸ごと銀世界へと閉じ込めようとする。

 

 莫大な魔力に物を言わせた範囲攻撃。“まがいもの”にとって最も厄介な攻撃だ。動き回って回避できるような代物ではない。

 

 その場に足を止め“まがいもの”は左手で周囲一体の熱を奪う。そして奪った熱を右手に集め、収束する。やっていることは“神狼の凍炎(フェンリル)”の真似事だ。

 

 アヴローラが凍気を全方位へと解き放つ。押し寄せる純白の霧の壁に対して、“まがいもの”は限界まで収束した熱線を撃ち込んだ。

 

 極限まで冷やされた空気に超高温の熱線が叩き込まれればどうなるか。答えは即座に物理現象として訪れた。

 

 冷やされた大気が凄まじい勢いで膨張し、衝撃を伴う爆発が巻き起こった。

 

「ぐ、う……!」

 

 爆発の衝撃で塵煙と純白の凍気が視界を覆い尽くし、“まがいもの”の姿が消え去る。しかし纏う業火のお陰で位置を見失うことはない。純白の霧の中で紅蓮の業火が存在を主張するように燃え盛っていた。

 

 位置が分かっているのであれば畳み掛けない理由はない。アヴローラは両手を突き出し、白霧越しに凍気を放出しようとして──古城が咄嗟に腕を振り上げた。

 

 ほぼ反射的に振り翳した腕が、白霧を突き破って伸びてきた手を弾く。燃え盛る業火を囮にし、塵煙と白霧に紛れて“まがいもの”が距離を詰めていたのだ。

 

 動きを読まれ目を見開く“まがいもの”に対して、古城は得意げに笑ってみせた。

 

「あんたなら、そうくると思ったぞ!」

 

 凍気を纏った渾身の拳が振り抜かれる。小柄なアヴローラの細腕であっても真祖の魔力によって強化された腕力は相当なもので、両腕の防御ごと“まがいもの”は大きく後退を強いられた。

 

 殴り飛ばされた“まがいもの”は即座に体勢を整える。その表情には苦々しげな色が滲んでいた。

 

「ぐっ……やっぱり厄介だな、君は」

 

 アヴローラだけならば今の接触で決まっていた。しかしアヴローラと共に戦う古城が、“まがいもの”の動きを読んで妨害し反撃してくる。こんなやり取りが既に何度か続いているのだ。

 

 初見で“静寂破り(ペーパーノイズ)”の能力の脆弱性を見破り、一矢報いて逃げ果せてみせた直感。“まがいもの”のように原作知識があったわけでもない身で“焔光の宴”を生き延び、真祖の力を得た主人公。

 

 “まがいもの”が指折りの強者たちとの戦いでようやく獲得した戦闘勘を、暁古城は自覚なく持ち合わせているのだ。

 

「終わりだ、諦めろよ。その腕じゃ、もう戦えないだろ」

 

 “まがいもの”の両腕は蒼氷に覆われていた。先の拳を防御した際に凍結させられたのだ。ヴェルディアナの残火を振り絞っても、もはや溶かすことはできない。

 

 だが、その程度で止まるのならば“まがいもの”は此処まで辿り着いていない。

 

 “まがいもの”は氷塊に閉じ込められた両手を振り上げると、そのまま勢いよく瓦礫の山に叩き付ける。振り上げ、また振り下ろす。両手を封じる氷塊を砕くため、衝撃に軋む腕など気にも留めず何度も叩き付けた。

 

「止めろ! そんな無茶したら腕が粉々になるぞ!?」

 

「それが、どうした? 俺は諦めない、絶対にだ……!!」

 

 幾度となく瓦礫に打ち付けられた氷塊に僅かな亀裂が生じ、割れ目から鮮血が滲み出た。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛──!!」

 

 激痛に絶叫しながら“まがいもの”が魔力を振り絞る。すると氷塊の亀裂から凄まじい勢いで紅蓮が噴き出し、あっという間に“まがいもの”の身体を業火が包み込んだ。

 

「なっ!? まだそんな力が残ってるのかよ……!?」

 

 ──否、あれは同盟者の力にあらず……! 

 

「は? どういうことだよ……──!?」

 

 アヴローラの言葉に疑問符を返した古城の目の前で、“まがいもの”を包む業火が更に勢いを増す。それは竜巻のように渦巻き、アヴローラが広げた凍気を焼き尽くしていく。

 

「があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛──!!」

 

 血反吐を吐きながら叫ぶ“まがいもの”。渦巻く業火に焼かれるその身体、背中から唐突に()()()()()()()()()()()が突き出した。

 

「嘘だろ!? なんだって“原初(ルート)”の翼が!?」

 

 ──“原初”の侵蝕が進行している……! このままでは、再び“原初”が現世に顕現してしまう! 

 

 封印の器であるアヴローラと違い、“まがいもの”は“原初”の侵蝕に抗う術を持ち合わせていない。激しい戦闘で弱っていたとしても、何時迄も“原初”の侵蝕を抑えられるわけがないのだ。

 

 意識が混濁しているのか何処か虚な目でアヴローラを見下ろす“まがいもの”。瞳は真紅に妖しく輝き、髪の一部が逆巻く焔の如き金色へと変色している。着実に“原初”による肉体の侵蝕が進んでいる証だった。

 

「邪魔を、するな……そこを、退けッ!」

 

「ま、ずっ──」

 

 加減という思考を失くしたのか、業火と冷気の奔流が古城たちを襲う。“原初”による魔力の後押しを受けたそれは真祖の眷獣の攻撃に匹敵しており、まともに受ければ一撃で戦闘不能に陥ってもおかしくない代物だ。

 

「“妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)”!!」

 

 古城に代わりアヴローラが自らの肉体に宿す眷獣の権能を引き出す。

 

 迫り来る暴虐を隔てるように巨大な氷河の壁が大地より突き出す。並大抵の眷獣の攻撃であれば小揺るぎすらせず防ぐことができるだろう防壁だ。

 

 しかし分厚い氷河の壁は押し寄せる業火と冷気を僅かに押し留めるも、膨れ上がる空気の爆圧によって砕かれてしまう。業火と冷気を直接浴びることはなかったが、氷河が砕かれた拍子の爆圧にアヴローラたちは吹き飛ばされた。

 

「あぐぅ……」

 

「俺の、勝ちだ。大人しく救われてくれ、アヴローラ」

 

「我は、まだ……!」

 

 立ちあがろうとするアヴローラだが、そんな猶予を与えるほど“まがいもの”は甘くない。多少の怪我は止むなしと、背中から突き出た業火と冷気の黒翼を差し向けた。

 

 迫る業火と冷気を秘めた漆黒の翼を前にアヴローラは何も出来ない。ただ襲い来るだろう衝撃に身構えて目を固く閉ざした。

 

「──……?」

 

 何時迄も訪れない衝撃にアヴローラは首を傾げ、恐る恐る瞼を開く。

 

 押し寄せていた黒翼は幻であったかのように跡形も無く消え去っていた。代わりにアヴローラを守るように小さな背中がそこにはある。

 

 眩い銀光を放つ血塗れの槍を携えた少女──暁凪沙がアヴローラと古城を守るべく立ち上がった。

 

「凪沙、おまえ……」 

 

 間の抜けた声を上げたのは古城だ。自身を庇うように立つ妹の背中を呆然と見つめている。

 

 背中からの声に凪沙は振り返ることなく答える。

 

「ごめんね、古城君。三年前、遺跡でちゃんと守ることができなくって」

 

「なに、言ってんだ! 凪沙は悪くない、あれは俺が弱かったから……!」

 

 声を荒げて否定する古城だが、凪沙はゆるゆると首を横に振った。

 

 ゴゾの遺跡で凪沙は古城の蘇生をアヴローラに願った。その結果、古城は悠久に等しい真祖の血の記憶に呑まれて消えた。凪沙が願ったから、守ることができなかったから大切な兄は還らぬ人となってしまったのだ。

 

 無論、それは結果論で凪沙に責任などあるはずもない。誰が悪いわけでもないのだ。

 

 だが凪沙はずっと悔やんでいた。守れなかったことを、己の無力さを嘆いて病室で涙を零していた。

 

 故にこそ、今度こそは──

 

「──守るよ、今度はちゃんと守ってみせる。古城君の想いを、守り抜いてみせるよ」

 

「凪沙……!」

 

「行くよ、古城君。それから、アヴローラも……いけるよね?」

 

「無論、だ……!」

 

 凪沙の呼び掛けにアヴローラと古城が立ち上がる。焔光と空色の瞳に揺るぎない覚悟の炎を灯し、立ち塞がる暴君を真っ直ぐに見据えた。

 

「どう、して……なんでだ、凪沙ちゃん。ただ見ていれば、じっとしていれば君の大切な家族が救えるのに……!」

 

 呆然と問いかける“まがいもの”。“まがいもの”の心無い言葉に傷付き、心が折れかけていたはずだった。だが輝く銀槍を構えて立つ凪沙の瞳には揺るぎない覚悟の光が灯っている。

 

 “まがいもの”を見上げる凪沙はその問いに迷うことなく答える。

 

「これ以上、お兄ちゃん一人に背負わせたりしない。この運命は、凪沙たちが背負うものだから。あなた一人に全部押し付けて終わらせたりなんてしないよ」

 

「……ッ、それでも、俺はっ!」

 

 “まがいもの”の激情に呼応して再び漆黒の翼が突き出す。荒ぶる感情に引き摺られるように紅蓮の業火と純白の冷気が吹き荒れる。

 

 たとえ拒絶されても、認められないと言われても、“まがいもの”が止まることはない。もう止まれないところまで来てしまっているのだ。

 

「救う……約束したんだ。俺が、必ず、この手で救うって……!!」

 

「お兄ちゃん……!」

 

「従者……!」

 

 余りにも痛ましいその有様に凪沙とアヴローラは表情を歪める。

 

 “まがいもの”をここまで追い詰めているのは“まがいもの”自身だ。だがその要因の一つが自分たちであることは間違いない。

 

 少なくない罪悪感に胸を傷める少女二人。そんな彼女たちの背を押すように、古城が口を開いた。

 

「やるんだろ、二人とも? あの独り善がりの馬鹿()()を止めてやろうぜ」

 

 屈託なく笑いながら言ってのけた古城に、凪沙とアヴローラは力強く頷きを返した。

 

 古城が怒りを剥き出しにして“まがいもの”を睨み付ける。この期に及んでまだ歩みを止めようとしない兄貴分に等しい“まがいもの”に、古城は我慢の限界が訪れていた。

 

「あんたが自分を犠牲にしなきゃ何も救えないとか思ってんなら、そのふざけた幻想をぶっ壊して目を醒まさしてやる! 行くぞ、馬鹿兄貴! ここから先は、俺の兄弟喧嘩(ケンカ)だ!」

 

 

「ううん、違うよ。古城君──」

「否、思い違うな。暁古城──」

 

 

 霊力を注ぎ込まれた銀槍が眩く輝き、魔力の励起に呼応して凄絶な凍気が世界を凍り付かせる。

 

 凪沙とアヴローラは目を逸らすことなく真っ直ぐ“まがいもの”を見据え、声を揃えて高らかに宣言する。

 

 

「凪沙たちの兄妹喧嘩(ケンカ)だよ──!」

「我らの親娘喧嘩(ケンカ)だ──!」

 

 

 叩き付けられた力強い宣戦布告に“まがいもの”は激しく動揺する。

 

 その台詞も、銀の槍を携えた姿も、決して折れることのないその強靭な意思も。全てが“まがいもの”が有する原作知識に登場する少年少女たちと重なる。ならば、この後の展開(未来)も想像がついてしまって──

 

「そんなもの、認められるか──!?」

 

 憤怒の叫びに魔力が爆発する。紅蓮の業火と純白の冷気、そして漆黒の翼が障害を排除するべく動き出した。

 

 迫り来る脅威に対して真っ先に動き出したのはアヴローラだ。一瞬で巨大な氷壁を創り出し、押し寄せる暴虐を阻む盾とする。

 

 だが、それでは先の焼き直しだ。今の“まがいもの”は“原初”の侵蝕によってその力を著しく押し上げられている。たかが分厚い氷の壁程度では止められない──はずだった。

 

 業火と冷気の大奔流が斜め上空へと逸らされる。意図的に曲面を拵えた氷河の壁面によって軌道を曲げられたのだ。

 

「二度も同じ過ちを犯しはしない……!」

 

「くっ、だったら……!」

 

 ならばと“まがいもの”は漆黒の翼を差し向ける。業火と冷気が入り混じる黒翼は比較的精密な操作が利く。分厚い氷壁を迂回させて攻撃することも十分可能だ。

 

 だが、忘れてはいけない。今のアヴローラと古城にはこれ以上になく頼もしい相棒がいるのだ。

 

「させないよ!」

 

 凪沙が真祖殺しの槍に刻まれた“神格振動波駆動術式”を励起させ、あらゆる魔力を沈静化する結界を展開した。第四真祖の眷獣すら抑え込む神気の結界だ。“龍蛇の水銀(アル・メイサ・メルクーリ)”でもない限り、その結界を破ることは叶わない。

 

 業火と冷気混じりの黒翼が結界に触れた途端に跡形もなく消失してしまう。余りにも理不尽なその力に“まがいもの”は舌打ちをしたくなった。

 

 ふと、“まがいもの”は視線を素早く巡らす。分厚い氷壁で身を守ったアヴローラたち、その姿が何処にも見当たらない。

 

「何処に──」

 

「──こっちだ、馬鹿兄貴!」

 

 雄叫びに近い声に“まがいもの”は反射的に振り返る。不安定な瓦礫の山を全力疾走で駆け上がり、真っ直ぐ突っ込んでくるアヴローラの姿がそこにはあった。

 

「そんな、馬鹿正直な突貫が通るとでも──」

 

 “まがいもの”が右手を突き出す。その掌に紅蓮の業火が渦巻き、解き放たれる瞬間を今か今かと待ち侘びていた。

 

 凪沙の援護は間に合わない。未来において第四真祖の監視役として訪れる少女ならまだしも、鍛えていない凪沙ではどう足掻いても間に合わない。

 

 ならば“妖姫の蒼氷(アルレシャ・グラキエス)”の権能で自らを守るしかないのだが、しかしアヴローラにその素振りはない。ただ真っ直ぐ、“まがいもの”の瞳を見つめている。そこにいるはずの誰かを、必死に探すように──

 

 そして、アヴローラは常のおどおどとした態度からは想像も付かない大声で叫んだ。

 

「我が呼び声に応えよ──同盟者(ヴェルディアナ)!」

 

「なんの、つもり──」

 

 脈絡のないアヴローラの呼び掛けに“まがいもの”は顔を顰め──不意に、その身を強張らせた。

 

 

 ──生きて、◼️◼️

 

 

 もう今は居ないはずの声が、彼女しか知らないはずの己の名前を呼んだ。幻聴に決まっていると切り捨てるのは簡単だった。だが、ならば背後から自身を優しく抱き止めるこの温もりは何なのか──? 

 

 “まがいもの”には理解できない。しかし対峙するアヴローラと古城には、“まがいもの”に寄り添う朧げな影が見えていた。

 

 愛しい人を慈しむように、あるいは守るように寄り添う影。その影が、霧のようにゆっくりと消えていく。最期に、アヴローラたちへ微笑みを残して──

 

 不自然に硬直する“まがいもの”。その手に渦巻いていた紅蓮が消え、身を包み荒れ狂っていた業火と冷気が夢幻のように消失する。“まがいもの”の背中を押していた祈り(のろい)が、ヴェルディアナが残した灯火が、役目を果たしたとばかりに消えてしまったのだ。

 

「な、んで──」

 

「任せろ、ヴェルさん。あんたの願いは、俺たちが引き継ぐ──!」

 

 呆然と立ち尽くしていた“まがいもの”。その眼前に、ついにアヴローラ(古城)が辿り着いた。

 

 アヴローラが拳を振り被る。尋常ならざる魔力を込めた拳は、下手な獣人の一撃よりも強力だ。まともに受ければ、“まがいもの”であっても一発で昏倒しかねない。

 

「いい加減に目を醒ませよ、馬鹿兄貴! これが、俺たちの願いだ──!!」

 

「────」

 

 全身全霊、偽りなく全ての力と想いを込めた渾身の拳が“まがいもの”に叩き込まれる。ヴェルディアナの残火が消えた時点で茫然自失状態だった“まがいもの”に、それを防ぐ術はなかった。

 

 “まがいもの”の身体が驚くほどに吹き飛び、瓦礫の壁に叩き付けられる。そのままずるずると背中を擦りながら地面に落ち、力なく項垂れたまま動かなくなった。

 

「終わった、のか……?」

 

 古城が思わず呟いた直後、“まがいもの”の身体が弱々しくも動き出す。瓦礫の壁に手を突き、震える身体を執念で持ち上げ、足を引き摺りながらそれでも前へと歩みを進め続ける。

 

 その姿は正しく亡霊。妄執に取り憑かれた狂人そのものだった。

 

「もうやめろ、これ以上は戦う意味なんてないだろ!?」

 

 必死の声音で訴え掛ける古城。その肩に隣から伸びた手が乗せられる。いつの間にか横に並んでいた凪沙が真剣な表情で古城を見つめていた。

 

「古城君、あとは凪沙とアヴローラに任せて」

 

「……分かった。頼む、二人とも」

 

 静かに目を閉じる古城。次に瞼を開くと、そこには焔光の瞳が輝いていた。

 

 凪沙とアヴローラは互いに顔を見合わせ、言葉なく頷き合う。どうするべきかは語らずとも理解していた。

 

「終わりだよ、お兄ちゃん」

 

「従者の救済が成就することはない、決して」

 

「……まだ、俺は……折れて、ない……!」

 

 譫言のように呟きながら、縋るように手を伸ばす。もはや戦う力すらない“まがいもの”にできるのは、ただ諦めないことだけ。前に進み続けることだけだった。

 

 そんな少年に凪沙とアヴローラは示し合わせたように歩み寄る。

 

「無理だよ、お兄ちゃんに凪沙たちは救えない」

 

「何故ならば──」

 

 否定の言葉に続けて凪沙とアヴローラが“まがいもの”の身体を抱き止める。今にも崩れ落ちてしまいそうなほどにボロボロの身体を優しく抱き締め、凪沙とアヴローラはその答えを告げる。

 

 

「凪沙たちは、もうとっくの昔に救われてるからだよ」

「我らは、当の昔に救われているからだ」

 

 

 告げられたその事実(ことば)に“まがいもの”は立ち止まる。いつ、何処で、どうやって、誰に。幾つもの疑問が止めどなく湧き上がった。

 

 混乱する“まがいもの”に凪沙とアヴローラは心からの本音を明かす。

 

「あなたがいてくれたから、凪沙はひとりぼっちにならなかった。お兄ちゃんとして側にいてくれたから、自分の弱さに潰れてしまわずにすんだ。あなたはちゃんと、凪沙を救ってくれていたんだよ」

 

 古城を失った凪沙の精神状態はそれはもう酷いものだった。もしも“まがいもの”がいなかったら、立ち直ることができていなかったかもしれないくらいには、自責と後悔に苛まれていたのだ。

 

 だがそうはならなかった。“まがいもの”が古城に代わり、凪沙の側に在り続けたからだ。“まがいもの”の存在そのものが、凪沙の心を救っていたのだ。

 

「従者と同盟者のおかげで、空虚な我が生涯は幸福に満ち溢れた。眷獣の器でしかないこの身に、希望を与えてくれた。汝がいたから、我は只人のように幸福な日々を送ることができたのだ」

 

 第四真祖の眷獣を封じる器であり、“原初”を封じ監視する柩でしかなかったアヴローラ。記憶も何も無い、空虚な吸血鬼の心に色彩を与えたのは他でもない“まがいもの”とヴェルディアナだ。

 

 二人がいたからアヴローラはなんて事のない幸福な日常を享受することができた。明日への希望を持つことができたのだ。

 

 なんて事はない、凪沙もアヴローラも既に救われていたのだ。だから、わざわざ救う必要なんてない。救うことなんて、できるはずがないのだ。

 

 言葉も返すことができない“まがいもの”を左右から凪沙とアヴローラが優しく抱き支える。そしてずっと伝えたかった言葉を、はっきりと口にする。

 

「ありがとう、お兄ちゃん。凪沙たちを救ってくれて、こんなにも大切に想ってくれて、本当にありがとう」

 

「もう、心配は不要だ。従者の願いは、既に叶っている。だから……もう大丈夫だよ」

 

 強がりでも虚勢でも偽りでもない、少女たちの本心からの言葉が傷つき果てた“まがいもの”の心身に染み渡る。ちゃんと救うことができていたという事実に、込み上げる感情が堰を切ったように溢れ出す。

 

「そう、か……俺は、ちゃんと救えていたんだな……」

 

 安心したとばかりに“まがいもの”は泣き笑いながら、

 

「──よかった」

 

 遂にその歩みを自らの意思で止めた。

 

 此処まで気力だけで戦い抜いてきたのだろう、限界を迎えた“まがいもの”は膝から崩れ落ちる。精魂尽き果て震える身体を、凪沙とアヴローラが労わるように優しく抱き締めた。

 

 慈しむように、慰撫するように、少年少女たちは抱き締め合う。そうしてやっと、最終決戦は幕を閉じた。

 

 

 




ボスラッシュ、決着。長い戦いだった……
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