最後の決戦が幕を閉じた。暴君の救済に否を叩き付けた少年少女たちが勝利し、愚者の暴君は自らの思い違いを自覚しその膝を折った。
争いが終わるや一行は後始末に動く。侵蝕が進んでいた“まがいもの”から“原初”をアヴローラが引き継ぎ、第四真祖としての力だけを残した。そうしなければ、“まがいもの”は今にも息絶えてしまいかねない瀕死体だったからだ。
全身を覆う重度の火傷と脇腹の自傷。ヴェルディアナの残火と“原初”の侵蝕によって辛うじて持ち堪えていたが、本来であれば動くことすら不可能な重傷である。それを鋼の精神力だけで堪えていたのだ。
済し崩し的な真祖化に思うところはあれど、心身ともに敗北した“まがいもの”は拒絶することなく受け入れた。加えて
“まがいもの”が死の淵から戻る一方、“原初”を引き受けたアヴローラたちは粛々と死出の準備を進めていく。二度と同じ悲劇を招かないため、アヴローラと古城は“原初”の封印ではなく滅ぼす道を選んだのだ。
真祖殺しの槍による“原初”との心中。もう二度と会うことも言葉を交わすこともできなくなる。永劫の別離を前に凪沙と古城は別れの言葉を交わす。
三年前は別れの挨拶もできないまま、離れ離れになってしまった。だから今度は悔いのないようにと二人は微笑みすら浮かべながら最期のやり取りを交わしている。
その光景を“まがいもの”はぼうっと眺めていることしかできない。互いを大切に想い合う兄妹の悲劇を、なんて事のない普通を喜ぶ少女の終焉を、ただ見守ることしかできない。何故ならば、“まがいもの”は敗北したからだ。
「…………」
このままでいいのか、こんな結末で終わっていいのか。だが、“まがいもの”が用意した悲劇は全員に否定されてしまった。自分たちはもう救われているから、この運命は自分たちが背負うものだからと。
それでも、納得できない。涙を滲ませながらも笑顔で別れを告げる凪沙を、妹を残して逝く不甲斐なさに拳を握り締める古城を、当たり前の日常を願うことすらできないアヴローラの悲しみを、見て見ぬ振りはできなかった。
ならば、どうするか。また独り善がりに突き進み、力尽くで己の救済を押し付けるのか?
否だ、“まがいもの”は既に
──本当に?
本当に、彼ら彼女らを救う方法はないのか? 誰かが犠牲にならなければ、終わることができないのか?
「……違う」
誰も犠牲にすることなく、全員を救う方法はある。時間も人も技術も足りなくて除外していた選択肢が、まだ残っている。
別れの挨拶を済ませたのだろう。アヴローラが銀のクロスボウを手に取る。“焔光の宴”に幕を下ろすため、呪われた運命に終止符を打つために引鉄に指を掛けた。
「待ってくれ……!」
切羽詰まった声で“まがいもの”が懇願する。真祖の力を受け入れてからは大人しかった“まがいもの”の行動に、アヴローラたちは驚いたように一斉に目を向けた。
“まがいもの”は未だ再生の終わらない身体に鞭打ち、必死の思いで声を振り絞る。
「凪沙ちゃんに、頼みがあるんだ……」
「凪沙に?」
突然の名指しに首を傾げる凪沙。このタイミングで頼まれるようなことに心当たりはなかった。
困惑顔の凪沙に“まがいもの”は倒れ込みそうな勢いで頭を下げる。
「無理を承知の上で頼む。アヴローラと暁古城の魂を繋ぎ止めてほしい。凪沙ちゃんなら、きっとできるはずだ……!」
「魂を……? それって、凪沙に憑依させるみたいなことかな?」
「ああ、そうだ。“
実際、原作では消えゆくはずだったアヴローラの魂をその眷獣ごと憑依させて繋ぎ止めていた。魂的には純粋な人間でしかない古城が増えたとしても、受け止めることは不可能ではないだろう。
「繋ぎ止めて……どうするの?」
「救う。俺も、誰も犠牲にしない方法で、今度こそ全員救ってみせる」
断言する“まがいもの”を凪沙はじっと真正面から見つめる。その言葉に嘘偽りがないか、また一人で全てを背負い込もうとしていないかを確かめているのだ。
そんな凪沙の瞳を真っ直ぐ見据え、“まがいもの”は真摯に訴え掛ける。
「信じられないかもしれないけど、嘘じゃない。今回は時間も人も何もかもが足りなくて断念したけど、方法はちゃんとあるんだ!」
“原初”の侵蝕による凪沙の衰弱と“焔光の宴”という明確なタイムリミットがあったからこそ、“まがいもの”は自らを犠牲に全員を救おうとした。だがその前提条件が変わるのならば、タイムリミットが伸ばせるのならば救う術は他にもある。
「牙城と深森さんにも力を借りて、今度こそ確実に救ってみせる。往生際が悪いのも、諦めが悪いのも分かってる! それでも、俺にもう一度だけ、
「……本当に、救えるの? 誰もの中に、ちゃんとお兄ちゃんも入ってる?」
「勿論だ。もう、これ以上、誰も犠牲になんてしない」
既にヴェルディアナを犠牲にしてしまっているのだ。どれほど自罰的な傾向があったとしても、誰も犠牲になることなく救えるのなら“まがいもの”だって其方の道を選ぶ。
“まがいもの”の懇願に凪沙はしばし逡巡したのち、分かったと頷きを返した。
「うん、お兄ちゃんの言うことを信じるよ」
「待てよ。でもそれじゃあ、凪沙にまた負担がかかるんじゃないのか?」
成り行きを見守っていた古城が此処で口を挟む。“まがいもの”の言葉を疑っているとかではなく、アヴローラと自分の魂を受け止める凪沙の負担を心配しての発言だった。
古城の指摘に“まがいもの”は申し訳なさそうに目を伏せる。
「君は問題ないと思う。血の繋がった兄妹の魂で、尚且つただの人間だからな……でもアヴローラの場合は、彼女が保有する眷獣ごと引き受けることになる。凪沙ちゃんに掛かる負担は、“
元より莫大な魔力を喰らう吸血鬼の眷獣、それも真祖の眷獣だ。巫女として類稀な才能を有する凪沙であっても、その身に掛かる負担は計り知れないものになるだろう。
「──我のことは、気にするな。元より呪われた身の上だ。気に病むことはない」
古城を押し除けてアヴローラがそう言う。第四真祖の呪われた運命は、“
だが、それに凪沙が間髪入れずに異を唱える。
「ダメだよ、アヴローラ。お兄ちゃんは、もう誰も犠牲にしないって言ったんだから。あなたが犠牲になったら意味がない」
“まがいもの”の提案を受け入れるなら、アヴローラが犠牲になることは許容できない。だが、それでは以前ほどではないにしろ凪沙はまた不自由な生活を強いられることになる。アヴローラと古城の懸念はそこだった。
不安げな眼差しに対して凪沙は朗らかに微笑む。
「凪沙は大丈夫。これくらい、へっちゃらだよ。むしろね、嬉しいんだ」
弾むような声音で凪沙は心中を語る。
「もう古城君ともアヴローラともお別れなのかなって思ってた。覚悟はしてたけど、それでも寂しくないって言ったら嘘になる。でも、さよならせずに済むのなら、みんなが一緒に笑い合える未来があるのなら、やっぱりそっちがいいもん」
それはこの場にいる全員が願っていることだ。古城もアヴローラも、言うまでもなく“まがいもの”もその未来を望んでいる。
「だからね、ちょっとくらいなら我慢できるよ。今までだって頑張ってこれたんだから、心配しないで?」
その場にいる全員に言い聞かせるように凪沙はそう締め括った。
最も負担が大きいであろう凪沙が受け入れた以上、古城もアヴローラも反対はできない。頼み込んだ“まがいもの”は負い目を感じながら、それでも願いを引き下げることはなかった。
「ごめん……いや、ありがとう。必ず、みんなで笑い合えるようにする。約束だ」
「うん、約束……あ、でも一人で抱え込み過ぎるのもダメだよ? お兄ちゃんは、何でもかんでも全部背負い込もうとするところがあるから」
「それは……うん、善処するよ」
抱え込まないとは断言できず、“まがいもの”は罰が悪そうに顔を逸らした。三人分のじっとりとした眼差しが突き刺さるが、原作を知っている身からすると無茶をしないほうが無理な話だ。
頑なに折れることのない“まがいもの”にやがて凪沙は困り果てたように溜め息を零し、仕方ないとばかりに呆れ混じりの微苦笑を零した。
「……そろそろ、始めよっか。此処もあんまり長くは保たないだろうしね」
現在進行形で
アヴローラがその手に握るクロスボウを自らの胸元に向ける。凪沙は散り散りになるだろうアヴローラと古城の魂を繋ぎ止めるため、アヴローラの背を支えるように側に寄り添った。
そして、“まがいもの”は正面からアヴローラの身体を支え、クロスボウの引鉄に手を掛ける。引鉄を引く大役をアヴローラたちに任されたのだ。
“まがいもの”は真正面から幼なげな少女の顔をしっかりと見据える。自らを滅ぼす聖槍を前にしてもアヴローラに不安の色はない。また会える、みんなで笑い合えると信じているからだ。
「準備はいいか、みんな?」
「ばっちりだよ」
「おう」
「問題ない」
全員が迷いなく答え、そして──銀の輝きが解き放たれた。
▼
ゴーンゴーンと鐘の音が響いている。今はもう壊れてしまった時計塔の鐘の音だ。
炎の海に囲まれ、紅い月が見下ろす中、積み重なる瓦礫の上に二人の少女が倒れ伏している。一人は凪沙で、もう一人は胸に銀の槍を突き立てられたアヴローラだ。
銀の槍を受けたアヴローラは完全に息絶えている。細い手足は徐々に氷に覆われ、やがては溶けることのない柩に封じられることになる。心中した“原初”を欠片たりとも逃さないため、あるいは悪意を持つ何者かに利用されないためにだ。
側に並んで横たわる凪沙は問題なく息をしている。散り散りになりかけたアヴローラと古城の魂を繋ぎ止めた衝撃で意識を失っているだけだ。命に別状はない。
解き放たれた真祖殺しの槍は確実に“原初”諸共アヴローラたちを滅ぼした。そして消滅する間際、凪沙が巫女としての能力を全霊で振るい、その身をもって二人の魂を繋ぎ止めることに成功した。
目論見は成功した。あとは約束の通り、“まがいもの”が誰も犠牲にしない方法で全員を救えば大団円──のはずだった。
「ああ──くそっ、そうだよな。そうだった……!」
忘れていたわけではない。ただ、失念していた、甘くみていた。“焔光の宴”に伴う記憶の喪失、第四真祖による記憶搾取の影響を。
第四真祖が都市伝説扱いされ、幻の存在と謳われていた原因たる記憶搾取。第四真祖に関わった者たちはその記憶を、思い出を奪われてしまう。
その影響は時にその人間を構成する重要な要素、名前すらも奪ってしまうほどに凶悪な代物。第四真祖に深く関わっていた者ほど、記憶搾取の影響は強くなる。
今回の“宴”において最も記憶搾取の影響を強く受ける者が誰かと言えば、間違いなく“まがいもの”だった。
原作知識の影響で誰よりも第四真祖の核心に近く、自らが消える前提で記憶搾取の影響を無視していた。そのツケが最悪の形で回ってきた。
「あ、あああぁぁぁ……!」
暁古城の居場所を奪ってから今日までの記憶が、思い出が根刮ぎ奪われていく。“焔光の宴”に向けて奔走し続け、“原初”を宿した凪沙の側に誰よりも長く寄り添い続けた。その結果、搾取される記憶の範囲が余りにも広くなりすぎたのだ。
消える、奪われる、忘れてしまう。
今日まで過ごした日々を、積み重ねた経験を、何もかもが奪われていく。何を取り零し、何を救い、何を約束したのかすらも薄れていってしまう。
「違う……そうじゃない! やめろ、これ以上、俺から奪うな……!」
必ず救うと、今度こそ誰も犠牲にならない結末を掴むのだと約束したのだ。信じてくれた凪沙たちの期待を裏切るわけにはいかない。
「忘れるな、忘れるな、忘れるな、忘れるな……! この約束だけは、何がなんでも──!」
守れ、護れ──この約束だけは、絶対に守り抜け!
満身創痍の心身を奮い立たせ、“まがいもの”は大事な約束だけは忘れまいと抗う。もはやそれは狂気的な執念に近く、無意識の領域にまで刻み付けられる。
だが、抗ったところでどうしようもないことでもあった。
記憶搾取は容赦なく“まがいもの”から記憶を取り上げる。奮闘虚しく、“まがいもの”はこの三年近い月日の記憶の大半を搾取されてしまった。
後に残ったのは原作知識と第四真祖には然して関係のない日常の記憶、そして無意識領域に焼き付いた何かを護らなければならないという強迫観念だけだ。
「俺は……何を、守るんだ……?」
取り零してしまった誰かも、救い上げた誰かも、交わした約束すらも忘れてしまった“まがいもの”の第四真祖がその場に残った。
呆然と月を仰ぐ少年。その瞳から止めどなく涙が溢れ落ち、訳も分からず慟哭の声が洩れ出る。胸を締め付けるような嘆きの叫びが、第四真祖の産声となって世界に響き渡った。
かくして長く激動に満ちた“焔光の宴”は幕を閉じた。そして、舞台は追憶から現在へと戻る──
▼
薄暗い監獄の一画、石室の中心にて金髪の少女は無数の鎖でその身を戒められていた。
焔光の瞳と逆巻く炎の如き金色の髪を携えた少女──“原初”は、身動きを銀鎖によって完全に封じられている。加えていつでも滅ぼすことができるよう、“雪霞狼”を構えた雪菜がすぐ側に控えている。
『詰まらぬ幕引きだ。此処が汝の箱庭でなければ、幾らかやりようがあったのだがなぁ……』
忌々しげに口端を歪める“原初”。“
その那月は鎖で縛り上げた“原初”を見下ろし、期待外れだと言わんばかりに溜め息を零した。
「これ以上、お前に問い質したところで時間と労力の無駄か」
“聖殲”について訊いたところで“原初”は具体的な内容については何一つとして語らない。ただ起動した“
骨折り損のくたびれもうけとまでは言わないが、時間と労力の無駄だった。これならば、何かと秘密を隠し持っている古城を締め上げて吐かせた方が有意義だったことだろう。
「もういいぞ、転校生。終わらせてやれ」
「はい」
短く返事をして雪菜は銀の槍先を“原初”に向ける。鎖で身動きを封じられた“原初”にそれを避ける術はなく、かつて自らを滅ぼした聖槍を憎々しげに睨み付けた。
霊力を注ぎ込まれた槍が眩い銀光を放ち、“原初”を貫かんと真っ直ぐ突き進み──雪菜の背後から伸びた手が槍の柄を掴んで止めた。
「悪い、姫柊。ちょっと待ってくれ」
「えっ、先輩!? 目が覚めたんですか!?」
慌てて振り返った雪菜の目の前には、つい先ほどまで壁際で魘されていたはずの古城が立っている。酷く魘されていたのが嘘のように、その顔色は穏やかで表情は憑き物が落ちたようにすっきりとしていた。
一体いつの間に目を覚ましたのか、何故邪魔をするのか、問い質そうとした雪菜の声は古城の背後から響く低い声に遮られる。
「おい、そこの馬鹿真祖。貴様、人様の鎖をよくも千切ってくれたな。これは曲がりなりにも神々が鍛え上げた貴重な品だと知った上での暴挙か? ん?」
ぱしんぱしん、と愛用の扇子を鳴らす那月は誰が見ても怒っている様子だ。その視線は古城が座り込んでいた石壁に向けられている。
古城が鎖で縛り付けられていた場所には無惨に引き千切られ砕けた鎖の残骸が転がっていた。雪菜が“原初”に止めを刺そうとするのを止めるため、力尽くで古城が壊したのだ。
私物を何の断りもなく壊されたのであれば、憤るのも無理はない。あとは少なからず心配を掛けておきながら礼の一つもない点に関しても、那月の気に障ったようだ。
見た目子供なのに腰が引けそうになるほどの威圧を滲ませる那月に、古城は顔を引き攣らせ冷や汗を垂らしながら頭を下げる。
「あー、その……すみませんでした。大変慌てておりまして、つい……」
「ほう?」
「埋め合わせは必ずするので、今は勘弁してくれませんかね……?」
拝み倒すような勢いで謝罪する古城を那月は冷めた目付きで見下ろす。ややあってから扇子を下ろすと、醸し出していた威圧と怒気を鎮めた。
「馬車馬の如くこき使ってやるから、覚悟しておけ」
「お手柔らかにお願いします……ああ、それと。“
「正気か?」
鎖で抑えているからこそ大人しいが、つい先ほどまで監獄を破壊しかねない勢いで暴れ回っていた危険人物である。加えて“原初”は古城に対して並々ならない激情を抱いている。下手に解放すればどうなるかなど、火を見るより明らかだ。
古城も理解している。その上で、意見を曲げるつもりはないらしく、視線だけで頼むと訴えかけた。
教え子の無謀な要求に那月は深い嘆息を零す。応えてやる義理はないが、しかし古城が何を企んでいるのかは気になった。
いつでも抑え込めるように構えつつ、那月が鎖を緩めていく。封じられていた怪物が解放されていく様子を見据えながら、古城は物言いたげな雪菜へ謝罪交じりに声を掛ける。
「ごめん、ちょっと無茶する。やばそうだったら、助けてくれ」
「はぁ、無茶をしない選択はないんですか?」
「それもちょっと無理かな。これは、俺が向き合わないといけない罪の一つだからさ」
「……分かりました。まあ、前もって頼るだけ成長したと思っておきます」
仕方ない人だとばかりに溜め息を吐きながらも、雪菜の瞳には優しく温かい光が灯っている。大切な人たちを遠ざけ自己犠牲に突き進んできた古城が、迷いなく誰かを頼ったことが素直に嬉しかったのだ。
「ありがとな」
感謝の言葉に微笑みを返して雪菜は一歩下がる。何か不足の事態があったとしても一足で“原初”を滅ぼすことができる立ち位置だ。槍の穂先も変わらず“原初”を捉えていた。
準備が整った古城は“原初”の前に立つ。鎖で縛り付けられた“原初”は眼前に立つ少年を、激情を宿した双眸で睨み上げる。常人ならば震え上がるだろう憎悪を浴びせられながら、しかし古城は臆することなく真っ直ぐ見つめ返した。
「緩むぞ」
那月が“原初”を縛める縛鎖を緩める。身動きを封じていた鎖が緩んだことで自由の身となった“原初”は──一瞬の躊躇もなく古城の胸に鋭い貫手を突き込んだ。
古城の心臓を“原初”の細くしなやかな腕が容赦なく抉り抜いた。心臓を貫かれた古城は盛大に吐血するが、しかし激痛に叫ぶような真似はしない。刑罰を受け入れる受刑者のように、歯を食い縛って踏み留まる。
「先輩!?」
「いい……だい、じょうぶ、だ……!」
即座に“原初”を消滅させるべく動き出した雪菜を、古城は必死の形相で制止する。後ろで扇子を構えていた那月にも、視線で懇願して静観を維持してもらう。
胸を貫かれた痛みに呻きながら古城は“原初”を見下ろす。至近距離にある“原初”の顔には燃え盛る焔の如き憤怒と、喜悦に歪んだ傲岸な笑みが浮かんでいた。
『自ら無防備を晒すとは、愚かにも程がある。そこまでして、我が手で殺されたいか。ならば望み通り、惨たらしく死骸を晒すがいい』
胸を貫いただけでは足りぬと、“原初”はもう一方の手を構える。鉤爪のように曲げた手で肉を抉るのか、或いは四肢を捥ぎ取るのか。何方にせよ、このまま放置すれば只では済まないだろう。
激痛に苛まれながら古城は真っ直ぐ“原初”の瞳を見据える。憎悪と憤怒に燃える瞳を逸らすことなく見据え──その華奢な身体を両腕で抱き締めた。
『──は?』
突然の抱擁に間抜けな声を上げる“原初”。何がどうして抱き締められているのか理解できず、掲げた腕はそのまま硬直してしまった。
「──ごめん。一緒に死んでやるって言ったのに、お前を一人にした。本当に、ごめんな……」
『────』
悔恨を滲ませた古城の謝罪の言葉に“原初”は瞠目して完全に動きを止める。何もかもが予想外の状況に、原初の第四真祖ともあろう
そんな少女に古城は心からの謝罪と共に、贖罪の想いを打ち明けていく。
「赦さなくていい。恨んでくれていい、憎んでくれて構わない。お前には、その権利がある」
孤独に死なせないと宣いながら“原初”を一人で滅ぼした挙句、今日この時まで忘却してしまっていたのだ。“原初”の復讐も憎悪も全てを受け止めなければならないと、古城は本心から思っている。
「二度と忘れない。俺が犯した罪も、過ちも、あの日の約束も」
誓いを此処に、改めて宣誓する。そして約束を貫くため、あの日諦めた救済を今一度この場で告げる。
「俺はまだ諦めてないぞ、“
『……つくづく救いようのない愚者だな、貴様は』
「自覚はあるさ。でも、知ってるだろ。俺はもう、誰も犠牲にできないんだ。だから、お前が拒絶したって俺はお前の手を二度と離さない」
“宴”のあの日に救うことを諦めた少女が、何の因果か記憶に巣食う形で生き存えていたのだ。降って湧いた
望んでいないどころか拒否しようとも手を伸ばし救い上げようとする。偽善的で独善的といっても過言ではないその有り様は、一歩間違えれば暴君のそれである。傲岸不遜を地でいく“原初”ですら呆れから顔を顰めるほどだ。
『思い上がるなよ、“まがいもの”。我は第四真祖の呪われし運命そのもの。“まがいもの”風情に救えるものか』
「そっちこそ忘れたのか。俺の諦めの悪さは折り紙付きだぞ?」
不敵に笑う古城に“原初”は皮肉すら出なくなったのか、うんざりと口を歪めた。
『……我は第四真祖の影なり。汝の記憶に巣喰い、汝の総てを喰らい尽くす怪物だ──努努、忘れるな』
「ああ、二度と忘れない」
“原初”の華奢な身体が輪郭から崩れていく。“まがいもの”の追憶を終えたことで魔導書が役目を果たしたからだ。魔導書の力によって顕現を保たれていた以上、“原初”もまた古城の──“まがいもの”の記憶へと還る。
“原初”の肉体が光の粒子となって崩れ、古城の中へと還っていく。後に残されたのは胸に風穴を開けた古城だけだ。
「ふぅ──っと」
ほっと一息吐いた古城の身体がふらりと揺れ、即座に肩を雪菜に支えられる。“原初”との一連のやり取りを見守っていた雪菜は、呆れを多分に滲ませた表情で古城を見上げた。
「本当にもう……そういうところですよ、暁先輩」
「え、開口一番にどういうことだ?」
処置なしと言わんばかりの雪菜の態度に疑問符を浮かべる古城。何故此処まで呆れ果てた反応なのかと首を傾げ、やや離れた位置にいる那月にも視線で問い掛ける。
しかし那月は雪菜以上に馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの態度で、冷ややかな眼差しを古城に向けていた。
「近いうちに背中を刺されそうだな、暁。刺されたところで受け入れそうなのが、お前の
「なんでそんな物騒な話に!?」
「知らん、あっちで寝惚けてる小娘どもにでも聞け。私も暇じゃないんだよ」
雑に那月が扇子で指し示す先では、古城と同じく追憶を終えた浅葱と紗矢華が意識を取り戻し始めていた。
苦しげな声を上げて浅葱と紗矢華が目を覚ます。ぼんやりとした様子で上体を起こした浅葱は、寝惚けた様子で周囲を見回す。ちなみに紗矢華は未だに鎖で縛られたままなので起き上がることすらできずもがいていた。
寝惚け眼の浅葱の瞳が雪菜に肩を借りて立つ古城を捉える。瞬間、浅葱の意識が完全に覚醒しポロポロと涙が溢れ落ち始めた。
「あ──古城……あたし、あんたの邪魔をして……って、何で胸に穴が開いてんのよ!?」
「は、え? 何が起きてるのか全然分からないんだけど!?」
追憶を終えて“焔光の宴”に纏わる全てを思い出し、想い人に敵対したことやら振られたことやらでぐちゃぐちゃになっていた情緒が、半死人状態となった古城の有り様のせいで吹き飛んだ。おまけに隣で鎖に縛られ情けない姿の紗矢華の存在も相まり、重苦しい監獄の空気も消し飛んでしまった。
涙を零しながら混乱する浅葱、身を起こすこともできず早く解放しろと喚く紗矢華。肩の力も気も抜けてしまいそうな状況に古城は雪菜と顔を見合わせ、何方からともなく笑みを零した。
これにて“焔光の宴”は終了。最後にエピローグがあるんじゃよ。