IS-refrain-   作:ソン

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ダウンフォール

 

 

 ホテルの一室で、アインは出撃のための準備を整えていた。並べた銃器へ次々と弾薬を装填し、安全装置の解除を確認する。

 その数はガンマニア顔負けの量であり、カレンはその様を“歩く武器庫”と言う表現でからかっていた。

 今回の亡国機業の作戦はIS学園への潜入任務であり、アインは間違いなく出撃する。運よく回れば、その一回で全てに決着が着くだろう。だがその一回はまず来ない。少なくとも彼はそう思っていた。

 

「さて、まず今回の学園祭に忍び込むためには人数を減らす必要があるわね、さすがに潜入任務だから大人数でいけるわけじゃないわ。作戦要員はアインを確定として、オータム。貴方も行って頂戴」

「私が?」

「この中じゃ、貴方が一番アインと上手く連携が取れてるのよ。それに貴方のISは大体のISに対して優勢に立てる。マドカやエヌは派手だし、アルカは間違って殺しちゃう可能性もある。それに彼女、学園の方で捜索されているみたいよ。下手に出さない方が賢明ね」

 

 オータムのISであるアラクネは多機能装甲である八本の装甲脚が特徴的である。攻撃や防御にそれらを別々に扱う事によって、臨機応変な対応が出来るのだ。

 そしてそれが意外な事にアインとの連携が取れており、相性が抜群にいい。アインもまた遠中近の間合いを得意とするため、オータムと攻守を組み合わせて動く事が出来る。

 学園側にも亡国機業の話は漏れていないだろう。それであれば、投入するのは二人で事足りる。

 

「要するに、私が白式を奪えば後はどうこうしようが勝手ってコトだな、スコール」

「えぇ、だけどトドメはきちんとアインに刺させなさい」

「侵入はどうする? 以前のような変装はもう使えない」

「問題ないわ。エヌからその解決策は貰ってるから」

 

 聞いた話によるとエヌは何度かIS学園に訪れた事があるらしく、各地の施設の内部を頭に叩き込んでいるらしい。要するに彼女はどのようにすれば学園に上手く侵入出来るかを熟知しているのだ。

 オータムには巻紙礼子と言う名前の入った名刺が渡されている。

 注視してみるとISに関しての武装開発を担当している偽装の情報であり、これに関してはアルカの独断場であった。

 

「アルカお手製よ。いざという時は閃光玉にもなるから上手く使いなさい」

「……」

「アインには外部から潜入してもらう事になるわ。学園祭の間、周辺の海域を学園のISが巡回しているから、船からのルートは無理よ。校門に着いたらコレを付けなさい」

 

 アインに手渡されたのは、小さな機械だった。以前にも篠ノ之束が同じような物をつけていたのを思い出す。

 渡されたのが何であるのかを瞬時に気づき、彼は小さく声を挙げた。

 

「光学迷彩?」

「えぇ、でも体に対する負担が非常に大きいからせいぜい十秒が限界ね。それ以上の時間が過ぎたら永続的なダメージが残る可能性が高い。だから自動的に壊れるようにしてあるわ」

「……潜入専用か」

「コレが事前に潜り込ませておいた諜報員からの書類ね。さすがに詳細までは無理だったらしいけど」

 

 渡された紙はどうやら学園祭のプログラムらしい。出し物の場所から時間まで細かく書き込まれている。場所や時間による人の移り変わりなどを、例年のデータから大幅に予測してくれているのは非常に有難い。

 しかし、値段や注目している女子までは不要である。誰がそこまでやれと言った。

 

「それに目標のクラスはメイド喫茶をするそうよ?」

「……やめてくれ」

 

 夏の悪夢が甦り、アインは体を震わせる。

 もう二度とあんな経験はしたくない。

 

「アイン様、万が一の時に備え任務撤退の時はコアネットワークで連絡を下さい。私とエム様が撤退までの応援に駆けつける手筈ですので。くれぐれも更識には注意を」

「あぁ、今度は会話無しでの交戦になる。オータム、更識が出た場合はオレが対処する。お前のISはリミッターが掛けられてる以上、迂闊に迎撃へ回せない」

 

 今、アラクネにはリミッターが掛けられている。本来なら八本を自由自在に動かせるはずの装甲脚は、リミッターに掛けられれば四本までしか動かせない。

 理由は言うまでも無く、織斑一夏と交戦する時に手加減を間違えて彼を殺してしまうのを防ぐためだ。

 

「分かってる。アイン、準備が出来たなら例のモノレールの前に集合な」

「あぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園の学園祭で招待される、もしくは訪れる人間の数は余りにも異常だ。各国が名人を挙って出したがるのだが無理も無いだろう。

 人工島そのものが学園として機能しているため、多くの人物を収容できるのが救いだろう。もしも普通の学園規模なら人が溢れていたに違いないだろうし、海に落ちていたかもしれない。

 黒髪のウィッグをつけて、私服による変装を行っているアインはコアネットワークを通してオータムと連絡を取り合っている。

 機器を利用してからの通信では、傍受される危険性が高いからだ。

 

「オータム、どうだ」

『……あのクソガキ、私の事を無視しやがった。マジで許せねぇ、あの野郎……!』

「……」

 

 パンフレットに目を通すと、観客参加型の催し物がある。

 第四アリーナで行われる生徒会主催の演劇。生徒会――彼女が絡んでいると見て間違いない。

 

「オータム、いっその事学園側の挑発に乗ってみるのは?」

『……観客参加型の演劇の事ならやめといた方がいいぜ。恐らく更識がお前を誘い出すために用意した罠に違いない』

「問題ない。来るなら叩き潰す。オータム、オレが更識を抑えている間にやれるか?」

『ハッ、私を誰だと思ってる? 亡国機業が一人、オータム様だ』

 

 アインはオータムの性格を気に入っていた。

 彼女はプライドこそ高いが、彼女自身が認めた人物には対等に接してくれる。

 最初の頃は罵声も浴びせられたりしたが、同じ任務を行った時彼女を庇って負傷した事がある。それ以降彼女はアインを対等な存在として認めてくれた。

 彼女の仲間意識は非常に強い。例えどんな状況でもあっても仲間を見捨てたりはしない。

 言葉遣いやプライドの高さのせいで誤解されやすいが、忠に溢れる騎士のような人柄なのだ。

 以前、亡国機業内でスコールの陰口を叩いていた者を殴り倒したと言う噂が彼女の在り方を物語っている。

 そんな彼女の在り方がアインにとって好ましかった。

 

「分かった。挑発に乗るぞ。オータム、第四アリーナへ潜入する。幸い光学迷彩はまだ数秒程度なら使えるから先に向かう」

『分かった、無茶すんなよアイン』

「お前こそ」

 

 

 

 

 アリーナで行われている劇のおかげか、アインとオータムの潜入はまったくと言っていいほど気づかれずに済んだ。

 現在は織斑一夏があちこちを逃げ回っている頃であり、適当なところでオータムが更衣室に連れて行き、そこで白式を強奪すると言う流れである。

 その際に交戦の可能性が否定できないため、誰かが駆けつけてくる事も有り得る。その間はアインが扉を死守するという手筈になっていた。

 

『オーケーだ。今から白式強奪のための交戦に移る。しっかりと守ってくれよ』

「了解した」

 

 更衣室の内部から響く金属音と銃声。

 確かによく耳を澄ましていれば気づくだろう。せめて外部で行われている喧騒でこの争いの音が掻き消されれば言う事はないのだが。

 だがアインが戦わない選択肢は有り得ない。今回の作戦に置いて彼は一つだけ気づいている事がある。

 今回の作戦では、一筋縄ではいかぬ戦闘が必ず存在する。彼はそう踏んでいた。根拠も理由も無い、直感だけを当てにした答え。それを疑いもしなければ値踏みもしない。

 師の言葉が今の彼を作り上げている。元々彼女とは何の繋がりも無い。たまたま師弟として出会っただけ。

 だからこそ信じられる。掛け値なしの技術と知識を与え、魂を教えてくれた彼女だから。

 

“お前の魂を信じろ”

 

 かつての言葉が脳裏に反芻する。まもなく邂逅の時が来る。互いの命を貪るべく、刃を交える時が来る。

 何者が入ってくる足音。その音が誰であるのかを疑う事無く、彼はただ振り返る。

 

「――」

「――」

 

 更識楯無。

 扇子は腰にぶら下げているが、その気配は今までとは全く違う。戦場に向かう戦士その物だ。冗談や余裕などどこにも介在すらしない。だがアインもまたかつてない程に力が篭っていた。力を振りかざす者達を前にしていた時とは違う感覚。彼女は力を文字通り使いこなすことが出来る存在。それ故に今の彼は戦闘の事だけにしか動かない。しかしそれは楯無もまた同様である。

 二人は静かに対峙する。最早言葉など不要。感じるのは殺気と殺意。殺し殺されあう覚悟。その二つが入り乱れあう。もし何も知らぬ常人が入るのならば息苦しささえ感じるであろうその空気を、二人は当然のように受け入れていた。

 今彼らがいる通路は更衣室の前だが、戦えるスペースは十分。間合いは十メートルほど。情報は前持った機体と武装のみ、だが相手側もそれは同じ。ならば後は命を交える事で、推し量るしかあるまい。

 アインの左手が短機関銃―キャレコ―を発現させ、照準を合わせる。彼女達のために場を守りぬくと言う執念だけを、その瞳に込めて。

 楯無の両手にガトリングランスが発現し、構える。生徒達のために彼を捕縛すると言う目的だけを、その瞳に込めて。

 銃声が鳴り響き、足が地面を弾く。

 その音は、戦いを告げる音だった。

 

 

 

 

 IS学園理事長、轡木十蔵はふと電話がバイブレーションを起こしている事に気が付いた。

 柔和な笑みを常に浮かべるその口元は、宛名を見ても揺るぎすらしない。

 慣れた手つきで子機を手にし、小さく微笑する。

 

「久しぶりですね、最後に出会ったのは何年前でしょうか?」

『はっ、覚えてる癖によく言うよ。アンタもそろそろ大概な年頃だろうに』

 

 轡木十蔵と言う男の過去は不明である。何故、男性である彼が女性しか入学できないはずの理事長の座へ着いているのか。誰もその事に対して異議を唱えようとしないのか。

 簡単な事である。彼とて、ただ徒に年だけを重ねて来た壮年ではない。――たったそれだけの事。

 

「えぇ、そうかもしれません。ところで、何故貴方が? ……あぁ、そういう事ですか」

『あぁ、そうだ。アタシが鍛えた弟子がようやくアンタにお披露目出来る。もうとっくにそこに潜り込んでおっぱじめてるはずだ』

「……中々肝の据わった人物のようですね」

『当たり前だろ、何せアイツはただの……っと、こりゃいけない。ついつい、口を滑らせたくなる』

「分かりますよ。貴方の声がすごく弾んでいますから」

『……あー、アンタのそういう所も変わらないね』

 

 僅かな沈黙が続く。

 そして、彼の耳に僅かな異変の音が響く。常人には聞こえない、余程の戦闘経験を積んだ者でなければ、風の音に掻き消されるであろう程の微細な音。

 

「そういえば、ある人から聞きました。一度、IS学園内部で取り逃がしてしまった少年がいると」

『そういえば、アイツから聞いたよ。IS学園には非常識すら退ける最強が存在するってさ』

 

 その言葉に、笑みが零れる。

 轡木十蔵は立ち上がる。彼の心に湧き上がる思いは、燃え盛るような歓喜であった。

 子機の先にいるであろう彼女。その彼女が鍛え上げた弟子。

 轡木としては何の心配も無い。未来を駆ける者達が全力でぶつかり合い、己の存在を更なる極限へと練り上げる。

 それこそが轡木の願う世界だ。安寧は成長と共に訪れる。停滞に平穏など存在しない。

 

『最強の矛と盾じゃあ、ケリは付かない。だがアイツに盾なんざ存在しない』

「えぇ、彼女にも盾などありませんよ。最強の矛と矛――それがぶつかり合ったら、どうなりますかね」

 

 轡木の言葉に、電話先の女は小さく笑った。

 

『いや――何もないさ。ただ死ぬか、生きるかだ』

 

 

 

 

 

 

 

 元々、アインは更識楯無を銃だけで仕留められると思っていない。一度、交戦した時、自身の得物をある程度見せびらかしてしまったため、対策は間違いなく練られている。

 彼女を相手取るならば、彼もまた相応の準備を整える必要があった。

 以前交戦した時には、楯無側はほとんど初見であり、アインへの対策を十全に講じる事が出来なかった。もっと言うならば、対策を講じ技量を積む時間など無かったのだ。

だが、あの時より数ヶ月が経過した今、楯無の経験はキャレコから撃ち出される銃弾を見切る事が出来るほど研ぎ澄まされている。彼女もまたアインと同様に、鍛錬を積んでいたのだ。

 どちらも外見こそ人の形ではあるが、中身は最早別物。ただ相手を全力で叩き伏せる事しか考えない機械である。

 既に間合いは四メートルにまで詰められていた。数十発と放たれる弾丸は、全て床か壁へめり込むだけ。全て躱されたが、逆に言えば牽制としては十分。

 武器を切り替える。キャレコを圧縮、ナイフを展開。両者が距離を詰める。

 互いに遠距離での猛威を振るう銃から、近接武器を使った白兵戦へと勝負を持ち込む覚悟であった。アインは白光の弾丸と紫電の刃身を全て楯無へと振るう事に決めていた。彼女を、持ちうる限りの手段で打倒する相手と断じていた。

 振るわれたナイフと、槍が鎬を削りあい、摩擦の火花を散らす。

 殺意がすれ違う。生と死が交錯する。時間が刹那にまで引き延ばされ、意識をさらにその先へと進めていく。

 背後を向けた瞬間、槍の穂先がアインに向けられる。槍のリーチを活かした、反撃。ほぼノーモーションで放たれる其れは、残像すら霞む程の速度だった。それを彼は直感で判断した。視認では間に合わない。そう感じた上での行動だった。

 避ける時間は無い。弾く猶予も無い。――だからと言って、ただ喰らうだけでは彼自身が許さない。

 アインはそのまま体を前転させる。常人ならば、その瞬間に重力によって全身の筋肉と臓器が悲鳴を挙げていたに違いない。だが彼の判断力は、最早人間に出来る動きと言うのを度外視していた。全身の痛みなど、今の彼には感じる暇すらいない。

 無茶な体勢からかかとでの強引な蹴り上げ。不意打ちの一撃に楯無の動きが僅かに止まる。

 隙を見計らい、左手のナイフを投擲。しかし弾かれる。

 だがまだ、切り札は無数に残っている。数々の武装とそれらを手足同然に扱える技術、そして卓越した身体能力こそがアインの強みであった。彼女達がいなければ、彼はこうして戦場に立つ事すら適わなかっただろう。言うなれば、彼は負ける事が許されない。彼の敗北は彼女達の敗北を意味する。

 床へ着地を取り、右手に刀を発現させる。紫電を纏う白刃が狙うは一撃必殺。

 振り向き様に放たれる一閃。霞を断つその一撃を、楯無は槍でかろうじて受け止めたが、その威力まで殺しきれず、その両足は地面に長い平行線を刻んだ。

 彼女の視線はアインが持つ刀に注がれている。交錯の一撃で、楯無はその脅威を捉えていた。その刃が、人々の常識に当てはまらない例外である事を見抜いていた。

 

「――」

「――」

 

 言葉など不要。あるのは力だけ。その心に恐怖はない。

 互いに再度、疾走する。数歩の移動、それと共に掻き鳴らされる剣戟。

刀と槍が激しく打ち鳴らされる。剣戟の音が室内に木霊する。それはまるで、警鐘の如き早鐘を打ちながら、更なる加速を遂げていく。

 

“嘘、銃撃まで防いでる!?”

 

 楯無の槍は内部に銃のような機構が仕込まれており、発砲も可能である。それならばアインの持つ刀とはそれで大きな差が生まれると楯無は思っていた。

 だがその銃撃を、彼は悉く防ぐ。弾丸を斬り捨てる太刀筋は残光すら見えない。まるで彼だけが倍速で動いているのではないのか、と思わせるほど。

 しかし、そこで彼に手加減されていると理解する。彼が本気なら、既に楯無はあの刃に貫かれているはずだ。ならば、彼女が勝利を手にするには、その手加減に漬け込むしかない。

 穂先を逸らし、楯無は距離を取る。まず刀を持たせた状態では近接戦闘に勝ち目は無い。遠距離でも同様だ。彼の持つ無数の銃器には限りが見えない。

 彼の眼光は楯無の一挙一動を全て捕えようと動いている。

 

“だったら――!”

 

 楯無の槍の先がアインの真上を銃撃する。そこは天井であり、穿つ弾丸は壁すら貫いてその深部へと到達する。結果としてスプリンクラーが破裂し、水が撒き散らされた。

 

「……」

 

 突如、周囲が霧で覆われ見えなくなる。アインの五感を以ってしてでも、感じ取れない。恐らく、楯無のISによる力だろう。彼女のISはナノマシンと連動し、水を操ると言われている。

 刀を右手に握り締めたまま、左手にショットガンを展開させる。近寄らば斬り、遠ければ撃ち抜く。ただそれだけ。

 やがて何かが水溜りを歩くような音が響いた。距離は遠い。だが確実に何かいる。

 

「――!」

 

 踵を返すと同時に、刀による一閃。左下から右上へと刃を走らせる逆袈裟斬り。その一撃は、水滴を弾きその奥にいた術者を露わにする。楯無もまた彼と同じ体勢で槍を振り抜いていた。水鏡は砕かれ、再び現実が邂逅する。

 切断された水のベールは、儚い水飛沫となって床へと零れ落ちていく。互いの視線が、その体を捉えた。

 その隙を逃さず、アインが左手のショットガンで狙う。既に、弾丸は放たれているが楯無は再度、水の壁を前方に展開する。無数の弾丸を全て防ぎ切った。彼が使用するショットガンは、ソードオフと対IS用のカスタマイズが施された兵器である。しかし零距離に近い間合いからの発砲を無力化したと言う事実は、少なからずアインに驚異を抱かせる。

 エジョクションポートから空の薬莢が排出される。しかし、それに構う事無く彼は水の壁へショットガンを乱射する。本来の銃器と人間では不可能な動きだが、そんな事を彼はいとも容易く捻じ曲げてしまう。

 だがそれでも崩れない。そこで彼はようやく次の連撃へと移行する。ショットガンを圧縮し、刀を鞘に納める。その両手にナイフを展開。

 瞬間――反撃とも言わんばかりに、水の壁を破って槍が突出する。その穂先を蹴って彼はさらに跳躍し、水の壁へナイフを振るった。

 両手による交差斬り、その一撃は鉄壁の守りを誇っていたそれをあっさりと破り捨てる。

 瞬く間に楯無が再度、反撃へと移行する。槍を振るいながら彼から距離を取るべく背後へと跳ぶ。 アインもまた穂先を蹴って、彼女から距離を取った。

 

「……」

 

 再度、現れる白い霧。確かに時間稼ぎならば、楯無が圧倒的に優位だ。

 アインはナイフを圧縮し、右手にタンフォリオ・ラプターを現す。次の一瞬で勝負を決めるつもりであった。左手にはナイフが握られていて、既に近距離での戦闘へと入っていた。

 

「――」

 

 動きは無い。ただ水の滴る音だけが静かに響く。

 その刹那、アインが動く。

 殺戮を振りまく銃口を背後へ向けた時、霧から現れた彼女の両手から槍は消えうせていた。すなわちそれはIS武装の解除だ。彼にはその意味を咄嗟に理解する事ができなかった。

 僅かな時間――それが勝敗の行方を左右する。相手から盗み取った時間を、楯無は逃さない。力を蓄えた掌を構える。掌底による急所への強烈な一撃。それこそが楯無の狙い。

 これで終わりだと、彼女が不適に微笑んだ。幾度となく掴んできた勝利の手応えが、彼女の心に存在する。しかし勝利を確信した今の彼女が知る由も無い。

 最善だと思っていた策が、自身の失態を晒すだけの愚策なのだと。

彼を捕縛するならば、IS武装を解除するべきなどではなかった。否、そもそもIS武装だけで近接戦闘に持ち込むべきではなかった。

 打ち込んだ瞬間、楯無の両手を凄まじい痺れが襲う。その感覚が彼女の全てを鈍らせた。

 この痺れは例えるなら、硬い物を渾身の力で殴打した時と似ている。

 

「ッ!?」

 

 続けざまの驚愕を楯無は味わわされる破目となる。

 衝撃から回復したアインが彼女の懐へと潜り込む。手首を握られた瞬間、彼女の体は空中へと舞う。その瞬間、楯無は見えた。彼の首裏に刻まれている生々しい数字が、網膜へと焼き付くう。

 投げ飛ばされた――その予備動作、その動きを楯無は知っていた。

 あれはどこで――そうだ、織斑一夏(・・・・)と手合わせした時では。

 投げ飛ばされた時、彼の首裏にあったあの数字は一体何なのか。

 疑問が渦巻く楯無の眼前に銃口が突きつけられる。

 その瞳に躊躇いは無い。指が引き金へ滑り込む。

 そこでようやく楯無は、目の前にある現状を把握した。反撃は間に合わない。だからと言って、ここで容易に殺されてやるわけにはいかない。

 悪あがきの動きへ移ろうとした時、別のところから響いた銃撃がアインを襲う。

 彼が予想外の不意打ちにその場から飛び退き、両手に拳銃を展開する。その隙に楯無が更衣室へと飛び込んだ。

 迫る弾丸を放つ弾丸で、相殺しながら彼は舌打ちする。

 

「……」

 

 結局、弾丸は何発か被弾したらしく体の節々に僅かな痛みがある。しかし彼にとっては十分度外視出来るレベルだ。

 ボロボロになった私服を見て、アインは銃撃者へと視線を走らせる。

 彼の眼前にいたのは、黄色い機体のIS。

 通称ラファール・リヴァイブ。操縦者はシャルロット・デュノア。

 彼女は両手に機関銃を持っているが、その威力はアインを前にしてまったくの無意味だった。   元々、セーフティが掛けられていたのかそれともただ単純に威力不足だったのか。

 瞠目する彼女の姿を、アインの紅き双眸が見据える。彼女は彼をどこで見た事があると気づいたのか、声を挙げる。

 だからと言って、彼に手加減してやる余裕が出来たわけではない。ただ自身に出来る事をするだけだ。

 

「貴方は……!」

「この貸しは高く付くぞ、デュノア」

 

 数々のISを屠ってきた死神の銃口が、疾風に牙を向けた。

 

 

 

 

 

 

 オータムの心を支配しているのはありえるはずのない可能性だ。織斑一夏の白式を強奪する上で一番の枷になるであろう存在――それが更識楯無だった。彼女はアインが足止めする役割になっていた。

 しかしその楯無がオータムの前にいるという事は、アインに何らかの問題が起きたという事である。

 彼が敗北したなどと言う事はあり得ない。そんな事は断じて認めない。

 

「ガキが、面倒くせぇ動きしやがる……!」

「あらあら、そっくりお返しするわ」

 

 リミッターによって限定された操作でオータムは楯無の猛攻を防いでいた。

 上手く行けば何とか撤退までの時間は稼げるだろう。ただしそれはアインがいるという前提条件の話である。

 彼の敗北など、作戦から度外視されていた。コア・ネットワークを介しての通信は、今のオータムでは行える余裕が無い。

 

「悪いけど、こっちも用事があるのよ。というわけで大人しく捕まってくれないかしら?」

「ほざけ!」

 

 薙ぎ払われた槍を飛びのいて避ける。彼女自体の動きは見切った。これならば十分、反撃に移る事が出来る。

 反撃に装甲脚から射撃しようとした時、楯無の不適な笑みが映った。

 

「ねぇ、ところでこの部屋、異様に暑くないかしら?」

 

 本能で危険を察したオータムが防御体勢を取る。

 その瞬間、彼女の総身は爆発に飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ!」

 

 突如、感じた殺気。それは場を覆すには十分な感覚だった。

 楯無が槍で飛来した物を弾く。

 それはナイフだった。彼女も先ほど見たばかりで、水の壁を容易く切り裂いた刃。

 弾かれたナイフは宙を何度も回転しながら、爆発した箇所の手前へと突き刺さる。

 彼女の知る限り、先ほどまで戦っていた相手はナイフを使っていない。

 ならばその前の相手は――だとすればそれを抑えていた少女は――。

 

「嘘……! 生身で……?」

 

 オータムの目の前に、先ほど交戦した少年が立っていた。長い白髪から水滴が静かに滴っている。

 恐らく彼女を庇ったのだろう。焦げている地面の真上で彼は平然としていたからである。否、平然とではない。僅かだが息を荒げており、楯無の一撃は彼に確かなダメージを与えていたという事だ。だがそれでも、楯無の望んでいたダメージよりは遥かに小さい。

 IS武装がほとんど効かない事とISが倒されたと言う二つの事実に、楯無は瞠目した。

 そして彼女は自身が軽く震えている事に気づく。

 今まで感じたほどの無い強い殺意が少年から溢れている。例えどこにいようとも、必ず見つけ出して殺す――そう言わんばかりの殺意だった。

 その矛先は彼女に向けられているのではない。彼女の背後にいる少年、織斑一夏に注がれていた。

 

「……退くぞ。この爆発で気づかれた」

「お前、私を庇って……!?」

 

 彼が床に刺さったナイフを拾い、何かを投げつける。それは煙を巻き上げながら転がる手榴弾だった。おまけに電子系統の機器に対する微弱な妨害電子も含まれている。

 煙幕に紛れて逃げるつもりだろう。女はまだしも、彼だけは確実に仕留めておく必要があった。

 逃がさないと楯無が槍を構えた時、少年の手から突如、銃が出現する。射殺さんばかりの眼光が体を支配する。強烈な憎悪――楯無は何度か感じて来た事があるが、彼が放つのは別格だ。

容赦なく引鉄が引かれ、その凶器から火線が放たれた。

 狙いは――織斑一夏だ。

 

「っ!」

 

 追跡を中断し、一夏を守るようにして弾丸を弾く。楯無は本能的に二度振るっていた。一夏の眉間と左胸部――すなわち脳と心臓の二つ。槍を振るえば、手応えはどちらも感じられる。その事実が、 僅かに楯無を畏怖させる。彼はあの一瞬で、二度引鉄を引き、二か所の急所を狙ったのだ。

 眼前に視線を這わせるが、煙幕で何も見えない。煙幕が晴れた頃には、二人の姿は忽然と消えていた。

 

「楯無さん、今のは……」

「亡国機業よ、一夏君。これが取り返した白式のコアだけど後で返すわ。急がないとシャルロットちゃんが……!」

 

 その言葉に一夏が体を引き摺りながら外の通路に出る。そこには体中の至るところを負傷したシャルロットが倒れていた。床に広がる水溜まりの所々が赤く染まっている。

 破壊されたIS武装の部品、そしてあちこちの壁面に刻まれた弾痕と彼女の太腿にあった深い刺し傷がその身に何が起きたのかを示していた。

 ただ一つ奇妙なのは、彼女の周りに誰もいないと言うのに、何故彼女に包帯が巻かれているのかと言う事だった。

 

 

 

 

 

 

 予定の公園まで撤退したアインとオータムは近くのベンチに腰を据えた。アインは変装用の私服が破損したため、既に白いコートを羽織っている。その体には僅かな疲れが見えた。その手は銃を握っていて、銃口からは僅かに硫黄の香りが立ち込めている。

 疲れはまたオータムも同様である。彼女の腕であれば織斑一夏を仕留める事など容易いが、目的は白式の強奪であり、殺してしまう訳にはいかない。殺せば必ず足跡が着いてしまうからだ。

 長い沈黙の後、オータムがふと声を漏らす。

 

「……わりぃ、アイン」

「気にするな、スコールも多分この事を予測していた。……更識、恐らく彼女がいる限り暗殺は不可能だ。剥離剤(リムーパー)も効かなくなった今、誰かが更識をひきつけるしかない。次の作戦は全面的な攻撃になる」

 

 ただアインは淡々と告げる。恐らくその全面的な攻撃こそが、彼を主体とした強襲なのだろう。

 そこで彼はようやく悲願と対峙する。その結末がどうであろうと、ただ彼の行く末を見守るだけ――そうスコールは言っていた。

 

「次はリミッターも無い。なら、やれるだろ? オータム」

「……あぁ、私を誰と思ってるんだ? アイン」

 

 目線が交わる。そうして二人は互いの拳を軽くぶつけ合った。

 今回の結果としてはIS学園に、こちら側の情報をいくつか渡してしまったものの実力を推し量るには十分と言える。

 何よりアインもオータムも正確に言えば、本当の力を出し切ったのではない。アインにはまだ本来の力が隠されており、オータムはリミッターのため本気を出せていない。

 痛み分けと言えばその通りだが、まだ亡国機業に分がある。スコールやマドカ、ナターシャに加えアルカまでいるのならば、次回の作戦を立て直すには十分。

 

「二人とも無事か?」

 

 アルカとマドカが公園に入って来た。

 散らばっている瓦礫を踏まないようにして、彼女達は二人の元へと駆け寄る。

 

「兄さん、怪我は?」

「問題無い。すぐに出るぞ。ここもやがて騒がしくなる」

「あー……やっぱ、勢いで暴れるもんじゃねぇなぁ」

「リミッターを掛けておいて正解でした……」

 

 各々な言葉を呟きながら、公園を出る四人の姿。

 その背後で、ラウラ・ボーデヴィッヒとセシリア・オルコットが満身創痍となって倒れていた。

 

 

 

 

 

 IS学園の保健室で四人の人物が手当てを受けていた。

 織斑一夏――目立った外傷は無し。近いうちに治る。

 シャルロット・デュノア――銃創が各所にあり、太腿へナイフによる刺傷。数日間は安静。

 セシリア・オルコット――銃創と強い打撲が数箇所。数日間の安静。

 ラウラ・ボーデヴィッヒ――銃創と強い打撲が数箇所。数日間の安静。

 以上の四名が学園祭途中に、襲撃を受け負傷した。幸いにも民間人や他の生徒達への被害はゼロであり、その事が不幸中の幸いだった。

 現在、織斑千冬と山田真耶、更識楯無の三名による事情聴取の最中である。

 

「……つまり、生身でISを倒す人間が?」

 

 千冬の言葉に、シャルロットとラウラ、セシリアが頷いた。

 そんなのは冗談にも等しい言葉だ。ISによるシールドは、ISでしか破れない。一般の火器を漁っても、かろうじて通用するのが一つか二つか程度だろう。

しかし、確かに道理に適っているし証拠もある。三人の負傷に銃創と言う共通点がある上に、襲撃者である白髪の少年の証言も一致する。三人の弾丸による傷跡の大きさは、ほとんどが一致していた。

 だが少なからず疑問点も存在する。

 まずどうやってISを破るかだ。こちらに関しては相手がIS武装を使ったのであれば納得は出来る。しかし証言からすると、襲撃者の武器は携行型の火器と何ら変わらないと言う。

 次に浮かぶ疑問点としては、その火器をどうやって作り出しているのか。どこかの国が開発した事も考えられる。しかし、襲撃された者達は皆、国を代表する実力者達だ。それらを襲撃するという事は国を敵に回すような暴挙である。

 

「更識さんも交戦したんですよね?」

「はい、私の時はナイフと様々な携行火器、そして日本刀の三つを使用していました。体術は私と同格か僅かに上――と考えてもいいでしょう」

 

 溜め息をついて千冬は頭を振った。

 もしも同じような人物が攻撃を仕掛けてくる場合、今度は万全の対策を練らなければならない。

 何度も事故を起こしている以上今度こそはIS学園の威信にかけて、何としてでも織斑一夏は守りきる必要があった。

 

「とりあえずデュノア、その経緯を話せ。この事は重大な機密情報として扱う。これ以後一切の他言を禁じる」

「はい。彼が銃口を向けた後――」

 

 

 

 姿が、消えた。

 シャルロットはISを展開したまま、視界に映っていたはずの少年の姿を探す。先ほどまで捉えていたその姿がどこにも無い。周囲三百六十度を見渡せるハイパーセンサーの視界から消失するという事は――生身の人間に出来る芸当ではないだろう。

 逃げたのか、いやそれこそおかしい。現在彼女がいる場所は密室だ。

 そこまで考えた時、シャルロットを銃弾の豪雨が襲う。

 ISのシールドエネルギーが次々と削られていく事と、目の前で起きている事実に目を見開く。

 少年が天井を疾走しながら、両手の銃を乱射している。壁から天井へ、天井から壁へ。彼女の照準を定めさせない事を目的とした攪乱の移動。アサルトライフルでは余りにも分が悪い。

 武器を切り替えようとした瞬間、シャルロットの太腿を激痛が襲った。

 

「うっ……!」

 

 ナイフが刺さっている。シールドエネルギーを貫通して、生身へ直接攻撃が届いた。本能的にエネルギーの数値へと目を向ける。絶対防御は発動しておらず、エネルギーもまだ余っている。ならどうして――。

 この時シャルロットはほんの僅かな間、目を逸らし思考を疑問に置き換えてしまった。体の動きを止めてしまった。

 

「きゃあっ!」

 

 全身への鋭い痛みと共に壁へと叩き付けられた。体中に重圧が圧し掛かり、呼気が全て押し出される。

 蹴られたのかと気づく。だがその時既に彼女が持っていた銃は、砕け散って床へと散らばっていた。

 薄れ行く意識の中で、少年が徐々に近づいている事だけが、シャルロットが知る全てだった。彼は、その体に視線を回してから手を動かし始めた。

 それに疑問を持つ間も無く、シャルロットの意識は闇に飲み込まれていった。

 

 

 

「……なるほど、分かった。だが納得がいかんな」

「何がですか? 織斑先生」

「デュノア、医療班からの報告だがお前の傷は既に手当てされていた。しばらく安静にしていれば少なくとも三日の内には完治する。デュノアが倒されてから、彼女の元に訪れたのは更識と織斑だけだ。だが既にお前には応急処置が施されていた」

 

 その言葉に、千冬を除く全員が言葉を詰まらせる。

 誰が負傷したシャルロットを治療したのか。その人物の想像は容易につく。だがどうして治療を行ったのかまでは分からない。

 

「……分かりませんわ。一体何が目的ですの?」

「まぁ、一つだけ分かる事がある。――亡国機業の狙いは、間違いなく織斑。お前だ」

 

 千冬の言葉が、一夏の心を揺さぶる。彼の心に息吹く何かが、動き出した。

 

「……千冬姉、もしかしてそいつら、俺を狙うためだけにシャル達まで?」

「分かる事は一つだけだと言ったはずだ。後は自分で考えろ」

 

 そう言い残して、千冬は保健室を出て行く。眉間に皺が出ている事を考えれば彼女もまた事態の把握に急かされているのだろう。

 彼女を追いかけるようにして、山田真耶も部屋を出て行った。

 そして楯無もまた部屋を出ていく。

 

「……だったら、だったら最初から二人がかりで俺を狙えばいいじゃねぇか。何で、シャル達まで巻き込むんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 理事長室へ向かう楯無の心中は不安定の一言だった。

 彼女の心を、ある一つの可能性が渦巻いている。理由があれば根拠もある。だが決定的な何かがそれを否定している。

 首裏に見えた数字は、まるでバーコードのようだった。もしそれが人体研究による物だとすれば――

 彼が行った動きは、織斑一夏と酷似していた。踏み出す足の動きまで。もしそれが似ている物ではなく本当に同じだったとすれば――

 織斑一夏は過去に誘拐されている。第二回モンド・グロッソ決勝戦の日に、彼は会場へ応援に行くと姉に告げていた事が確認されていた。それ以後の行方は一切不明。自宅を出てから救出されるまで、彼の目撃情報は一切なく本人の証言も曖昧だった。

 もしその間に織斑一夏がどこかに誘拐されたままだとすれば――

 彼には夏の時レゾナンスで悩みを聞いてもらった。その時彼の言っていた内容。

 もしそれが実体験によるものならば――

 

“嘘よ、ありえるはずがない。既に彼は救出されたはず”

 

 だがあの髪の色と瞳の色は間違いなく自然による物ではない。体の硬さも鍛え上げるだけでまず不可能な堅強さだ。だとすれば彼の過去に何か原因がある。彼自身が在り得ない何かを体現した存在ならば、全てに辻褄が合う。

 何よりも彼の持つ力がその事実を裏付けている。

 ならば考えうる答えは一つしかなかった。

 

“彼の正体が――”

 

 その思考を打ち切るようにして、楯無は理事長室への扉を開けた。

 

 

 

 

 理事長室では電話を終えた直後らしく、轡木十蔵が子機を充電器へ置いている所だった。

 席に着く間もなく、楯無は彼の前へと向かい目線を合わせる。

 

「……キャノンボール・ファストは延期にしましょう。まずは、今回の襲撃者を何とかしなければなりません」

 

 その言葉を読んでいるのか、あるいは何かがあると考えているのか。轡木の目が僅かに変わる。彼は物事の裏側を見る事に長けている。楯無ですら適わない程のセンスであり、彼に冗談が通用した事は一度たりともなかった。

 

「ふむ、それは本気ですか? 更識くん」

「はい。生徒の安全を確保する事が必要です。そうでもしなければ、多くの生徒達が危険に晒されます。クラス対抗戦の襲撃、福音の暴走、学園祭の襲撃――全て偶然だとは思えません」

 

 夏の臨海学校以後、暴走し行方不明になったままである銀の福音とその操縦者であるナターシャ・ファイルスの捜索命令が出されている。国家代表である実力者が消えた事は、各国へ衝撃を走らせた。

 彼女の捜索は今も尚続いており、更識もその捜索には関わっていた。だが手がかりは何一つ見つかっていない。彼女の親友であるイーリス・コーリングはそれ以後血眼のように彼女を捜していると聞いた。

 楯無の心によぎるのは、直感だ。もしも福音の裏にあの少年が絡んでいるとすれば、既に何かが渦巻き始めている。

 

「……分かりました。検討してみましょう、政府には何らかのカタチに変えて交渉してみます。ここで終わらせないといけませんね」

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 役者は揃った。

 パズルのピースは揃った。

 歯車は動き出す。

 時の摩擦は加速する。

 繰り返せ。

 原点を。

 取り戻せ。

 己を。

 

 再び、一になるために。

 一になるために零にする。

 だから一があったら、残りは全部一になれない。

 なら、その一を無くそう。

 

 ――始まりをもう一度(リフレイン)

 

 


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