IS-refrain-   作:ソン

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ユアネームイズ

 

「……やけに静かだ」

「……」

 

 亡国機業の本部に到着したのは夕方――空は臙脂に染まっている。

いつも見慣れた風景だと言うのに、胸騒ぎが鳴りやまない。漂う空気がいつもとは異なる。頬を撫でる風が不愉快だった。

 

「アルカ、スコール達は?」

「分かりません。ですがアイン様は最上階に来るよう通達が出ています」

「……分かった。アルカ、スコール達の捜索を頼む。オレは最上階に向かう」

「はい、確かに」

 

 白いロングコートの内側に展開したタンフォリオ・ラプターを吊るして、アインは本部へと向かう。

 最上階へ向かうエレベーターは最初から開いている。大きくその咢を開き、来るべき獲物を待ち受けていた。

 だが今更ここで立ち止まるわけにもいかない。――行かなくてはならない。

 

「アイン様」

「……どうした、アルカ」

「どうか、お気をつけて」

「……あぁ、ありがとう」

 

 

 

 

 

 ナイフを逆手に握りしめる。まもなく最上階だ。もし奇襲を掛けようと言うのならば、それはエレベーターが開いた瞬間が最適な筈。

 側面に背中を預け、扉から身を隠すように。これならば銃撃が来ても凌げる上に、内部に入ってこられてもナイフで処理が出来る。

 乾いたランプの音と共に扉が開く。――息一つ聞こえない。

 僅かにナイフを物陰から外す。もし敵がいたのならば、何かアクションがあるはず――。しかし何もない。ナイフの刃面に反射して見えた光景は、無人の通路だった。

 エレベーターから降りて、ナイフを体内に圧縮し右手にタンフォリオ・ラプターを展開する。通路はそこまで広くない。これならば近接格闘術で充分に対応し切れる。

 窓ガラスから見える光景は、真っ暗だった。遠く離れた街の灯り程度しか見えず、周囲の施設ですら、息を潜めている。

 不気味な冷たさが、肌に纏わりつく。銃把を握る手が僅かに力んだ。

 

「……」

 

 最上階――スコールの持つ権限でも入る事すら出来ない場所。アインも全く訪れたことは無い。

 豪華な装飾が施されたドアを銃で軽く触れる。罠が無いか確認をしたいが、そのための器材は生憎、用意していない。カレン程の腕前ならば容易だろうが、今の彼の未熟な技量では罠の有無を確認する事で精いっぱいだ。

左腕の肘で押し開け、扉を開く。眼前に広がるのは敷き詰められたレッドカーペットと大理石で構成された室内、あちこちから集められたであろう豪華な調度品が息を呑むような美しさで配置されているだけだった。

 

「……いない」

 

 部屋の中央にある小さな噴水から零れる水の音。それだけが唯一の情報。

 扉を閉め、室内の至る所へ目線を配らせる。何の変哲も無い一室だ。特に気になるようなところは無い。

 ――瞬間、微かな刺激臭が漂った。反射的に扉の蝶番へ銃口を向け――黄色いガスが部屋の中から噴出し、充満した。

 体が痺れ、意識が混濁する。気が付けば床へ横たわっていた。だと言うのに脳内は気味が悪い程現状を分析していた。

 恐らく催眠と麻痺の二つを混ぜたガスがばら撒かれたのだろう。まんまと誘い込まれたと言う訳だ。

 タンフォリオ・ラプターを取り落としてしまったが、手を伸ばせば届く距離。それは幸いだった。

 咳込みながら、ノイズが走る視界の中でアインは二人の人影を見る。

 一人は壮年の男、顎に蓄えた髭が強く印象的である。

 もう一人は女性であり、それはどこか千冬やマドカを連想させる顔立ちだった。

 

 

 

 

 

 スコール達は本部の地下で軽い軟禁状態となっていた。本部への帰投を命じられるや否や早速、監視が付けられる事になったのである。

 オータムやエムがそわそわしてる中、落ち着いているエヌやスコールの度胸は賞賛される物だろう。

 

「落ち着きなさい、二人とも。そうなってたら相手の思うツボよ」

「相手?」

「えぇ。ようやく尻尾を出してくれたみたいね――本当にじれったい」

 

 エムが扉から離れた瞬間、その扉が木っ端微塵に爆破された。

 そして開かれた穴からISを展開した構成員が流れ込み、スコール達を包囲する。向けられた武器、ISの種類、そして操縦者。何よりもその集団を指揮する女性に、スコールは見覚えがあった。

 先日行われた幹部会で、彼女を嫉んでいた女だったはず。――同性ながら、ここまで嫉妬をされると呆れすら出てこない。

 

「無様だな、スコール。おめおめと任務から逃げ帰ってきて嬲り殺される破目になるなんてさ」

「あら、壁越しでも気づかれるほど殺気出してる貴方こそ。訓練生にも劣るわね」

「減らず口を……!」

 

 女の通信機が起動する。

 そのような物をつけているに辺り、どうやら男もこの騒動に便乗しているらしい。

 スコール達も同時にISを展開した。こんなところでわざわざ殺される必要も無い。

 

「あ? ……分かってる。上が終わらせるまでだろ。外で食い止めててくれ。すぐに終わらせる。……ってコトで死ね、クソッタレ」

 

 スコールへ向けられた銃口が火線を放とうとした時、天井のダクトに付けられていた金網が地面へと落下する。

 そこから投擲された手榴弾が炸裂し、辺りを煙幕が包み込んだ。――対IS用に調整された煙幕手榴弾。これならば相手はフレンドリーファイアーを恐れて発砲出来ない。

 

「何が……!」

 

 瞬間、肉を引き裂くような音と断末魔が混ざり合った輪唱が室内に響き渡り――沈黙した。

 

「ご無事ですか、皆様」

 

 アルカ――構成員を始末したのは彼女だろう。ワイヤーを使用した暗殺術など、彼女以外に使いこなせる筈も無い。

 

「アルカ……。一体何があったの?」

「内部粛清だとさ」

 

 ダクトからカレンが飛び降りる。

 服装はいつも通りの見慣れたコート。彼女の手には、ハンドガンが握られていて腰にはアサルトライフルが差されている。

 返り血が着いている事から、どうやら彼女も今回の一件に巻き込まれているらしい。

 

「アタシも詳しくは知らんが……何でも、裏切り者が紛れ込んだとかスパイがいただとか、訳の分からん噂が立ち込めてた。んで、幹部のトップ様がアイツを裏切り者と認定。で、今こうなってる」

「つまり……アインを部下に置く私も処分対象ってコト?」

「あぁ。が、さすがにここの連中も鋭いのはいるね。アンタ達を守ろうとするヤツ、まだ真実を知らないため動けないヤツ、そして――単純に殺したい馬鹿かアンタらに恨みを持ってたヤツ。今、本部にいるのはこのどれかさ」

「……なるほどね、真実味のある嘘で――。つまり、本命は」

「あぁ、アイツだ。何処に行ったか分かるかアルカ」

「――今頃、最上階にいるかと」

「……マズいな、だとすりゃアイツは――。ついさっき、アンタに賛同してる連中が準備を整えて大暴れしてる。事態が解決した後には建て直しが必要だね、こりゃ」

 

 ハンドガンの弾倉を交換して、カレンは壁を顎で示した。

 その壁をアルカがワイヤーで切断する。

 

「最上階に向かえ、スコール。この部屋は通過地点だ。そこの壁から行けばエレベーターに近くなる。アタシとアルカはここで食い止めておくからさっさと行け」

「なら外は任せて」

 

 かつて扉があった穴へエヌが近づく。

 彼女は不適に微笑んで、外を示す仕草をした。

 

「この子は対集団戦を想定して作られてる。防衛線なら専門分野よ?」

「待て、私も行く。IS学園の時は雑魚しか相手できなかったから不完全燃焼なんだよ」

「……分かったわ、オータム。思わぬ助けが入ったでしょ。カレン」

「そうだね。ほら、さっさとしろ。エヌ」

 

 まるで蝿でも払うかのようにカレンが手を振った。

 福音とアラクネが外へと向かうために飛び出す。

 

「スコール様、これを」

「この紙は……えぇ、そういう事ね」

「よろしくお願いします、スコール様」

「……分かったわ、行くわよエム」

「あぁ」

 

 スコール達が、アルカが破壊した穴から出てくるのを見送って二人は視線を交わらせる。

 

「おい、アルカ。巻き込んだとかそういう感想は勘弁だぞ。金にならん殺し合いなど、下の下だ。アタシだって嫌なんだからな」

「分かっています。えぇ、分かっていますとも」

「……絶対根に持ってるだろ、アンタ」

 

 視線の先にこちらへ疾走するISの姿がある。

 あの二機を潜り抜けてきたのは賞賛出来るだろうが、生憎それを誉めてやる事は出来なかった。

 アルカが疾走し、カレンがホルスターからハンドガンを取り出して構える。

 再び、轟音が響いた。

 

 

 

 

 

 

「……発令しておいて正解だったな。アルカやスコールに邪魔されていた可能性が高い」

「そうね、下は大騒ぎよ」

 

 催眠ガスによって意識が朦朧とする。力が入らない。上手く考えが纏まらない。

 その中で見た二人の人物。何故かアインはそれを遠い昔に見た事があるような気がした。その声を知っている。その香りを、喋り方を知っている。

 女はアインへ優しく微笑んだ。どこか懐かしさを感じた

 

「良く頑張ったわね、一夏」

「な……に……?」

 

 声が上手く出ない。

 地面に倒れこんだまま、アインは喉から声を搾り出す。それ以上の言葉が出なかった。

 間違いなく二人は知っている。

 アインもマドカもスコールも知らない何かを知っている。

 

「私の名は織斑久一(おりむらひさいち)。亡国機業幹部でありお前の父親だ」

「私の名は織斑季理(おりむらきり)。亡国機業幹部で貴方の母親よ」

「……!」

 

 驚愕と共に一つの事柄が答えへと辿り着く。

 マドカは昔“誘拐”された事があり、そこから亡国機業へと入る事になった。

 もしもだ。

 一番身近な人間がその手引き或いは直接的に関与していたとすれば――答えが繋がる。

 

「マドカを攫ったのは……お前たちか……!」

「ふむ、マドカは惜しかったな。千冬ほどの実力を持っていれば幸運だったのだが、あいつにそれほどの才能は無かった」

「逆に千冬は実力こそあったけど、もう自我が確立していたから無理だったわ」

 

 起き上がろうとして、腕が支えきれず体が倒れこむ。体が思うように動かない。

 武器の発現は不可能だ。まずそのイメージが行えない。

 タンフォリオ・ラプターの装填数は一発。そして麻痺しているこの体が再装填を行う事は困難。既に状況は詰んでいる。

 

「何で……マドカを……」

「……いいか、一夏。世界の平穏は人柱がいる。元々私の世界はそうして築かれてきた歴史がある。人類が誕生し、二千年経った今その歴史の下には無数の屍が隠され、その屍を払った犠牲があったからこそ、私たちはこうして生きている。

 忘れてはいけない、顔も知らぬ私達のために、血を流し死んでいった者たちがいる事を、無かった事にしてはならない」

「だけど、今の世界はどう? 今の人々はその事から目を背け続けている。そしてISの出現はそれをさらに加速させた。ISが人殺しの可能性を秘めている、その事実が今この瞬間に薄れつつあり、一つ間違えれば大量殺人兵器になりかねないアクセサリーが、世界中に散らばろうとしている。……だとしたら、さらに多くの血が流れるのは明らかじゃなくて?」

 

 それは確かに否定できない。

 ISの力は絶大だ。まだ数百機しかないが、それでも一国を相手取るには余りにも十分すぎる機動力とその手段を持っている。その事は数々のISと交戦してきた彼が、一番よく分かっている。

 そして殺される都度、彼女達の顔は恐怖に滲むのだ。『こんな筈じゃなかった』と。

 

「恒久的な平和――亡国機業の思想は私達にとって相違無い。だがそれが何の代償も無く行えるかと言えば答えは否だ。世界のためには、一定の人間の人生を踏み躙る必要がある。私達が捧げるのは自身の平穏とその子供だ」

「……子供が、お前の道具だと」

「多数が幸福になるためには、少数が不幸になるしかない。世界はそう出来ている。私達も、苦しかったのよ。貴方達には幸せに生きて欲しかった。争いの無い平和な世界で、貴方達の夢を叶えて欲しかった。

 でもきっと、今の世界じゃ貴方達を必ず壊す。――なら、私達が先に貴方達を壊すしかない」

 

 ――ふと、過ぎる。彼らは言わば自分達の子供を売ったのだ。その事が、どこか引っかかる。

 昔、囚われていた研究所でアインは自分のクローンとその母体を皆殺しにさせられた。当時はその事実に絶望するばかりだったが、今考えるとそれは余りに不自然である。

 どうやって――あれほどの数のクローンを用意したのか。最低でもクローンを作るのに、かなりの時間を要する筈だ。クローンとはいえ、人間と変わらない。老いは違えど、成長は同じはずなのだ。

 アインがあの研究所に捕らわれていた時間はそれほど長くは無かった。

 せいぜい半年が妥当なところである。元々それほどの数を用意できるとすればそれは――。そしてモンド・グロッソで、誘拐されたのも――。

 

「……俺を攫ったのは、お前達……か……!」

「あぁ、マドカが余りにも駄目だった。スコールに彼女を押し付けて、次は一番可能性の無かったお前を使う事にした。……まさかこれほどの大器になるとは思いもしなかったよ」

「えぇ、本当に驚いた。研究結果が送られてきた時びっくりしたわ。まさか千冬を越えるなんてね」

 

 つまり全ては二人の自作自演だ。

 アインの中に生まれた何もかもが、二人の予測の範疇でしかなかった。二人が描いたシナリオを、ただ歩いていただけに過ぎなかったのだ。

 彼が流した血も涙も、築き上げた屍山血河も――その全て。

 

「一夏、私達の下に来い。お前は世界を粛清する道具となる。その力で、お前は人類に静寂をもたらすんだ」

「えぇ、そして私達とマドカと貴方の四人で幸せに暮らしましょう。平和になった世界で、ずっと仲良く」

 

 ズキリと何かが痛んだ。心に迷いが渦巻く。

 平和になった世界、家族と再び暮らす事。

 それは彼が求めていた理想だ。否――彼だけでは無い。きっと誰もが望む事だ。

 ――家族と、大切な人たちとの幸福で暖かな暮らし。

 

「……スコールは、スコール達はどうなる」

「あぁ、彼女か。申し訳ないが使い捨てるしかない。彼女もまた亡国機業に魂を捧げた身だ。それほどの犠牲は覚悟している」

「大丈夫よ、彼女の信じる平和な世界で貴方が幸せに暮らす。それほどの幸福なんてどこにもない」

 

 母親に抱き締められる。その香りと抱かれた感覚を知っていた。鼻腔をくすぐる感覚が、埋もれていた記憶を掘り起こした。

 やはり――彼らは家族なのだ。

 体が温もりを感じていた。その温もりに、懐かしさを覚えた。

 

「貴方とマドカをいつまでも守ってあげる。私達も家族が大切なのよ。大好きだから」

 

 アインの右腕が彼女の首へ回される。

 彼女を抱えるようにして、彼もまた声を振り絞った。

 全てを――投げ捨てる決意をして。

 

「あぁ、俺も……家族の事が大好きで、とても大切だ」

 

 目頭が熱い。体が痛む。心がうるさい。

 筋肉が震えた。動く腕を止めようとする肉体を、無理やり抑え込んだ。

 

「――それだけは、それだけは本当だ」

 

 右腕が彼女を固定する。

 その体を決して離さない(・・・)ように。

 左手にはタンフォリオ・ラプターが握られていた。その銃口を彼女の胸へ押し付ける。

 強く、強く。決して、逸らさないように。

 

「――さよなら、母さん」

 

 銃弾が彼女の心臓を撃ち抜き背中の肉を抉り飛ばして、射線上にあった父親の右足を吹き飛ばした。

 発砲と同時に左腕が大きく振り飛ばされ、タンフォリオ・ラプターが床を転がる。武器の発現はまだ出来なかった。ガスの影響が切れるまで待つことも出来なかった。

 拾い直している時間は無い。ならば――。

 地面に倒れこむ父に跨り、その首を締め、強く圧迫する。

 

「何故だ……! 何故私達を……!」

「――」

「家族を――平気で殺せる……!? 他人と家族のどちらが大切なのか……」

「――そうだ。どっちが大事か考えるまでもない」

「なら……!」

「血の繋がっていない家族と、血の繋がっている他人。――あぁ、考えるまでもない」

 

 手に力を込める。その力を決して緩めないように言葉を紡ぐ。

 もし言葉を途切れてしまえば、その両手をすぐに放してしまいそうだったから。

 彼の脳裏を様々な記憶が駆けて行く。

 もしこの二人を殺せば、もう裏切り者として亡国機業にはいられない。

 アインを名乗ることなど、二度と出来ないだろう。

 だがそれでも彼女達を守りたかった。彼女達といる温もりが、本当に愛しくて、どこまでも恋しかったから。

 

「生きていく……! オレは奪ってきた命の分まで、全て背負って生きていく……! それが――俺の選択だ」

 

 かつては見失っていた。だから今度は絶対に迷わない。

 自分の生き方に誇りを持つ事。それが死んでいった者達へ出来る唯一の弔い。

 手の中にある骨が砕け散る感触と自身の全てが喪失した音を、彼は確かに聞いた。

 

 

 

 

「……」

 

 少年は立ち上がり歩き出そうとして、再び地面に両膝を落とした。

 何処に行けばいいのか、何を名乗ればいいのか、何も分からない。

 実の両親を殺した。

 もう織斑一夏へは戻れない。

 亡国機業の幹部を殺した。

 もうアインへは戻れない。

 吹き飛んだ拍子にその手から失っていたタンフォリオ・ラプターを見つけて、少年はおぼつかない足取りで、その銃を握る。

 いつも握っていた。これと共に、生きていた。だけれど、これからはどうしていけばいいのだろうか。

 何もかも分からなくなって、彼は手の中にある銃をもう一度見つめた。

 

「……」

 

 ドアの開く音と共に、少年はゆっくりと顔を向ける。

 スコールとマドカが部屋の中にあった死体に瞠目していた。

 

「……アイン」

「もうアインじゃない。実の両親を殺して、亡国機業の幹部を殺して……。もう名前も居場所も無い。帰るところも無い」

 

 目から何かが零れ落ちる。

 涙だ。眦を強く絞っても、次々と零れて来る。

 止まらない。いつも抑えられるはずの気持ちが、止まらなかった。

 

「……アルカから聞いたわ。織斑千冬に養子の話を持ち出された事。そして今、亡国機業では内乱が起きてる。私はこの内乱を鎮圧して、新しく亡国機業を組織しなおすつもりよ。……だから今、選んで。織斑千冬の下へ養子となるか、私が組織する新しい亡国機業に入るか。貴方の居場所を、貴方が決めて」

「マドカは……」

「私は兄さんについていく。もう、一人は嫌だから」

 

 少年の心の中を葛藤が走る。

 それは十五年しか生きていない少年にとって余りにも過酷な物だった。

 ただ言葉にするだけの事が、酷く重かった。

 

「俺は……」

 

 織斑千冬の下に行けば、もう一度織斑を名乗る事は出来る。

 一夏として生きる事はできなくても、かつて憧れていた姉や大切な妹と共に新しい家族として幸せに暮らす事が出来るだろう。

 自分を育ててくれた人たちに背を向けて。

 

「オレは……」

 

 スコールの下ならば、守りたかった人たちと再び過ごす事が出来る。

 世界のために奔走し、戦場を駆けるのは変わらないが守りたい人たちを近い場所で守る事が出来るはずだ。

 自分を育ててくれた姉に背を向けて。

 

 どちらが良くてどちらが悪いなどと言う基準の話ではない。

 どちらの選択も家族に背を向けるものだった。

 たった一つだけの違いは――血が繋がっているか否か。

 そうして少年は、自分の場所を口にする。

 そうして少年は、自分の名前を口にする。

 

 

「おれは――」

 

 

 


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