IS-refrain-   作:ソン

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もう一つのエンディング、通称織斑EDです。
分岐点は「ユアネームイズ」でアインが織斑に戻る事を選んでいたら。


……エピローグみたいにまとめるのが凄く難しかったです。
これからこのEDを派生とした短編も書いていく予定ですので、その設定も含まれています。
個人的には簪を上手く書きたかったでござる。

次回の話は「短編 ボーデヴィッヒ」を予定。
カレンとラウラ、親子再会のお話。そしてセシリア両親についても触れられます。


IF 織斑――

 アインとマドカ、そしてアルカは簡単に荷物をまとめて亡国機業本部前にいた。

 今日で、もう長年いたこの組織から離れる事になる。

 スコールとカレンが見送りに来てくれていた。

 

「エヌとオータムは泣いてたから来ないそうよ。元々泣き顔を見られるのは恥ずかしい子達だから。まぁ貴方だったら尚更かしらね」

「……そうか、よろしく伝えておいてくれ」

「分かってるさ。元気にやって来い馬鹿弟子。次会った時弱くなってたら承知しないぞ」

 

 涙を堪えるマドカをアルカが慰めて、カレンとスコールはただ言葉を告げて互いに背を向ける。

 一瞬が長く感じる時がある。

 今がまさしくこの時だった。

 まだ彼女に伝えるべき言葉が残っていないのか。

 ――いや、残っていた。

 何よりも伝えなければならない事がある。

 一番最初に言っておくべき事だったのではないか。

 まさかそれを別れ際に思い出すなど、実に愚鈍だと自嘲する。

 

「スコール」

 

 本部に戻ろうとするその背中を呼び止めた。

 彼女は止まるが振り返らない。

 まるで、自分の顔を必死に見せないようにしているかのようだった。

 

「何?」

 

 声音は変わっていない。

 でも強がりだと分かっていた。

 微かに震えているその肩が、全てを告げていた。

 それでも後悔だけはしてほしくない。

 だからこそ――言うべきだった。

 

「貴方が俺を助けてくれたから、俺はここまで来る事が出来た」

 

 彼女に救われたからこそ、亡国機業に入ったのだ。

 だからこそ――様々な出来事に出会った。

 その全てを、一つとして無駄だと思っていない。

 

「妹にも出会えた。師にも出会えた。多くの人と大切な仲間に出会えた。そして、自分の生きる道に答えを見つける事も出来た」

 

 何も意図していなかった。

 ただ彼女に、精一杯の感謝を言いたかった。

 それだけがアインの口を動かす。

 

「だから――貴方に出会えて、良かった。俺を助けてくれて、ありがとう」

 

 彼女の肩の震えが止まった。

 何かに呆れたかのように彼女は微笑みながら、振り返る。

 大切な人で、変わり果てた自分を初めて認めてくれた――母親のような人だった。

 

「それじゃあね、アイン。次会う時はもっといい男になって来なさい」

「……あぁ」

 

 そうして、本部に戻る姿を最後まで見届ける。

 空はどこまでも青く晴れていた。

 

「……兄さん」

「――行こう、二人とも」

 

 その声に迷いは無い。

 ただ生きる道だけを見据えた瞳がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 織斑千冬は、休憩しに職員室へと入る。

 暮桜が彼女の専用機となってから、色々と周囲がうるさかったが束の発言で一気に終息へ向かったのは、彼女にとって嬉しい誤算だった。

 てっきり騒動を激しくするばかりと思っていたのだから、ありがたい事だ。

 放課後もまた一夏達の訓練に付き合わなければならないなと考える。

 そして――もう一人の大切な弟の事を。

 

「――えっ、ちょ、ちょっと待ってください。そんな事だけ言われても困ります! せめて名前を仰っていただかないと、ってあぁ!」

 

 職員の一人が電話の応対に見事困り果てていた。

 既に相手は電話を切った後なのだろう。

 彼女の反応を見るに普通の問い合わせではなかったに違いない。

 このIS学園には悪戯電話が来る事も多く、彼女のように応対に困る姿は珍しくないのだ。

 

「どうかしたのか?」

「あ、織斑先生。……いえ、実は織斑先生と話したいという電話が来まして」

「私と?」

 

 別にそれは珍しい話ではない。

 むしろ暮桜を取り戻して以来、千冬に現役として復帰し国家代表生となるのを求める声も多い。

 記者や雑誌から来る事も一日に数件のペースである。

 その全てをIS学園の職員が時間を切り詰めて断っている事に千冬はどこか申し訳ない気持ちだった。

 

「はい、何でも“養子”と言えば伝わるとか……」

「……っ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、千冬の何かが震えた。

 養子――それを話した人物は一人しかいない。

 

「どこだ、どこで待ち合わせている?」

「えっ、はっ、はい。@クルーズで待っていると……って織斑先生!?」

 

 千冬はその場にあった手荷物をひったくってスーツ姿のまま外へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 店長から意外な顔をされつつも三人は店内で水を飲みながら、例の人物が来るのを待っていた。

 ちなみに三人の容姿が、道中で注目を集めている事を忘れてはならない。

 しかもマドカは変装をしていないので、織斑千冬そっくりな姿が見事に晒されているのだ。

 アルカが幸い席の奥に彼女を隠す形で座っているため、それほど店内では目立っていないと言う事だけが幸いである。

 やがて荒々しい入店の音がした。

 見れば黒いスーツを着た女性が辺りを必死に見渡している。

 そしてアイン達を見つけると、安堵の表情を浮かべて彼らの席に座った。

 

「……すまない、遅くなった」

「いや、いいんだ。それよりもこの紙を返しておく」

 

 アインが机の上に広げた紙には、アインとマドカそしてアルカの名前が書かれている。

 後は千冬が里親として署名すれば、それだけでもう養子として正式に認められるのだ。

 

「本当に、いいのか」

「……あぁ、もう決めたから後悔してない。織斑一夏として生きる事はできなくても、貴方の弟として生きる事が出来るのならそれでいい」

 

 アインの瞳に躊躇いは無い。

 その気強さを、千冬は改めて感じる。

 

「……そうか、名前はどうする」

「アインでいい。もうそれに馴染んでしまったから」

「私もアルカで構いません」

 

 千冬は息をついて、三人を見た。

 全て――彼女に関係のある人物である。

 アルカ、彼女の専用機であった初代暮桜のコア人格。

 マドカ、彼女の大切な妹。

 アイン――ずっと目を背けていた過去を体現した弟。

 彼女は、求めていた物が満たされていくのを感じる。

 希求していた願望が現実になった事を知った。

 

「お帰り――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園の朝は早い。

 既に織斑千冬はその手に、凶器―と見なされている出席簿―を持って一年一組の教室へ向かっていた。

 その後ろには彼女に似たIS学園の制服を着た少女が立っている。

 彼女は何か気まずそうにその表情に不安の色を浮かべていた。

 

「あ、あの姉さん……」

「何、心配するな。私のクラスは皆馬鹿ばかりだが気のいい奴らだよ。それじゃあここで待っていろ、マドカ」

 

 教室のドアを開けて、千冬が生徒達にホームルームの開始を告げる。

 内部の空気が一気に引き締まるような感覚がした。

 

『今日より、このクラスに再び転入する事になった人物がいる。入って来い』

 

 その声に、マドカは決意を固める。

 兄やその付き人が体験出来なかった学校生活――その幕開けだ。

 意を決して、彼女はドアを開けた。

 

 

 

 

 

 

 IS学園に保護と言う名目で雑用事務員を任されているアインは、今目の前にいる水色の髪をした少女の対応に困り果てていた。教師ではないので、強い事は言えない。

 ちなみに場所は言うまでも無く生徒会室であり、何故かその傍らには彼女の妹もいた。

 アインと同じく保護と言う名目でISに対する教員を任命されたアルカは現在、初めての授業を前に準備を整えているため、不在である。

 

「……更識、お前は生徒じゃなかったのか?」

「ふっふっふ、生徒会長という権限ならお茶の子さいさいなのよ」

「……ごめんね」

 

 実に性格が似ていない姉妹だ。

 アインは溜め息をつきたい気持ちを抑えながら、まず聞きたい事を聞くとした。

 

「それで、どうして俺を生徒会室に呼び出した」

「うーん、何となく……ってのは冗談よ。実は貴方達がこの学園に来た時の事が政府に勘付かれちゃって、説明を要求されてるの。だから貴方達の事を公表しないといけなくなったんだけど、それをどうしようかなって」

「……構わないがどうなっても知らんぞ。織斑千冬が暮桜を取り戻した事で十分世間の関心は強くなっている。そんな時に俺の事を明かすというのなら、面倒ごとは覚悟しておけ」

「フフッ、その時は貴方も手伝ってくれるんでしょ?」

「俺だけじゃない。色んな人が手伝ってくれるさ」

 

 楯無の言動や性格はどこかスコールを彷彿させ、その事実がアインにとって少しだけ安心感を与えていた。

 どうやら話も一段落着いた様なのか、更識簪がとてとてと走って来てアインの両手を握る。

 

「ひ、昼休みここで、昼食食べる、から……」

「……分かった」

 

 顔を真っ赤にした簪は、そのまま逃げるようにして生徒会室を去っていく。

 その後ろ姿を、二人は呆れた笑みを浮かべながら見守っていた。

 

「かんちゃんを誑かした罪は重いわよ?」

「……あぁ、ちゃんと責任は取る。それよりもだ」

 

 アインの目が急に細められる。

 その瞬間、今まで生徒会室の中に充満していた温和な雰囲気が急速に冷えていく。

 

「彼女がいないという事は、聞かせたくない話でも持ち出すつもりか」

「えぇ、率直に聞くわ。貴方が人体実験の内容でされた事を教えて頂戴。現在、世界各地に人体実験を行うテロ組織は多い。貴方のような境遇の人たちがまだ世界中にいるかもしれないのよ。その心のケアの例として、貴方から直接聞きたい」

「……胸糞が悪くなっても知らんぞ。後きちんと見返りは求めておく」

「覚悟は出来てるわ。これでも暗部を束ねる身よ。そうね……見返りは、暗部の秘密と私の婿って事でどうかしら」

「……後者は変えておいてくれ」

 

 アインは溜め息をついて、傍らにあった椅子に座ると今までの事を思い返すかのように顎に手を当てる。

 

「……まず誘拐された時、様々な薬品を注射された。それから研究所へ連れて行かれ幽閉と薬品投与の日々が続く。そしてその後はISコアを心臓に埋め込む作業だ。そのISコアは今も俺の心臓と共に稼動している」

「……っ」

 

 楯無の顔は、怒りに歪む。

 実験の内容は余りにも非道だった。

 それを平然と語る事が出来るのは、乗り越えたから故にだろう。

 痛む心を気にせずにすらすらと語れるのは、精神と肉体が別々に動くよう訓練されたからである。

 

「そしてそこから実験はどんどん過酷になっていく。ISコアを埋め込まれIS装甲同然の強靭な体を入手した後に俺を待っていたのは、耐久テストと耐久力増加だ。生物なら間違いなく致死に匹敵するほどの電撃や熱線、弾丸を浴びせさせられた。真空での活動可能時間、海中での最大潜水時間、光線を受けてどれほど意識を保っていられるのかを計る試験……傷はたちまちISコアの生体修復機能が治してしまうから後遺症は残らない。そして、その頃から俺の外見が変化していった、黒い髪は白い髪になり、瞳の色は紅くなった。肌の色素もどんどん白色になっていったさ。そして――日の終わりに止めと言わんばかりに男の研究員どもに犯された。絶対に逆らえないように、体を麻痺させる薬品を過剰に投薬されて、寝る間も無くな」

「っ!」

「どれだけ俺が泣き叫んでも、そいつらは嬉々として俺を慰み者として扱う。そんな時、俺を助けてくれたのがスコール達だった。その研究所は謎の爆発で跡形も無く吹き飛んでいる。簡単に話せばこうなる。詳しい事は……聞くか」

「……後で頼むわ。今はちょっと……この感情をどうすればいいのか分からないから」

 

 重たい沈黙が続く。

 彼女もまた何と言えばいいのか分からないのだろう。

 アインは再び重い溜め息をついた。

 

「別にお前が悪い訳じゃない。俺よりも酷い境遇の人間は世界中にいる。その人間を救い出して、もう二度とそんな目に会う事が無くなればいいだけの話だ」

「……確かに、貴方の言う通りね。それじゃあ今度はこちらから暗部の話をしておくわ。今の貴方は保護されている名目でIS学園にいるわ。あの二人は女性だからともかく、貴方は男性だから特に怪しまれる。織斑の名がある以上、絶対に注目は避けられない」

「あぁ……もし手を出してくるのなら、俺の遍歴全てにかけて叩き潰す」

「落ち着きなさい。だから更識の力を貸すわ」

「……何?」

「貴方が私に言った事を、そのまま暗部へ伝えるだけよ。楯無は更識の暗部を全て動かす権限を持っているから。明日明後日には、貴方達の事が作り上げた表側だけ世界中に公表される。その中には、利用しようと動き出す者もいるはずよ。それを少しでも抑えるために更識の暗部を貴方が自由に使えるようにしてあげる」

 

 確かにアインやアルカの力は強大であり、それを欲しがる国は殺到するだろう。

 現にどちらか片方でもいれば、世界を相手取る事も夢ではなくなるからだ。

 自分の欲望のためであれば容赦なく他人を傷つける事が出来る人間を、アインや楯無は幾度となく見てきた。

 

「……分かった。何か有ったらコアネットワークを通して連絡する。そうすればお前が死んでいない限り、確実に情報が伝わる」

「分かった。これで交渉完了ね」

「それとアルカに護衛は必要ない。寧ろそいつらが護衛されるぞ」

「……? でも彼女、そんなに強そうには見えなかったわよ」

 

 確かに楯無の言うとおりだ。

 アルカの外見は、余りにも戦闘慣れしているとは思えない。

 華奢な腕、スレンダーな体型、長い髪、黒いドレス――それらは何一つとして戦闘へ結びつかないからだ。

 しかしあの細腕が誇る怪力と戦闘における総合的な力は、最早人間に測定出来る物ではない。

 

「アイツ、近接戦闘なら俺を超えるぞ」

「……へっ?」

 

 珍しく楯無の顔が呆けた物になる。

 その表情は若干引き攣っていた。

 

「……アイツは掌で衝撃砲を再現出来るから、手を出そうと思えば滅ぼされるな」

「なにそれこわい」

 

 

 

 

 アインが楯無とこれからの事を話し合い、理事長室へと共に向かっている間一年一組の雰囲気は目まぐるしく変わっていた。

 マドカの転入の時では彼女が教室に入るなり、千冬と瓜二つの姿にクラスの全員が驚愕し増してや千冬の家族だと知ると、早速質問が殺到したのだ。

 涙目で助けを求める妹の姿にどこか恍惚を感じながらも、千冬は早速新任による授業を始めると告げて、彼女への質問を打ち切った。

 そしてアルカが入ってくるなり、例の五人がその姿に驚愕するが千冬の出席簿が見事に炸裂し沈黙させる。

 彼女の容姿に他の生徒達はただただ見惚れているばかりだった。

 そして千冬の合図で授業が開始される。

 簡単にまとめればこのようなあらすじであった。

 

「ですからISと言うのは――」

 

 千冬はアルカの授業を高く評価していた。

 マドカが編入し、自身が受け持つクラスならば彼女も緊張せずにすむだろうと思った配慮は無用だったらしい。

 ダークスーツを華麗に着こなし、教科書を片手にすらすらと言葉を読み上げる。

 ただ流していくのではなく、人の耳へ言葉を届けるような声音は心地良い。

 まるで子守唄のようであり眠気を誘うのではないかと言う心配もまた杞憂だった。

 彼女の美貌は既に生徒達を釘付けにしていたからである。

 山田真耶ですら、助言と言う立場を忘れて見惚れているほどだ。

 放心も同然である生徒達の中でマドカだけが真剣にノートを取り、彼女の語る一字一句を聞き逃すまいとペンを走らせている。

 その様子が、千冬には少しだけ誇らしかった。

 

「ISはこれからの未来を担う存在です。ファッションやアクセサリーなどではなく、一人の家族として皆さんも接していくようにしてください。それがIS開発者である篠ノ之束様の思いですから。では、今日の授業はこれで終わりとしましょう」

 

 その言葉が響いた時、授業終了のチャイムが鳴った。

 時間まで上手に使いこなせるのは流石としか言いようが無い。

 

「では戻ろう、アルカ先生」

「いえ、呼び捨てで構いませんよ。では山田先生もどうぞ」

「は、はいぃっ!」

 

 背後では、マドカがクラスメイトに質問攻めにされていた。

 

 

 

 

 

 

「……分かりました、アイン君。IS学園も全面的に貴方達に協力しましょう」

 

 轡木十蔵と言う壮年の男は、IS学園の理事長である。

 最初こそアインも警戒していたが、何故か彼の前では不思議と落ち着くようになっていた。

 既に楯無は生徒会長としての仕事を終えて、教室へ戻っておりここには二人しかいない。

 

「ありがとうございます」

「いえ、さすがは織斑先生の弟さんですね。礼儀正しい」

 

 落ち着いているのは、彼がスコールと似た雰囲気を漂わせているからかもしれない。

 今となっては既に手遅れな思いだが。

 

「……一つ、嫌な事を聞くかもしれませんが」

「構いません。何でしょうか」

「織斑久一と織斑季理の事、貴方が悩む必要はありませんよ」

「ッ!」

 

 動揺が浮かぶ。

 アインがあの二人を殺害した事は亡国機業内部でも厳重な秘密となっている。

 なのに何故――

 

「いえいえ、カレン君から聞いたのです。きっと貴方はその事で悩んでいると。若者を救うのは、年長者の仕事ですから」

「……知ってるんですか」

「えぇ、長い付き合いなんです。私もここに来る前は軍隊の教官を務めていましてね。ドイツ軍に研修の際にカレン君とお会いしました。彼女は本当に強くて、優しかった。どこまでも人を想い、どこまでも国を想うその姿勢は私にとってこれからの世界を担う人の手本その物だった」

「……あの人との付き合いは分かりました。それで、何故あの二人の事を?」

 

 十蔵の瞳はどこか遠くを見るような目だった。

 

「私と二人はかつて同じ所を目指し、義を誓い合った仲でもありました。少しでも困っている多くの人を導こうと――今となっては若気の至りですけどね。けど、私達は軍人として、人を助けたかった。ほんの少しでも、僅かでもいいから世界を平和にしたかった。だから戦えるところに身を置いていたのです」

「……外人部隊ですか」

「えぇ、ある時、私達は任地に赴きました。そこは阿鼻叫喚の世界だった。救われない人ばかりで……私達はそんな世界に絶望しました。今まで自分達は綺麗事を叫んでいただけに過ぎなかったのですから。――亡国機業に入る事を勧められた時私は、二人を止められなかった。もしあの時何か一言でも言えていれば、貴方達を巻き込まなくて済んだかもしれないというのに」

「……二人は、子供達の事を何と」

「宝物だと言っていました。私達の子供が幸せに暮らせる世界を作ろう……そう胸を張って、楽しそうに。――それが義務になったのでしょう」

 

 マドカはマインドコントロールを受けていた。

 それは織斑一夏に対する強烈な劣等感である。

 妄執とは時に人を怪物へと変貌させるのだ。

 既にアインは身をもってその事実を体験している。

 もし――二人が、絶望した故に出した答えだと言うのなら、それもまた幸せなのだろうか。

 マドカがあの頃のままで気づかずに、妄信し続けていたほうが彼女にとっては幸せだったのかもしれない。

 

「……」

「昔話が過ぎましたね、もうすぐお昼になります。ここの食堂は力を入れている事で有名なので、楽しんでくださいね」

「はい。……ありがとうございます。それと」

「何でしょうか」

「……ありがとうございました、轡木さん。これで、もう両親の事を思わずに生きる事が出来ます」

「お礼ならカレン君に言ってあげてください。私も久しぶりに彼女と話せて楽しかったのですから」

 

 その言葉に、アインは苦笑しながら理事長室を出て行った。

 

「……まるであの頃の君達のようだよ、久一、季理。君達の子供は確かに幸せに生きてる。……だから私がその幸せを守ろう。君達が望んだ意志を少しでも受け継ぐのが、生きている私の役目かもしれないから」

 

 

 

 

 

 

「待ってくれ!」

 

 アインを呼び止めた声は、かつて何よりも恨みを孕ませていた物だった。

 振り返れば、そこにはやはり想像通りの人物がいる。

 走っていたのか、額には薄っすらと汗が滲んでいた。

 

「……用でもあるのか。織斑一夏」

「いや、ただお前に言いたい事があったんだ」

「……さっさとしろ。彼女達を待たせているぞ」

 

 くいと屋上を指差すアインに、一夏はあぁと答える。

 

「俺は、俺は織斑一夏として生きるから。お前にも誇れるくらい、自分の名前に自信を持って強く、強く生きる。だから――絶対にお前を越えてやる」

 

 アインは薄く笑みを浮かべた。

 それはまるで滑稽な昔話でも聞かされたような表情である。

 だが、どこか呆れたような笑みだった。

 

「勝手にしろ。お前の人生はお前だけの物だ。俺には俺の道がある」

「……分かった。生きてくよ、お前の分まで、織斑一夏として」

 

 何も言わず歩き去るアインの後ろ姿を、一夏は見守る。

 その姿が見えなくなるまで、ただずっと。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、アイン達の事が作られた偽の形で世界中に公表された。

 無論、彼らの事を知ろうと国々が動いたがそれらは思わぬ結末で止められる事となる。

 

『はぁい! 皆のアイドル、篠ノ之束だよっ!』

 

 突然放送が乗っ取られ、篠ノ之束による放送が開始された。

 

『早速、ちーちゃんの下に三人の養子が入ったって事なんだけどね。ちーちゃんも含めて、織斑の名前を持った子たちに手を出したら――潰すよ』

 

 まさかの篠ノ之束の介入により、身動きが取りづらくなったのだ。

 そしてもう一つ、彼女に加担する組織が現れた。

 

『篠ノ之博士とは違って、音声だけで失礼するわね。私達の名は亡国機業。この世界の平和を恒久に守り続ける者。――悪いけど、篠ノ之博士と同様にあの子達に手を出したらただじゃすまない事を覚えておきなさい』

 

 亡国機業――スコール達である。

 一つの組織と一人の人間のおかげで、アイン達へ不審な手が忍び寄る事態は避けられた。

 だがまだ人の欲とは果てしない物だ。

 未だに彼らに接触を続けようとする者達は後を絶たない。

 その報復として、余りに過剰すぎる戦力が出迎える事など知らずに。

 

 

 

 

 

 

「……よっと」

 

 アインはダンボールを数個重ねて、轡木十蔵の手助けをしていた。

 十分年であるが故に、アインは彼の手伝いとしてIS学園の掃除や木々への水やりなど様々な雑用に務めている。

 無論、鍛錬も欠かせておらずその学園に来た当初に比べて見劣りはしないだろう。

 

「ありがとうございます、アイン君。こちらに置いてください。後は……そうですね、二時間後に来てください。多分、その頃には新しい仕事が待っていますから」

「分かりました。失礼します」

 

 理事長室を出て、アインはどこへ向かうか思索を巡らせる。

 首からぶら下げたロケットに光が反射した。

 

「……そうだな、のんびりと外でも周ってみよう」

 

 IS学園の自然はとても綺麗な物だった。

 世界中が綺麗ならば争いは起きなくなるのだろうか、と言う考えが頭を過ぎる。

 もうすぐ桜がその花を咲かせようとする時期だ。

 

「……」

 

 ロケットに入っている写真を見る。

 千冬、アイン、マドカ、一夏、アルカ――新しい家族と共に撮った写真は、彼にとって宝物となっていた。

 太陽の日差しは眩しい。

 だが、それは当然ではないのだ。

 求めていた日溜りの温かさは、既にアインの一部へとなっているが彼はその瞬間を蔑ろにした事はない。

 

「……スコール、俺はちゃんと生きてるよ。一人の存在として、ちゃんと自分の生きている証を感じている」

 

 彼女達とは今も何度か連絡を取り合っている。

 スコールからは元気かどうかを聞かれ、オータムからはこちらの状況を逐一報告するように言われている。

 カレンからは鍛錬を欠いていないかと念を圧され、エヌからは病気になっていないか心配されている始末だ。

 改めて――自分がどれだけ恵まれていたのかを実感した。

 そしてこの力の本当の使い方もようやく分かった。

 私利私欲に費やすのではなく、彼女達を守り抜くためだけにこの力を奮おう。

 

「だから大丈夫だよ。今の俺にも、帰る場所があるから」

 

 

 少年は微笑む。

 求め憧れ突き進んだその果てに、確かな答えがあった。

 その答えこそ、自分がずっと求めていた在り処だったから。

 

 

 

 今日も――世界は綺麗だ。

 

 


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