セシリア両親についての個人的な考察を加えています。
そしてこの結末が俺たちのワンサマー。
次回の短編は「IF 復讐鬼に成り果てた少年」を予定しております。
色々と短編が多くて迷いますね。
現在の決定している短編は以下の通りです。
「温泉編」 タイトル未定。R-18スレスレになる可能性大。スコールが暴走します。
「優しい日々」 アインとアルカが一日だけ別の世界に介入、その世界は「ISが発明されず、織斑夫妻がマドカを誘拐しないで家族として幸せに暮らしていたら」。主人公が精神的にフルボッコされる可能性大。
「ラストエピソード」 この話で短編も完全に完結させます。話の内容は未定。ですがISコアに関して触れる予定です。
カレンの訓練は一夏たちの予想を遥かに超えていた。
既に高かった日も沈みかけている。
単なる訓練なのかと思ってみれば、一夏たちにも制限有での実戦である。
しかもIS使用での長時間訓練であるため、一夏たちへの疲労は半端ではなかった。
何とか息切れ程度で済んでいるのはラウラと楯無、マドカの三人だけだ。
ちなみにアインは理事長室に向かい轡木にカレンの事を報告するため不在であり、今頃彼の雑用をこなしている頃だろう。
「ん、国家代表候補生がその程度かい? 織斑、アンタもそれじゃあ馬鹿弟子には追いつけんぞ」
「ま、まだまだっ」
立ち上がろうとして、再び一夏が倒れこむ。
どうやら彼の空元気も今回ばかりは悲鳴を挙げていたらしい。
「ら、ラウラはまったく疲れてないね……」
「当たり前だ。母様から直々にご指導頂けるのだぞ! この程度で根をあげていられるか!」
「お、お姉ちゃんも大丈夫そうだね」
「フフン、これでも楯無の名を持ってるのよ? それにアイン君に追いつく以上、これしきの事で躓いてたら夢のまた夢よ」
うぅと小さく悲鳴を挙げる簪はまっさきに訓練から脱落した人物である。
ただしカレンの配慮が良かったのか、そこまで深い疲労に襲われているようでもなかった。
精神的な苦痛はどうしようもなかったようだが。
「オーケー、それじゃあ今までアタシが見た弱点を述べていく。織斑、アンタはとにかく無駄な動きが多い。先読みするのはいいが、せめてその後の展開まで頭に入れておけ。あの馬鹿弟子がアタシに負けているのはそれが理由だ。もし今のアンタが先読み出来れば、アイツに勝てる可能性はぐんと上がる」
「わ、分かりました……」
「で、篠ノ之。近接戦闘については申し分ないが連携が取れてない。それじゃあ崩された時に負けるぞ」
「は、はい」
アインとの戦いの時、実際に彼女は狼狽し一夏とのコンビネーションを崩されていた。
もしアレが上手く行っていれば彼に一太刀は浴びせられたのかもしれない。
「オルコット、アンタには後で個人的な話がある。なぁにすぐに済むさ。で、アンタの弱点だが……右と左を別々扱える訓練をしろ。動きじゃなくて、精神的にだ。もしそれさえ出来れば、ライフルとブルー・ティアーズを別々に扱えるはずだ」
「で、出来ますの?」
「あぁ、馬鹿弟子に覚えさせたのはそれだからな。両手を別々に動かせる訓練なんて意味は無い。だが精神を別々に分けて扱えるのならそれだけで勝利できる確率は上昇する」
「分かりましたわ」
「デュノア、アンタはまず武器の最適使用タイミングを覚えろ。後はオルコットと同じだ。アンタの戦い方はあの馬鹿弟子とそっくりだからな」
「はい、ありがとうございます」
「更識簪、まず体力作りからだ」
「……はい」
「何、馬鹿弟子に言えば付き合ってくれるさ。アイツもここに来て随分と丸くなったからな」
簪の口元に黒い笑みが浮かんだのは気のせいであろう。
それを知ってか知らずしてか、カレンは話を進める。
「更識楯無とマドカ、今のアンタ達に言えるのは特に無いね。悪いけどそこからはアルカか織斑千冬にでも聞いてくれ。完全にアタシの管轄外だ」
フフン、と胸を張る――約一名突き出ていないが――二人に、カレンは苦笑いする。
そしてポンと彼女はラウラの頭に手を置いた。
「ラウラ、AICに頼らないのはよくやった。一つの能力に頼りっきりじゃ成長なんて出来ない。……が、まだ武器の最適距離は甘いね。まぁ、これからゆっくり学んでいけばいい」
「はい、母様!」
どこか呆れたような笑みを溢して、カレンはラウラの頭を撫でる。
その様子はまさしく親子のようだった。
「よし、じゃあオルコットはちょっとこっちに来てくれ。余り公に出来る話じゃない」
「? 分かりました」
周囲から軽く離れて、セシリアはカレンと向き合う。
カレンの瞳は、どこかセシリアを懐かしむような目であった。
「オルコット、一つ聞く。もし違ってたら言ってくれ。アイリーンとウォルター、この名前に聞き覚えは?」
「! ……あります」
「なるほどね、それじゃあアンタがあの二人の子供ってワケか。……確かによく似てる」
「……面識があるのですか?」
「あぁ、ドイツ軍にいた頃にイギリスへちょいと訪れた事があってね。ウォルターとはその時に腕比べしたんだが、本当にギリギリの勝負でお互いに年甲斐も無くムキになりあったんだ。アイリーンとはその後で出会ったな。アタシが再会した時には二人は既にゴールインしてたけどね」
「……お父様が軍に?」
「あの二人から散々ノロケ話を聞かされたね。しかも内容はほとんどアンタについての話だ。……だからなんだろうけど、自身を持った子に育って欲しいからってウォルターの奴アイリーンに媚びるような演技ばかりしてたよ」
「! それはどういう事ですの!?」
「簡単なことさ。あの親馬鹿どもの事だからアンタに国を背負う人物になって欲しかったんだろう。今のアンタを見ると、本当にそれで正しいのかは疑問だけどね」
「……列車の事故は」
列車横転事故。
セシリアの両親が落命する事になった事故でもあり、多くの人命が失われた事故である。
ただし――本当に事故なのかと疑問視する声は不思議な事に一切挙がらなかった。
セシリアが地の底まで叩き落され、彼女の運命を変えた事件がそれだった。
「今だから言うが、ありゃ事故じゃなくて事件だ。あの二人を邪魔者と判断した人物がわざわざ二人を殺すために列車丸ごと転倒させた暗殺だよ。アンタにや悪いけどもう犯人はこの世にいない。あの馬鹿弟子が勝手に仕留めちまったからね」
「……ならばどうして二人は逃げなかったのですか」
「あの二人が殺される破目になったのは、アンタがISを使える適性があると判断されたからだ。当時、ISを使える子供なんて非常に稀だから喉から手が出るほど欲しい一品なんだよ。無論二人はその事を拒否した。自分達が殺されるのも構わずにね」
「……まさか」
両親に対するセシリアの第一印象が演技だったならば話が繋がる。
あの時、両親が一緒になっていたのは――その前夜にセシリアと長く話してくれたのは――
「あぁ、そうだ。あの二人はアンタを守るために自分達の命を捨てたんだ。娘が幸せに生きる未来と娘共々狙われ続ける未来――親が子供に求めるのはどっちか分かるだろ?」
「……」
「だからオルコット、アンタはその幸せを決して見失うな。周りに理解してくれる人間がいる事を当たり前だと思うな。そして――決して傲慢になるんじゃないよ。出なきゃあの二人はとんでもない馬鹿のために命を落とした事になっちまう」
「……分かりましたわ。ありがとうございますカレンさん。一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ、なんだい?」
「カレン様から見た私の両親は、どのような人物でしたか?」
カレンは暫く顎に手を当てて考え込みながらどのようにまとめ上げるかを思案していた。
その姿にセシリアはどことなくラウラを思い出す。
「ウォルターの方だが……ありゃ怪物だね。銃を扱わせたらアタシにも匹敵するよアイツは。とにかく狙撃が綺麗だったのが印象的だ。アンタがライフルを使う度にどうにもウォルターの事を思い出す。……で、アイリーンの方はとにかく気配りが効くヤツだった。ウォルターがいつも無茶ばかりするからアイリーンのヤツは気が気じゃなかっただろうね。縁の下の力持ちって言うのか……とにかく色々と細かいヤツだった。アンタのブルー・ティアーズとやらはまるでアイリーンを武器にしたんじゃないかって思うくらいだ」
「……カレンさん、今度両親の墓参りに行くのですが両親は私の事を何と?」
「ん……そんなのは考えればすぐに分かるだろ。出なきゃ、アンタはここにいないよ」
そう言ってカレンはアリーナを出て行く。
クスリとセシリアは笑みを浮かべる。
そして彼女から堪えていた涙が溢れた。
心の中に、これほどまでにない両親への感謝を詰め込んで。
「ありがとうございます、お父様、お母様。……セシリア・オルコットは生きておりますわ。あなた方の誇りと共に」
待機状態だったブルー・ティアーズが蒼く光ったような気がした。
アリーナから出てくると一夏とラウラが何かを話していた。
真っ赤な他人の与太話などには興味を持たないが、娘が話しているのなら要件は別である。
「どうかしたのかい?」
「母様、実は嫁を紹介しようとしているのですが……」
「……は?」
嫁――その言葉にカレンは唖然となった。
本来なら女性に扱われるべき言葉であるというのに、何故かその言葉をラウラが発している。
色々と疑問符は尽きないがともかく齟齬を直すべきなのが親の役目だろう。
「……いいかい、ラウラ。嫁って言うのはこれから婚約する女に対して使う言葉なんだ。ちなみにその逆でこれから婚約する男には婿って言うんだよ。……でその婿とやらがどうしたんだい?」
なにやら嫌な予感が一夏の心を過ぎる。
彼の鍛え上げられた本能が危険を叫んでいた。
「はい、言い直します母様。今から私の婿である織斑一夏を紹介しようと思っているのですが……」
「あぁん?」
――何かメンチ切ってきましたよ、この人。
一夏はとにかく目を逸らそうとするが、カレンの鋭利な眼光がそれを許さない。
対してラウラには温かい微笑を向けていると言う何とも器用な事をしていた。
彼の背筋をだらだらと汗が流れる。
これは――姉に殺されかける予兆とそっくりだ。
「……母様?」
「いや、大丈夫だラウラ。それでどんな事があったのか教えてくれるかい」
出来れば今すぐにでもアインが来て彼女を抑えてくれるならばどうにかなるだろうが、そんな事を望めるはずもあるまい。
これから煉獄の炎の中に数多のドラム缶をぶちこもうとするラウラに対して、おいやめろと口にしたかったが、例の如くカレンに威圧され口が動かない。金縛りでも使えるのか、彼女は。
「はい、聞いてください母様! まず唇を交わした事から始まり、次の日には同じ夜を共に過ごして――」
神は死んだ――。
ラウラが思う存分に語り彼女がアリーナから出た数秒後、一夏の悲鳴と無数の銃声が響いた。
「……やれやれ」
カレンは返り血を払って泊まる予定である寮長室へ向かっていた。
既に学園内部の地図も頭に叩き込んでいるため迷う事はない。
今日で一日目、まだ四日もあると考えるかもう四日しかないと思うか。
だが、カレンの心に後悔は無かった。
寮長室への扉を手にかける。
「……そういいや、この部屋は織斑千冬の場所だったか」
中には果たして部屋の主がいた。
彼女の容姿は確かにアインの目付きそっくりであった。
そんな傍らに置かれていた机の上にはしっかりと酒の用意がされている。
「……いいのかい? 教員が酒飲むなんざ」
「飲みたい時に飲むのがいいんだ。分かるだろ」
千冬は椅子に座るなり、躊躇無くビールを開く。
カレンも呆けていたが、笑みを浮かべてビールを開いた。
鼻を突く匂いがとても懐かしい。
「ビールかぁ。軍にいた頃は余り飲んでなかったな」
「ほう、それは勿体無い事をした」
「……当時の私は本当に訓練馬鹿だったからね。娯楽なんて目も向けなかったさ。祖国の特産でもあるのにね」
喉を焼くような熱さがたまらない。
何より――良い事があった後の肴というのは格別である。
「……アインの事、すまなかったな。私がしっかりしておけば貴方にも手を煩わせなかったのに」
「何、アンタこそラウラの面倒見てくれたじゃないか。これでおあいこだ。さすがに二度目は御免だけどね」
「そうだな……」
なるほどとカレンは思う。
アインと千冬はどこか似ている。
そのどこかは具体的には言えない。
それでも、何かが酷く似ていた。
「今から戯言述べるぞ、気にするな。……アインは脆いヤツだよ。あんだけ強い力持ってるくせに、心は子供だ。そんなヤツが人を殺す業を背負うって言うのは、余りにも酷だよ。……だけどアイツは曲がらなかった。何でだと思う?」
「……」
「憧れてたからだ。ガキの頃に見ていた遠い夢を、アイツは実現しちまった。そして――その夢が無意味だと知れば、今度はその夢を潰そうと足掻いた。――その足掻きが世界を滅ぼしにかかったと気づいて、ようやく止めたみたいだが」
「……」
「だから今、アイツの心には何も無い。あるとすれば――守りたい人が生きていると言う希望の糸屑しか残ってない。だからさ、もうアイツを絶対に独りにするな。もしまたアイツが独りになれば――狂うぞ」
「……もう放さないと決めたさ。迷わないよ、私は」
二人の顔に僅かな笑みが浮かぶ。
夜は静かに更けて行く。
時間はまるで飛び行く矢のようだと比喩した人物がいる。
アインはその言葉に同意を示したい気持ちだった。
カレンがIS学園に滞在していた五日間も今日で終わりである。
本来ならばアルカも見送りに来るために同伴していたはずなのだが、教員としての仕事が来るため、ここには二人しかいなかった。
「IS学園はどうだった」
「そうだねぇ、多分もう来れるとしたら来年か再来年だろうな。出来ればラウラの卒業式には顔を見せたいからさ」
「……シュヴァルツァ・ハーゼに?」
「さあね、さすがにそこまでは考えてないよ。それにアタシは国を捨てたんだ」
ラウラの心境は恐らくこの五日間で大きく変わっているだろう。
鋭利な刃物を思わせていた彼女の雰囲気は、最早愛玩動物の持つそれとなってしまっている。
カレンはまだラウラに国を捨てた事を話していない。そして何故かラウラもその事を聞こうとはしなかった。
最初から分かっていたのか、或いは聞くことよりも大事な事ばかりがあったのか。
だが他人が易々と勘ぐっていい話ではないのは確かである。
「さっさと戻らないとスコール達に怒られちまう。いい気分で帰ったら釘を差されるなんて持っての他だ」
「あぁ、俺もいつかそっちに手伝いに行くよ」
「ハッ、もうちょい年を取ってからいいな馬鹿弟子」
そのまま空港の出発口へ向かおうとしたカレンはふと周りをキョロキョロと見渡した。
心なしかその頬も微かに紅くなっている。
今まで見たコトの無い彼女の姿に、アインは疑問符を浮かべた。
「……誰も見てないね」
「……? あぁ、尾行ならついていない――」
ふと思考が中断した。
カレンに唇を奪われていると感じたのは、長いような短いような、そんな曖昧な時間が経ってからだろう。
彼女が離れてもアインは唖然としたままだった。
「織斑一夏がラウラの唇を奪ったそうだからね。だからこれでおあいこだ。じゃあな、アイン」
「……あ、あぁ」
カレンが去ってからアインはふと自分の変化に気が付いた。
本来ならばキスですら自分のトラウマを刺激する行為であるはずだ。
例え相手が異性だとしてもそれは例外ではない。
だが、何故かまったく不愉快に感じなかった上にトラウマも甦らなかった。
「……分からないな」
頬を指で掻いて、アインはIS学園に戻るために踵を返す。
カレンの弟子である以上、まだやるべき事は残っているしそれが終わるまで彼女の元に帰るなど決して許さないだろう。
呆れたような溜め息をついて、アインは空を見上げた。
ちなみにキスの一件が何故かアルカに知られており、更なる騒動を巻き起こしたのは余談である。