残りは別作品である外伝にて。
ISコアについて作者なりの答えを書いています。
……ある意味すげぇ投げやりですけど。
後書きはのちほどに。
「refrain」
・繰り返す
・断つ
それは真冬の深夜だった。
冷たい夜の空気はまるで刃物のようだと比喩されるが、生憎それを感じる事は無いだろう。
伽藍とした町並みの中を歩いている。既に人影は無く、あるのはただ降りしきる雪と月明かりに照らされた世界だった。透き通るような月光が酷く美しい。
夏場は夜ですら町で騒々しい人々もどうやら真冬の寒さには適わないらしい。
履いているブーツが霜を踏み抜く音だけが虚しく響く。
けれど、何故かそれを心地良いと感じていた。
長い髪を切ったせいか、首の裏の違和感はどうも慣れない。
それでも寒さを感じないのは心臓と同化しているISコアのおかげだろう。
極東での任務はやはり他の地で行う任務よりも手早く終わってしまい、時間をもてあます事が多くなってしまった。
周りの人間から今まで“大人びている”という言葉こそ貰ってきたがやはり時間を積み重ねなければ分からない事はあったらしい。
答えを知って戦場を渡り歩いたが、それでもやはり自分は無力だった。だけど、前よりもさらに多くの人を救う事が出来た。その分、自分の心の空白は酷く曖昧だ。
結局長い年月をかけて結局分かったのは答えを出す事じゃなくて、その答えに辿り着くのにどう理解すればよいか。
たったそれだけの事を知るために十五年という歳月を溝に捨ててきたのかもしれない。
だとすれば自分の歩んできた道とは一体何だったのか。
そんな辛気臭い事ばかり考えている。もし彼女達が知れば、きっと笑いながら励ましてくれるだろう。
その温かさが嬉しかった。
「……」
気がつけば、篠ノ之神社にいた。
季節こそ違うが、空には満月が浮かんでおり時刻は深夜である。
奇妙な事にあの時と状況はそっくりだ。ならばあの誓いの場所に行けば忘れていた何かを思い出すかもしれない。この心の中にある曖昧が鮮明になるかもしれない。
そう思って、篠ノ之道場へと向かう。
何故か、足は速く動きまるで強い何かに引き寄せられているようだ。
「アルカ……?」
誓いの場所、そこにいたのは彼女に良く似た少女だった。
ただ違う場所を挙げるとすれば、白髪の長い髪と白いドレスだろう。
雪と良く似たその色合いに言葉を失った。
彼女はゆっくりと振り返って、頭を振る。
「……ううん、私はアルカじゃない」
「何?」
「私は貴方の一部。貴方の心が切り捨てて、アルカが失った存在。それが私」
よく分からなかった。
どうやら彼女は自分の欠片を持ち合わせているらしい。
やるべき事は定まったのだがどうすればいいかまったく分からなかった。
「お前の名前は?」
「優しく呼んで。私は独りだから、その言い方じゃ寂しくて話せない」
「……分かった。君の名前は」
白い少女は彼に微笑む。
何故か、その表情に懐かしさともどかしさを覚えた。
「私に名前は無い。だけど、付けられた名前ならある。“白騎士”それが私の名前」
「……白騎士のコアは織斑一夏の専用機として生まれ変わったと聞いた」
「ううん、あれは装備が似ていただけで私じゃない。ISは人の
白い少女は道場の縁側に座った。
彼女の右手が隣の床をつつく。
どうやら隣に座れと言うジェスチャーのようだ。
よく訳の分からないまま、彼女の隣に座る事にした。
「私は、普通のISじゃない。初めて作られたISで初めて人を好きになったIS。機械の心を持った人で人の肉体を得た機械」
「違う。自分で考えて自分で動けるならそれは機械じゃない」
「ふふっ……優しいね、貴方は。だからかな。私、貴方の事が好きみたい。今日初めて話したのにね」
少女は神秘的な眼差しで満月を見る。
彼女は人ではない。
だが――どうにも人間らしさを感じない。
それが何故、しっくり来ないのだろう。
「ねぇ、貴方の望むモノは何」
「……何が言いたい?」
「私は貴方だけの物だから、貴方の願いならそのために尽くすわ。世界にだって、人にだって、機械にだって敵に回してもいい。貴方がそれを望むなら私はただそれだけを果たす。アルカには出来ないでしょうね。だって彼女は人の心を知ってしまったから。人に近くなってしまったから。もう彼女は立派な人間よ」
彼女とアルカは姉妹のような関係なのだろう。
だとすれば彼女が姉でアルカが妹か。
もしくは彼女が妹でアルカが姉なのか。
少女は優しげな表情のまま、少年を見つめる。
温かな眼差しが、彼を捉えていた。
「貴方にはその権利がある。全てを自分の手に取り戻す権利がある。奪われた過去の代価にふさわしいモノを選ぶ事が出来る」
「……」
今必要な物。
それはきっと数えれば限りない。
自分もまた人間だ。人間の欲望に限りなど無い。
ただ喜んで、ただ怒って、ただ哀しんで、ただ楽しむ。
その事が正しい人の生き方だとするのならば、それこそ人ならざる生き方だろう。
自分のやりたいようにする。
自分の目指すように生きる。
人間に近い生き方とは欲望に忠実である事。
例えその欲を隠したとしても、また別の欲がどこかに潜んでいるのだから。
だから――答える。
「いらない」
「……本当に?」
「あぁ、自分の欲しい物は自分で手に入れる。そのための力が今のオレにはある。ならそれで十分だ」
「そう。うん、そうよね。貴方なら、きっとそういうと思ってた」
微笑む少女の姿。
まるで彼が答える事を予期していたかのようだ。
しかし不思議と、不快には感じなかった。
「……私はISが生まれてからずっとこの世界と町を見てきた。たった一人でずっとこの場所にいた。遠い遠い昔、ずっとずっとこんな夜を過ごし続けてた」
「一人で……か」
「えぇ、私は機械と人間の紛い物だから一つの属性だけじゃ見えないの。私と同じ、私を知っている命じゃないと私を感じる事はできない」
彼の体はISコアが埋め込まれている。
いわば人間に無理やり機械という部品を混ぜ込んだ物なのだ。
だから彼とアルカにしか彼女を見れない。
ふと彼は質問した。
今まで、ずっと疑問に思っていた事を。
「一つ聞く。ISコアとは何だ」
「……そうね、ISコアは篠ノ之束が見つけた因果の答え。人が長く求めていたアカシックレコード、彼女はそれを見つけてしまった」
「アカシックレコード……」
「過去現在未来全ての答えが記されている場所。彼女はそれを体現する事に成功した」
「それがISコアだと?」
「円は無限だからそこには全ての答えが数字として記されている。例えば私と言う数字は一つしかないけど、私と言う数字がその答えの中に記されているからこそ世界に生きていられる。彼女はその円という無限の数字を持つカタチこそがアカシックレコードだと気づいて、そのために自身の持ちうる才を全て費やしたの。稀代の天才である彼女だからこそ、出来た事だから」
そういえば聞いた事がある。
この世全ての事象と物体は数字だけで表す事が出来ると。
もしもこの世全ての答えを、無限に続く数字へ変換すればそれはどんなカタチに収まるのだろうか。
「……」
なるほどと思う。
この世界は丸い。
だからこそ全てが生まれていく。
ISコアはこの世界を象ったカタチなのだろう。
だとすれば、ISコアはその数字の中にある答えを自動で求める事が出来るようになっていたという事である。
そしてそれから誕生したアルカもその事実を知っていたからこそ、全能に近かったのだ。
もしISのエネルギーというのが、ISコアへアクセスする制限時間と考えれば、そのエネルギーがなくなった瞬間ISコアから切り離されてしまう。
アカシックレコードの情報を、常人が何の準備もなしに知ろうとするなど自殺にも等しいからだ。
「……さすがは天才だな」
「うん、だけど彼女はそれを公にしなかった。大切な家族や親友に幸せになってほしかったから。彼女達に使って欲しかった。男に使わせなかったのは、まだ人付き合いが出来ない妹に女性として自信を持っていて欲しいと言う願いがあった」
「……それが男に使えなかった理由?」
「えぇ」
空はまだ暗い。
月明かりに照らされる雪原と淡い光に彩られる町が美しかった。
「白騎士って、本当はね剣を持ってたから騎士って名付けられた訳じゃない」
「……」
「彼女は家族を守りたかった。そのためなら平気で自身を投げ捨てる人だから。家族が傍にいてくれる、そんな愚直な幸せを愛しいと感じた。……あの時ここで貴方が誓いを刻んだこの場所は丁度織斑マドカが誘拐された時に、彼女が決意した場所でもあるの。貴方を守る騎士になろうって。だから白騎士……ふふっ、今の貴方もそうかな」
「だといいが……。オレにとってもこの場所は誓いの場所だ。オレに呪いをかけた始まりでもあり、地獄から救い上げてくれた終わりでもある。希望と絶望なんていつも隣り合わせだ。どうやら織斑の名前を持つ人間にはその淵を渡り歩く宿命とやらがあるらしい」
「そうね、でも結局のところ貴方も織斑千冬も織斑マドカも、三人とも答えに辿り着いた。その身に生まれた呪いを断って、繰り返されるハズだった物語に終止符を打った」
「……物語?」
少女は儚くも美しい表情を浮かべて彼を見る。
「本当ならこの物語は繰り返されるハズだった。貴方が織斑一夏を殺した後、世界を敵に回してただ只管戦い続ける。そして――死ぬ。私はそんな物語を呆れるほど見てきた」
「……まさか、あの時の夢をオレに見せたのは」
「うん、それは私の仕業。ISコアはアカシックレコードを数字化した物だから、様々な世界の結末がそこに記されている。……復讐でも人は生きる事なら出来る。それを糧として命を繋ぐ事は出来るわ。だけど、その先にあるのは孤独と破滅だけ。そこで人はようやく自分がしてきたコトの重さに気づく」
「……あぁ、あの夢が無ければオレは今も復讐に固執していたかもしれない」
「それが繰り返されるのを断つ必要があった。そうでなくちゃ、誰も救われないから。全ての人間の心が同じ方向を向いているなんてありえない。貴方の考えが全ての人に理解される事は無いわ。きっと貴方を嫌う人だっているでしょう。復讐に身を落としていた貴方を賞賛して、日常に目を向けた貴方を非難する人だっている」
「分かってるさ。だけど他人は他人だ。オレは神様なんかじゃない。だから、全ての人に認めてもらいたいなんて思っていないよ。――大事な人達が、オレを認めてくれている。なら、オレにはそれで充分なんだ」
「……何でだろうね。どうして人は争うのか、自分の価値観を一方的に押し付けようとするのか……それはきっと人である限り、一生分からない。私は答えを知る事はできても、理解する事は出来ないから。だから――その人の心を理解できる貴方達がちょっとだけ羨ましい」
そして少女は立ち上がる。
彼女は再び雪の下に出て、月を見上げた。
「またいつか来てくれる? 私、貴方ともっと話したい。だけど時間があるからこうして短い間しか話せないの」
「……あぁ、来年の冬にまた来るよ。今度は色々な話を持って来るから、楽しみにしておいてくれ」
「ふふっ、変な人。私がどちらでもないと分かってるのに」
「酷い話だな。それは」
彼も立ち上がって、空を見上げる。
満月は大分空へと上がっており、もうすぐ黎明の時が訪れるだろう。
世界はこうして同じ時間を繰り返す。
だけど、人は同じ日々を生きれない。
まったく同じ物語を歩めないから。
「貴方は世界のために生きて、世界のために死ぬの?」
「いや、オレの生きたいように生きて、死にたいように死ぬ。それがオレの在り方だよ」
「……それで満足してる?」
「あぁ、生きて欲しい人たちが生きてて美しい世界がそこにある。なら――もう何も望まない」
「……きっと、それが貴方の空白なのね。その空白が埋まらない事に貴方は悩み続けていた。でも、大丈夫よ。まだ貴方にはそれを受け入れる歳になっていないだけ。いずれ貴方の悩みは時間が解決してくれる」
「……なるほど、道理で埋まらない訳だ」
苦笑して、神社の入り口を見る。
一瞬だけ、そこが夏の風景として切り取られてその中に二人の子供と二人の女性が見えたような気がした。
だからここで誓ったのか、と彼は思わぬ因果に納得する。
「じゃあね、来年にまたここで会いましょう。貴方と話せるのを楽しみにしてる。その時まで私はここで世界を見続けるから」
「……そうして姿を現している限り、君は世界を見れないのか」
「うん、それに姿を現しても誰も私を見る事なんて出来ない。だから無意味なの」
孤独。
それを彼女は一人で背負い続けてきた。
強さとは孤高の証である。
才能とは孤独の証である。
だからこそ――独りでいるしかなかったのだ。
「――またね」
彼女はそう言って、消えた。
その場から跡形も無く。
きっと、世界を見に行ったのだろう。
本当に掴み所が無い少女だった。
だけどまたいつか会えるのだから、その時にはもう少し深く話してみよう。
「――またな」
彼もそう言って、歩く。
その場にいたという足跡を残して。
まだやるべき事が残っている。
その全てを片付けて、世界を周ろう。
きっと――生きる事が楽しくなるはずだから。
世界が――永遠に美しいと思えるはずだから。
白い雪の中を歩く。
闇に飲まれて、光に照らされて。
相克する二つの淵を彼は歩く。
矛盾した事実を気に留めず、ただ目的の場所へと向かう。
彼女達が待っている。
繰り返される物語を断って得た世界で、彼女達は生きている。
後は――彼女達が生きててくれればそれでいい。
そのためなら全てを敵に回す覚悟だってある。
だけどそれは復讐ではなく、理想だから。
その先に破滅も孤独もありはしない。
あるのは――求めていたモノだけ。
結局、覚悟も理想も繰り返されるらしい。
だが、心の在り方だけは絶対に戻らない。
それが世界を生きている証拠だから。
降りしきる雪の中を、少年はただ歩き去っていく。
かくして――ここに最後の話が終わりを告げる。
後の事など記す必要は無いだろう。
彼らの世界はまだまだ続き、彼らの歩みは続いていく。
ただそれだけなのだから。
人も世界も命も全て、生まれては死んでいく。
だが同じ日々など決して無い。全てが同じ時間などは決して繰り返されない。
そんな矛盾した物語が積み上がって世界は成り立つ。
そんな世界が成り立つからこそ、人々が生きている。
だからこそ――世界はこんなにも美しい。
無限の空が――ただどこまでも愛しい。
どこまでも、この美しく愛しい世界が続くように。