残されていた謎の日記。所々が煤に汚れている。日付は記されていない。
途中から記されている。
■月■日
今日もまたクローンを選別する日々が続く。
だが結果として、まだ例の実験に使える素体は出ていない。
さすがに皆同じ顔を見ているとこっちまで壊れていくように思う。
しかし、あれほどのクローンを作ってどうするつもりなのだろうか……。
アイツらの性欲はどうかしてほしいところだ。
クローンを産むための母体が必要になるため、手出しが一切出来ないと日々妄想に励んでいる。
……私には理解できないよ。
■月■日
今日は驚くべき日だ。
何と、オリジナル自身の身柄を上層部自らが入手してきた。
聞いたところに寄れば、家を出た直後を捕縛したらしい。
確かにそれなら悟られる可能性は大幅に減るだろう。
その上ドイツまでは相当距離がある。
何より、オリジナル自身から完璧なクローンを作り上げる時間を稼ぐには十分な時間だ。
……なるほど、犠牲は承知の上か。
しかし、囮のクローンに研究員が間違って、ブリュンヒルデの細胞を入れたのは上からすればかなりの誤算らしい。
恐らくIS起動は可能だろうが、量産には向かない。
既にその細胞も使い切り、新しく入手するにはまた検査と偽って直接入手するしかないが……篠ノ之束に一度感づかれている以上、二度と成功はしないだろう。あれは火中の栗を拾いに行くような暴挙だ。まさかそれを彼女が見逃すはずも無い。
これで研究がはかどると言っていたが……一体何をするつもりなのか、私にはまったく分からない。
一つだけいえるとすれば、地下にいるはずの少年の叫び声は今も尚四階にあるこの部屋まで届いてくる事か。
アイツらの顔はニヤついたまま、一向に変わっていない。
私はこの罪悪感をどうすればいいのだ……。
■月■日
あれから驚くべき知らせを聞いた。
何と、あのブリュンヒルデが引退するというニュースがあった。
道理で上の連中が大事そうにISのコアを持っているわけだ。
噂では、そのブリュンヒルデのコアを入手したとも言われているが、それだけのために何人の仲間 が犠牲になったのだろう。
少年の叫び声は聞こえなくなった。
そういえば、倉庫に保管されていた薬品がかなり減っている気がする。
だが、あれほどの量を使えば間違いなく廃人は確定なはず……。
しかしその結果が全て出ればIS以上の兵器が完成する。
名づけるとしたらIS殺しだろう。
……しかし世界最強の弟がIS殺しとは皮肉な事だ。
ちなみに上に聞いてみたところ、一人いれば十分らしい。
量産不可能な歩く兵器になれば、それだけで世界を相手取れる力はあるだろう。
そして正体を知れば、世界最強もIS開発者も迂闊には手を出せない……。
だが……そのためにあの少年をそこまで嬲る必要はあるのだろうか。
彼の首裏には、「code No,1」と刻まれていた。
■月■日
今日は本当に気分が悪い。
クローンと母体の死体が散らばっていたから、何をしたのかと聞けば何とオリジナル自身の手で全て殺害させたらしい。確かに使い道はなくなったが……。
文字通り、自分殺しという訳だ。
しかしあの少年は本当に人間か?
ISコアを人体に埋め込めば拒絶反応が出るのは当たり前のはず。
それも男であるならば間違いなく埋め込まれたオリジナルは死亡する。
例え増強剤でどれほど強化していようともだ。
……まさか、そのためにブリュンヒルデから直接入手する必要があったのか?
考えはここまでにしておこう。
倉庫にあった薬品の数は最初の頃と比べてかなり減っている。
アイツらは相当速いペースで使っているに違いないのだろうが、どれも人間ならば既に致死量に十分値するというのを分かっているのだろうか。
確かにアイツらの食指が動くのは分かるが、だからと言って人形も同然にするのは人道的な行いではない。
いや……既に私も同じ身か。
だが一つだけ疑問がある。
これほどの研究資金は一体どこから出ている?
どう考えても巨大な組織が後ろ盾になっているのは間違いないが……。
■月■日
もう仕事を辞めたい。
ISコアを埋め込まれた少年の姿はもう本来の容貌ではない。
女性らしさが所々に出ているのは、コアが適合したのか?
だが、それなら何故ISが起動できない?
……いや、そんな事はどうでもいい。
まずはアイツらを何とかしなければならない。
中性的な外見であれば何でもいいらしい。
母体に一切手出しが出来なかった欲を発散させる道具としてはうってつけだそうだ。
もはや玩具同然で、彼の服装はボロボロの布切れ一枚だけ。
睡眠薬や催眠ガス、電撃まで与えて苦しむ姿をまざまざと観察するのは狂人としか思えない。
慰み物として扱われている彼の姿は本当に人形だ。
虚ろな目は一体何を求めている?
何より微かなその口の動きだけは今も彼の姉の名を呼び続けている。
そして時々、彼の周辺に半透明な人間が目撃された。
黒いドレスを着た黒の長髪の女らしいのだが、生憎そんな研究員はいないし外部から連れてきたわけでもない。
女性の地位が向上した中、こんな僻地で研究に励む女なんているはずがない。
増してやここは廃墟の一画だ。
人が訪れるはずが無い。
まさか幽霊とでも言うのだろうか。
今日もまた、少年の実験結果を記す作業が続く。
彼は怪物としか言いようが無い。
圧力、真空、電撃、業火、絶対零度、爆風、銃撃、刃、レーザー、ビーム――それら全てを耐えた挙句ISのパーツで作られた装甲を意図も容易く素足で破壊するという結果を生み出した。
耐久テストも十分、精神は後一歩で完全に傀儡に成り果てる。
一年もあれば、やがて計画は指導に移りだすだろう。
……確かにコレは世界に対する強力な粛清だ。
女尊男卑の世界を軽々と破壊する『
試しにVTシステムで実験してみたが、無論の事少年の勝利に終わった。
今私は猛烈な後悔に襲われている。
一人の人間を、こんなにも簡単に怪物へと変えてしまう心を、一体どこで持ってしまったのだ。
もう限界だ。
今、亡国機業がここを襲撃している。
警備員も次々と倒れる中、とうとう少年が研究員の手で初めての実戦として地上へ向かっている。
やるなら今しかない。
この施設を木っ端微塵に自爆させる。
このままでは少年は本当に帰れなくなってしまう。
それでは駄目だ。
何故、何故止めなかったのか。
今から私は地下に向かい、自爆装置を起動させる。
私たちは全員死ぬだろうが、彼は生き延びるはずだ。
それでいい。
どこかの国の手に渡れば、少なくともこんな僻地以上の悪環境は無いだろう。
これが偽善と言う事は分かっている。
だが、彼がせめて救われるように。
彼の存在が、多くの人たちを救う道標になるのを祈るしかない。
さぁ、行こう。
日記はここで途切れている……。