網元の長女と許嫁(仮)みたいなんだが!?   作:次郎鉄拳

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文学少女と行く

今日も今日とて、些細な喧嘩がきっかけでダイヤに追い出された俺は、マルちゃんの家に避難してきたのだが。

今日のマルちゃんはすごくニコニコしている。

具体的には本を広げて鼻歌を歌いながらページを捲っている。

果たして何か良いことがあったのだろうか?

 

 

「マルちゃん今日はいやにご機嫌だね」

「あ、角人さん――えへへ、やっぱりわかっちゃうずら?」

「これでもかって嬉しそうなオーラが出てるんだから当然さ、何か良いことでもあった?」

「うん! 芹沢光治良の伝記が学校の図書室にあったんだぁ!」

 

 

芹沢光治良とは沼津市出身の小説家で、沼津市の名誉市民にもなった人だ。

俺は内浦で暮らすようになってから、主に翡翠さん経由で名前を知ったわけだが、調べてみるとまぁものすごい人だった。

そんな人の伝記をマルちゃんはずっと探していたというのは初めて知ったが、まぁ幸せそうで何よりである。

 

 

「角人さんはまたダイヤさんに追い出されたずら?」

「……うん」

「しょうがないなぁ……晩御飯までにはしっかり帰ってくださいね?」

「おう、ちゃんとそれまでには帰るよ。そうだ、どら焼きと最中は要るか? 松月さんで買ってきたんだけど」

「んー、後で! これを読み終わったらもらうずら!」

 

 

ううむ、よっぽど楽しみだったらしい。

それなら常温で置きっぱなしにするのももったいないし、冷蔵庫でも借りようかな。

国木田家のキッチンに入ると、現住職であるマルちゃんのお爺さんがちょうどお茶を淹れていた。

 

 

「角人君いらっしゃい、今日も来ると思ってお茶用意しておいたよ」

「あ、ありがとうございます。あと冷蔵庫借りてもいいですか?」

「おや、それは――松月のどら焼きかい?」

「はい、最中もあります。ご住職たちの分も買ってますよ」

「おお、淡島最中があるか! 嬉しいのう!」

 

 

この内浦に唯一ある甘味処、松月は地元住民からはもちろんのこと、その看板商品である『みかんパウンド』や『みかんどら焼き』を求めて通が通い詰める店。

そんな店の最中は住職の大好物らしく、差し入れのような感覚でもっていくと大変喜ばれる。

 

 

「ところで角人君、珍しくすいーつを買ってくるのじゃな」

「いやぁ、流石にあんこ作るのはすごく時間使いますから……」

 

 

住職との会話はそこそこに、お茶を持ちマルちゃんの元へと戻ると分厚い伝記は1/4ほど進んでいて。

俺が部屋を一度抜けた時と姿勢も空間も全く変わっていないのだから、本当に熱中して読んでいるのだろう。

――ふむ、芹沢光治良と言えば……

 

 

「なぁマルちゃん」

「ずら?」

「芹沢光治良についてもっと知りたくないかい?」

「もっとって……どういうことですか?」

「んー、実際に使ってた道具とか、昔の原稿とか」

 

 

確か、そういうのが展示されている記念館が沼津にはあったはずだ。

沼津の名誉市民に讃えられるだけあって、そういう施設はあってもおかしくない。

というか、確か翡翠さんは養子とはいえどもそこの家系だから知ってるはずだ。

帰ったら改めて確認してみよう。

 

 

「そんなものが視れるところがあるんですか!」

「ああ、明日にでも行く?」

「うん! オラ楽しみずらぁ!」

 

 

 

***

 

 

 

翌日、俺がマルちゃんと二人で訪れたのは、沼津市の牛臥にある芹沢光治良の生い立ちや作品などが展示されている記念館。

翡翠さんから今日は開館しているとの情報もバッチリ貰っているので問題はない。

 

お世辞にも大きいとは言えない建物だが、神居さんには『外観だけで建物を判別してはなりません』と言われたこともある。

果たしてどんな施設構造になっているのか、大変楽しみである。

 

 

「ずらぁぁあ……ここに芹沢光治良の生涯が纏められてるずらぁ……!?」

「……ほう、どうやら芹沢光治良の作品も全部置いてあるらしい、好きなだけ読むと良いよ」

「ほんと!? ありがとう角人さん!」

 

 

館内に入ると、俺たちを出迎えたのは『芹沢光治良と少女文学』という見出し。

まるでなんのことなのやら、あまり文学史の授業は受けていなかった俺はそこらへんの知識がない。

……確か後期から日本文学関係の授業あるし、長講で受けてみるか……

 

 

「なぁマルちゃん、少女文学って――」

「うわぁ……これが少女文学誌代表の『少女の友』かぁ!」

「――聞いちゃいないか」

 

 

目を爛々と輝かせて、展示されている本やパネルを穴が開くほどじっくり見ているマルちゃんに少しばかり苦笑しつつ、俺は建物の内部をぐるりと見渡す。

沼津のイベントごとに関するチラシが入り口際に並べられているが――そうか、もう夏祭りの時期か。

 

チラリと入り口から見て左側に視線を向けると、そこに在ったのは階段。

隣のポスターには『市民展示スペース』とある。

なるほど、芹沢光治良に関するものじゃなくて全く違うものの展示か。

 

マルちゃんの方に視線を向けてみると、彼女は既に展示の半分を見終えていた。

――すごい集中力だなぁ。

 

 

「しかし、芹沢光治良ってこうしてみると改めて恐ろしいな、芹沢家自体が結構経歴がすごいというか……」

 

 

ノーベル文学賞選考委員に選抜された経歴とかある彼もだが、彼の兄弟姉妹なんて社長だったり団体の会長だったりとかやってて芹沢家全体がすごい。

養子とは言え家系に入った翡翠さんだって――実は元画家って言ったらみんな信じてくれるだろうか。

数年しか活動してないのに結構有名だったことには驚いたけれども。

 

 

「うわぁ……ほんとずらぁ……芹沢光治良の作品がこんなにぃ……!」

「結構古いんだなぁ」

「何を言ってるずら! 一部作品なんてもう絶版なのにそれも読めるんですよ!」

「絶版……!? それが読めるって確かにすごいな……」

 

 

このあと、めちゃくちゃマルちゃんに芹沢光治良の作品について丁寧に教えてもらうこととなった。

 

 

 

***

 

 

 

「こっここが角人さんの通っている大学の図書館……!?」

「蔵書の数は一級品だからな、マルちゃんならきっと気にいると思って」

「ありがとう! ありがとう角人さぁん!」

 

 

数日後の今日、マルちゃんが筋金入りの文学好きだということが証明されているので、俺の通っている大学の図書館に連れてきた。

大学の敷地内に入った途端一気に視線が集中したのだが、それはマルちゃんが美少女だからに違いない。

断じて『白岡先輩が女の子連れてる』とか『あの白岡が図書館デートだと……!?』とかいう言葉が聞こえたわけではない、断じてない。

 

 

「白岡君……ロリコンだったんだ……」

「ハイそこ、聞こえてるからね。今のバッチリ聞こえてるからね」

 

 

なんてヒドイ奴らだ。

マルちゃんは確かにまだ中学三年生だけど、俺は大学四年だけど!

だからと言ってただ図書館に連れてきただけで騒ぎ立てるのは酷いと思いませんか!

角人さんは怒りますよ!!

 

 

「……角人さん?」

「ああ、ごめんねマルちゃん。入館手続きしちゃおっか!」

 

「ロリコンだ……あの白岡さんがロリコンだったなんてやっぱり大スクープだよ!」

「なるほど……あの人が高校時代彼女と長続きしなかったのはロリコンだから……!?」

「おい、次のミスターコンの見出しは『ロリコン帝王降臨』にするぞ!」

 

「……よし、手続き完了。マルちゃんは先に行ってて、大丈夫。今図書館の人に案内お願いしておいたから」

 

 

マルちゃんを図書館の中に送りだし、俺はクルリと反転する。

視界に入ったのは先ほどから写真を勝手に撮影してくる馬鹿どもの姿。

俺はニコリと笑いかけ、神居さんからメリケンサックを受け取る。

適度に堅く、適度に柔らかい血が出ない程度に出来上がってる、流石は神居さんの御下がり。

 

 

「さぁお前等――懺悔の用意はできているか?」

 

 

俺だって一応、神居さんから護身術はあらかた習ってるからな、手加減できなくても知らん。

 

 

 

 

「マルちゃん、借りたい本とかはあった?」

「うん! オラ、これとか家でも読みたいんだぁ!」

「ほうほう……うん、何かさっぱりわからない」

「これはね、ビルドゥングス・ロマンの初期代表作ずら!」

 

 

……ビル……ロマン?

なにがどうでなんなのか、詰まれた本を見てもさっぱりわからないけれど、マルちゃんが満足そうなので良しとしよう。

……だけど、すごく楽しそうなマルちゃんが何言ってるかさっぱりわからなかったので、文学史を中心に講義している先生に後期じゃなくて明日にでもすぐ会いに行こうと思いました。

 





・芹沢光治良記念館
芹沢光治良の生涯が纏められている施設。
設計者は東京都両国に在る江戸東京博物館も設計した菊竹清訓という人物。
ここには建築系の大学関係者が訪れることもあるのだとか。

・芹沢光治良
G'sマガジンで花丸ちゃんのプロフィールなどを見ている人はその名前を見たことがあるであろう作家。
経歴についてはここでは省略するが、彼についての伝記が実際に存在するらしく、その内容はラブライブサンシャインの設定のモデルになっているのではと言われている。
興味のある方は『評伝芹沢光治良』著:勝呂奏(スグロススム)を読んでみよう。

・松月
アニメ六話や、『元気全開DAY!DAY!DAY!』のドラマパートに出演した甘味処。
個人経営の店故か、かなり好意的にサンシャインとのタイアップを行っている。
主なお薦めはドラマパートにもあるが『みかんどら焼き』である。
淡島最中も実際に販売中。

・少女文学
少女漫画の小説版。
芹沢光治良はこのジャンルへ多く寄稿していたらしい。
マリみての通称でおなじみ『マリア様がみてる』も少女文学に相当する。

・ビルドゥングス・ロマン
教養小説ともいう。
G'sマガジンの花丸ちゃん曰く『成長物語』も含むそうな。
ちなみにドイツ発祥ジャンルらしい。

・花丸
今回のヒロイン。
アニメでも立派な文学少女っぷりを見せてくれる子である。

・角人
良くも悪くも知識が広く浅い人。
後日文学史について大学教師と話し続けた結果『一度書いてみないか?』と誘われることになった。
実は結構武闘派一面があることが今回発覚。
そしてロリコン容疑についてはもはや証拠十分で有罪である。
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