最近、義妹のルビィが溜息をめっちゃつくようになった。
なんとなく理由は解ってる、Aqoursのことだ。
ファーストライブから早数日、正式な部として承認されたスクールアイドル部は、体育館の中にポツリと存在している空き部屋を部室として与えられることとなった。
無事に部活として活動できるようになった彼女達は、ますます一層意気込んでルビィとマルちゃんの勧誘も始めたのだ。
元々スクールアイドルが好きなルビィ、俺が住み込むようになった今ではすっかり黒澤家全体が緩くなったのもあって、スクールアイドル事態には寛容にもなったのもあって、Aqoursの活動には興味津々。
しかし元来彼女自身が引っ込み思案でなおかつ臆病なのだろう。
自分自身が加入して、歌って踊ることを少しばかり恐れてるようにも思える。
ただ、そこはルビィの扱いにも手慣れてるマルちゃんが動いた。
なんとスクールアイドル部に仮入部したいと言い出したのだ。
それに合わせてかルビィも一緒に仮入部。
二人そろってAqoursの練習を絶賛体験中らしい。
今日は確か――淡島神社で練習だっけ……あの山を練習に使うの? マジで?
しかし練習もよくまじめにやってんなぁ、屋上の使用許可取りに来た時は驚いたもんだ。
え? だって高海なら許可取らずに勝手に使いそうじゃん。
「……とはいうが、なんつーか一筋縄じゃあ行ってくれなさそうな話だよなぁ」
「花丸様のことですか、坊ちゃま」
「ああ、なんていうかマルt――国木田の真意が他のところに在る気がするんだよ」
「坊ちゃま、今この職員室には坊ちゃまと私しかおりませんのでいつもの呼び方で問題ありませんよ」
――今俺がいるのは日が暮れかけた職員室。
用務員以外の先輩たちは『日本ではNaturalに残業するけど、私が理事長の間そんなことNoよ!』とか張り切った小原によって帰宅してしまいました。
俺も帰りたいです、でも小原は俺だけには厳しいのか残業ではないけどギリギリまで仕事を与えてきます。
ええ、わかってますよ理由は。スクールアイドル部をやるにあたって内浦の各所皆さんとの提携が必要ですもんね、俺の仕事なんですよね――って納得したくない。
神居さんがいるから何とかやっていけてるけど、これ新人に任せる量じゃねぇだろほんと……
「なぁ神居さん」
「坊ちゃま、お気持ちはわかりますが旦那様が頭を痛めますのでご勘弁を」
「ですよねぇ……」
黙々と仕事を片付けていく中で、俺はふとマルちゃんのお爺さんに言われたことを思い出していた。
『花丸は本を読むのが好きな反面、独りで世界に浸りきって満足してしまう子じゃった。ルビィちゃんがおらんかったらきっと今でも独り本を読み続けておったじゃろう……私は彼女に感謝しとる、本以外から得られる世界をあの子に与えてくれる相手がこれからも必要なのじゃから――そうそう、当然角人君にも期待しておるぞ? 曾孫を見るまでは死ねんからのぉ』
――さらっと孫娘を嫁に出そうとするなよ。
俺に期待されてもどうしようもないというか、寧ろマルちゃんみたいな子が俺のような奴へ嫁いじゃあいけない。
……うん、マルちゃんが結婚に興味持ったら、淳の伝手とか使って誠実で真面目で頑張りやな婿を探してやろう。
――じゃなくてさ、うん。
マルちゃんは、ルビィをAqoursに送りだして、自分はまた一人の世界へと戻ってしまうのではないだろうか。
マルちゃんはルビィのことを大事に思っている。
親友がやりたいことを応援するために、背中を押すために自分もスクールアイドルに触れてみた――そんなところなのだろう。
「どうすっかなぁ……」
「坊ちゃまはどうしたいので?」
「……俺がどうしたいか?」
「今回のことなど顧問の御話を受けた時と同じですよ、あなたの気持ちに素直に。教師としてではなく、彼女のご友人として振る舞うのもまたよろしいかと」
――俺がどうしたいか……かぁ……
だったら答えは決まってる、やることは一つしかない。
「――友達の輝いてるとこ、見てみたい」
「それでこそ、私が御仕えする坊ちゃまです」
***
――ここは私立浦の星女学院の図書室。
ここには独りで、スーツを着た青年がカウンターに座っている。
「――改めてμ’sについてみてるとやっぱだめだな、知ってる顔がちらついてしゃーねーもんだわ」
一冊の雑誌がその手に乗せられ、ページがめくられている。
そこに描かれているのは主に九人の少女たち。
既に何度も読み返されているのだろう、一部のページはすでによれよれになり、端の部分に至ってはもはやボロボロ。
しかし表紙とかのつやは落ちていないことから、買った日自体は最近のことなのだろう。
そんな本の全体的な綺麗さとのギャップに、青年の顔は思わず笑みを浮かべる。
「しっかし――まるで運命みたいじゃないか。奇しくも、Aqoursは目標のμ’sに似た出来事ばっかり起こっているようだしなぁ?」
青年は独り、ここにはいない人物に向けて問いかける。
別に、彼が痛々しい残念な男と言うわけではない。
彼はただ待っているだけだ、ここに必ず来るであろう少女のことを。
例え来るまでの間、延々と独りで話さなければならないとしても、彼は話し続ける。
そして――ついに、その時は来た。
「なぁ、マルちゃん」
「はい、オラはここにいますけど」
「――うぉぉぉっ!?」
「……どうしたの角人さん、今すごく情けない顔をしながら椅子から落ちたけど……」
――そう、独りさみしく延々と語っていたのは浦の星女学院新任教師兼、生徒会顧問兼、スクールアイドル部顧問を務める男。
それでいてマルちゃん――国木田花丸の二番目の友人である男。
黒澤ダイヤの許嫁(仮)の、白岡角人である。
「いっいやぁマルちゃん、いいタイミングだな」
「角人さんは生徒会の会議があったはずずら、サボったならダイヤさん呼ばないと」
「サボってないサボってない。あんまり会議で話すことなかったからもう終わったの」
花丸は角人へジト目で詰め寄る。
元々角人は怠け癖と言うか、めんどくさがるところがここぞというときに表れ、その避難や救済の手として花丸の下へ逃げ出すという普段の生活も相まって、職務から逃走したのかと疑うが、流石に角人も一社会人である。
「それで、マルにどんな用ずら」
「どんなって、用がなけりゃ会いに来ちゃだめなのか? 友達なのに」
「まずオラと角人さんは生徒と教師なんだけどなぁ……」
「いいんだよ。今日の俺の先生としての仕事は終わり、今の俺はプライベートで、友達にこっそり会いに来たってことにしといて」
「はぁ……角人さんのこんな姿他の子には見せられないずら……」
花丸は『ならマルちゃんと俺の秘密だな』と快活に笑う角人に呆れつつも笑みを浮かべる。
しかし、本当に何故彼はここにいるのだろう。
図書室をこんな時間に利用するのは自分のみ。角人は図書委員の監督役になったわけでもないから自分の様子を見に来たというわけでもないはず。
花丸は困惑した、普段から変な友人が最近ますます変な行動を増やしているのだ、心配も困惑もする。
そこでふと、彼女は角人の手に乗せられている雑誌に気付いた――
「それ……」
「ああ、気付いた? なんで俺がここに来たかってことも気付いた? まぁ別に隠すつもりもないし、この話したいから敢えて教師として来てないって言ったんだけど」
「でも……マルは――」
「――マルちゃん、答えは君の心の中に在るよ」
角人にどう返したものかと悩みながらうつむく花丸へと、彼は手を差し出す。
静かな笑みを湛えるその姿は、普段の残念な姿からは想像もできないような、大事な【友】にしか見せない表情で――
「大丈夫、君もわがままでいいんだ」
「……オラも……わがままに?」
「当然さ、ダイヤなんて常日頃からわがまま言ってるじゃないか、ああいうのが許されて、マルちゃんみたいな優しい子が許されない通りはないと思うぜ? あとついでに俺だって今わがまま言ってるんだからさ」
「角人さんだって……いつもわがままだよ……?」
「なんだとぉ――まぁ、だから赴くままにやってみなよ」
少女の瞳が揺れる。
それは無意識のうちに自らを縛っていた鎖が解けそうな兆候。
角人はその瞳を見つめ、自ら伸ばした手を引っ込める。
彼の視線の先には、赤毛の義妹、黒澤ルビィがいた。
「――ここから先は、俺以上にもっとふさわしい、マルちゃんにとっての最高の友達が言ってくれるそうだぞ?」
「えっ……ルビィちゃん……?」
「うん――ルビィね、ずっと花丸ちゃんのこと、見てたの!」
角人はフッとニヒルな笑みを浮かべながら立ち上がり、二人のそばを、そしてルビィたちとともに来ていたAqoursの三人の前を通り、図書室の外へと出る。
中ではルビィの説得の声が続く、それをバックBGMにしている角人の顔は、少しばかり情けない表情だった。
「――途中で抜け出すなんて、アナタはそれでいいの?」
「――いいんだよ、余計なお世話だったっていうか、必要ないことやったなって反省してんだから」
「そう――アナタのことだからルビィに混ざって花丸さんを鼓舞すると思ったのだけれど」
「そのつもりだったけどさ、高海たちの姿見たらなんか情けなくなった」
廊下の窓に寄りかかる少女によって、角人の歩みは止められる。
声の主はルビィの実姉であり、角人の許嫁(仮)でもある黒澤ダイヤ。
普段の二人の喧騒からは想像できないような、彼を案ずる声で問いかけた彼女に対し、角人は口をとがらせ、拗ねるように言葉を返す。
「まったく、友達のことをルビィがほおっておくわけがないだなんて、あなたも分かっていたはずでしょうに。義兄として精進が足りません。それと、花丸さんの友達としてもまだまだよ」
「黙れやシスコン。お前は少し素直になってあそこに混ざってくればいいじゃねぇか」
ダイヤは姉として長年ルビィを見てきたからこそ、彼女が必ず花丸のことを迎えに行くと確信していた。
厳しく、きつく接しつつも大事な妹を案じ続けてきたのだから、彼女がどのような想いを抱きながら行動しているかもよく知っている。
ダイヤは故に角人を咎めた。彼の今回の行いが、ルビィの代わりの説得だと知っていたから。
しかしながらここはいつもの二人。角人は角人でダイヤの言葉にムッとなりきつい言葉を返してしまう。
そうなれば後は売り言葉に買い言葉になるのは明白。
「なんですってぇ……? いうじゃないの角人。でも、バツの悪そうな顔で気まずそうに逃げ出してきたアナタには言われたくないわ! それにシスコンならばあなたも同じでしょうに!」
「おお、お前も言うなぁ……アァ?」
「アナタにだけは素直に接しているのだけれども……!?」
「えらくいらねぇ素直さですなぁコイツァ……!」
二人とも顔を近づけあい、互いの顔を睨みあう。
中途半端な不良程度では裸足で逃げだしそうなほどの威圧感をまき散らす二人の近くで、二人の少女――小原鞠莉と松浦果南が苦笑をしていることにも彼らは気付かない。
「本当にあのCoupleってばFunnyね、見てて飽きないわ!」
「マリー、あんまり出歯亀はしないほうがいいよ。昔から言うでしょ? 夫婦喧嘩は犬も食わないって」
「カナン、その言葉はちょっと噛みあってないと思うの。まぁいいわ! これで浦の星のSchool Idolは五人のBig Family! 次は誰が入るのかしら!」
「マリーってば悪い顔してる。でもいいの? マリーもスクールアイドルに憧れてたのに、入らなくて」
「……マリーはいいの。それよりぃ……カナン! これからDateしましょう!」
「はいはい……マリーも大概素直じゃないよねぇ」
鞠莉と果南が連れ添い、去っていく姿を今度はダイヤと角人がバッチリ見ていた。
彼らは顔を見合わせる。
「角人、もしかしてアナタ――」
「おう、あらかた片付いたら小原のこと勧誘するわ」
「やっぱり、アナタらしいわ……それで、わたくしのことはいつスカウトするの?」
「お前が高海たちに『わたくしもAqoursに加入したいですわ、これまでの非礼も謝罪するのでどうか認めてくださいまし』とか言ったら考えてやる」
「それって結果的にアナタは考えてるだけじゃあありませんの! それになんですのその声真似は、全っ然似てませんわ! レクチャーしてあげます、いきますわよ!」
「マジかよ……地雷踏んだ……」
***
「で、なんで俺はこんなところにいるんだ」
休日、珍しくルビィに誘われて外に出たところ、待ち伏せしていたらしいマルちゃんと高海たち三人によってとっつかまり、五人がかりで高海の家のある十千万旅館まで引きずられた。
前に『バカチカ』と高海のことを呼んでいたお姉さん方二人が、俺の姿を見て『あの千歌に春が!?』とか騒いでくれやがったし、ましてや当の高海なんてその騒ぎに焦って逃げ出してくれやがった。
故に俺一人で姉二人を説得せねばならず、めっちゃ疲れたのだ。
と言うか渡辺、お前も説得に加勢してくれてよかったじゃん……
「なぜって、それは角人さんがAqoursの顧問だからずら」
「だからと言って女子生徒の家にあがるなぞ……」
「マルの家に度々避難と称して上がり込んでるのは何処の誰だっけ」
「申し訳ございません花丸様、哀れなわたくしになにとぞ慈悲と御許しを」
耳が痛い言葉をほんとありがとうございます……
いやね、教師になった今でも普通に夜マルちゃんの家まで避難してたり、休日普通に遊びに行ったりなんてことやってるから一切否定できないんですよこれ。
教師としてどうなんだお前って声が聞こえてくる気もするけどいいじゃん、マルちゃんとは教師生徒関係になる前前から友達なんだから許してくれよ。
「チカたちにはいつも傲岸不遜でぶっそーな先生が一瞬で土下座……!?」
「すごい……花丸ちゃん先生のこと上手く操ってる……」
「流石黒澤先生の愛人さん……」
「渡辺先輩、ちょっとそこのところ話し合いたいなぁってマルは思うずら?」
「あはは……ごめんね、ちょっと遠慮したいかなぁ」
渡辺、俺も今の発言には問いただしたいこともある、ぜひともダイヤを交えてじっくり聞きだしたいものだ。
それと高海、誰が傲岸不遜で物騒な奴だ。
「そんで、ほんとなんで俺此処に呼ばれたの」
「あの、それがですね、私たちAqoursの最終目標がラブライブ出場なんです」
「まぁ、スクールアイドルをやるならばそういうもんだわな」
「それで、スクールアイドルとして正式にサイトに登録しないとダメなんです!」
……まぁそうだろう。
ただ気になるのはサイトの登録だけでいいのかそれってことだ。
だってサイトの登録さえできれば非公認でもスクールアイドルとして登録できるんだろ?
「角人さん……その、登録してから一週間以内に、学校へ直接連絡がされるそうです……」
「……なるほど、学校への連絡をしたときに発覚するからサイト登録でも問題ないのか」
「それに、今全国の学校で公式サイトにスクールアイドルの存在を明記するらしいです」
「……小原、理事長はサイトに記載したのか?」
「あ、それがですね先生、私たちから伝えてほしいって言われたんですけど――」
小原からの伝言を告げられた俺は思わずめまいを覚えてしまった。
――『顧問としてサイト記載や大会登録などその他手続きもすべて一任します』
……俺、やっぱ退職しようかなぁ……
「角人さんに辞められると困るから最後まで面倒見ていてほしいずら」
「いやぁ、そうは言うけどさぁ……」
「マルはね、ルビィちゃんだけじゃなくて、角人さんと、ダイヤさんとも一緒にこの部活にいたいなぁって思ってるんだ」
「……そっ、そうなのか……うーん」
「それにね、『わがままになっていい』ってオラに教えてくれたのは、角人さんなんだから――」
マルちゃんはニパッと、その名に違わない花のような笑顔を見せ――
「――責任、とってもらいます!」
――特大の爆弾を、この空間に投下してくれましたとさ。
・ルビィ
アニメ四話主役。
残念ながら今回の網元では出番がほぼないが、アニメでの活躍はまさしく花丸の親友である。
余談だが、今回の話の最後の爆弾にAqoursの面々が驚く中、一人満面の笑みを浮かべていた。
ダイヤさんに意志を伝えるシーンもない。なぜならうちのダイヤさん緩いから←
・神居
いつもの。
色々と角人の背中を推す人。
図書室での角人の残念さには涙を流さざる得ない。
・Aqours
いつもの三人。
なんだかんだ多感なお年頃なので角人とダイヤ、花丸、ルビィとの関係には興味津々。
角人が顧問だが角人が忙しいのであまり練習風景を見せていない。
・ダイヤ
いつものツンデレ。
なんだかんだ言いつつも角人が妹たちのために動いてくれていることをうれしく思っている。
Aqoursにいつ加入しようかと言うタイミングを見計らっているときでもある。
アニメとの相違点が多分一番多い子である。
・角人
残念な奴。
本音を言えばもう少しスクールアイドル活動に首を突っ込みたいのだが理事長によって膨大な仕事を押し付けられ気味のためあんまりできてない。
この後真っ赤になった花丸とニコニコしているルビィに挟まれながら新しく積まれるであろう仕事に頭を痛める。
・花丸
今回のメインヒロイン。
可愛い。