春も営業を終え、店を仕舞い始めるころとなった五月の末。
俺は現在進行で一つの案件により頭を悩ませることとなっている。
それは、数日前に俺が務めるこの浦の星女学院に、堂々とやってきた少年――
そう、俺が、ダイヤに見つからないように、送っていった彼の事だ。
結論から言おう。どんな経緯があるのかはわからないが、彼は俺に宣言した通り、浦の星女学院に通うこととなった。
だが、それと同時に新任の一般教師程度の俺にある重役が押し付けられた。
それは、その双葉の
主な原因は校長先生に双葉を見逃したことをチクったダイヤと、それがばれる要因となった生徒の高海。
――白岡君はまだ大卒一年目と若いため、歳の近い彼の相手を任せてもいいですよね?
と、威圧感たっぷりの脅しにしか聞こえないお願いをされて、ペーペーの俺には逆らうこともできるわけがなく。
白目を向きそうになりながら、心のない快諾をするほかのない俺は、自分の授業がない時に限り、双葉のいる教室に派遣されるようになったのだ。
そうしていつも通り黒澤家からダイヤ、ルビィ、途中で合流したマルちゃんとともに、えちらおっちらと坂を上り、浦の星女学院まで無事についた俺はみんなと別れ、職員室に向かった。
「やぁ白岡君、おはようございます」
「おはようございます。自分はこの後いつも通りHRは二年生の教室へ向かったほうがよろしいですか?」
「ええ、頼みますよ。彼に関することはすべてあなたにかかっているといっても過言ではありませんからね!」
この先生は要するに堅物で、おんなじ堅物でもダイヤとは
双葉はまっすぐだが同時にアホだ。ぶっちゃけはたから見てしまえば奇人変人のレッテルは張られるものだろう。なにせ女子高に通う暴挙を実際に行ったのだから。
だからと言って、教師という立場から、ろくに言葉を交わしたわけでもない相手を遠回しに『学がない』と嘲り、勝手に見下すのはいかがなものか。
自身がすごい経歴であるだどうたらを語るのは構わないが、そういうところを厭味ったらしく隠さないから、
あんたのせいで『カドセンはあんな教師になったらだめだよ!』とか生徒に言われもしたんだぞ。
まだ就任一か月ちょっとなのに、もう
教師のあだ名って主に嫌われている教師につけられるものじゃないんだっけ……?
そういえば当の双葉だが、授業はやはりというかなんというか、あまり真面目に受けていないという様子らしい。
指導役である俺に対し、彼のいる教室で授業をしていた先生が毎度毎度、苦言を漏らしに来るのだから間違いない。
時にダイヤが俺に愚痴を言いに来るのだから、本当に間違いがない。
二年生の授業を受け持っていないため実際の様子はわからないのが悩みの常だが……
まぁ、彼は賢いし、勉強をわざわざ学校で受ける意味がないというのも分からなくはないが……
「せめて……授業態度だけでもなんとかしてくれないかなぁ……」
そう、つらつらと考え事をしながら、今確実に双葉がいるであろう二年生の教室まで向かっていると、向こうから俺を呼ぶ声が聞こえた。
――高海だ。
「あーシラカド先生だ! いいところに!」
「んー……ああ、高海さん。おはようございます。あと、せめて本人の前くらいではしっかりと呼びましょう?」
彼女は、俺のことをシラカド先生と呼ぶ。
白岡の白、角人の角を合わせて
就任してまだ一か月少しなのにあだ名が二つも作られてるとかこっちも知りたくなかった……
そんな呼び方をしてくる高海は何やら慌てた様子で俺に伝達をしてきた。
「おはようございます! 大変なんです先生! 双葉君が急に倒れちゃって!」
「はぁ……? 倒れた……? ――倒れたっ!?」
「はい! なんだか、『奇跡的ィ!』って感じで叫んでいきなり気絶しちゃって……!」
「いったい何をしているんだアイツは……」
ひとまず高海に案内され、教室まで向かった俺が視たのは――
――床に背中から倒れ、顔が真っ赤になり、文字通り目を回していながら、口元が幸せそうに
「え、これほんと何があったの?」
「シラカド先生! 双葉君を保健室に!」
「先生、勢いよく倒れましたけど双葉君は大丈夫ですか!?」
「
「
「
「いっぺんに喋るな答えられんだろうがっ! 後誰だ今黒澤先生っていったの! 放課後職員室まで反省文もってこいやぁぁ!?」
***
ひとまず双葉君を保健室まで運び込み、自身の授業と仕事をこなして時刻は昼。
自分の分の弁当を持ちつつ、保健室に双葉の様子を見に向かったところ、ベッドには
「――アイツ今度はどこ行った!?」
保健室で一人頭を抱えながら考える。
しかし、どうにか案が浮かぶわけでもなく……
高海が何やら
「高海さんはいますか?」
「――あ! シラカド先生だ、はーい!」
「一つ聴きたいことがあるのですが。あと、本人の前ではあだ名で呼ばないように」
「えー、シラカド先生はシラカド先生ですよー! あ、それで、なんですか?」
「……双葉君の居場所のことなのですが、高海さんは保健室に運んだ際に書置きを残していたようですので、何か知っているのかなと」
高海は近くにいた、彼女の友達である
なるほど、どうやら彼女たちは双葉の居場所について何も知らないようだ。
「わかりました。昼食中に失礼、それでは私はこれで――」
「――あ! カドセン、双葉君なら上に上がっていくの見た子がいたよ!」
「――本当か! でかした、ありがとう! あと、白岡先生だからな!」
「わかりました
「そこの二年、顔は覚えたからそっちも覚えていろ!?」
ダイヤにでも相談しに行こうかと思った矢先、情報提供をもらったので、とりあえず屋上まで走る。
屋上からしらみつぶしに探せばきっと見つかるはずだ。
双葉のせいでどんどん昼食をつまむ時間が削られていく。
後で文句でも言ってやろうかと思い、屋上のドアを勢いよく開けると――
「私の名は『ツインリーフ・ハート・サクスィード』。通りすがりの――
「ハート・さきゅっ……!」
「……何してんのお前」
――そこにいたのは、左腕で自身の腹を抱き、腹の前に右ひじを掲げ、右手を頭に掲げたポージングをしつつ決め顔で、ただ自分の名前を英語に言い換えただけの名乗りを名乗る双葉と。
その名前を復唱しようとして舌を噛んでしまったらしく、弁当箱を持ちながら、プルプルと痛みに耐える紺色の髪を持った一年生の――
「あ! 白岡センセ! こんにちわ、今日もいい天気ですね!」
「阿呆。お前のせいでこっちの心はいつも曇天どんよりだわ」
「そんな!? こんなに空は綺麗に晴れているのに……っ! なにがセンセの心の空をそこまで曇らせるんですか!」
「だからお前がフラフラしたり、授業真面目に受けてくれないからだって毎回言ってるじゃんかよぉ!?」
いつも通りのポジティブテンション。
ぶれない姿勢はとてもいいと思うんだが、お願いだから、少しでもいいから俺の胃を気遣ってくれないだろうか?
――いや、無理なんだろうなぁ。
「わかりました! センセが困っているというならみんなにも声をかけて協力していきましょう!」
「絶対わかって無い……わかって無いよ双葉……」
「あ、今の僕はツインリーフ・ハート・サクスィードなので、ツインリーフって呼んでください。ホワイト・ヒル・ティーチャー」
「それもただ
ふと津島のほうを見ると、なんだか少し羨ましそうな、それでいて何かを我慢するような。
そんな
というか、なんで津島は一人でこんなところで飯を食っているのか。
……もしかして浮いているのか? だとしたらば流石にマルちゃんやルビィからその話を聞くことがあるし……
「あ、ヨハネちゃんのお弁当可愛い―」
「あっ! ちょっと!?」
「へぇ、どれどれ……おお、結構いろんなもの入れてるんだな」
「せっ先生まで!」
ヨハネ――恐らく津島のことだろう――の弁当を見て感想を漏らす双葉に続いて、俺も津島の弁当の中身を見てみる。
如何にも栄養に良さそうなラインナップ。
量も丁度よさそうだし、全部おいしそうだ。
そんな中から双葉は流れるような動きでから揚げを手に取り、そのまま口に運んだ。
……許可取ってないけど勝手に食べていいのか?
「うぉっ! このからあげ……おいしー!」
「とっ、当然ね! なんてったってこのアクマであるヨハネが金平糖のように甘~く、それでいて
「ほう、
「あっ、ちょっと先生!?」
コーヒーのようなほろ苦さという言葉に惹かれ、俺も一つから揚げを口に運ぶ。
――うん、旨い。津島の話から考えるにこれはわざわざ自分で作ったのだろう。
だが――
「ふt……ツインリーフの言うように旨いが……コーヒーの味はしないな」
「そっそれは――」
「ティーチャーそれは、あくまでも善子ちゃんの例えだよ。魅力という」
「――ヨハネッ!」
ふむ、しかし旨い。味付けがしっかりしているし、味が強すぎず、薄すぎない。
丁度いい塩梅にタレも効いているから津島は料理上手のようだ。
そこでふと思い出す。
俺もまだ昼飯を食べていないことを。
「ああ、そういえばまだ昼食べてなかった。津s――ヨハネ、一緒するぞ」
「あ――じゃあ僕もこの持ってきたおにぎりを食べよう! 善子ちゃんの隣でね!」
「だからヨハネッ!」
「はいはい、漫才はその辺にしておけ。あ、この弁当から少しくらいは食ってもいいぞ。時間なくて食べ切れる気がしない。」
はーい! と元気の良い双葉の返事を聞きつつ、手に持った弁当の包みを開ける。
メノウさんが使用人と朝早くから
その中身は――
***
「ティーチャー! 僕こんな高そうなカニをもらってもいいんですか!? ありがとうございますそしてごめんなさい!」
「美味しいけど……うぅ……食べづらいぃ……」
「……そっかぁ……高そうなもの使っちゃってるんだぁ……津島、その卵とこのエビ、交換しようか」
「ええええええええとっ、えとえとえと!」
「いいからいいから。俺はそっちを食べたいんだよなぁ……」
「ティーチャー! この肉美味しいです! 絶対高価ですよこれ! たぶん飛騨牛?」
「双葉……頼むから。俺に値段を意識させないでくれ……」
――双葉曰く、
高いものを使っているとなったら途端に食べることを
津島のようなお弁当の中身にすれば、このお弁当に使われる実質的な費用と比べてどれほど安くできるだろうか……俺なんかの為にそれほどの金を使わせてしまっているという申し訳なさで罪悪感がすごいことになっている。
就任してからずっと俺はこんな贅沢なお弁当を持っていき続けたのだろうか……? だとすると俺はなんて
あと双葉。なんで調理済みの食材の細かい情報まで持っているんだ。見分け方をぜひ知りたい。後で教えてもらおう。
「いやあ! ごちそうさまでしたティーチャー! こんなに美味しいもの初めて食べたような気がします!」
「そっかぁ……味わってくれたようで何よりだよ……津島はどうだった?」
「えっと……その……美味しかった……です」
「そっか、よかったよ。後な津島、これからも昼を屋上で、一人で食べるんなら、
「せっ……先生?」
弁当を食べ終わり、改めて津島が一人で寂しく飯を食べていたことに向き直る。
高校生の始めなのに、一人で飯を食うなんて悲しいと、俺はそう思う。
だったら俺でも一緒に食うことはしてやれるし――毎回こんな弁当持って来られるのも複雑なんだろうが。
コネ就職とは言えど、俺は今教師をしている。津島は直接受け持っていないとはいえ
だからこそ、俺は自分勝手だとしても、どうにかしてやりたい。
「善子ちゃん、善子ちゃん! 僕もいるよ僕も一緒するよ!」
「ほ……本当に?」
「生徒相手にそんな情けない嘘をつくもんか。何だったら津島のクラスメイトに誘える奴いるし一緒させるぞ?」
「えっ、えっ」
双葉の援護射撃で話が進み、ルビィやマルちゃんも誘ってみる試みを彼女に告げてみる。
きっと同じ一年生同士、仲良くしてくれるんじゃないかとか思っている。
そんな俺の提案に、戸惑う声で有りつつも、嬉しさを仄かに感じる声を上げる津島。
なんだ、やっぱり誰かと一緒に食べたいんじゃないか。
「あ! じゃあ僕は千歌ちゃん達誘いますね! いやぁセンセ、嬉しいなぁ! 義妹さんと僕を
「ルビィに手を出したら教職権力で停学処分な」
「酷いっ!? いや、そうなんですね! センセは生徒ではなく一般人として口説くなら許可してくれるんですね!」
「お前ほんとルビィとダイヤに近寄らないでくれるかな!? あとマルちゃんにも!」
「ハーレムですか! 白岡センセはハーレム作ってるんですか! 許しませんよ!」
「誰が作るかそんなもの! ハーレムだとか非現実的だぞ、やるなら
「僕のハーレムは応援してくれるんですね、センセありがとう!」
双葉に言い返したところでふと腕時計を見ると、そろそろ昼休みが終わる頃合い。
急いで空になった弁当箱を片づけ、立ち上がる。
五時間目は確か三年生の教室で日本史を行うため、俺も同席する話だったはずだ。
急がねばまた教育主任に厭味ったらしく言われてしまう。それは避けたい。
「双葉、津島。俺は授業があるから先に行くが、授業には遅れないように」
「イエッサー!」
「わっわかりました!」
「それと双葉、せめて授業中くらいは静かにしててくれ。主に俺の胃の為にもな」
「仕方ありませんね! センセには美味しい昼ごはん食べさせてもらいましたし頑張ります!」
双葉の返事に苦笑いが漏れながら、俺は急いで校舎――職員室に戻る。
さぁ、双葉はどれだけの生徒に声をかけてくれるのだろうか。
津島が飯の時間で寂しくなくてもいいように、俺も気にしていこう。
――予鈴が鳴った直後、教室に向かっていると、なぜか双葉の悲鳴とダイヤの怒号が響いた。
後日それについて双葉に話を聞くと、人の許嫁を
双葉にそういうつもりがないのは重々に承知ではあるが、ダイヤの悪口を言われてる気持ちになるとすごくムカムカするんだから、
仕方がないと、俺はそう思っている。
・サブタイトル
これまた君のこころは輝いているかい?より引用、編集。
コラボ章のサブタイトルはできうる限りサンシャイン曲をオマージュさせていきたいと考えている。
・角人
当章苦労人兼不憫枠。
色々苦労が絶えないが、一つだけ特筆するなら『高価なお弁当を今まで持ち続けてきてしまったという極度の罪悪感』である。
なお心継の指摘がなければきっと知らぬが仏で済んだかもしれない。
後日メノウに抗議したがあえなく跳ね返され、気まずい思いをしながら高いお弁当をつまみ続ける運命を背負う。
・黒澤先生
割と自業自得ながらも、それでいて彼の現状を的確に表すあだ名。
発端は本気で間違えたある三年生の呼びである。
その生徒は直後ダイヤと角人ににらまれて授業を受けることとなる。
・ヨハネ
急に現れた男子と、その直後にやってきた教師に挟まれテンパりまくった当話一番の被害者。
初めて食べた高いお弁当の味は緊張でわからなかったそうだ。
・心継
ツインリーフ・ハート・サクスィード君。浦の星女学院での教師からの認識はおおむね『問題児』。
だがしかし、気遣いなどは一流にできるので今回も角人やヨハネに対して奮闘していた模様。
高級食材をしっかり食べたのはおそらく今回が初。びっくり体験である。