「センセ! 今夜星を見に行こう!」
「バカモン、夜間の学校施設の使用にはな、一週間以上前からの生徒会への申請が必要だ」
「センセってばほんとサブカルチャー知識偏ってますよね!」
「フフッ、天界の輝きに目を奪われるとは、ツインリーフ・ハート・サクスィードよ、悪いことは言わないわ、やめておきなさい」
ある日、屋上にて昼食を津島と双葉と取っていた時のことだ。
双葉は突然天体観測を提案し始めた。
津島は津島でなんというかいつものよくわからない言語を話し始める。
――マルちゃんから教えてもらったのだが、津島は【厨二病】とやらを患っているらしい。
全世界どこを探しても日本人ほど発生率の高くない、それゆえにか社会問題として挙げられていないというこの病気。
それは、何でも発症から数年は何があっても、病院にすら対処できなく、治ることのない限定的な不治の病で、症状の程度はあれど、基本的に中学生の半ばから高校生の終わりまでの間発症し続ける。
重症になってくると、『自己に対する認識のズレ』や『視える世界が通常現代から幻想空想に変化する』、『疑似的多重人格化』、『目や腕における幻肢痛』などと言った症状が出続けるという、なんとも恐ろしい病気。
時間が経つと自然と症状も落ち着くのだが、その後長きにわたってフラッシュバックと幻視幻聴などと言った後遺症に悩まされてしまうのだとか。
そんな病気は他者に感染することが無いものの、その症状故に他者から避けられるケースが多く、発症者に対するメンタルケアが学校などではろくに行われていないとまで聞いた。
由々しき事態だ、津島はそんな生命にかかわる重大な病気を抱え込んでいるとは、気付けなかった俺の情けなさは本当にひどいもの。
マルちゃんに教えてもらった日以降、俺は一層の覚悟を以って津島と付き合うことを決めた。
彼女の病気が治るであろう卒業時期まで、俺は彼女を責任もって見守っていこうと思う。
話がずれた。
そう、双葉が天体観測を提案したところだったか。
「それで双葉、なんで天体観測をしようと思ったのか少し俺に話してみろ。理由によってはダイヤに知らせる前にここで修正させる作業が必要だからな」
「それがですねセンセ、果南さんのご趣味が天体観測なんですよ、だから一緒に星を見たくてですね」
「なるほどわからん、と言うか教師の前で堂々と不純異性交遊の宣言をするなと常に言ってるだろう」
「センセ、不純ではないです。純粋に、果南さんと星が視たいんです!」
違う、そうじゃないんだよ双葉。
本人同士の心もちって話じゃないんだよ。
夜の学校で女子と二人で星を見上げるというシチュエーション自体がアウトなんだよ。
「だったら! センセも一緒に見に行きましょ! ダイヤさんも一緒でいいので!」
「はぁ? 言われなくても生徒会に部活外での施設使用を依頼する場合、生徒会から顧問と代表一名が監督役として同室する話になっているから当然のことだぞ?」
「だからセンセ! そうじゃないんです、そうじゃないんですよ!」
だったらどういうことなんだ双葉よ。
そんなことより津島が疎外感マックスな顔でこっちを見てるんだが。
罪悪感がやばいんだけど。
「ああゴメンネ善子ちゃん! 善子ちゃんはあまり星に興味がないのかな!?」
「ヨハネよっ! 興味がないわけじゃないけど……夜……」
「……ああ、なるほど、まぁ当然親御さんから外出許可は出ないだろうな」
「はい……」
「そんなぁ、善子ちゃんとも一緒に星を見たいんだけどなぁ」
「あ、ありがとう――だからヨハネッ!!」
まぁ、この学校には天文部がないからな、今のご時世女子を一人夜に出かけさせるような親御さんは少ないもんだ。
というかそもそも天体観測自体許可した覚えがないんだが、何故やる前提で話が進んでいるんだろう。
「あ、そういえば果南さんからは『私は別に良いよ』って話をもらってます」
「……理由がちゃんとあればなぁ……今のままの理由じゃあ生徒会に出した時点で突っ返されるのがオチだろ」
「まあ、そうなんですよねー、だからセンセにどうにかできないかって相談を――」
「……そうね。堕天使のお告げ、星の魔方陣を描くのよ」
こういうとき、間違っても『あほなこと言うんじゃない』と叱ってはいけない。
俺は厨二病について聞いた時、カウンセリング法としてそれを考えた。
何故なら本人はいたって本気で物事を語っているのだから、それを一蹴しては相手の反感を買い、さらなる態度の悪化を招きかねず、さらに症状悪化の加速を引き起こすのだ。
だから形容してあげよう。内心どんなことを感じたとしても、まずは受け入れてやることが症状緩和の一歩なんだ。
星の魔方陣……ここで津島が伝えたいのは星で描かれる何かの図――つまりきっと【星座】なのだろう。
「魔方陣か……そういえばそろそろ夏の大三角が視られそうだな」
「夏の大三角ですかぁ……ん、あ、行けそう」
「行けそうって……なにか案でも出たのかぁ?」
「フッフッフ……センセ、これならバッチシですよ――」
そう言って計画を語りだす双葉の顔は、悪だくみをする幼い少年のようなもので、少しだけ嫌な予感がしたのは内緒である。
***
ただいまの時刻は六時前。
学校の屋上で、俺と双葉、そして今回参加する生徒二名が望遠鏡やブルーシート、天体観測用の各種用具を並べていた。
ちなみにだが津島は結局参加不可。仕方がないとは思う、親御さんの了承をそう簡単にとれるものでもないからな。
こんどお詫びとして良い季節だからメロンデザートでも作って上げようかと思う。
「まさか……『天文宇宙検定一級の受験のため、実際の天体観測をして天文宇宙への知識を深めることを目的にして、試験的に今夜学校の屋上を使う』とかいう内容でよく申請が通ったもんだよ……」
「果南さんが天体観測趣味で、道具もそれなりのものがそろってましたからねー」
「心継もわざわざこの為に買える分の道具と知識を詰め込んできたんだって、面白いよねーカドセン」
毎度毎度カドセンいうな、と言っても笑って『いいじゃん良いじゃん』と流していく目の前の女子生徒――松浦果南。
趣味が天体観測で実家はダイビングショップ。高海と渡辺の幼馴染で、俺のことを揶揄ってくる要注意生徒である。
三年の教室で一度あいさつしたとき、彼女と小原の二人が率先して俺を質問攻めにしてきたときから実は警戒している相手で、時折ダイヤも被害に会っているらしい。
「……まぁ、面白いかどうかはともかく、熱意があるようで何よりです」
「あとダイヤもありがとねー。精密な道具だから手で持っていくわけにはいかなくてさ」
「天体観測を行うのに必要な道具なのですから、大事に扱うのは当たり前ですわ」
「まぁ、そういうことだ双葉、今夜はダイヤと俺が監視役に入るからしっかりと勉強をしてくれよな」
『はーい』と元気よく返事する双葉、しかし彼が抱えた大きなバッグからは少しばかり見逃せないものがずっと、ずっとチラリと見えている。
何故なのか気付いているのは俺だけらしい。ダイヤも松浦も双葉のバッグ自体には目が行かないのだろう。
「……双葉、つかぬことを聞くが、その……バッグから見えているその……葉っぱはなんだ」
「あれ、センセ今日が何の日か知らないんですか!?」
「黒澤先生……まさか知らないって……ダイヤぁ、ちゃんと将来の旦那様に教えてあげなかったのぉ?」
「まっ、まままま松浦さん! 誰が将来の旦那ですの!?」
「松浦……頼むから自重してくれよ……」
ニヤニヤと憎たらしい笑顔でダイヤを煽る松浦。
誰が将来の嫁さんだ、まだ確定した訳じゃあない。
しかし……今日が何の日……ふむ、さっぱりわからないんだが。
「しょうがないなぁシラカド先生ってば。ね、今日が何月何日か言ってみて」
「だからあだ名で呼ぶなと……七月七日だよなぁ……? ……ん?」
「あ、流石にセンセ、気付きましたか?」
……なるほど、七月七日、天体観測……なるほどな!
今日は七夕、そういえば黒澤家でも短冊が飾られているのを見た気がする。
じゃあ、つまりは……双葉が持っているのは!
「笹と短冊だったのか!?」
「センセってたまーに鈍感拗らせることありますよねぇ」
「そうだねー、でも心継も大概カドセンに負けず劣らず鈍感さんだけどねぇ」
「僕は常に彼女を作るために敏感ですよ! すっごいアンテナビンビンですよ!」
「そっかぁ、だったらもう少し自分の身だしなみにも敏感になったほうがいいよー?」
『ほわっ!?』とか叫びを挙げながらも真っ赤な顔で松浦に良い様にされている双葉に内心で合掌を送りつつ、こちらも同じく真っ赤なお顔をしたダイヤの下へ向かう。
「ダイヤ、そろそろ戻って――」
「――白無垢での式もいいけれど、チャペルでの式も捨てがたいわね。角人がミッション系の知識を持っていることが幸いしているし、お父様たちに打診してもいいわね――」
「――それ、お前が嫁入りするって話前提だからな!」
俺がお前の旦那になるのは白岡ダイヤになるときだけだ、異論は認めない!!
***
四人で短冊を笹につるす作業。
最近の作業のせいで痛む腰を押さえながら、双葉の指示に従って俺も釣るしていく。
「センセ、そこらへん偏ってますよもう少し上の方につるしてください!」
「わかってるっての!……ったく、腰が痛いんだけどなぁ……」
「年ですか? 良いマッサージでも紹介しますよ! それこそ太陽の手がパンをこねるような腕のですよ!」
太陽の手がパンをこねるような気持ちよさかぁ……一回くらい体験してみたいもんだなぁ。
……ん? それってどんな腕なんだ?
双葉に聞こうとしてそっちを見ると、既に彼は松浦と次々に短冊を飾っていた。
「つーかこんなに短冊をどこから持ってきたんだ?」
「双葉さんが全校生徒一人一人から受け取ってきたそうよ。今日の天体観測が終わり次第校門に飾るのだとか」
「あいつもよくやるよなぁ……ふぅん、十人十色、千差万別な願いが見えるなぁ」
釣るしながら見える生徒たちの願い事は様々で。
『お金持ちになりたい』、『世界一周』といった無難なものから『友達とずっと一緒でいたい』、『お爺ちゃんが元気でいますように』といった家族関連などなど。
なんというか個性が見え隠れしていて面白い。
そういえば、さっき双葉から『センセも願い事一つ考えて書いてください!』って短冊を渡されたが、願い事とか考えてなかったっけなぁ……
「なぁダイヤ、お前はどんな願いを書いたんだ?」
「わっわたくし!? そうね……そうね……なっ内緒……?」
「なんで疑問形なんだよ、イイじゃねぇか教えろって」
「でっデリカシーというものがあなたにないの!?」
めっちゃ怒られた。
怒ったダイヤはプリプリと擬音が聞こえてくるようなオーラをまき散らしながら松浦の方へと向かう。
っていうかさ、イイじゃねぇか別に、今更な仲なんだし……
なんか納得いかないっていう雰囲気が双葉に伝わったのか、彼は俺のほうに近寄ってきて、ポンポンと肩を叩く。
「センセ、ダイヤさんに自分の黒歴史って知られたいですか?」
「……いや、知られたくない。特に元カノのことは知られたくないな……」
「そういうことです。また一つ成長しましたね」
「上から目線で言うんじゃあない――で、そういえば、双葉の願いは何なんだ?」
「えっ僕ですか? 僕はですねー」
ニッコリと笑顔の双葉が口を開こうとしたその時――
「双葉さんッ!! この願い事は何ですか、少しこちらへ来なさいッ!」
「――あらら、ダイヤさんに呼ばれちゃいましたねー」
「……なるほど、だいたい予想がついてきたぞ」
「すいませんセンセ、逝ってきます」
「還ってこいよ、双葉……?」
双葉が『今行きまーす!』と叫んで走り出した時、双葉のポケットから紙――いや、短冊か――が一枚零れる。
ダイヤが短冊らしきものをもっているからに、あれが双葉の願い事なのだろう。
――だとするとこれは何だ?
「アナタはいつもいつも『彼女を作りたい』という言葉を口にしてっ、不純ですわ! 今日という今日こそは教育して差し上げますっ!」
「ダイヤさんからの愛の鞭キター!?」
「ダイヤは本当にお堅いから弄ってて面白いわー」
「果南さんの差し金でしたかっグッジョブです!!」
……俺が書いたものでもないのに勝手に見ていいのだろうか?
しばし悩むが、好奇心には勝てない。
三人ともこちらに視線が向いていないことを良いことに、拾った短冊の字が書いてある方をこちらに向けて、中身を読んでみる。
――彼女がすぐ作れるような、魅力的でいい男になります――
「……願い事じゃなくて、宣言じゃねぇか、これ」
なんとも双葉らしい。
内容だけじゃなくて、宣言で書いてしまうあたりもだ。
なんとも、彼らしい。
きっと彼はダイヤが今持っている短冊に書き直したのだろう。
『最初は彼女を作れるような良い男になりたいって書こうと思ったんですけど、それじゃあ僕の力でつかみ取ってないじゃないですか。だから書き直したんです、僕がいい男になるのは、願うことじゃないから』
きっとそう、彼なら説明しただろう。
まったく、どこまでも素直な生徒だなぁ……
俺はまだ願い事を一文字も書かれていない自分の短冊を、空に掲げてみる。
星が見え始めた今、きっと何か思いつくだろうという期待を込めて。
しかしまだ空は暗くなり始めたばかり、そういえば天体観測前に晩飯も食べるって話だったな……
「――そういえば、七夕の伝説は彦星が仕事しなくなったから起こったんだっけ?」
ふと思いついたものを書き込んでみる。
……うん、まぁいい願いじゃないかなと、自画自賛をしてみる。
自然と笑いが零れるのを感じる。
いつ以来だろうか、こんなことに悩めるのは。
「……俺も、願うものとつかみ取らなきゃいけないもの、しっかり考えなきゃな――おーいお前ら! そろそろ日が暮れるぞ飯だー!」
短冊を一度ポケットにしまい、三人の下へ歩き出す。
後で拾った短冊のほうは双葉に返さなければならないし、なくさないようにしなければな。
「――センセ、何か願い事は決まったんですか?」
「んー、そうだな――」
「――
・厨二病
現代ではその名は広く知られているにもかかわらず特定の治療法が確立されていない厄介な病気。
昔で言うガンなどに当たるほどその脅威は絶大で、年々発症者は増えている。
後遺症の重さもあるが、はたから見ればクスリでもキメているのではないかと考えられることもあるため、厨二病事態についてのアフターケアが今後の課題である――
――全部嘘である。マルちゃんからごくごく当たり障りのないことだけを教えてもらったにもかかわらず、ここまで想像を膨らませられる角人も大概イカれたお方だった。
・天文宇宙検定
実際に存在する検定。天文知識を重視した検定なのだが、受験者には抽選で記念品贈呈だとか色々あるのでぶっちゃけ資格扱いとしてはあんまり役に立たなさそう。
ちなみにだが一級になると大学生レベル。二級だと高校生レベルである。
受験参考書も発売しているそうなので気になったらぜひ調べてみると良い。
・太陽の手
みんな大好き焼きたてジャパン。おまけ程度の話なのだが、角人の実家近辺では同じ二つ名を持つ店主のパン屋が人気である。
・津島善子
「だからヨハネよっ! 善子ゆーな!」
中の人である小林氏曰く『本名津島ヨハネ』。
今回の不幸は天体観測不参加とあまり不幸っぽくない感じの物。
角人先生は厨二病について盛大に勘違いしているため、彼からはかなり彼女は甘やかされていると見てもいい。
余談だがこれはアニメ次元時系列で組んでいないので不登校にもなっていない。
・松浦果南
ダイビングショップの御孫さん。
ダイビング、海好きの印象が強いので忘れている方もいるだろうが、天体観測が趣味な人で、望遠鏡を購入するほどの真面目っぷり。
今作では大体ダイヤと心継を弄る方面で登場、共犯者は鞠莉である。
ちなみにだがこちらの果南もアニメ次元ではないので休学しておらず、祖父と二人暮らしという環境にも変化はない。
・黒澤ダイヤ
もうお前等早く結婚しろよ。
きっと角人が来る前だったら白無垢一択だったのだろうが、彼が来た影響でなのかチャペルでウェディングドレスという組み合わせも捨てがたいとか思うようになった。
ちなみに願い事は『許嫁(仮)の期間がもう少し伸びますように』で、その真意は『もっと一緒にいたい』である。
・白岡角人
黒澤角人には絶対ならない!(即墜ちフラグ)
サブカルチャー知識が偏っているというよりも大半が後輩からの受け売りの為、元ネタをよく知らない。
厨二病についての考察は世話役の神居しか知らないのだが、神居はいつ真実を伝えてあげるべきかについて今ものすごく悩んでいる。
・双葉心継
純粋な気持ちで不純なことについて語るもう一人の主人公。
そんな自分の目的での奮闘の最中、素直じゃないのに互いにボロ出しまくり合ってるバカップル(死語)の距離も縮めてやろうという心遣いもかねて角人に色々提案しているのだが、肝心の二人がその時点でもさらにボロ出し合っているのでもう何が何だかとなっているところがある。
最近ようやく角人の高級弁当に慣れたご様子。