――もしも、角人が既に仕事をしていて結婚に興味がなかったら――
――もしも、既に黒澤ダイヤに想い人がいたとするなら――
――もしも、もしも、もしも――
――これから語られるのは、そんなもしもだけで組み立てられた短い御話――
もしも角人の見合い相手が○○だったら
「――はぁ、見合い?」
「ええ、坊ちゃまには白岡家の次期ご当主としての責任を務めていただかねばということで、旦那様が――」
俺、白岡角人が大学を卒業して、大学の隣に在る高校の教師に就職してから早ほぼ半年。
七月の半ばと言うだけあって日差しも強く、照り付ける様な暑さの中。
ある日仕事中の俺は世話役の神居さんから『見合いをしろ』という親父殿からの言伝を受け取っていた。
「嫌だね、幾ら親父殿の頼みだとしても嫌だ。俺は結婚しないって決めてるから」
「坊ちゃま」
「俺は仕事始めたばかりなの、ようやく慣れてきて、生徒の顔も覚えられるようになったんだから」
そう、教師としての仕事を始めたばかりの一か月は戸惑いまくっていた。
教育実習をしていたとしても実際の教職よりだいぶ易いことばっかりで、本当の教師としての仕事には慣れてないのだから仕方もない。
だからこそ慣れるために必死になった。
幸い大学時代に元校長を務めていた先生がいたので、その人からある程度のノウハウや心がけを教わってたことが今大きな助けとなっている。
「坊ちゃま、なにも旦那様はお仕事を辞めろと申してるわけでは――」
「本当にそうか? 相手の立場によっては俺のこの教師生活が半年で閉幕じゃないか。親父殿の手を借りないで自力で勝ち取った職なんだ、ここで終わるわけにはいかない」
「――坊ちゃま……」
神居さんの言いたいことも分からんでもない。
しかしだ、俺は俺自身の力で今の仕事を選んだ。
完全にではないが、白岡家としてではなく白岡角人と言う一個人の力でつかんだ職。
それを見合いによって失うなどやってられるかって話だ。
こればっかりは譲りたくはない、元々白岡家の家業を継ぐのだって十年教師をやったらって話なんだから。
「悪いけどこれから職員会議があるから、神居さんは先に帰っててくれ」
「……かしこまりました」
「ごめんな、親父殿によろしく言っといて」
神居さんを見送るとともに、神居さんに渡された見合い相手の情報用紙を丸めて鞄に詰め込む。
別に見合いを受けるわけじゃないと言ったのだから、見合い相手がどんな人物とか知る必要性は全くない。
その意志を込めて、くしゃくしゃに丸め、二度と開くことないように鞄の奥深くに押し込んだ。
――しかしある休日、突然俺は拉致られることとなる。
珍しく業を煮やした親父殿の、強引な手段を以って、俺は見合いに出席することとなった。
***
薄暗い明かりがともる部屋の中。
独りで座り込む少女――黒澤ダイヤは一枚の用紙を、全く興味のなさそうな表情で眺めていた。
そこに書いてあるのはとある男性の名前と経歴、趣味と特技、そして顔写真。
写真の顔はまるでどこかの履歴書で使うような、そんな模範的な写りをしている。
「――必ず彼は、来てくれるはず」
彼女がポツリと求めるその【彼】は写真に写る男性のことではない。
ダイヤはその【彼】の顔を思い浮かべながら写真の男のデータ一つ一つにダメ出しを入れていく――
「三島の地主――家柄だけはご立派ですわね」
「彼のような人でしたら、家柄など気にしなくてよいのですが……」
「特技がケーキ作り――大変洋風かぶれですこと」
「彼の特技……なんだったかしら?」
「表情がまるで書類用――お見合い用に撮ったものではないですわね」
「……彼でしたら、きっといい顔をするでしょうに」
――写真に写っていた男とは、角人のこと。
ダイヤのポツリと語っていく【彼】とは、彼女が想いを寄せる一人の少年のこと。
彼女が視ていた角人についての紙とは、即ちお見合い用の情報が載った用紙。
彼女の父から、翌日のお見合いの相手についての情報が渡され、彼女はそれを確認しているだけのこと。
「――果南さんと鞠莉さんはうまくやってくれたでしょうか」
ふと、彼女の顔に不安の影が差し迫る。
思い浮かぶのは、二人の友人の顔。
――黒澤ダイヤは、見合いに全く協力的ではなかった。
想い人である【彼】と引きはがされ、自身の家柄による宿命の枷を背負わされることとなったそんな現実に、彼女は嘆き憂いている。
しかし、【彼】を彼女は諦めきれないが故に、彼女は彼女自身が嫌う危険な賭けを敢えて打つことにした。
そのカギとなるのが【果南】と【鞠莉】という彼女の友人たち。
ダイヤは一度深く息を吸い、瞳を閉じる。
――自分にできることは全てやった、後は成るようになるだけでしかない。
もはや迷いなどない。
元々確信はあるのだ、何年も自分を求め続けた【彼】ならばきっと――
***
――青年は己の道を選んだ――
――少女は想い人を選んだ――
――青年は否定する道を選ぶ――
――少女は不屈の道を選ぶ――
――故に道は開かれた――
――数々の入り組んだ【変化】によって変わっていた道が――
――今完全に切り離れ交わらぬものとなった――
***
『坊ちゃま、本日のお相手でございます黒澤家のご子女様はまさしく大和撫子、容姿端麗の名前に違わず宝石のようなお嬢様です――――本日は会食とお目通しだけですので、どうか私の顔に免じ、我慢をしていただけますようお願いいたします』
神居さんはそういって俺を送り出した。
親父殿は急遽地元議会のお偉いさんに呼び出されたということで、この場は俺一人。
正直親父殿もいないしすっぽかしても罰は当たらんだろうと思ったのだが、神居さんが頭を下げて、それも下手すりゃ土下座しかねんほどの勢いだったのだから、今まで世話になっていることもあるし、今日限りは我慢すると約束した――のだが。
「小原鞠莉デス、Nice to meet you!」
「あー、うん、I’m Sumito Shiraoka. Nice to meet you too.」
「スミトさんですね。あ、私Japanese話せるから安心してください」
「……ああ、そうですか、わかりました」
目の前にいるのは何処をどう見ても大和撫子ではなく、どこかの外国人留学生にしか見えない少女。
それだけじゃなく名前も【まり】とどこをどう聞いても宝石要素ゼロなため、間違えたんじゃないかと最初は錯覚した。
もっと言うなら苗字が【おはら】な時点でおかしい、俺の今日の見合い相手って【くろさわ】だったはずだ。
大和撫子とは何だったのか、何度目をこすってもやっぱり目の前にいるのは、俺の高校時代の元カノと全く似たオーラを放つ少女だけだ。
――俺の元カノについて少しだけ話すと、自由奔放でやりたい放題な傍若無人極まったような奴。
突如『アメリカの大学に呼ばれたから』とかいってハーバードに高跳びしたあの子のことを俺は忘れない。
それと共に『君とは一緒に行けないかな』とか突然フラれたことも忘れられない――やべ、涙出てきた。
「ワオ……Are you all right?」
「All right, thank you……」
「そう。ならDrinkでもどうですか?」
「あー……じゃあ、コーヒーで」
「奇遇ね! 私もCoffeeが欲しかったのです! スミトさんはよく飲むのですか?」
「あーいや……飲むというよりか……つかう?」
――イカン、変なことに意識を取られているからか、俺からの会話が全然できない。
あと彼女が時々英語使ってくるから日本語とどっちで返せばいいのかついつい迷っちまうし。
これも全部あの書類を鞄に詰め込んだから――じゃなくてさ、結局読んでても彼女は別人だから通じないよね、きっかけわかんないよね。
しかし、マリちゃんとやらは何か裏がありそうなんだよなぁ……何かを伺っているというか、しきりになにかを待っているというか……
「Use? Coffeeをuseというと……Cooking?」
「Yes。ケーキを主に」
「Cake!? どんなCakeを作ってるの?」
「色々ですね、ティラミスもそうですし、モンブラン、マドレーヌ……最近だとレモンパイを」
「Lemon!? ――Sorry、失礼いたしました」
コーヒーの話からレモンの話になった途端、興奮気味だったマリちゃんは更にテンションをあげてきた。
なるほど、彼女はレモンとコーヒーが好きだったのか、まぁ今知ったところで対して何も作ってやれないのだが。
しかし、今いいタイミングでウェイトレスさんが珈琲置いていったぞ。
マリちゃんの興奮が最高潮に達する瞬間にコーヒーをササッと置いたのだから、空気を読む能力は相当のものだと見える。
――しかし、今のウェイトレスさんちょっとぎこちないというか拙いというか……ここって親父殿がよく市外からのお客さんをもてなすために使っている一流ホテルだから、研修中の人を出すわけないしな、気の所為かな?
「いやいや、よほどレモンがお好きなんですね。事前にわかっていれば御作りしていたのですが……」
「……? いえいえ、お気持ちだけでも嬉しいので!」
いかんいかん、今の言いまわしにさらっと俺の本心混ざりこんでたぞ。
そこは『後日御作りいたしますか?』と言う方が正しかったはず……いや、まぁこんな些細なことには気付かないだろうし大丈夫か。
そうしてしばし、コーヒーを飲みつつ、食事に手を付けつつ(俺はあまり口を付けていないけど)、マリちゃんとの会話を続けてたわけなのだが……
……うん、やっぱりおかしいんだよな。
いや、今の彼女はすごく楽しそうで俺に話を振ったり、彼女自身で語りだしたりと色々な会話を展開しているのだが――それが一番おかしい。
今が自然過ぎて、先ほどまで彼女が見せていた、しきりにテーブルや自身の衣装に触れていたり、ウェイトレス(仮)とのアイコンタクトだったりとか、そんな不思議な素振りが逆に目立ってしまっている。
会話の途中、いいタイミングで時々間に入ってきていたウェイトレス(仮)がほとんど来なくなっていることも要因の一つだ。
――そろそろ問いただしてみるか。
正直見合い自体には一切興味もなかったし、なかったことになっているのであればこちらとしてもありがたい。
しかしだ、ただ利用されたのであるならこちらも相応の態度で臨まなければならない。
事情を知る権利は俺にもある、事情を知らないままで帰ってはいけないと思考が訴えるのだから。
「小原様――」
「――そう、それじゃあ――」
ウェイトレス(仮)がマリちゃんの耳元で何やら話す。
その直後、マリちゃんは神妙な顔でうなずき、席を立ち上がろうとした――ここしかない!
「すみませんね、少しだけお時間もらえますか? おはらさんと――偽ウェイトレスさん」
「偽……? 申し訳ありません、なんのことやら……?」
「ええと、スミトさん、どうかいたしましたか?」
「単刀直入にお聞きしたい――なぜお見合いがくろさわ家から突如変更されたのかということを」
俺の言葉によって一気に顔をひきつらせた二人。
間違いない、今ので確信を得たが、この二人はグルだ。
何かの計画があって、それはくろさわ家の人も一枚噛んでいる。恐らく噛んでいるのは――お見合い相手のご令嬢様なのだろう。
「わ、私にはなんのことだか――」
「私が今の今まで話題にしなかったから油断してたんですかね? いやぁ、最初はうちの親父殿たちがとうとうボケたのかと思ってたんですよ。でもね、二人の振る舞いがちょっと不自然過ぎたもので」
「ふっ、不自然?」
「そう、偽ウェイトレスさんの絶妙な介入、二人のアイコンタクトが結構頻繁に行われていて、さらにおはらさんは何やらテーブルとかいろいろ気にしてましたよね……何か仕掛けてました?」
気分は名探偵何某。
次から次へと畳みかけるように持論を展開しているとだんだんとノリに乗っていくのが自分でもよくわかる。
俺の言葉にとうとう隠さなくなったのか、彼女達は二人して同じタイミングで顔を見合わせ、きまずそうに頬をかく。
「――あなたたちには、私をこの場にとどめる必要があった――そうでしょう!?」
――決まった。
そんな思いと共に、フッと思わず笑みがこぼれる。
さぁ、その理由をキリキリ話すがいい!
「あー……そのぉ……偽ウェイトレスは本当だし、グルも事実なんだけど……テーブルには何もしかけてないかなぁ……」
「Sorry……あなたとのおしゃべりが楽しくてついついそのMissionを忘れちゃってたの……」
あるぇー!?
***
「はぁ……疲れたぁ」
「えぇ、そうですわね……特にあなたは頑張りましたもの」
黒澤ダイヤとその想い人である少年は、少年の家まで来ていた。
見合いは本来の相手である角人がその場にいないために破談――で終わるわけもなく、件の少年が独り黒澤家の家長と討論を繰り広げる会場へと変わっていたのだ。
事情はこうだ。
ダイヤは果南と鞠莉を通じ、少年へ自分の見合いに関する情報を送る。
少年は鞠莉と果南に協力を仰ぎ、見合い相手である角人を誘導。
別室で鞠莉との偽の見合いを行わせ、その間に自分はダイヤを奪うという作戦だった。
幸いにもなぜか角人は独りでいたためにスムーズにいったのだが、これがもし神居がそばにいたとするなら、誘導の時点で躓いていたかもしれない。
そんな奇跡続きの二人をねぎらうように、ウェイトレス姿の果南も合流。
しかし、その場にはもう一人の功労者である鞠莉の姿が存在しなかった。
「……果南さん、鞠莉さんは何処に?」
ダイヤの言葉に果南の視線が上下左右に泳ぎ始める。
――もしや彼女に何かがあったのでは?
そう危惧したダイヤに果南から告げられたのは、ある意味で確かに衝撃的な一言であった。
「それがねー……鞠莉ってば、【彼】のことが気に行っちゃったらしくて……」
「「ハァ!?」」
***
鞠莉と果南ちゃんによる壮大な偽お見合い事件から早数週間。
俺はいつもと変わらず、高校の教師を続けている。
結局黒澤家との見合いの件は破談どころかそもそも存在しないという扱いになったせいで、俺が親父殿にはこっぴどく叱られたが、俺式伝家の宝刀『論理攻め』で逆に叱ってやった。
普段ならしないようなミスばっかりする親父殿にも絶対責任があるのだから、俺だけを責めて終わらせやしない。
――で、ここまでで終わってたのならば、ごくごく山も谷もオチもない普通の話で終わっていただろう。
それが終わらなかったのだ。
「Darling! 今日こそマリーとMarriageを挙げてもらうわよ!」
「毎日毎日自家用ヘリ飛ばしてうちの学校に乗り込んでくるんじゃねぇ! 昨日も結婚はしないっていったろうが! ってか結婚式はいきなりできないものだから!」
「小原家のPowerならすぐにできるわ! それに、昨日はダメでもTodayならOKを貰えるって信じることがImportantなの!」
……なんでかはしらないのだが、鞠莉にやたらと気に入られました。
偽見合いの日に逆プロポーズされ、その日のうちに親父殿の家の方に彼女から連絡され、婚約者として強制的な成立。
その後ほぼ毎日にわたって夕方から夜にかけて、俺の勤めている学校まで自家用のヘリを飛ばし会いに来るようになった。
それどころか、ほぼ毎日のように婚姻届けに署名を求められることとなり、俺の順風満帆になりつつある教師生活の平穏から遠ざかっている気がするのだ。
それと驚いたのは、鞠莉があのホテルチェーンカンパニーの小原家のお嬢様だということだ。
驚きすぎて息が少しばかり止まったのだが、すぐに息を吹き返せなかったらあのまま鞠莉に人工呼吸されているところだった。
すぐに呼吸治ってよかった。
「ねぇDarling! そろそろ私のHomeがある沼津まで来てみない!? カナンも久々にあなたに会いたいって言ってるし!」
「絶対に行かない。俺は絶対に沼津になんていかない、三島から出ない!」
「だったら沼津の市名を三島にchangeすればいいのね! 任せて!」
「やるなよ! 絶対にそれはやるなよ! ジョークでもフリでもないからな!」
神居さんには
『私が生きている間に坊ちゃまのご子息が抱けることを喜ばしく思います』
とか気の早すぎることを言われてるし。
本来の見合い相手だった黒澤家のご子女、彼女と結ばれることとなったあの計画の主犯からは
『結婚式でお会いしましょう』
とか手紙が送られてきたし。
最近は鞠莉がうちの周りの人たちに
『白岡角人の新妻』
とか認識され始めてて恐ろしいこと極まりないのだ。
「むー、じゃあDarlingの家でCake食べる!」
「はいはい、それくらいなら許してやるからヘリで来るな! まったく、来ると思ってレモンパイ完成させたからさっさと帰るぞ」
「やったぁ! DarlingのLemonパイ楽しみ!」
俺はまだ教師としての道を歩み始めたばかりだから、結婚とかそういうことは考えないでいたい。
鞠莉だってまだ学生なんだ、その未来を結婚で潰すのだってよくない。
だから俺は結婚なんてしないし、式も開かない。
ただ、鞠莉とのこういう時間くらいは、【友達】として過ごすなら許されるだろう。
新しい友達との時間には、これからも真剣に向き合っていきたいって、そう思える。
「ねぇスミト、こういうのなんていうかYou know?」
「I don’t know.」
「――通い妻っていうんだって!」
「やっぱ今すぐ帰れぇ!」
当IF回は、鍵のすけ氏主催、ラブライブサンシャイン合同アンソロジー企画小説第一弾、第二弾において、相原末吉氏が投稿しました
【砕けないハート】https://novel.syosetu.org/84310/22.html
【折れないハート】https://novel.syosetu.org/90549/11.html
の二作品を見てふと考案したものです。
実質コラボ作となっておりますので、話の内容は【折れないハート】からお借りしています。
普段の網元では決して起こらないIFだらけの果てに在る一つのルート。
是非とも相原氏の上記作品をお目通しいただいた上でこちらの回を再び読んでみてください。
作品内容の使用を快く承諾してくださった相原氏にこの場を借りてお礼申し上げます。
ありがとうございました。