俺は昔から、
具体的には小学生くらいの頃からだ。
ある日突然、今まで来ていた服を棄てることが惜しくなり、遊んでいたおもちゃを棄てられなくなり――
――気付けば、魚の骨や、エビのしっぽの殻などといった、どう見ても生ごみにしか思えないものまで、棄てられず、
頑張って自作のスイーツなどに使うためミキサーにかけようとしたが、逆にミキサーを壊してしまいかねない大事態に発展しそうになり、親父殿たちにこってりと絞られたのは嫌な思い出だ。
ミキサーを壊した時の修理代に比べれば、どう見ても生ごみな素材たちを棄てる費用は明らかに安いことも分かったため、生ごみくらいは捨てられるようになった。
そうして地道にコツコツと、比較して取捨選択をし続けた結果、多くの物を捨てられるようになった。
しかし、実家にある俺の思い出の品が収められている部屋には、未だに幼い頃の物がたくさん残っている。
やはり棄てなきゃと思っても棄てられないものはある。
其れだけ、物は大事にしなければいけないんだ!――――
「で、何か、これについての弁解はある――角人?」
「俺は悪くない。この品全部が俺の大事な思い出なだけだ!」
「そう――では、その思い出全て棄てていくことが、今のあなたには必要なようね?」
ダイヤの脅迫なんかに、俺は絶対に負けないっ――
「ダイヤの鬼ッ! 悪魔ッッ! ちひろッッ!!」
「お黙りッ!」
「まぁまぁ、ダイヤ。そこらへんにしなさい――角人君、
「アッ、ハイ」
――――家主には勝てなかったよ。
だってしょうがないじゃない……俺、許嫁だもん……
***
結局俺は、ダイヤの父である
哀しいかな、大事な思い出を棄てるなんてとてもじゃないができるわけもなく……
だが、それをサクサクと俺の言葉を聞かずに分別していくやつが、今俺の部屋にいる。
艶やかに光を反射する長い黒髪を揺らしながら、ブツブツと要る、要らないと分別していく悪鬼羅刹。
やさしさのイメージがあるはずの黒子があっても、その釣り目と俺に対する当たりなどが完全に相殺どころかマイナスまでもっていく修羅の女――
――そう、俺の許嫁(仮)の、ダイヤだ。
翡翠さんに頼まれて、俺の手伝いをするように言われたダイヤだが、直後俺の部屋に来た時は、まるで蜂退治でもするのか、ヘドロ掃除でもするのかといわんばかりの重装備を身に纏っていた。
流石にそれはやり過ぎだと脱がせたが、そんな恰好をしてくるとは俺の部屋をいったい何だと思っているのだろうか……
別にさ、俺そこまで酷く汚くしていないじゃん!
ちゃんと飲み干したペットボトルは洗って再利用してるし、さすがに再利用できなさそうな生ごみとか食べた後は棄てている。
溜まっているのは雑誌とか服とかくらいじゃないか!
いったい俺が何の問題を抱えているというんだ!
「ええ、ええ。そうね、そこだけ聞けばあなたが悪いとは思えないけど――」
「だろう!? だからだなぁ――」
「――貰いものだからと
青筋を立て、俺の嘆願を叩き潰してくるダイヤの手には懐かしいノートが握られている。
握るその手が震え、顔を伏せ何かを耐えようとするダイヤの背後に、俺は何か別次元に存在していそうな怪物を幻視した。
「しまいには……ッ!
「アアァァァァッ!? 俺のっ! 算数ノートォォォォ!?」
ダイヤの叫びと、そして俺の絶望とともに、俺の小学校時代の思い出が一つ、真っ二つに裂けて散った。
***
その後、鬼畜生の手によって俺の小学生時代の思い出――勉強ノートは全て廃棄された。
小学生時代から使い続けてきた下敷きやファイル、シャープペンシルなども、新しいのを押し付けられたうえで廃棄された。
ほかにも多くの物が廃棄され、新しいものに取り換えられたりもした。
黒澤家のみんなは無情だと嘆きたくなったが、俺は居候の身。
辛いことばかりだが、前向きに考えよう。そうだ、俺は物を棄てられた……棄てられたんだよ。うん、棄てられたんだ。
考えていたら泣きたくなってきた。
なぜ大掃除でもないのに部屋を一掃されなければならないのか。
悲しみを抱えながら部屋に遺された本をめくっていた時、俺は気付いてしまった。
――――あれ……ダイヤが本を仕分けたってことは
一応弁明させてほしい、そういう本は別に俺が買ったわけではない。
そもそも俺の持っていた雑誌や本はほぼすべてにわたって貰いものだ。
みんなが飽きた雑誌は全部俺に無償で譲ってもらえる。
更に横流しのサービスもしている。
みんなは貰い手が見つかる、俺は雑誌を読めるウィンウィンの素晴らしい関係。
しかしだ、その話に出てきたあれは、誰かに横流しをする前に俺が黒澤家に移り住んだために横流しすることはなく。
そしていつも通り棄てられないから放置していた。
そして、今日の強制捜査、及び一掃――あの堅物修羅ダイヤのことだ。
絶対、絶対に、怒鳴りこみに来るだろうと予測している。
嗚呼、ほら、もう足音がドタドタと聞こえてきて――
「角人ッ! ああああああなたって人はぁぁぁぁ!」
「……俺の主張は聴いてくれる?」
「わたくしが何を言いたいかわかっているのならば問答無用っ! 外でじっくりと反省でもしてなさいっ!」
「……わーった。わーったよ……もう慣れたよ……」
「
ダイヤの剣幕にすごすごとなすすべもなく、大人しく俺は身支度を整え、黒澤家を出る。
……あ、外で反省はさせるけども、夕食までには帰ってきてもいいのね?
――ってそれ、遊びに行く小学生とかに対して言う言葉じゃねぇか!?
***
「それで……ウチまで来たってことずら……?」
「うん、悪いとは思ってるけどさ、夕飯までには帰るからちょっと居させてくれ」
「オラは別に構わないずら。でも――」
「住職―! お邪魔させてもらってまーす!」
「いらっしゃい角人君!
「――うん、マルは角人さんが
結局黒澤家を一時的に追い出された俺は、丁度時刻も昼を過ぎた頃だったので、徒歩十五分にある定食屋で腹を満たした。
しかし結局夕食――午後六時半には帰らねばならないのだが、それまでは行き場もなく、変に遠くまで行くと帰宅が遅れるので、いつも通りに義妹ルビィの親友であるマルちゃんこと、
当の本人は如何にも『私呆れています』という表情を浮かべ、俺の状況を把握する。
マルちゃんからは許可が出たため、これまで既に何度かお世話になっている奥にいるであろう住職――マルちゃんの親父さんに声をかけつつ、居住区にマルちゃんとともに入った。
「……おっ……お茶でも……持ってくるずら」
「あー、ありがとう。代わりにと言ってはあれだけど、何か作る?」
「いいっ! いいずら! まだおやつの時間でもないし……すっ……なんでもないずら」
「そっか……じゃあ、お願いするよ」
マルちゃんの部屋にいつも通りに通された後、これまたいつも通りにマルちゃんがお茶を取りに行く。
ダイヤと喧嘩するたび高確率でしばし黒澤家を追い出されている俺だが、それによって毎度毎度マルちゃんの部屋が避難所扱いになっているのは申し訳なさを感じてはいる。
ほかの避難場所は潮風がきついため見つからないし、そも追い出されないことが一番なのだが、それは
幾らマルちゃんが良い子で、俺の友達だからってそう毎回来られちゃ迷惑だよなぁ……と、何度も来るたびに考えるが、結局改善するには至っていない。
いや、反省はしているよ。いつもありがとうマルちゃん。
せめてダイヤもマルちゃん位とまでは望まないが、少しでもその優しさを持っていてくれていればよかったのに。
そうすれば俺も理不尽な怒りで家を追い出されることはないんだがなぁ……
「角人さんももう少しだけ、ダイヤさんの気持ちを考えてみるといいずら」
「なんでそうやってマルちゃんはいつも俺の考えていることを読めるんだろうね」
「
こら、そこで頭を振って『やれやれ』みたいな表情をしない。
俺は自分で言うのもあれだが、嘘はうまいほうだと思っている。
現にダイヤを幾度もだましてその場をしのいだんだ。
わかりやすいだなんて失敬な。
「角人さん、ダイヤさんは……こう言っちゃいけないかもだけど、結構、
「まつんだマルちゃん、その理屈だと俺のことも単純なやつと言っているみたいじゃないか」
「……あー……オラは……別に、そうは、うん。言ってない……と思うずら?」
「妙に歯切れも悪いし最後なんでか疑問だし、本当は思ってたんだね!?」
「角人さんは単純だと思うずら」
「今度ははっきり言うんだ!? というか思っていたんじゃん!?」
「だって角人さん……オラに『言いたいことがあったら言え』って……」
「……うん、それは俺が悪かったね。うん、ごめんよ……」
クスクスと笑いながら俺を弄ってくるマルちゃん。
思えば最初にあった時はルビィとあまり変わらない感じで、すごくオドオドと俺に怯えていた。
しかし今では、と言ってもまだ一年も経っていないが。俺に対して冗談を言えるくらいには、慣れてくれたと思う。
なんというか本当に良い子なのだマルちゃんは。
もし彼女が、彼氏云々で悩むようになったら良い相手を紹介したいと思ってる。
そいつもお寺の跡継ぎだし、きっとそういうところから話が合うのではないだろうか。
「……? どうしたずら?」
「いやぁ、マルちゃんはやっぱりそういう笑顔がいいよなぁって」
「いっいいって!?」
「うん。マルちゃんの笑顔、
「――――ッ!!」
「あっちょっと!? マルちゃん!? マルちゃぁぁぁぁん!?」
質問してきたから答えただけだというのに、マルちゃんは顔を真っ赤にして部屋を出ていった。
ううむ、笑顔が好きという言葉はやっぱりまだ、マルちゃんにとっては恥ずかしいのか。
あまり考えずに思ったまま話していたのだが、次は気を付けることにしよう。
……あ、そろそろ六時だ、帰らなきゃ叱られるぞ。
***
「おっおかえりな……さい、角人……さん」
「おう、ただいまルビィ。ダイヤは何処にいる?」
「お姉ちゃんは……角人さんの部屋で……」
黒澤家に帰った俺をいの一番に出迎えたのは、紅い髪をツインテールにまとめた少女――義妹のルビィだった。
いつも思うが、ダイヤは綺麗な黒髪で、ルビィは綺麗な紅髪を持っているのだが、
ダイヤたちの母であるメノウさんはオレンジ、父である翡翠さんが淡い緑色の髪で、
というかあの二人の髪色の遺伝も激しく気になる。
まぁひとまずその疑問を置いておき、ダイヤの居場所を聴くと、俺の部屋にいるということを教えてもらう。
――なるほど、夕飯前に説教の時間というわけだな。
どうやら許嫁(仮)は掃除で見つけた本のことをまだ許していないらしい。
「オーケーオーケー。理由は大体わかってる。よし、
「なにかっ……響きが違うっ……!」
「心配してくれてありがとうなルビィ。でも、俺も腹くくるときがきたんだ。逝ってくるぜ」
ルビィの制止を振り切って、向かうは悪鬼羅刹が待ち構える場所。
白岡角人、ここで男を見せる――――
「きたわね。さぁ角人、そこに座りなさい」
「あのー、ダイヤ? そこはどう見ても足つぼの――」
「
「――イエス、マム」
――――親父殿、どうやら俺は、ここまでのようです。
眼に光のないダイヤの姿と、そこから発される威圧感に情けなく屈服し、俺は実家の親父殿に、そう遺言の念を送るのであった。
あっ、ダイヤ、ここは正座で? ですよね。
気分はどうかって?
すごく――骨に刺さります。痛いです。
ああ、飯まではその姿勢のままで説教を聞けと?
「……鬼……修羅! 悪鬼羅刹! 妖怪説教女!」
「つまりわたくしは人ではないと? だったら、さらに話し合いの余地は消えていくと思うのだけれど?」
「ごめんなさいっ! もう貰いませんからっ!」
***
場所は成田の国際空港。
毎日多くの旅行客、帰省客、出張客が行きかうこの建物の着陸階では、一人の青年が悠々と歩いていた。
人懐っこい表情を湛え、その手には何も持たずに、彼は最後の荷物受取所のゲートをくぐる。
青年がゲートをくぐった直後、彼の肩は何者かに数度叩かれる。
振り向いた青年はニパッと笑顔になり、肩を叩いた者の名を呼んだ。
「――
「ああ、
声をかけられた青年――
駐車場まで歩く彼ら二人の話題は、英司を迎えるこの場にいない、ある一人の現状についてだった。
「そういえば、エアメールを
「たぶん読んでないんじゃないか? というか英司。それはアイツの
「今の家? あれ、彼って引っ越したんだっけ?」
「引っ越したというかだな、
淳の説明に英司は首をかしげる。
どうやら件の人物の現状を未だに知らないらしい。
それもそうか、英司は数年単位で諸外国を
常に日本にいて情報を受け取れる淳と違い、彼が日本についての情報に疎いのも、致し方がないのかもしれない。
「引っ越させられたって……彼がおいだされることってあるのかな?」
「それはないさ。アイツの家は一家全員そろってファミリーコンプレックスの具現だ。棄てられることなどないよ」
「じゃあどうしてなの?」
「それは行ってからのお楽しみってやつさ」
淳が車のドアのカギを開ける。
英司は助手席のドアを開け、座席に座り、シートベルトを付ける。
淳が運転席に乗り込み、エンジンを稼働したとき、彼はぽつりとつぶやいた。
「――まずは風呂だな」
「あ、ごめん、
「どこ旅してたんだ今回は」
「うーん、今回は確か……シルクロード一帯?」
「……よし、アイツに会う前に、その服も取り換えるぞ」
「ええー俺はこの服まだ着れると思うんだよねぇ」
「そういう姿勢が
車は走り出す。
まずは淳の家に向かい、その衣服を取り変えつつ風呂に入れるため。
そして、そのあとに彼らの親友である――白岡角人のいる、
・角人
the・貧乏性。エピソードが増えるたびに病的なまでの勿体なさを覚える男。
ちなみにだが実家にある彼の思い出の品が詰まっている部屋は別名≪倉庫≫と呼ばれており、中身は少しずつフリーマーケットにて売られている模様。
割と天然ジゴロな面もあるが、被害者は主に黒澤姉妹と花丸。
・ダイヤ
いつものごとく修羅と化す許嫁(仮)。その姿勢は本妻のごとく、その意識はツンデレの如し。
角人の物を分別したが、見た目がきれいなままで有ればそのまま残したりと慈悲はあった。
・ルビィ
あいも変わらずダイヤの素直になれない姿勢を可愛いというちょっと強かな妹。
最近の悩みはダイヤが素直じゃ無さ過ぎて、角人が花丸に取られてしまうのではないか?というものである。
・翡翠・メノウ
ダイヤとルビィの両親。
髪色が明らかに遺伝するものでもないし、化学反応を起こしたわけでもなさそうだがなぜか姉妹は彼らと違う色の髪になった。
・花丸
角人の内浦での友達第一号。
色々と達観した感じで角人とダイヤの行く先を案ずるとともに、なぜか角人を意識してしまうという悩みを抱えている。
お家の自室は角人の避難場所でもある。
・一二三淳・日野英司
角人の親友たち。
世界を旅している方が英司、ワイルドっぽいほうが淳。
実は二人ともお金持ちの家系である。