部屋の大掃除を行われてから数日。四年生ゆえにほとんど学校に行くことのない俺ゆえに、ダイヤとルビィが学校に通い、翡翠さんとメノウさんが外出していたある日のことだ。
突然昼、俺の実家にいた時からの専属使用人である
そうして神居さんに玄関まで連れてこられたとき、そこにいたのは――――
「やぁ角人。久しぶりだねー、いつ引越したんだい?」
「ここがお前の住んでいる今の家か。風情溢れるいい場所じゃないか」
「――なんでお前がここにいるのっ淳! そして英司! 帰ってきてたの!?」
――――幼少時に親父殿に連れられて参加したパーティーからの親友の、一二三淳と。
同じく親友で、家を出たいと高校卒業と同時に半ば家出の形で日本から飛び出していった――
――俺に物の勿体なさ、大事さを教えてくれた人。日野英司だった。
***
「ほい、コーヒーお待たせ。砂糖は真ん中に置いておくから好きにどうぞ」
「サンキュー俺は一つでいいや」
「ありがとう。俺はミルクでも貰おうかな?」
「持ってくる。少し待ってろ」
久々に会う親友たちを追い返すことなどできず、一言電話で翡翠さんに断りを入れ、二人をリビングに通す。
荷物は神居さんがソファーの近くにきれいに並べ、
黒澤家に持参してきたコーヒーメーカーで用意し、カップとともに砂糖を置いた後、英司の為に冷蔵庫からガラスのピッチャーに入った牛乳を持ってくる。
二人の向かいに腰かけ、まず一言。コーヒーに砂糖を一つ入れ、溶かしながら俺は告げた。
「今日来るって聞いてないんだけど」
「ほら俺の言ったとおりだろ英司。コイツにエアメール届いてねぇぞ」
「角人が住所変わってるなんて知らないよ……初めて聞いたし」
「まぁ英司には連絡しようにも
英司のエアメールが俺には届いていないということは、恐らく親父殿のほうには届いたのだろう。
だがしかし、親父殿は転送か連絡を全く忘れ、その結果英司が来ることを知らなかった俺は現状に至るのだろう。
しかし、淳が一緒にいるということは淳にはしっかり届いたのだろうし、それならば淳から何かしらの連絡があってもよかったのではないか……?
「ああ、それ? 角人から連絡がなかったけど面白そうだからってそのまま放置してたんだわ」
「おい待てや淳ィ!?」
「アッハッハ! おかげさまで角人のびっくりした顔見れて楽しかったぜ!」
大笑いとともに手を叩く淳。
そんな淳をなだめる英司――幼い頃によく見た光景。
俺はいつも淳に煽られ、英司に間に入ってもらい、それで楽しくやっていた。
パーティーに行くのが基本的に嫌で仕方がなかったが、二人に会いに行くことだけが楽しみだったからいつも行ってたのかもしれない。
懐かしい気分に浸っていると、淳が爆弾を落としてきた。
「そういや角人、お前
「ブフッ」
「えっ、角人に許嫁ができたの!? やったじゃない角人、結婚できるよ!」
「確定したわけじゃねぇよ!」
えっ。と疑問の声を上げる英司。
そしてそんな英司の横で笑いをこらえる淳。
淳め、どういう状況かわかったうえでその話題ぶっこんできやがったな。
ひとまず英司にこっちのことの次第を説明しなければなるまい。
「今はまだ許嫁(仮)だよ英司。婚約しているわけでもないしいつでも破棄できる関係だ」
「……でも角人ってここにどれくらい住んでるの?」
「……ほんとだったら夏からだったんだが、どうせだったらって話になって春から住んでるな」
「ここでの生活は楽しいかい?」
「
英司の質問に素直に答える。
マルちゃんという友達や、近所で釣りをしているおじさんたちとも仲良くなり。
何もないけど、何もないからなのか、何か新しい生活をしているって感じがある。
そんな思いを答えていると、だんだんと淳の顔が
こういう顔の淳が視れた時は用心すべし。何を言ってくるかはわからないし、またしても爆弾をぶち込まれる恐れがある。
「じゃあさ、その許嫁(仮)さんとはどんな感じなんだ?」
「あ! それ俺も気になるよ。あいさつもしてみたいし!」
「は!? 淳なんてこときいてくれてるんさ! 英司も乗るなよ!」
「だって角人の今いるこの家ってその許嫁さんの家でしょ? 角人の友達としてあいさつしなきゃって!」
英司がいつも通りの義理堅さというのかおせっかいというのを発揮し始める。
それに関して淳を無言でにらむとまたしても彼は笑いをこらえ始める。
なるほど貴様はそういう魂胆か……!
淳は何としてでも俺の
「いやぁ英司……
「ダイヤちゃんっていうんだね! どんな子なんだい?」
「学校ってことは学生かぁ。そういえばいくつの子なのかも聞いてねぇなぁ?」
ぽろっと漏らしてしまったダイヤという名前に食いついてくる英司。
そして同時に学校という言葉に追撃をかけてくる淳。
……墓穴を掘っただとか色々言いたいことはあるが、一つだけ明確にわかったことがある。
それは――観念するしかないということだ。
「わぁーった! わぁーったよ畜生!」
「おお、ようやく角人から聞くことができるぞ!」
「淳お前覚えてやがれ! ……ダイヤのことかぁ……」
話すといったはいいものの、実のところいつも顔合わせりゃ喧嘩しかしてないイメージの俺達。
どこぞのくそったれた性格の、自分の相手しか見えてないような遠縁のアイツと違って一日の半分以上を一緒に過ごすなどとかやっているつもりもやる予定もない。
そんなことになったが最後、俺は絶対人間として致命的な何かを損失すると確信もしているんだから。
うむ、はてさてダイヤについては何を話していくのがいいのか……
「とりあえずどういう感じの子だってことを聞きたいなぁ」
「そうだね、角人は外見から話していった方がスムーズに言えそうだし」
「そっそうだな……」
はてさて――ダイヤの外見の特徴とは何だったか……
そういえば一番目立つのは口元の黒子と、次点でとても綺麗な長い黒髪なんだよなぁ。
あ、後はすっごい釣り目も特徴的だっけ。
背は意外と高いんだよな……俺より頭一つ低い感じだから160はあると思う……
「ほうほう……へえ、しっかり姿記憶してるんだなぁ」
「まぁ……半年以上一緒に住んでるしなぁ……」
「そうなんだねぇ……そのダイヤちゃんってどんな子なの?」
英司の問いに思い返してみると、出るわ出るわ罵倒された記憶。
初めての出会いは珈琲をバカにされ、直後
あっ、なんかムカついてきた。
「英司、これはだいぶ角人我慢してる奴だわ」
「そうみたいだね……」
「わかってくれたか……淳ィ……英司ィ……」
からかうっていうならば応えてやろう。半年以上ため込む羽目になったこの怒りを!
***
「ごめんな……角人」
「うん、ごめんね角人。からかいすぎちゃったかな?」
「謝るんならまずはそのにやけた面をどうにかしてくんないかな」
一通り吐き出し終わって、最後に一言として
『ダイヤはあんなんでも俺の
と言ってやったのだが、それ以来二人とも謝りつつもニヤニヤと生易しい目で見てくる。
というか、そろそろルビィとダイヤが学校から帰ってくる時間だから帰ってほしいんだが二人とも。
「いやぁ、ますますそのダイヤちゃんに挨拶していかなきゃって思ったんだよなぁ」
「そうだね、こんな素直じゃない親友だけども末永くお願いします。って言わなきゃね」
「頼む、やめて。マジで帰ってくれほんと頼む」
「お待ちくださいませ坊ちゃま」
このままだと本当にダイヤが帰ってくるまで居座りそうな雰囲気の二人を無理やり立たせ、荷物を用意して玄関まで連れていこうとしたところ。
唐突に神居さんに引き留められた。
俺の背後にいたはずなのに、いつの間にか
実家にいたころからも思っていたがこの人いったい何なんだろう。
本人は『化生の類とは思われたくありませんね』と苦笑いをしていたがどんな学びをしたらそうなるのか。
「翡翠様より伝言が」
「……はい」
「『角人君。せっかく友達が会いに来てくれたのならば、是非うちで食事をしてもらっていくといい。私に遠慮しなくてもいいよ』――とのことです」
「……あー、はい。そうですか……
「では、お嬢様にもよろしくお伝えください」
「神居さんは?」
「私はいわゆるお役所仕事ということでそろそろお勤めを終え、帰宅させていただこうと思います」
「ああ、今日もお疲れさまでした」
では。と一言述べ、くるりと反転し、奥へと消えていく神居さん。
神居さんは俺の専属というが、もともと俺に使用人とかお世話人が要らないことが多いのでこういう感じなのだ。
彼は大体決まった時間にあがることをお役所仕事だとか自分で揶揄するが、俺としてはこうしてわざわざ時間使って俺の身の回りで働いてくれる時点でありがたいのでもうちょっと自慢にしてもいいと思う。
だって人手が増えるだけで洗濯や料理の速度は遥かに変わるのだから、それを手伝うだけの人ってすごく必要だよね。
ただ一つ言わせてくれ。
今回に至っては完全に神居さんのミスでしかない。
俺はこの二人を家にいさせるのは嫌な予感しかないんだ……
まぁしかし、家主である翡翠さんの選択であるならば俺は従おう。
***
「ただいま帰りました」
「……おう、お帰りダイヤ」
「なによ角人。そこまで嫌そうな声で――あら?」
メノウさんの帰宅前に食材の下ごしらえだけは済ませるように、神居さんからメールで届いたので英司、淳とともにささっと調理。
英司は調理器具の多さに驚き、淳は何やら俺と食材を見比べて神妙そうに頷いていたが、おおむね問題なく下ごしらえは終了した。
そのあと、三人で淳の持ち込んだボードゲームで遊んでいた時にダイヤが帰宅してきた。
これから起こる憂鬱が漏れていたのか、ダイヤが苦言を漏らした瞬間、俺の向かいで駒を弄っていた二人と、ダイヤの目があった。
「初めましてお嬢さん。一二三淳という者で、
「初めまして。俺は日野英司、淳と同じく角人の親友です」
「く……黒澤ダイヤと申しますわ。あの角人にこのような
「おいまてやダイヤ」
さらっと俺に友達がいないと思ってたみたいなことを言われ衝動的にツッコミを入れてしまったが、俺にはほかにもツッコむところがあると思う。
頭を下げあって自己紹介を続ける三人はよくよく聞くと俺の悪口しか言っていないようにしか思えない。
「角人、あまり褒められたことではないわよ? 意地を張って友達契約などと
「なんでさ!?」
「こんなにも
「角人……おまえ普段はどんなことやってるんだ」
「角人、そう思われてるのはきっと角人が悪いんだよ」
「お前等ちょっといいかげんにしてぇ!?」
主に淳が主導し、英司とダイヤが悪乗りをした俺の弄りは夕飯の時まで続いた。
本気で言ってないのは解っているから反応はできたからまだいいか……
二人は帰るときにダイヤになにを吹き込んだのやら、寝る前の彼女に顔を真っ赤にしながら『いい友達がいるのね』と、言われた。
ああ、なんか
***
黒澤家よりダイヤに見送られた淳、英司は夜道をドライブで気ままに走っていた。
話題はもちろん角人と、彼の許嫁(仮)であるダイヤのことである。
「いやぁ、いい子だったねダイヤちゃん」
「あいつにはもったいない子だよなぁ……」
「だめだよ淳?」
「角人もだけどなんでお前たちはなんで俺が
一二三淳は白岡角人、日野英司との三人組の中で一番女性から好意を持たれやすい。
それは淳がそう望む望まないにかかわらず、そうなることが世界の理であるように。
とは言うが角人にしろ英司にしろモテないというわけではない。単に二人よりも淳には何か世界の修正力が働いているかのごとく女性が
「そういうのじゃねえって……単にあそこまで角人のために頑張ってくれるってことだよ」
「それはわかるよ。俺も角人があんな良い子と巡り会えたなんてことがうれしくてたまらない」
なんだかんだで彼らも角人とは幼い頃からの付き合い。
親友の幸せを素直に喜ぶ微笑ましい光景である。
「そういや英司はダイヤちゃんに何吹き込んだんだ?」
「そういう淳は何を言ったの?」
「せーので言ってみるか?」
「いいね、同じ内容だったら面白いや」
二人ともにせーのという言葉に合わせ、顔を上下に動かし、自身が少女へ吹き込んだ言葉を明かす
「角人が『好きじゃねーし』と言ってたから、君は愛されてるぞ」
「角人が『好きじゃねーし』と言うのは照れ隠しだから、おめでとう」
互いの内容を聞き、一時静寂が流れた後、彼らは同時に吹き出す。
思った以上にシンクロしたその言葉。
角人はいつも素直じゃないと、親友だからわかるいつもの流れ。
「ほんとアイツもごまかすの下手だよなー」
「角人は素直になれない癖に素直だからねー」
「……次はいつ来るんだ?」
「そうだねー、いつになるかわからないけど。次来るときは角人に結婚祝いでも持って来れるといいなぁって」
「そりゃあいい。最高の贈り物だな!」
夜の帳が落ちきった街の中を、二人を乗せた車がまっすぐ、まっすぐ。
いつまでも変わらない関係を示すように走り続けていた。
・神居信基
40代の見た目三十代さん。
白岡家でもともと雇われていた執事であったが、角人の世話係に任命された後、角人の自立っぷりに立つ瀬がなくなり、そんな最中出会った同職の女性と出会い、角人に背を押され結婚。
そんなわけで現在黒澤家まで角人の世話をしに行っているのは完全に彼の意志。
・淳
天然ジゴロ系親友。
角人を主に弄る姿を見られる。
友達想いのため、角人とダイヤが意外といいカップルだと知って喜んでいる。
・英司
お人よしのほうの親友。
ダイヤと角人が割とお似合いだと見抜き、ダイヤ側に角人の感情を伝えてみたりする人。
民族的な結婚祝いを次の来日で持ってくることを決意。
・ダイヤ
角人に実は(意外でもないが)愛されている子。
角人が素直に言わない人間だと二人によって教えてくれたため、この日以降彼に対する見方はだいぶ変わる。
・角人
ツンデレ。
無意識に惚気る人。
聴いていた二人は終始ニヤニヤしていた模様。