「料理を覚えるわよ、角人!」
「……はっ?」
ある日の夕方。学校から帰ってきたダイヤにいの一番に言われたのは『ただいま』ではなく、そんな言葉だった。
突然どうしたのだろうか。今までのダイヤと言えばあまりそういうことに関心を示すことはなかったのだが……
「べっ別に理由はどうでもいいでしょう! わたくしだって大和撫子の端くれ、料理一つの程度もできないとなれば、黒澤家の名が廃るというもの!」
「別に今のご時世は女性が料理できなくたって困ることはないらしいぞー」
「……じゃあ、そういうあなたは料理ができるの?」
ダイヤの挑発するような声に、俺の喉からグッと声が漏れる。
そう、ダイヤにそういったはいいが当の俺も料理はできない。
出来るのはせいぜい
「ほら、あなたもやっぱり作れないじゃない」
「……そうですよー。どうせ作れるのはデザートだけですよー!」
「だったら特訓するのを手伝いなさいな。女性が別に料理できなくても問題ないように、男性も料理ができたほうがいいご時世なのでしょ?」
「へーいへい……ったく、揚足取りばっか上手くなりやがって」
確かにダイヤの言う通り、俺も料理ができたほうがいいのだろう。
正直それがわからんでもないが、ダイヤに自慢気に言われるとなんか腹立たしい。
ましてや俺に比べてデザートも作れないのに……いや、寧ろ同じ様に作れないってわかってるから
そういうとこばっかりが
「角人、あなた今何か言った……?」
「イイエ、何も言ってませんよ」
「それだったら次の休日は空けておきなさい。早速作りましょう!」
***
ダイヤの奮起から早数日。
休日の朝から
題目は神居さんたちからのアドバイスもあってオーソドックスにカレー。
家にあった食材はなんだか手を出しづらいので、神居さんに調理器具とともに
「坊ちゃま、こちらが具材一式と、調理器具一式、そしてレシピにてございます」
「ありがとう神居さん」
「お気になさらず。それでは困ったことがございましたらお呼びください」
では。と一礼して神居さんがどこかに行く。おそらく方向的に考えればきっと庭のほうなのだろう。
そういえば翡翠さんとメノウさんのことだが、夕食は家で食べるらしい。
二人は折角だからと俺とダイヤのカレーを食べたいと告げ、ニコニコ笑顔で仕事へと向かって行った。
マルちゃんの家族も食べに来るらしいし、たくさん作らねばならない。
……まぁ、
「さてダイヤ。俺は食材を斬ることは幾度とやったことがある」
「そうね。
「そこでだ、今回は
淡い赤のエプロンを身に着け、長い髪が垂れないようにと上に結わったダイヤに今回の役目を告げると、彼女は自身の手と包丁を見比べ始める。
まぁ、料理をしたことが無いダイヤならばあり得るのだが。
「やっ、やってやろうじゃない。
「落ち着けダイヤ。ニュアンスが違うぞ『切る』のニュアンスが」
「だっ……だってわたくし……華道の時以外で刃物など握ったことが……」
意外でもない事実を知った。
そういえば浦の星女学院では調理実習とか言うのが行われていないのだろうか?
そういうのが行われていないから握ったことが無いのだろうが……
「……全部班で組んだ子たちがやってくれるから……」
「それ気を使わせてるだけじゃねぇか」
「……あなたに言われるまでもなく
きっとクラスの子たちは、ダイヤが生徒会長にも抜擢されたりしてるお金持ちの人だから、機嫌を損ねたらまずいって思ったんだろうが……
当のダイヤが申し訳なさそうに目を伏せているからに、こっちもこっちで苦労してるんだなと感じてしまった。
「……まぁいいや。俺が教えてやるから安心しろ」
「ええ……角人が教えてくれるのだったら、安心できるわ」
俺が慰めの言葉をかけると、ダイヤは頬を少し赤らめて微笑みを見せる。
待ってくれ、こんなところでかわいさを発揮されると俺が困る。
ただ単に料理を教えるだけだというのになんかこれだと
「……? どうかしたの角人?」
「なんでも……ねぇ……」
「そう。ではまず何から切ればいいのかしら?」
ダイヤは真っ先に包丁を手に持つ。
流石に刃の部分は解るのか、柄をしっかりと握ったが、刃のほうを
……いや、ちょっと待てや。
「ダイヤ、いったんそれを置け。まずはもう少し簡単なことやっていくぞ」
「なんで?」
「……ジャガイモと人参の皮むきっていうものがあってな」
「……包丁じゃあダメなの?」
ダイヤの疑問を一度包丁を置かせることで止め、神居さんが置いていった器具の中から一つ、あるものを取り出す。
「そう、それは
「角人、その淳さんたちに
「なんでそこで冷静に突っ込んでくるかなお前はさぁ!?」
ダイヤが急に正気に戻ったような表情であきれながらいう言葉に、心を砕かれそうになりながらピーラーの使い方を説明する。
ダイヤはやはり呑み込みが早いのか、早速手に持って使おうとするが……って待てや。
「なんで
「ちょっ、ちょっと
「お前それ一番ダメなごまかしじゃねぇか! ほら、まずはそのピーラーも置け!」
しぶしぶとピーラーを置き、俺の言葉を待つダイヤ。
そんな俺はまず包丁を持ち、人参を軽く水ですすぎ、両端の部分を切り落とす。
怪訝な顔で見てくるダイヤを横目で見つつ、両端を切った人参と、ピーラーを持つ。
「なんで人参の両端を切り落とすの? あなたならばそれも
「昔だったらやるけどさぁ……流石に
「……それもそうね」
そんなやり取りをしながら人参の皮を2、3度ピーラーで削っていく。
ピーラーの向き、人参の握り方など簡単に教え、人参2本ほどの皮を剥かせていく。
その姿から目を離さないようにしつつ、俺は神居さんの持ってきた調理器具をざっと並べてみる。
「えーと、圧力鍋があるけど煮込み時間は十分にあるからこっちの大きな鍋でいいかもなぁ……これってみじん切り用の道具だっけ、
独り言として呟きながら器具を分けてゆく。
全部お手軽に手に入れることができる有能な器具。使わないのはもったいないが、今日はダイヤが野菜を切るということを学ぶための会のようなものなのだし、後ろ髪をひかれつつ無慈悲に仕分けていく。
気付けばダイヤは既に人参の皮を剥き終えていた。
「あー……次はジャガイモだな」
「ジャガイモ? 土がついたまま剥くの?」
「さっきみたいに落とすんだよ。ほら、こうやって水で流して」
「ふむふむ……人参と違って持ちづらい」
ジャガイモをくるくると持ちながら回し、どうやって皮を剥けばよいかを伝える。
ピーラーは刃が悪いものの、金属の刃物である故に人の身体には普通に、傷を入れてくことができるものである。
その皮を剥いている手が切れては困るので、危なっかしいダイヤの手つきから目を離すことができない。
「んー、ジャガイモとは存外剥きにくいものね」
「あああそれは剥きすぎだ、よく見とけ、こんな感じでいいんだ」
「――む、難しい……」
「料理ってそういうもんだよ」
とりあえず皮を剥き終え、剥き終わったジャガイモを改めて水ですすぎなおす。
次はジャガイモの芽を取るのだが、ダイヤはジャガイモの芽について知らなそうだよな……
絶対に
「次はジャガイモの芽を取り除くんだ」
「ジャガイモの芽?
「あるんだよなぁ……ほら、ここ」
そういいながら俺はジャガイモの芽に当たるところを、ピーラーの横にある芽を取るための
皮を剥いた後である故に見づらいっちゃあ見づらいのだが、よく見れば周りの部分と色が違うのでわかる。
ダイヤも俺の手元をのぞき込むことで視えたらしく、数度うなずいて改めてピーラーとジャガイモを手に取る。
「これで、どうするの?」
「こう。ジャガイモを動かすのは芽を視線の中心に持ってくるときだけな」
「結構力がいるのね、これは……」
「だなぁ……」
そんな感じで黙々と芽を取り除いた後、ピーラーをダイヤから受け取る。
ここからが包丁を使った食材調理だ。
ダイヤの先ほどの包丁の持ち方からして
「ダイヤ、まずは包丁の持ちかたな」
「やっとね……どう持つの?」
「流石に切るのはお前一人でやらせるのはよくないから手伝うわ」
「すっ、角人!?」
そう伝えてダイヤの後ろに回り込み、
焦りだすダイヤを落ち着かせ、改めて包丁を握りなおさせる。
ダイヤの右手の甲を掴み、左手で先ほど皮を剥いた人参を持たせ、横に寝かせる。
「ほら、左手は広げないでまるめるといい。出来るだけ関節が突き出ないように」
「こっ、こここここう!?」
「そうだな、ああそうだ。真上から落とすんじゃなく、斜めから切るように」
しっかし思うがコイツの手はほんと綺麗だな。
今まで料理したことないんだなというのが丸わかりな白い手。
おぼつかない手つきで時々力が足りず、グググと頬をふくらましながら人参とジャガイモを切っていくダイヤ。
問題なさそうだと思い、ダイヤの手を俺は離し、横にずれて玉ねぎの皮を剥き半分に切って置く。
だいぶ包丁の使い方と切り方には慣れたみたいなのだから、問題はなさそうだ。
「グスッ……角人……玉ねぎを切っていたら……」
「ああダイヤ、玉ねぎを切っているときに眼をぬぐおうとするな」
「ううっ、なにこれ……」
「我慢しろ、大丈夫だから。ほら、ぬぐうんじゃなく
そういえば玉ねぎを切るときの注意を言ってなかったな……
***
「ふぅ、ひとまずここまでおえりゃあ上々だろ」
「ふぅ……思ってたよりも大変ね……料理って」
「そうだなぁ……普段スイーツとか作るのとはまた違う苦労だよなあ……」
「神居さんもお母様もよくこのようなことを続けられると思うわ……」
「尊敬するよなぁあの人たちを……」
とりあえずダイヤと協力しつつ食材を切り、油を引いて鍋を温め、肉、玉ねぎを炒め、水を鍋に入れて煮込みを始めた。
今回用意された肉は鶏肉。神居さんのメモによると灰汁というものが出ることがほとんどないのでこういう煮込み料理ではおすすめらしい。
ダイヤがやけどをしないように気を使いながらやっていくのは正直気が気ではないものだった。
「お姉ちゃん、角人さん……あの、お茶を……」
「ありがとうルビィ、はい角人」
「サンキュー――ああ、うめぇ」
「ですわね……落ち着きますわ」
ルビィの持ってきたお茶にほうっと息をつき、ぐったりと力を抜く。
横をちらりと見れば、ルビィに情けない姿を見せまいと気を張っていながらも、表情が疲れをありありと示すダイヤ。
俺達を見つつあわあわと慌てるルビィに苦笑いで大丈夫と言いながら、電気の部分を見上げる。
――やっぱ、神居さんとメノウさんたちに
そう確信した休日だった。
ちなみにカレー自体はつつがなく作り終わり、米を炊く際にも神居さんのメモによってなんとか済ませられた。
可もなく不可もなくな味になりやすいカレーだからこそ、カレーを食べたみんなの反応にダイヤは安堵し、また料理を学びたいと話していたのはまた別の話。
***
おまけ『ダイヤのきっかけ』
「お姉ちゃん、どうして急に料理を……?」
「すっ角人には内緒よ?」
「うっうん!」
「……クラスの人に『黒澤さんってできないものあるの?』と言われてたのだけど――」
「……? うん」
「直後、
「あっ……」
「……ちょっと……ちょっとだけ悔しかったから、見返してやろうと決意したの」
「そうなんだ……」
「角人もできなかったみたいだし……一緒に練習もしたいと思って……」
「――お姉ちゃん――
「なにか言った?」
「ううん、何でもない……よ?」
・角人
愛用調味料は甘味料。砂糖の数倍甘いパルスイートを用いることで砂糖の量を減らそうとする変なところで貧乏性を感じる白の方の許嫁。
なんだかんだでダイヤの表情などよく見ているので何か憂うとすぐにわかってしまう。
実はスイーツばかり作っているところがあるので甘党染みた味の認識をしている。
・ダイヤ
黒の方の許嫁。典型的なお嬢様によくある調理経験どころか刃物すら握ったことのないタイプ。
料理を作りたかったわけじゃなくてどちらかというと角人と一緒に練習をするという作業そのものを求めている感じ。
角人が素直じゃないから自分から誘おうとするが結局自分も素直じゃない。
・調理器具
最近100均ショップでやたらと販売されている便利な奴。
角人がスイーツを作るときに結構愛用しているのは塩や砂糖などを入れる小型のボトルである。
そういうのもあって角人は器具について語らせると長くてうるさい。
・神居
万能SHITSUZIなお方。とりあえず困ったら頼めば良い的な認識が角人にはある。
実は料理もできる優秀なお方。
・鞠莉
シャイニー★な子。ダイヤに対して立場とか関係なく話しかける猛者。
ダイヤの出来ないことを割とずばずば言ってくる。
ちなみにダイヤが他に出来ないことで主なものは『泳ぐこと』だったりする。
・ルビィ
ダイヤの愚痴を聞いたりするけなげな妹――
――でありつつ、強かな策士な娘。
ダイヤのツンデレによるかわいさをより角人に売り出したい子。