皆は【網元】というものに聞き覚えはあるだろうか?
そう、ダイヤのご先祖、お家の元のことである。
正直網元だなんて言われてもピンと来なかったから勝手に地主として訳していたのだが――
『角人、お前そういえば婿入り先の御家について調べたことはあんのか?』
『いきなり電話かけてきて何だよ淳……調べたことはないけどさ、ってあと婿入りじゃなくてだn――』
『はいはい、そういうのは要らん――調べとけ、黒澤家は歴史長い御家様だからな。ポッと出で地主やってるオマエん家とじゃ勝手とか違うんだ。そろそろ知らんといけないことばっかりだろ?』
『ん……それもそうか……ダイヤが嫁に来るにしても俺が婿入りするにしても知らねぇといけねぇんだよなぁ……』
『どうせお前のことだから中途半端にしか情報を集められないだろうけど、それでも充分だと思うしな』
『なんでお前はいつもナチュラルに俺のこと扱き下ろしてくるんだよ』
――といった感じで、淳の奴から電話でどやされたので地元の総合会館だとか案内所だとか、黒澤家の書庫とか民俗館だといったそういうのを虱潰しに探していって、とりあえず調べてみたのだが。
結果としては……得に何も分からなかった。
正確には、【寄生地主制度】の漁業版に近い物だということ、そして漁業の近代進歩によって自然消滅、権威が衰えていったということくらいしかわからなかったのだ。
ブルジョワや地主の数家を中心にして、主にここらへんだと『底引き網』などといった漁を行っていたが……当然時代が進んだことによって農地改革と同じように事情が変わり、明治時代にはすでに廃れていた制度なんだとか。
あと、正確な呼び名はここら辺内浦地区に限って言えば『津元(つもと)』らしい。
……ほかにもいろいろ調べれば出てきたんだが正直俺にわかりやすくまとめるのはこれが限界だった。とりあえずよくわかんないことだけは確かだ。
網元……今後は津元と呼ぶのだが、制度の廃れとともに御家解体も起こったわけだし、そんな中でどうやって黒澤家が権力者として成長したかは結局わからずじまいだったしで、色々とあきらめざるを得なかったのもある。
翡翠さんとメノウさんに聴きづらい内容だもんなぁ……『ご先祖様はどうやってここまで家を大きくしましたか』とか聞けるもんじゃないと思う。
***
まぁそんなことよりもだ、内浦を頑張って歩き回った俺はふと思ったことがある。
――パーク島の【淡島】にまだ一度たりとも行ったことが無いんだけど……ということである。
淡島とはそもそも何かという話だが、先ほども言ったようにパーク島である。
過去にちらほらとしたことが色々あった無人島で、現在は水族館と神社、カエル館とかいうカエルばかりの場所とか、あとはホテルがあるらしい。
ロープウェイも過去は運行していたらしく、載ってみたかったのだけど現在は老朽化によって停止しているらしい、残念だ。
他にも調べてみたところによるとなんだか【ウミウシ】を擬人化させた淡島うみねだとかいうキャラとかもできただとかいう話や、そのキャラがグッズ展開して最近姉キャラが出てきただとか、今年の秋に島全域舞台にしたコスプレイベントが始まったとかいう話だとか、ほかには水族館がめっちゃ面白いという話があるとか――
面白そうな島じゃないか、これはもう行くしかない。
そう決意した俺はそういう費用に関する財布のひもを全部握っているダイヤに直談判。
行くならば休日のほうがいいし、何よりも三島には水族館なんてなかったから興味があったしで、頼んでみたところダイヤも一緒にいくという条件で快諾された。
そんなわけで俺たちは神居さんが当日朝に買ってくれていたチケットで、連絡船に乗って淡島に昼頃上陸したのであった。
***
「今日は風も穏やかね、潮風もきつくなくて過ごしやすいわ」
「そうだなぁ……こんないい天気に来れて本当によかったよ」
「角人は大げさね、ほらまずは何処に行くのかしら?」
淡島は島を一周するのに、歩いてだいたい2~30分はかかる。
出来ることなら先にそういう散策は済ませておきたいのもあるので、最初は島をぐるっと歩くことにする。
時計回りに一周とか歩いてもよさそうだなと、ぐるりと歩いていた時に少し気になる場所を見つけた。
少し古びた鳥居と、坂のようにも見える石段。これはもしかして……
「……神社?」
「あら、淡島神社ね――何を準備運動しているの? ……まさかじゃないけど角人、そこを登るつもり?」
「いいねぇ……登ってみようじゃないか!」
「えっ……?」
ダイヤの疑問に乗り気になる俺。
幼い頃から三島大社などといった神社が近くにあるためにそういう関係に興味が深い俺は、神社だとわかった途端に無性に参ってみたい気に駆られた。
鳥居から見たところ、階段はそれなりに急ではあるものの充分。
相手にとって不足なし、いざ出陣!
「ちょっと……本気なの、角人……?」
「――無論、行くまで」
「あっ、バカ! おまちなさいッ!」
「断るっ!」
ダイヤの制止と残念なやつを見るかのような眼を振り切って俺は参道の階段を駆け上がる。
まずは一つ目の踊り場……ここまで一気に駆け上がったが、一段ごとの足場が広めなので走りづらいという感想くらいか。
踊り場から下を見下ろすと、ゆっくりと手すりを使いながらじわじわと昇ってくるダイヤと目があった。
やたらと引き換えすことを求めるような視線を向けられるが俺の考えは変わらない。
そんな顔されると余計に登り切りたい、その溢れる衝動に身を任せ、俺は二つ目の踊り場に向かって駆け出した――
***
「な……なめて……ました……」
「それ見たこと。やめておけと言ったじゃない?」
「なんで……上……のほう……はっ!」
「もともと無人島だけども、ここで生活した人たちも昔はいたの。そういうことよ」
隣に座るダイヤにひざまくらをしてもらいながらついさっきまで登っていた淡島神社について思い返してみる。
四つ目の踊り場あたりまでは足場一つの面積が大きいだけの階段だった位なのだが、五つ目の踊り場あたりから少し階段に苔が目立つようになり滑りもよくなる。
そしてほぼ終わり際の階段になってくると……
「でもやっぱあの階段は最後おかしいって。もはやただの岩じゃねぇか」
「そう思うのであればあなたが一人で整備してみたらどう? 市役所に申請だけは通してみるわよ?」
「流石に無理です……」
そう、そこまでくるともうただの岩である。
未整備の山に在る岩をそのまま上るような感じ。
手すりがあるので登れないこともないが、先ほど走って登ろうとして足を滑らせ、踏み外しそうになったことを考えると、これから登ろうと思うやつらに一言アドバイスしたくてたまらない。
――万全の装備で登ること、体調と相談するべきだ。
いや、マジで一度登れば同じこと思うから。ダイヤの忠告をちゃんと聞いとけばよかった……
「まったく、ゆっくりと歩いて過ごすはずがあなたのせいで日向ぼっこをすることになるだなんて」
「実際に俺の所為だからなんも言えねぇ……」
「無理して起きあがってはダメよ、もう少し呼吸を治していなさい」
未ださっきまでの登山の影響で呼吸が荒い俺の頭に、ダイヤの手がそっと置かれる。
そんなダイヤの言葉に甘えてしばしゆっくりしようと思う。
確かこの島についたのは一時頃、最終船が四時ごろだとして、今は多分二時前くらい。
なんだ、休む時間は十分あるじゃないか――
「角人、起きなさい。今日はペンギンに触れられるショーがあるらしいわ、行きましょう」
「いや、休ませてくんないのかよ」
「おバカ、折角の機会なのよ。急いで起きあがる!」
――と思ったが、ペンギンとやらに心動かされたらしいダイヤに急かされて起きあがり、まだ落ち着きない呼吸のまま彼女の先導で歩き出す。
ふと、ダイヤが視ていた方に視線を向けると、『一人三百円でペンギンとふれあえる!』と書いてあるポスターを見つけた。
なるほど、こういうふれあいはダイヤも新鮮なのか。開始時刻は二時――なるほど、急ぐのも納得か。
まぁ……俺も初めてだし、どういうことをするのか楽しみだな……
***
「なぁダイヤ」
「……なに?」
「ペーンペン! ペッペンペン!」
「あれさ……ペンギンコーナーの案内でいいんだよな?」
「たぶん……間違いないとおもうけど……」
「ペンペン、ペンペン、ペーン!」
ペンギンコーナー付近で俺たちが目にしたのは、両羽をパタパタさせながらくるくると体を回転させているペンギン――のコスプレをしているようにしか見えない男性だった。
口には黄色いくちばしの作りものを付けていて、胴体と背中に『ペンギンふれあいコーナーは←です』と書いてある紙を貼ってある。
見るからに案内スタッフなのだろうが……怪しさ満点で思わず『ちがう、そうじゃない』と言いたくなってしまう。
「そこのカップルお二人さん!」
「あのペンギンコスの人、ずっとピョンピョン跳ねてるけど疲れねぇのかね」
「きっと鍛えてるのよ。あなたも筋トレでやってみる?」
「断る。あんなん一日で音を上げるわ」
「そこの黒髪がきれいな女性と額に手を当ててるイケメンのお兄さん!」
ペンギンの人が跳ねながらダイヤのことを呼んでる気がしたのでそっちを向く。
ダイヤも自分が呼ばれたと思ったのだろう、俺と同じ方向を向いていた。
ペンギンの人はぺシぺシと、胴のポスターを叩き主張する。
「……ダイヤ、今何時だ」
「――急ぎなさい角人、ペンギンと触れあえなくなるわ」
「そうだよ! せっかくのペンギンを触るチャンスなんだ、行かなきゃだめだよさぁ急いで!」
「なんだろう! 後押しされたことを喜ぶべきなのになんだか無性に認めたら負けな気がするっ!」
***
ペンギンとの触れ合いもそこそこにコーナースペースを離れると、先ほどまでコスプレしていたスタッフの人が上司らしき人に話しかけられていた。
てっきり変な姿してるから怒られているのかと思いきや……むしろ褒められているようだった。
ふと気になったので耳を澄ませてみる。
――ある意味衝撃的な言葉が聞こえてきた。
「
「館長、ありがとうございます……!」
「うむ、銀郎君覚えているようだね……そう、『動物を知らずして』――」
「――『動物への魂を吹き込めず』! ですよね!」
「いいぞ、いいぞ銀郎君! 君ならばきっと責任者にだってなれる! この調子で邁進してくれたまえ!」
「押忍! ありがとうございますっ、館長!」
……えらく体育会系みたいな感じだったが、あのコスプレってそういう意味があったんだ……でも動物になりきるって……おま……
もしかしたらここの水族館の人たちってみんな何かしらのコスプレをしてるのだろうか――つまりもしかしたらだが、イルカやアシカ、カエル館があるからカエルのコスプレをしている人もいるのだろうか……
そんな想像をしていてなんともいえない感じの表情をしているであろう俺の腕を、ダイヤが引く。
――そういえばペンギンと触れあったら水族館入ろうって話をしてたっけ。
「角人、わたくしは水族館なんて入ることが初めてなの」
「おう、俺も初めてだな。案内とかそういうのは無理だぞ」
「そっ……そうなの?」
初めての経験ゆえに少し不安がるダイヤを安心させようと、同じく俺も水族館自体が初めての経験だと教えた。
するとみるみる笑顔になるダイヤ。ほんとに時折すごくかわいくなるから困るんだよなぁ……
ペンギンがたくさんいるプールの脇を通り抜けて水族館の入り口へと向かうとき、土産スペースのほうへ軽く目を向けると――
ウミウシの擬人化であるキャラクター【淡島うみね】が描かれたスタンドがそこにあった。
「……角人、何を見ているの?」
「いや……あのキャラクター何だけどさ、ウミウシがモチーフらしいんだと」
「ウミウシ? ……あのウミウシよね。それがあんな見た目で?」
「ああ、あのウミウシだ……ここ数年こんな擬人化流行ってるよなぁ……」
「擬人化と言えば、沼津の港のほうではなにかの魚があんな感じになっていたわね」
「あー、そんな話聞いたことあるなぁ、なんだっけぇ」
ぼーっとそんなやり取りをしながら水族館の中に入る俺たち二人。
はてさて、事前に水族館のリサーチを済ませてくれていたらしい神居さんが『壁に注目してください』と言っていたが、壁って確か魚の紹介があるんだったよな。
珍しくそういう施設をほめない神居さんが絶賛してたんだし、いいところなんだろうな。
***
皆に言っておかなければならないことがある――水族館は、いいぞ。
・網元
タイトルにもある用語だが、意外と皆知らなさそう。
なじみのない言葉なので今回軽く角人の立場から解説させてみた。
・淳
生真面目な親友。
角人の周りだと彼くらいしかそういうアドバイスを出来る人がいない。
・淡島
サンシャイン本編だとおそらく有人島になるであろう場所。
当作品では淡島が現実準拠になったために果南ちゃんの家は変更することに――実はすでに場所の目星はつけている。
マリーはホテルの経営関係のためお家変更はない模様。
二度目のコスプレイベントが今年三月に開催、サンシャインのアニメが放送された後のコスプレイベントも来るだろう。サンシャインキャラのコスプレに期待がかかる。
・淡島うみね
本編で使用したようにウミウシを擬人化したキャラとして淡島水族館などで宣伝されている。ウミウシは雌雄同体なので擬人化するということは――これ以上はいけない。
最近姉に当たるキャラもでてきたらしい。いろんな限定グッズも淡島では販売されている。
実はかの昭和天皇がウミウシを三度も食したとかいう話がある。
・淡島神社
参道のあれは階段じゃなくただの岩肌である(作者心の叫び
・結辺(ゆいべ)銀郎
淡島にて働くペンギン飼育員。
元々ペンギンが好きで、苗字の辺と銀でペンギンである。と自分からあだ名にするほど。
実は黒澤家近辺に住んでいる住民である。
・淡島水族館
水族館内に一部展示生物の生態についてのコラムや、職員の飼育裏話、深海生物の捕獲事情などが、展示生物と一緒に掲示されている。
深海生物については食べるとどうなのかだとか、ホルマリン漬けなどとかといったようなことも書いてあるので、「水族館と言えばどんな魚がいるかくらいしか展示なくね」と思っている読者の皆様へ行くことをぜひ薦めさせていただきたい。
角人の最後の一言は作者の代弁でもある。
・角人・ダイヤ
デートする許嫁(仮)ふたり。もはやカップル以外の何物でもない雰囲気。
ちなみにだが今回の話は二話目【彼と彼女の良好?な関係】の前の時期である。
それでもこんな感じでやり取りしているのだから彼らの相性の良さは一目瞭然か。