「ダメだな、こんなんじゃ記事にならんよ」
そういって編集長は私の書き上げた記事を乱暴に放り投げる。
(くっ、今度こそいけると思ったのに……)
「善永くん……何度言ったら君もわかるんだね?」
不機嫌そうにテーブルの端をとんとんと叩きながら、編集長は煙草に火を着けて、大きく吐き出した。
「"秋月涼"のことについては書くなと、私は君の耳にタコが出きるくらいに言ったはずなんだがね……」
"秋月涼"
1年程前まで人気絶頂の最中だったアイドル。
当時、最も"アイドルマスター"に近いとされていたアイドルだ……
何故過去形なのかと言うと、簡単な話。
ある時期を境にぱったりとテレビでの露出がなくなったからだ。
それも徐々に出なくなったとか、そういうレベルでもなく本当に突然、失踪でもしたのか? というほどに出なくった。
実際に当時のメディアでも、失踪説が連日真しやかに報道される程だったけれど、その報道自体も拍子抜けするほどに早く、全くされなくなった。
そして私はそれに対して、その時期に同時に起きた"ある事件"と合わせて、どうにもキナ臭いものを感じて取材を重ねているのだけれど……
「いいかい?"秋月涼"と"桜井夢子"の ことについては首を突っ込むな、これは君のためにも忠告しているんだぞ?」
そう、ちょうど秋月涼が失踪したと思われるのと同じ時期に、"桜井夢子"と言うアイドルが自殺した……という情報がある。
この二つに妙な繋がりを感じた、私はいてもたってもいられずに、当時の関係者達に取材を重ね、お粗末ではあったけれど何とかレポートにして、編集長に提出したわけだけど……結果はご覧の通りって訳ね。
「さあ、君もこのことは早く忘れて。今日は961プロ主催の大きなオーディションバトルの日だ、そちらの取材にでも行ってきなさい」
(はあ……この件に関してはほんとに関わらない方がいいのかもね)
私は気の抜けた返事を編集長に返して部屋を出た。
("アイドル戦国時代"か……確かに記事になりそうな子たちはたくさんいるけどね)
実際のところ、売れる記事を作ろうと思えば簡単だった。
アイドルジャーナリストの私としては、765プロと961プロの圧倒的な力のぶつかり合いによって生じた、このアイドル戦国時代は非常に有利と言えた。
765プロのアイドル達や、961プロの「Jupiter」。
主に彼女らによって巻き起こされた"アイドル大戦争"。
各芸能事務所は765や961に続けとばかりに、次々とアイドルをデビューさせ、そして使い潰していく、それがアイドル大戦争に端を発した、現在のアイドル戦国時代の
現状だった。
(まさか、アイドルも大量生産・大量消費の時代が来るなんてね……)
中には勿論潰れることなく、今も活躍しているアイドル達もいる、しかしそれは本当にごく、一握りの者たちだけだ。
ただ実力不足なのであれば、それも仕方ないとは言えたかも知れない、だけどその使い潰されたアイドル達の多くは無理なプロデュース方針や、きちんとした指導者の不足によるものだった。
("ガラスの靴"をはけるものは一人だけ……か)
私は最近感傷的な気分に浸りがちなのを感じて、いけないと思い気を取り直すために、一度大きく延びをした後に車へ乗り込む。
(はあ……こんな時代に"秋月涼"がいたら、どうなっていたのかしらね?)
最後に私はそんなことを考えて、事務所を後にした。
「よっしゃあ! みんな! 心の準備はできてんな! 俺達はいつでもオーケーだぜ!」
俺がそう客席に問いかけると、会場が割れんばかりに揺れた。
これは客のノリもいつも以上だな。
「チャオ☆ 今日はエンジェルちゃん達を夢の向こうまで連れてくからね!」
「お兄さん、お姉さん達! 僕らのパフォーマンスにビックリして失神しないようにね♪」
北斗と翔太がそう言うと、会場のボルテージはさらに上がり、もはや最高潮と言えた。
(これなら最高のパフォーマンスができる! 後輩たちにはかっこわりぃ所は見せられねえからな)
俺は心にそう刻み付け、息を大きく吸い込む。
「今日の俺らは一味ちがう! 行くぜ! 《alice or guilty》!」
「おっとと、どうやら間に合ったようね……」
車を飛ばして、何とか会場に着いたとき、ちょうどフェスが始まったところだった。
(トップバッターはやっぱり《Jupiter》だったわね。相変わらず凄い人気ね)
トップバッターということもあって会場は総立ちになり、割れんばかりに歓声が鳴り響いていた。
(やっぱり黒井社長の"最高傑作"と呼ばれるだけのことはあるわね)
業界最大手"961プロ"
かつては完全に黒井社長のワンマン会社と言われ、社長自らが連れてくる極少数の人間だけに全力を注いでいたけれど、何か心境の変化でもあったのか、今も相変わらず少数精鋭ながらも《Jupiter》以外のメンバーもプロデュースし、高い人気を誇っている。
(個人的には、黒井社長の心境の変化にも興味はあるけれど……おっと終わったわね)
そんなことを考えながら観戦していたところ、どうやら《Jupiter》のパフォーマンスは終わったらしかった。
未だに会場の興奮は覚めやらないといった感じだが、観客達は審査員達の採点の行方を見守っていた。
(採点は……っと27点。事実上の最高得点ね)
ステージ上のパネルに「27」と表示された瞬間に観客席からは再び歓声が沸き起こる。
(相変わらず、あの審査員達は頑固ね~。如月千早の歌にすら27点だったからね)
そう、あの審査員達は961プロの人間だけあって、根っこの部分が黒井社長の批評家なところにそっくりなのだ。
数えて6回目になるこのフェスだが、未だかつて27点より上の点数を出したことがない。
巷ではそれより上の点数を出せるとすれば全盛期の"日高舞"でも連れてこないと無理だとささやかれているらしい。
「メチャクチャ熱いパフォーマンスありがとよ! 《Jupiter》の諸君、チェケラ! さぁ~てまだ余韻に浸りたいだろうが、ケツカッチンだしどんどん行くぜ!」
(……多分これ以上のものは出ないでしょうね、それにしても彼らの後にやらされる子達もかわいそうにねぇ)
なんて事を考えながら、もう帰ろうかと考えていた私の耳に、次の参加者を告げる声が聞こえた。
「続いての参加者は! ……えーっと、すいませんこれってマジですか……はい……はい」
なにやら司会者はもたつきながらインカムでどこぞかと通話している、どっかの大物歌手でも参加してんのかしら?
「つ、続いての参加者は"秋月涼"だー!」
その瞬間、私は自分の耳を疑ったがどうやら会場の観客達も理解が追い付いていないらしく、ざわざわとした声があちこちから漏れ聞こえてくる。
「どう言うことだこらー!適当ぶっこいてんじゃねぇぞー!」
なんていう罵声を皮切りに、会場は次第に怒りの声に包まれていく。
段々と会場の雰囲気は悪くなっていき、仕舞いにはものを投げつける客まで出始めていた。
「ひょえ~! ほんとです! ほんとですってば……」
会場の雰囲気は最悪に近かった。
仮にあの司会者が言うことが本当だったとしても、果たしてこんな状態で出てくるのかは甚だ疑問だった。
――しかしそんな私の予想を裏切るように、"秋月涼"は平然と登場した。
「嘘だろ……」 「本当に……」 「りょ、涼ちゃ……いや、涼くん?」
会場のあちこちからそんな声が聞こえてくる、観客はみな呆気にとられているんだろうけど、私も例外ではなかった。
本当に登場したことにも心底驚いたけれど、それ以上にその見た目……正確に言うのなら服装と、何より身に纏う冷然としたオーラに呆然とするしかなかった。
(あの格好……まるで男の子じゃない! それに一年前に比べて、余りにも雰囲気が……)
そんな会場の雰囲気を知ってか知らずか、相変わらず平然とした様子で秋月涼はマイクを手に取り、こう告げ始めた。
「……皆さん、女性アイドルの"秋月涼"は死にました。今ここに立っている"僕"は本物の"秋月涼"です」
などと、今一要領を得ないことを言うけれども、その言葉には不思議な説得力があり、その一言で会場は静まり返る。
「…………」
それ以上何も語ることは無いとでも言うのか、それから秋月涼はなにも語らずに黙っている。
その沈黙に耐えきれなくなったのか、司会者が秋月涼へ質問を投げ掛ける。
「あ、あの~……歌う曲……とかは?」
その質問に答えるため秋月涼が口を開く。
そこで口にした曲名に、またしても私は秋月涼に驚愕させられることになった。
「……《オーバーマスター》」
そう秋月涼が告げた瞬間、またしても会場がざわめき始めた。
(《オーバーマスター》……あの歌を961の本拠地でやるなんて)
《オーバーマスター》とは、そもそもの"アイドル大戦争"を引き起こすことにもなった発端。
961プロの"フェアリー"と765プロの全面対決を引き起こした日。
かつての"フェアリー"が765プロへの挑戦状代わりに叩きつけたのが、この《オーバーマスター》であった。
(……一年前の秋月涼、当然こんなことをする好戦的なアイドルじゃなかった……この一年で何が……)
そう考えていると、《オーバーマスター》の前奏が流れてきた。
先程まで揉めていた様に見えたが、社長の一言でもあったのだろか。
(もうこれ以上考えても仕方ないわね……)
そこで私は考えるのをやめ、ステージに集中することにした。
……嵐の前を予感しながら。
……一言で表現するのなら、「圧倒的」という言葉がこれほど当てはまることもなかった思う。
私も観客も魂を抜かれたかのように唖然とするしかなかった。
その姿を言葉で表現するのは難しかったが、あえて詳しく解説するのであれば。
まずは前奏、ここはいきなり嵐の夜を感じさせる激しさを見せるところである、まさに大自然の厳しさや恐怖を感じさせるような曲調になるが、秋月涼は完璧に踊りきっていた。
どこまでも激しく、高圧的に、まるで自らが怒りの体現者でもあるかのように。
そしてここからも激しいダンスが続くのだけれど、全くペースが落ちない……どころか徐々にエンジンがかかっていくように、序盤よりも動きは切れていたように見えた。
それだけでなく、ただ激しいだけは終わらず、溜めを作るところには気高さを感じさせる程柔らかい動きをすることで、切れのある動きは本来よりも格段にダンサブルに見えた。
そして歌声はどこまでも甘く、誘うように、どこか危うげな雰囲気を漂わせた歌声が、激しいダンスと合わさりまさに曲中の歌詞通り「アンバランス」さを感じさせる不思議な魅力……いや、もはや妖気のようなそれに、魂を抜かれるような錯覚を覚えた。
(簡単に言うと誰もに「欲しい」と思わせておいて、それでいて絶対に手に入らない「高嶺」の花を思わせ、なおかつ心臓を直接叩かれているような「響」を感じさせる……これ以上に無いくらいこの歌のテーマとマッチしている)
会場は呼吸をすることをわすれてしまったかの様に静まり返っている、そんな静寂を引き裂くようにステージのパネルが点灯する。
パネルが表示しているのは「30」という文字だった、がある意味当然にも私は思えたが、観客達は秋月涼が成し遂げた前代未聞の快挙に、やっと声を出すことを思い出したのか、歓声が響き渡った。
「は~い、静まって静まって! えー……今から特例ではありますが満点という前代未聞の快挙を成し遂げた秋月涼さんに、一言インタビューしたいと思います」
そんなことを言いながら司会者は秋月涼にマイクを再び渡した、すると秋月涼が一瞬キョトンとした顔になったのを見て、なぜだか少し可笑しく思って思わずクスッと笑ってしまったが、観客達も先程までのある種緊張した雰囲気の反動で少し和んでいるようだ。
「……えーそれでは皆さん、僕からこの場を借りて言いたいのはただ一つ」
そう秋月涼が話し始めると、先程までの和んだ雰囲気も一変し、再び固唾を飲んで見守り始める。
「僕は、僕たちはこの"アイドル戦国時代"を終わらせるべく、"アイドル革命"を"1054プロ"とこの僕、秋月涼が起こすことを宣言します!」
その言葉に、またしても会場が不穏な空気に包まれる。
しかし、私はその言葉に何故か満足感を覚えていた。
秋月涼は言うべきことはもう言ったとばかりに観客に背を向け、すたすたとステージの奥へと消えていった。
(もうここにいるべき用は無いってね……私もこうしちゃいられないわね!)
そうだ! 今は私のこのウズウズとした感情を早く紙に書き起こしたい感情で一杯なんだ。
私はそう感じ、脇目も振らずにその場を後にした。
「それじゃあ凛ちゃん! 未央ちゃん! 三人とも事務所は別になっちゃうけど、友達として、 ライバルとして皆でトップアイドル目指そうね!」
「うん……卯月は765プロで、未央が961プロだったよね? 寂しくなるけど、私も頑張るから」
「うんうん! 誰が一番早くトップアイドルになれるか競争だよ! 目指せアイドルの星! なんってね」
そういって私達は別々の道を歩いていった。
思えばアイドル養成所での一年、卯月や未央がいなきゃ乗り越えられなかったかもしれない。
だけど私はそんな自分を変えたい、今までしてこなかった「何か」を見つけることが出来ればきっと私は強くなれる、だから……
「ここが……"1054プロ"……か」
ここから私の一歩が始まるんだ。
この物語はなんだか泥臭くてちょっと中二病チックなアイドル達による、バトルものの小説です。
……嘘です。