「ここが……1054プロ……」
私は予想していたよりもずっと大きなビルの前で呆然と佇むしかなかった。
(何だか凄い入りづらいな……)
周りを見渡してみると、スーツを着た大人の男の人ばかりでどうにも自分は場違いな気がした。
(早く入らなきゃ……でもここって本当に芸能事務所なの? もしかして場所間違えたんじゃ……)
私はそう考えて何度も貰った地図と周囲を見渡す。
だけどやっぱり場所は間違っていなさそうだけど、なかなか踏ん切りがつかずにキョロキョロしている私はきっと、周りからみたら相当挙動不審だろう。
私がいつまでもキョロキョロしていると、ふと後ろから声をかけられる。
「君は……ああ、アイドル候補生の子かい?」
「……!はい、そうです……ほんとにここで当ってたんだ」
――物凄くビックリしたけど何とか取り繕えたかな?
私は何とか平静を装いながら後ろを振り返ると、その声の主が見えた。
(うわ……すっごい美少年……美少女? どっちかわかんないけど凄いオーラあるなぁ)
その人物はとにかく中性的な人だった。
黒いパーカーに首元にはコウモリをあしらったチョーカー、ここまで見たら何だかロックバンドのメンバーみたいだけど、その格好に反して漂う雰囲気は綺麗に整った顔と相まって柔和なものだった。
「僕の名前は秋月涼。君は……渋谷凛君だね?」
「え? ど……どうして私の名前……」
秋月涼と名乗った人物は唐突に私の名前を口にする、その瞬間に私は少し警戒心を露にするけれど、秋月さんはすぐに弁解し始めた。
「あ、いや……実は僕もこのプロダクションのアイドルなんだ……て言っても、つい昨日デビューしたばっかりだけどね」
「ああ……それで私の名前知ってたんだ……ていうかやっぱりアイドルだったんですね」
秋月さんのその説明を聞いて私は納得した、でも……つい昨日デビューしたばっかりにはとても思えないオーラがあった、そんな疑問がつい口からこぼれてしまっていた。
「そうだったんですか……でもデビューしたばっかりには……」
「ああ……うん、それについては……」
私はそこまで口に出して、初対面の相手に何を言ってるんだと感じたときにはもう遅かった。
(や、やば! 早く謝んなきゃ)
私と秋月さんの間になんとも言えない微妙な雰囲気が流れ始めたのを感じて、私はすぐに謝罪しようと口を開きかけるけれど、それより早く秋月さんが口を開いた。
「まあ……こんなところで立ち話も何だし中に入ろうか。初めての場所だし僕が社長室まで案内するよ」
「あの……はい、ありがとうございます」
秋月さんのその申し出は凄くありがたかったけれど、謝罪するタイミングを逃してしまい、少し後悔した。
「うん、それじゃあ行こうか。ちょっと早いけれど……ようこそ、1054プロへ」
何だか一歩目からつまずいているような気がしたけれど、何はともあれ私はアイドルへの第一歩を踏み出した。
「初めまして渋谷凛さん。私が1054プロダクション取締役社長の東豪寺麗華よ、よろしくね」
秋月さんに連れられて社長室に入った私は、イメージとは全く違う社長の姿に仰天した……ていうかここにきてからビックリしてばっかりだ、私……
社長と名乗る東豪寺さんはかなりの美人で、私は最初に見たときはこの人もアイドルなのかと思ったくらいだった。
「ちなみに麗華さんは"魔王エンジェル"っていうトリオのリーダーでもあるんだよ」
そんな私の疑念を知ってか知らずか、隣に着いていてくれた秋月さんが説明をしてくれた。
どおりでオーラのある人だと思った、と私は一人で勝手に納得していた。
「それじゃあ早速ではあるんだけど、貴方の実力を見せて欲しいの。他の子達への紹介もあるから……レッスンルームへ移動しましょうか」
――え!?いきなりそんなことやるなんて聞いてないよ、そんな突然……もしかしてダメだったらデビューできないとか……
なんていう戸惑いと不安の感情が顔にも出ていたのか、またしても秋月さんからのフォローが入った。
「大丈夫だよ渋谷さん。別にそれによってどうこうなるって訳じゃないから、気を楽にして歌ってみればいい」
「そ、そうなんだ……でも緊張するな。先輩達の前で歌うなんて」
「安心して大丈夫よ、うちのアイドル達は落ち着いた子達ばかりだから……個性はかなりあるけどね」
そっか……それなら安心できるかな? 最後の方はよく聞き取れなかったけど。
「そうそう、それにアイドルに一番大事なのは度胸と根性だからね……」
「まあ涼君の場合はありすぎる位だけどね……昨日のライブの件と言い、心臓に毛でも生えてるのかしら?」
――へぇ~やっぱりアイドルには色んな要素が必要なんだ。ていうか涼君ってことはやっぱりこの人男の子だったんだ。
と、またしても私は一人で勝手に納得していた、何だかここに来てから私納得するかビックリするかのどっちかだ……
「おっと、話が逸れちゃったわね……まあ何はともあれレッスンルームへ行きましょうか」
そう言ってすたすたと歩いていく東豪寺さんの後ろを着いていった。
「涼君……また知らない女の子を連れてきて……貴方は誰?名前は?」
トレーニングルームに入るなり……私はいきなり詰め寄られた。
取り敢えず早く答えて落ち着いてもらわなきゃ……
「わ、私の名前は渋谷凛って言います……今日からこの1054プロでお世話になるアイドル候補生です……」
「あらそう……渋谷凛さん……ね。いいですか? もし半端な気持ちでアイドルになろうとしているのなら! すぐに諦めることね!」
――え、え~……そんないきなり……
とにかく私は困惑するしかなく、どうしようかと辺りを見渡すことしかできなかった。
「うーん……困ったわね……いきなり千秋に会うとはね」
「は、ははは……相変わらず千秋さんは新人には厳しいな……」
――ちょっと!二人とも見てないで助けてくださいよ!
なんだか苦笑いしながら事の成り行きを見守っている二人に対して、少し憤るけれども、千秋さんと呼ばれた人物は変わらずにこちらに詰め寄ってくる。
けれども横から聞こえてきた声によって私はこの状況から解放された。
「千秋さん……新人さんが困っていますよ……そのくらいにしてあげた方が……」
と、前髪で目が隠れた女の人が言うと千秋さんもふん!っと一度鼻を鳴らし、解放してくれた。
「渋谷凛さん……ですか……私の名前は鷺沢文香と言います……よろしくお願いしますね……」
「ありがとう文香さん。えーっと渋谷さん……その~……千秋さんも悪気がある訳じゃないんだ……あの人はプロ意識が凄く高い人だからね、千秋さんなりに心配して新人にはああやって言うんだ」
――そ、そうなんだ……とても気遣いって感じじゃなかった様な気がしたけど……
秋月さんのフォローもあってその場はそれで治まったけれど……正直あの人にも認めてもらえる様な気はあまりしなかった。
「まあ取り敢えず始めましょうか……今要るのはこの二人だけ……ね」
「渋谷さん……緊張するかとは思いますが……リラックスして……頑張ってくださいね……」
「私が見定めてあげるわ……せいぜい気を抜かずに頑張ることね」
という先輩二人からの有難い激励があったけれど、やっぱり私はさっきから緊張して体が固くなってしまっていた。
そんな私の状態を見かねたのか、秋月さんが私に近づいてきて、声をかけてくれた。
「渋谷さん……僕らが見たいのはテクニックだとかそういうのじゃなくて……君の純粋な今の気持ちを見たいんだ……渋谷さんが伝えたい気持ち……それを歌に乗せて歌うだけでいい。君は今、何を感じているんだい?」
――私の純粋な気持ち……
その言葉を聞いた時……私の頭のなかでは色んな事が浮かんできた。
――ただなんとなく生きてきた自分。
――なりたいものを見つけられた自分。
――でも、現実はうまくいかないことばかりで挫けそうだった自分。
――そんな私を支えてくれる仲間と会えた自分。
――そして今輝く世界へ飛び立とうとしている……自分。
そんなことを考えていると、私は今の気持ちを歌で伝えたい……いや、伝えなきゃ!と、そんな感情が溢れてくるのを感じる。
「そう、それでいいんだ渋谷さん……君は今とってもいい顔をしてるよ。そのままの気持ちでね……」
「私、歌います……歌って……そして、自分の気持ちをきっと皆に伝えます!」
気づいたときにはすっかり緊張は無くなっていた。
自分の体が軽くなっていくのを感じながら、私は歌い始めた。
「うん、まだまだ改善点ばかりだね」
「全然、全く、まだまだね」
「まあこんなもんよね……」
「まだまだ……レッスンが必要……ですね」
――うう……分かってはいたけど散々だ、皆の視線……特に秋月さん!さっきまでと雰囲気違い過ぎない!?
結局私は最初の勢いこそよかったものの、皆のプレッシャー……特に秋月さんの刺すような視線に耐えきれずに、段々と悪くなっていって最終的にはかなりお粗末なものになってしまった。
「うう……す、すいません……」
「落ち込むことはありません……基礎訓練をして……一年ならば……それくらいは普通です」
「え?そ、そうなんですか?」
完全に落ち込む私を鷺沢さんがそう言って励ましてくれる。
他の3人もそれと同時に私に励ましの言葉をかけてくれた。
「そうだよ渋谷さん……それに君の思いはしっかりと伝わってきた」
「ほ、本当ですか!?」
「……まあ確かに本気なのは伝わってきたわね」
「まあ、技術的な面なんかはこれから指導していくわ……涼君が」
ああ……やっぱり秋月さんがトレーナーなんだ……秋月さんだけ私を見る目が明らかに違ったしね。
「ちなみに……涼君は……アイドル兼、トレーナー兼、プロデューサー……です」
またしても私の疑念が顔に出ていたのか、鷺沢さんが私の疑問に答えてくれた。
「涼君の指導はかなり厳しいから覚悟だけはしておいた方がいいわよ」
「まあ、その程度もこなせないのならトップアイドルになんてなれないわね」
――そうなんだ……でも私だってその位じゃ絶対に諦めないよ
そう私が意思を固めていると、秋月さんが最後にこう締めくくった。
「さあ、名もなき灰かぶり【シンデレラ】達、憧れの舞踏会はもうすぐだよ!」
「りっちゃん! りっちゃん! 大変だよ→テレビ! テレビ!」
私が昨日残っていた事務仕事を片付けていると、亜美が突然部屋に入り込んできて、私にそう告げてきた。
「全く……何よ? 騒々しいわねぇ……仕事してるんだから後にしてくれない?」
「そんなこといいから! とにかくこっち来てよ!」
あまりの亜美の大慌てぶりに、少し興味がひかれて私はテレビの置いてある部屋まで亜美と一緒に移動することにした。
……そこで私が目にしたものは。
《"アイドル革命"を"1054"プロとこの僕、秋月涼が起こすことを宣言します》
「りょ……涼……」
私はそれを見た瞬間に膝から崩れ落ちた。
千秋さんはべジータ系