「お久し振りです武田さん……いえ、今はうちに凛もいるから"武田先生"って呼んだ方がいいですか?」
「来たか涼君……どうだい? 渋谷君は元気でやっているかな? といってもまだうちのスクールを出て一週間しか経っていないが……」
"武田蒼一"
今僕の目の前にいる人物だ。
まだ僕が女性アイドルとして活動をしていた時から今でもお世話になっている人だった。
「ええ、凛はとても元気でやっていますよ、それに上達も速い……さすが武田さんが"新たな世代(ニュージェネレーション)"と評するだけのことはある」
「ふふふ……どうやら涼君もわかってきたようだね」
そう、彼女はとても大きな可能性を秘めた子だ。
正直1054プロの現状から考え、実力自体は大きく見劣りしてしまうものの、基礎訓練を普通に学校へ通いながら1年間していただけとはとても思えないほどの技術もあった。
それに何より、彼女のあの歌声は恐らく天性のもの。
僕はあの声を聞いた瞬間に、この子はきっとアイドルになるべくして、天よりその才をもらったのだろうと思うほどだった。
しかし……
「しかし……もちろん欠点も見えますね。どうにも彼女は何でも一人で頑張ろうとする……それはとてもいいことですけど、その反面一人で抱え込もうとするところが見えますね。彼女は一見クールなように見えて実はかなり繊細だ」
「ほう……たった一週間でそこまであの子の事を見抜いていたか。それにしても一人で抱え込もうとする……か、それは君にも言えるんじゃないのか? 前に見たときよりも少し痩せたようにも見えるが……」
「……それは…………」
武田さんのその言葉に、僕は黙るしかなかった。
実際に僕の体重はこの一年で、既に50㎏を切りそうなほど減ってはいたし、お世辞にも健康的な生活を送っているとは言い難かったけれど。
「……これでもかなり改善した方なんですけどね。半年前よりはトレーニングの時間は3分の1くらい減らしてますし、睡眠時間も2時間ほどは多く取っていますよ」
「それでもやりすぎだ。それに今はプロデューサーとトレーナーも兼任しているだろう? 結局のところは差し引きゼロではないのか?」
うっ……それを言われると確かにそうだ。
「……まあ見たところ精神状態は1年前と比べてかなりマトモにはなっているようだがね……もう少し周りを頼ることを覚えたまえ」
「はは……肝に命じておきます。ところで武田さん、"例のもの"は今ここにありますか? 今日はそれを取りに来たんですが」
これ以上問い詰められたらまずいと思った僕は、かなり露骨に話題を反らした。
それに対して武田さんはスッと、一度目を細めるがそれ以上追及してくることはなく、僕の質問に素直に返答してくれた。
「ああ、取り敢えずは完成したものから持っていってくれ。ここに完成したものが"20曲分"ある、気に入ってくれるといいんだがね……」
「いえ、ありがとうございます。送られてくるサンプルを聞いていましたが、どれも素晴らしかったですよ。ここに来て作曲家としての"武田蒼一"は成長の最中なんじゃないかと思うほどでした」
「うん……正直自分でも驚くくらいに次々とアイデアが湧いてきてね……やはり人間と言うものは過酷な環境でこそ、更なる進化を遂げるものなのかもしれないな……」
――やっぱりこの人は頼りになる人だ。
改めてそう感じた僕は、もう一度深く頭を下げてから部屋を出ようとするが、ドアに手をかけたところで、背中から声がかかる。
「……凛君も、すぐにデビューさせるつもりなんだね?」
「……ええ、凛には来週にデビューする予定です。今、あの子に一番足りないものはステージ度胸ですからね」
「ということは……やはり"あの場所"につれていくのか?」
「……いえ、今はまだ」
僕としても、"あの場所"へ連れて行くのはとても気が向かない。
今まで他のメンバーは上手くいっていたから良かったものの、下手をすれば一生アイドルができなくなってしまうほどに、"あの場所"は危険なんだ。
とにかく、今は行くべき段階ではない。
当面は凛の成り行きを見守っていくしかないだろう。
最後に武田さんの「そうか……」という呟きを背に、僕は部屋を出た。
「ステップが遅れてる……」 「違う、そこはそうじゃない」 「もっと胸を張って」 「そこでターンだよ」「何回も言ったはずだよ……」
今日でレッスンを始めて一週間、私は未だに慣れることができないでいた。
それというのも、もちろんレッスン自体の量や質のこともあったけれど、何より涼さんの普段とのギャップについていけないことが大きかった。
背筋まで凍ってしまう様な視線と声、まるで機械のように正確な指摘にいつも心を抉られるような思いだった。
「はぁ……はぁ……」
「よし、一旦お昼休憩にしよう。お疲れ様、凛。とっても良くなって来てるよ」
「はぁ……はぁ…あ、ありがとうございました」
しかし一度レッスンが終わると、まるでスイッチが切り替わったように爽やかな笑顔を私に向けてくれる。
――ほんとに……この切り替えの早さはどうなってるんだろう?
レッスンでは容赦の欠片も見られない涼さんだけれど、普段は私達皆にとてもやさしく、いつも皆のことを気遣ってくれる。
「皆もお疲れ様! 今日は僕が皆の分のお弁当を作ってきたから、これを食べるといい」
……この通り、ほぼ毎日皆の分のお弁当まで作ってくれるくらいだ。
しかもこのお弁当がまた物凄く美味しい、もはやプロ並みと言っても過言ではなかった。
更には栄養のバランスも考えられているのか、いくら食べても太らないから驚きだ。
極めつけには疲労回復の効果のある食材でも使っているか、このお弁当を食べると疲れがとれやすいらしい。
以前このお弁当について涼さんに聞いてみたところ「ああ……ここ(1054プロ)には何でも最高のものが揃ってるから、つい凝っちゃってね」と言っていた。
……いくら良い食材を使っているからと言っても、正直あまりにも美味しすぎる、千秋さんなんて毎回涙を流しながら食べているくらいだ。
「さてと……」
「りょ、涼君……どこかへ行くのかしら?今日こそご 一緒に昼食をと思ったのだけど……」
と、そんなことを考えながらお弁当をもらいにいってると、千秋さんと涼さんの会話が聞こえてきた。
――千秋さん……すごい露骨に残念そうな顔してる
『あ~あ、またお昼のメロドラマが始まったよ……奈緒、凛。あっちで食べよ』
『お~お~! 加蓮も好きだねぇ~、凛もあっちで見学してようぜ』
そんな感じで私は加蓮と奈緒の二人についていき、一緒にご飯を食べることにする。
ちなみにこの一週間は奈緒と加蓮とほぼいつも一緒だ。
元々三人とも学校は違うが女子高生ということもあり、初日からすぐに仲良くなれた。
それからはこうしていつも一緒にご飯を食べたり、涼さんの個別レッスンの時以外は一緒にレッスンをやったりもしている。
「……涼君、あなたお昼くらいはゆっくりしていけばいいのに。……どうしても行くのかしら?」
「は、ははは……千秋さん、なにも戦場に行くわけでもあるまいし……そんな大袈裟な」
……どうやらあちらの方は、完全に二人の世界に入っているようだ。
>そっとしておこう
「それにしても大分しごかれてたなぁ……凛も疲れたろ?」
「う、うん……まあ、と言うよりかは……」
「ああ、涼はレッスン中はおっかないからね……まあ慣れだよね、慣れ」
結局のところは慣れなんだろうか……でも周りの皆を見てると、あんなに激しいレッスンを、あのプレッシャーの中で平然とやり通せることに、自分との実力の差を感じて軽く落ち込む。
「あれ? 落ち込んでんのか? 凛。そんな気にすんなって! 」
「そうだよ凛。むしろ私はむしろかなり頑張ってるほうだと……あ」
そんな風に話していると、どうやら向こうのメロドラマは美波さんと文香さんも交えて、クライマックスを迎えるところだったらしい。
「千秋さん! とにかく一旦落ち着いて……」
「千秋さん……!涼君が凄く困っていますよ」
「私は落ち着いてるわ! 涼君……涼君! ほんとに行ってしまうの?」
「だ、だからですね……ってもうこんな時間だ! すいません美波さん、文香さん後はお願いします。あと麗華さんに"荷物を取りに行く"って伝えてください、それじゃあ!」
そう言い残して涼さんは去っていった、あとに残ったのは膝から崩れ落ち、ハンカチを噛む千秋さんと、それを何とかなだめ透かす美波さんと文香さんだった。
「……ねぇ加蓮、奈緒。もしかしてあれっていっつもやってるの?」
その光景を見ていた私は思わず二人に問い掛けた。
「うーん……あたしが入った頃にはやってたからな……少なくとも半年前からはほぼ毎日?」
「ほんとに……飽きもせずよくやるよね」
「そ、そうなんだ……」
私は涼さんに軽く同情した後に、お弁当を食べ始めたところで、またしても横から声をかけられていることに気付いた。
「お疲れ様です皆さん……今は皆さん休憩ですか?」
「あっ……ありすちゃん」
「ご苦労だったな! 下界の堕天使達よ! (おつかれさまです! 皆さん! )」
「蘭子ちゃんも……今まで何してたの?」
今になって気付いたが、そういえば今日のレッスンの最中から姿が見えなかった、何か用事でもあったんだろうか。
「第三の儀式場において、神々の啓示を受託していた……(第三会議室で社長達と打ち合わせをしてました)」
「ええそうです、蘭子さんの言う通り社長達とミーティングをしていました。お三方、食事が終わったら第三会議室に来てくださいとのことです」
社長が私達を……どうしたんだろう、そう思っていると私の疑問を加蓮と奈緒が代弁してくれていた。
「うぇ……まじか、まさかお説教ってわけじゃないよな?」
「それって……どんな内容の話だったの?」
「それは……行くまでは秘密にしておけと朝比奈さんが言ってました」
「黙示録の闇! (ないしょです!)
はあ……ますますよくわからないけれど取り敢えず行ってみるしかないね、三人ともそろそろご飯は食べ終わりそうだし。
《1054プロ! デビュー決定おめでとう!》
私達3人が部屋に入った瞬間、目に映ったのはそんな文字だった。
部屋のドアを私が開けたかと思ったら、突然天井にあったくす玉がぱかん、と割れてパァン!と乾いた音まで聞こえてきたと思ったら、くす玉の中からそんな文字が見えた。
「にしし~、喜べ! 新人共! アタシら1054プロが遂に飛躍の時を迎えるのだー!」
「りん……三人とも困ってるでしょ。何で普通に言ってあげないの」
なんて言いながら私達に声をかけてきたのは、トリオユニット"魔王エンジェル"のメンバーである朝比奈りんさんと、三条ともみさんだった。
朝比奈さんには同じ名前ということもあり、気に入られて"しぶりん"と呼ばれる位の仲なんだけど……やたらとスキンシップが激しい人だし、しょっちゅう軽い悪戯をされていたので、嫌いではないけれど正直……苦手意識はあった。悪い人ではないんだけれど……
そしてその隣にいる長身の女性が三条ともみさんだ、スタイルの良さも去ることながら、クールな佇まいだけど穏やかな性格で、それにダンスの軽やかさには思わず目を見張るくらいの実力の持ち主だ、このプロダクションの人は皆尊敬できる人達だけど、その中でも私は特に、ともみさんのようなアイドルになりたいとも感じていた。
「……ていうか、デビューってもしかして……」
「遂に私達も……」
――1054プロデビュー決定って……え!?私も?
隣で加蓮と奈緒が呟いた……けれども私は正直にいうと、全く理解が追い付いてこなかった。
「ええそうよ、三人とも……というか、1054プロ全員デビュー決定よ。とりあえず、ちょっと速いけれど皆おめでとう。ついてはちょうど一週間後の日曜日にデビューライブをするから、新曲のCDも渡すから調整しておくようにね」
「よっしゃー!! 遂に……遂にデビューするんだー!」
「とうとう……ね、思えばここまで長かったわね」
なんて二人とも喜びを噛み締めている、というか……ちょっと! ちょっと待ってほしい!
「ちょ、ちょっと待ってください! ど、どうしてそんな突然……」
いくらなんでも唐突すぎる! むしろ私は平然と受け入れて喜んでる加蓮と奈緒にもビックリした。
「あー……それはね、これから説明しようと思ってたんだけどね。とりあえずこっちのVTRを見てもらえるかしら」
麗華さんがリモコンをピッピッと操作すると、会議室正面のスクリーンに映像が写し出された。
――この映像……ライブ? ……って! 涼さん!?
スクリーンの中では、ライブ会場と思われるところで歌う涼さんの姿が映し出されていた。
しかし、それはライブと言うにはあまりにも以上だ。
まず客席があまりにも静まり返っている、それは観客達が緊張しているからなのだと、スクリーン越しにもわかった。
『優しさ「欲しい」と思ってる?やっぱあんたにゃ――』
そしてステージの上でパフォーマンスをする涼さんだけど……
――なんて迫力……まるで魂を抜かれるみたい……
正に圧巻と言えるライブだった。
私はただ、腰を抜かさないようにその場に釘付けになり、スクリーンを凝視するしかなかった。
「お~、お~?涼の奴また一段と腕あげたな!」
「相変わらず、あいつはステージに立つと別人だよね」
「こういう機会でもないと涼ちんの本気って見れないよね~。何だかんだあの子秘密主義っぽいとこあるし」
「……涼君こわい」
――本物のアイドルは……歌って……歌って踊るだけでこんなに世界を作れるんだ
私の周りに雑音は何一つ無かった。
ただ私の耳に聞こえてくるのは涼さんの歌声だけ。
私の目に余計なものは映らなかった。
ただ私の目に見えてくるのは涼さんのステップだけ。
私はもしかしたら生まれて初めて"魅了される"というのを体感したかもしれない。
そう……だから私は、周りの言っていることを全く聞いていなかった。
……最後の麗華さんの衝撃的な発言以外は。
「――というわけで、これからライブ当日までユニットを組むことになる貴女達三人には、涼君のところで泊まり込みをして特訓してもらいます。しっかり凛ちゃんをフォローしてあげてね」
――て! 嘘でしょ!?
今回の件で私が学んだことは「人の話は集中して聞きましょう」という教訓だった。
※独自設定で武田さんがアイドル養成所の創設者となっています。