「秋月涼、か ……ふん! 過去の亡霊が今更ノコノコと」
その男、黒井崇男は不機嫌そうにそう呟くものの、その顔や態度はどこか満足気であった。
その男の居座る部屋は広大にして長大、とても個人の部屋とは思えないほどの豪奢さを感じさせるものとなっており、正に「玉座」と呼ぶに相応しいものだった。
「ふっ! 王に必要なものは"試練"だ。お前もそうは思わんか?」
黒井はまたしても不遜な態度でふん! と鼻を鳴らし、この部屋に居るもうひとつの人物に声をかける。
「なぁ……"玲音"」
そう言って黒井が問い掛けるのは、金を基調としたグラデーションのかかった髪に、左右で色の異なる瞳を有した長身の女性。
961プロが世界へ誇る"オーバーランク"アイドルである"神泉玲音"だった。
「ふふ……随分とご執心みたいだね。あの子のこと、そんなにお気に入りなの?」
「……今更お前に隠し事はせん。ああ、奴は正真正銘私の最後にして、最強の"最高傑作"となる男だ」
黒井のその言葉に、玲音は驚きとも感心ともつかない息を洩らした。
「へえ、これはほんとに……"氷の男"って呼ばれてた黒井社長もこの一年で丸くなったものね~」
玲音のその言葉に黒井は沈黙で返す、その態度にまたしても「は~ん」と声を洩らし、こう続けた。
「最近では随分と仲間も増えたみたいじゃん? それもやっぱりあの子のため?」
「勘違いをするな……"王"となる者には"駒"を指揮する才能も必要だというだけだ」
黒井の言葉に対して、玲音は更に続けて得意気な調子で言葉を重ねていく。
「ほんとに素直じゃないよね~。黒井社長って今まで"駒"に対して全力注いでたじゃん、それって……」
「断じて違う! 私は完璧主義なだけだ……妥協を許さんだけだ」
黒井が激昂するのを感じた玲音はやれやれと言った風情で「勘弁してあげますか」と呟き、仕方ないと言った感じで話を変える。
「それにしても、あなたがそこまで力を入れてるあの子達に完勝した"秋月涼"って何者なの? 確か一年前までは女性トップアイドルの筆頭候補だったよね……」
「ふん! ああそうだ、一年前まではな……」
いつもの調子を取り戻したのか、再び不遜な態度で秋月涼について語り始めていった。
「今の奴は"過去の亡霊"……と呼ぶべきだろう。さしずめ芸能界の"負の感情の具現化"……とも言うべきか」
という黒井の発言に、なにか興味を引くところがあったのか、玲音は黒井へ質問を投げ掛ける。
「へぇ……でも実力は本物なんでしょ? 男性アイドルとしては今の段階でも世界で通用するって言われてる、《Jupiter》に単独で勝つ位なんだから……放っておいてもいいの? もしかして秋月涼も、あなたの言う"王の器"なんじゃないの?」
「ああ……奴の実力は確かに本物だろう。しかし……奴は"今のままでは"私が直接手を下さずとも勝手に潰れるだろうな。無論そんな奴を"王の器"とは呼べんな」
玲音は相変わらず「ふ~ん」と興味深そうに呟き、こう考えるのであった。
("今のままでは"……ねぇ。ほんとに丸くなったものね)
「なんだって!? 冬馬……お前"秋月涼"も知らなかったのか……」
「冬馬くん……まさかそこまでとは……」
レッスン終了後の帰り道、俺達961プロの面々は翔太の発案で行きつけの喫茶店に来ていた。
そこで俺は気になっていた俺達を負かしたアイドルについて質問をしたんだが……どうやら知らなかったのは俺だけらしかった。
「あのなぁ……大して詳しくないアタシですら知ってるくらいの奴だぞ」
「う~ん、さすがにそれはやばいですよ……先輩」
「同じアイドルを知ることも大事なことだよ! 冬馬君」
そんな俺に対して向井、本田、多田からも突っ込みが入る。
そこまで総突っ込みを食らうと、さすがの俺でも少し反省し、秋月涼についてのことを教えてもらおうと思った。
「う……すまねぇ。でもその秋月涼って奴はどんな奴なんだ?」
「確か人気絶頂の時は、何かの雑誌の企画で"お嫁さんにしたいアイドル"No.1だったような……」
「あの頃は"1家に1台秋月涼"って言われる位の家事スキルだったらしいよ。杏の家にも居れば面倒くさいこと全部やってくれんのになぁ……」
「きらりも涼ちゃんをお手本に女子力を磨いてたにぃ!」
……とのことらしいが、どうにも腑に落ちねぇ。
とても話に聞くようなイメージでもねぇし、そもそもあいつは男性アイドルとしてエントリーしてる。
話を聞きながら悩んでいると、ちょうど良いタイミングで先日のオーディションバトルの映像が、備え付けの小さなテレビから流れてきた。
「あ! これ前のオーディションバトルじゃん、今日放送だったんだ……しかもちょうど秋月涼のステージだよ」
多田のその声によって、場にいる全員で注目する。
俺も改めて注視したんだか……
「うーん……」
疑問は深まっていくだけだった。
俺以外の面々も、あまりの変貌ぶりに驚きの声をあげている。
「う~ん、どう考えてもおかしいぞこりゃ……性別まで変わってるなんてな」
「いや、性別が変わったわけじゃ無いだろう……常識的に考えて」
「「「「「「「「「「うーん……」」」」」」」」」」
やはり謎は深まるばかりだ。
とは言うものの……
「わかんねぇことをウジウジ悩んでも仕方ねぇ! 飯食うぞ! 飯!」
「あまとう……お前……」
俺が立ち上がり、そう告げると一瞬静まり返り、次の瞬間堰を切ったようにわっ! とあちこちから声があがる。
「よしきた! 今日はあまとうのおごりらしいぞ! 折角だから杏はこの"マジカルキャンディーパフェ"を選ぶぜ」
「よっしゃ! それじゃあアタシはこの"ロックンロールステーキ・夜露死苦盛り"だ!」
「やったあ☆トーマ君太っ腹☆アタシは"カブトエキス入りゼリー"でよろしくね☆」
「莉嘉……アンタそんなの食べたらお腹壊すよ?」
「だあー!! ちょっと待てお前ら! 誰もおごるなんて一言も言ってねぇだろうが!」
ふざけんな! こいつら全員分おごるなんて一体いくらかかると思ってんだ!
「まーまー! そう固いこと言わないで。売れっ子なんですから良いじゃないですかアマツカミ先輩」
「だから天ヶ瀬だっつってんだろ!」
……結局俺がおごる羽目になった……チクショウ。
「……あのねぇ君たち、いくらなんでも僕らが一緒の部屋に泊まる訳が無いだろう? 隣の部屋が空いてるから一週間はそっちで生活してね、家賃は振り込んであるし食事は僕の部屋の方ですればいい」
……まあ普通に考えてそうだよね。うん、正直あんなに動揺してた私達がどうかしてた。
「は、あははは! そ、そうだよな! なーに緊張してんだよ、凛!」
「だから言ったでしょ……あとあんたが一番動揺してたからね」
取り敢えず、そんなこんなで私達は荷物を自分達の部屋へ置き、再び涼さんの部屋へ集合した。
そこで大まかな特訓の計画を発表するらしいんだけど……
「それじゃあ特訓の内容なんだけれど……内容は大きく分けて二つだ、それは……」
……普段あれだけ厳しいトレーニングなんだ……きっと特訓と言うくらいなんだから生半可なものじゃないはず。
流石の加蓮と奈緒でもどんなものかは全く見当がつかないらしく、ごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。
そして涼さんから、衝撃のレッスン内容を伝えられる……
「まず一つ目は……三人にはこれから"片時も"離れずに生活を送ってもらうよ」
……え? それだけ? 何て言うか、普通?
加蓮と奈緒の反応も私と同じく、どこか拍子抜けした様子だ。
「なんだ……特訓って言うくらいだからどんなもんかと思ったけど……」
「なんだよぉ……勿体ぶってた割には全然普通じゃんか……」
「ふふ……まあ、やってみれば分かるさ」
そんな私達の反応に、涼さんは不敵な笑みを浮かべる。
それに対して私は何か不吉なものを感じるけれど、やっぱりそんなにキツイことだとはとても思えなかった。
でも二つ目の特訓がヤバイのかも……
そう思って次のレッスン内容を聞いてみるけれど、別段そちらも驚くようなものでは無かった。
「二つ目の特訓内容についてだけど……ライブで歌う曲を"一日中"流すから聞いて覚えるんだ」
……え? それだけ?
無論、涼さんに言われなくても覚えるつもりだった。
たったの一週間で曲をマスターしなくちゃいけないんだから、当然1週間ずっと聞いて覚えるつもりだ、やっぱり普通のことばかりで拍子抜けしてしまう。
やっぱり二人も気の抜けたような声を漏らしているが……
「さて、それじゃあ早速だけど始めるよ……」
どうにも予想していたものと違い、今一テンションの上がらないまま、私達三人の特訓が始まった。
「いたたたた! 加蓮! あんまそっち行くな! 引っ張られる!」
『~~!! ~~~!!」
「いや! ちょ! これうるさすぎだって! ちょっと凛! このCD止めて!」
「だめ! どういう仕組みか分かんないけど止まんないよ……てっ!」
「「「うわあぁぁ!」」」
爆音でBGMが鳴り響く部屋の中紐が足に絡まり、三人とも盛大にずっこける。
私達三人は現在、伸縮性のある紐で足を結ばれ、三人四脚の状態での生活を余儀なくされている。
しかも部屋のどこへ行っても同じ曲が爆音で流れている、まだこの特訓が始まってから2時間しか始まってないけれど、早くもノイローゼになってしまいそうだ……
「こんなんで一週間もやってけるのかよぉ……」
奈緒のその呟きには私も全面的に同意だった……
「はい、麗華さん……どうしました? えぇ……えぇ……大丈夫ですよ、正直凛のレベルをあの二人に合わせるよりは二人を凛のレベルに合わせる方が現実的ですからね……え? プライベートの侵害? ははは……やだなあ麗華さん、僕のデビュー当初に比べればこんなもの……えぇ、完璧に仕上げますよ。え? 千秋さんが血の涙流してる? ……それについては何とかしておいてください……それじゃあ」
僕は麗華さんとの通話を終え、先程送られてきた来週のライブについての資料に目を通し、メンバーの一覧表に目をやる。
"トライアドプリムス(渋谷凛、北条加蓮、神谷奈緒)"
"橘ありす"
"神崎蘭子"
"新田美波"
"鷺沢文香"
"黒川千秋"
"魔王エンジェル(東豪寺麗華、三条ともみ、朝比奈りん)"
"秋月涼"
……これで計画の第一段階は全て完了した。後は……
「僕が……僕らがこの世界を輝く舞台へ……そして、もう誰も泣かないように……」
……久しぶりの充足感を感じ、僕は決意を口にした。
※玲音の名字は当て字です。