「失礼します高木社長、石川です」
私がドアを三回ノックすると、中から「入りたまえ」という高木社長の返事が返ってくる。
私はその声を聞き、手に持ったいくつかの資料をちらりと確認し、部屋へと入る。
「…………」
普段は正面からでもあまり表情の分かりにくい顔付きの高木社長ではあったが、今はハッキリと苦悩の色が表情に窺えた。
「社長、涼の件ですが。集められるだけの資料は集めました。こちらです」
私は持参してきた数枚の写真と書類を社長へと差し出すと、社長は「ありがとう」と一言呟き、資料を確認していく。
……十数分の沈黙の後、社長は「……ふぅ」と嘆息し、パサリト資料を机の上へ置くと、またしても黙り込んでしまう。
このままでは話が進まないと思い、私はまずは軽いところから聞いていこうと思い立ち、言葉に出していく。
「……事務所の子達はどんな様子ですか?」
「……新人の子達には驚きこそあったものの、特にこれと言ったことはない。……だがやはり古株の子達にはな……」
「……」
社長はそこで言葉を切るが、その後に続く言葉はどんなものか? 私は容易に想像がついた。
「反応は様々だがね……千早君の様にただ純粋に心配する子もいれば、真君の様に殴り込みを掛けてでも真意を聞こうとする子もいるし、貴音君の様に何かを感じ取ったらしい様子の子もいる」
社長はそこでまた言葉を切り重苦しく息をつき、一拍をおいてから言葉を続ける。
「……特に律子君は相当にショックだったようだ。表面上は何とも無さそうな顔をしているがね……」
「……やはりそうでしたか。……愛と絵里の様子は?」
「ああ、それだけが救いだね。二人とも色々と思うところはあるだろうが、とにかく今は喜びの方が強いようだ」
「……そうですか、それは重畳です」
……この話はこれ以上しても仕方ないと思った私は、そこで会話を一旦終わらせ、次の話題へと移行するため、口を開く。
「……話は変わりますが、涼を含めた1054プロのメンバー……こちらについてはどうお考えですか?」
「……それについては先日のデビューイベントのOAを直接見るまで何とも言えないが……私も小耳に挟んだ情報と、この資料から推測するしかないが……実力は驚嘆すべきものだろう」
「……」
それについては私も同意見だ、涼の実力は勿論のこと、断片的な情報にはなるが、いずれもとてもではないがデビュー直後のアイドルとは思えない実力者達らしいことは窺える。
「順を追っていくことになるが……まずは"トライアドプリムス"の三人、チームワークが抜群にいい。Vo、Da、Viのバランスが奇跡的なまでに噛み合っているのはこの資料を見ても分かる通りだが……それ以上のものを感じるよ。特に、この渋谷凛君等は1054プロに入り間もないらしいが、何故そこまでのチームワークを発揮できるのかまでは分からんがね……」
「……なるほど」
私は何ともない雰囲気で返答はしたものの、内心では高木社長の人を見る眼に舌を巻く。
断片的な情報とお粗末な資料だけでここまで人の内面を掘り下げるのは、やはり天才としか言い様がない。
「……次に橘ありす君だが、プレティーンのアイドル自体が少ないというのにこの完成度……発見し、ここまで育て上げた人物とトレーナーは称賛に値するだろうね」
……高木社長をしてそこまで言わしめる人物……一体何者だろうか?
しかしそれについての情報は全く無いので、ここで考えたところで答は出ないだろう。
「そして神崎蘭子君だ……彼女は独特の世界観を造り上げ、観客をそこへ引きずり込む……ここまでの世界観を造り上げられるアイドルは、アイドル界広しと言えど
彼女程の子はいないだろう。これは彼女をこの方向性でデビューさせたプロデューサーの英断だね」
聞けば聞くほど1054プロはアイドル以外でも層が厚い事が窺える。
余談ではあるが、それ以外にもライブにおける情報統制や公報も完璧だった。
……やはり1054プロという名は偶然ではなく、間違いなく巨大財閥の東豪寺財閥と関係があると考えるのが妥当だろう。
――閑話休題
私はそこで思考を打ち切り、高木社長の話に再び傾聴する。
「新田美波君……全てが高水準でまとまっていながら、とにかく欠点が無い。……性格までは分からんが、うちで言えば星井君に近いタイプの天才型だろうね」
……今更ながら社長の言葉を聞きながら、1054プロには天才しかいないのか?と思わないことも無かったが、アイドルの層の厚さで言えばうち(765)も負けていないと思い直す。
「……鷺沢文香君。彼女も先述の神崎君とは別の意味で独特の世界観を持っている子だ、物静かな雰囲気にストーリー性を感じさせるボーカルは聞くものを酔いしれさせるのだろう……」
「…………」
「そしてここからなんだか……」
そうここからが問題なのだ。
ここまでのメンバーならば、正直765プロを含めた他のプロダクションでも太刀打ちできるレベルなのだが……
ここからのメンバーは、実力もさることながらある種の危険性を秘めた者達だ。
圧倒的な実力とオーラで、対峙する者の闘志を根こそぎ奪い尽くす……そんなメンバーなのだが……
正直考えるだけで頭を抱えたくなるようなことばかりだが、本当に頭を抱え込む訳にもいかないので、改めて社長の話に耳を傾けることにする。
「まずは黒川千秋君……かつて"黒真珠"と評されたBランクのアイドルだ。彼女には天賦の才もあり、また生粋の努力家でもある。Bランクの頃から次世代のトップアイドルと評されていたが……スランプでもあったのかメッキリ表には出なくなり、そして1054プロでのデビューに至るわけだが、"黒真珠"の耀きは以前よりも増しているようだね」
やはり黒川千秋とはあの"黒真珠"で間違いなかったのね……
正直最初に話を聞いた時は冗談か何かかと思ったけれど。
……いくら調子を落としていた頃とは言え、あの黒川千秋を引き抜いてこれた人物には驚嘆するばかりね。
「そして次に"魔王エンジェル"。彼女達は元は"幸運エンジェル"というユニットで、今のイメージとは真逆の、とてもクリーンなイメージのアイドルだったが……今はまるで飢えた獣のようなユニットと化した。アイドル活動を再開する以前から黒い噂の絶えない彼女達だったが、その圧倒的なまでに狂暴なパフォーマンスに、ファン達も獣と化し、彼女達のファンを指して"狂信者"と呼ばれているらしい」
"魔王エンジェル"
唯一1054プロの結成ライブ以前からフリーで活動しており、今回の1054プロ結成ライブで正式に1054プロ入りを果たしたユニットだ。
素行の悪さが原因で、今はBランクに甘んじてはいるがいずれはAランクに届く日も近いと評されている。
……狂暴さと危険度ならばこの"魔王エンジェル"が筆頭となるだろう。
「さて、次は……君もよくご存知だと思うが」
「ええ……涼、ですね」
そう、この再デビュー組で一番"変わった"のは他でも無い、涼だろう。
何故こうなってしまったのか……見当はいくつも思い当たるが、今の高木社長からの評論を、私への審判だと思い聞くことにしよう。
「……秋月涼君。元は女性アイドルとして随一の実力があり、トップアイドルも間近だった。……今は男性アイドルとして返り咲き、以前には無かった圧倒的なオーラと実力を持って再デビューし、見る者を骨抜きにする。……正直私も961主催のオーディションの映像を見た時は思わず魅了されてしまったよ。その妖しい魅力は男性も女性も関係無く魅了してしまい、以前からの男性ファンの後押しもあり、最早その人気は再デビュー1ヶ月も経たない内にSランクの称号を与えても良いのでは無いかと評議会でも言われているよ」
「……社長、ですが……」
それだけなら私も何も言うことはない。
むしろその成功を喜ぶところだ……
だけど……
「そうだ……今の秋月君はとても"悲しい眼"をしているよ。憎しみ……のように感じられるが、いずれにせよ悲壮な決意を感じさせる眼だ……」
「……高木社長。私は涼に対する言葉を持てませんが。ただ一つ言えるのは彼女……いえ彼は憎しみでライブに立つような……そんなアイドルではありません」
そう、涼は決してそんな子では無い……私はむしろ自分に言い聞かせるようにそう言った。
……私が涼にしてきたことを考えればどの口が言うのか? というところだが、涼は決してそんなアイドルでは無いことだけは、今でも信じている。
「……そうだね、君がそこまで言うのならきっとそうなのだろう。だが秋月君がJupiterに喧嘩を吹っ掛けるような行為をしたのも事実だ……警戒だけはしなければならない。わかるね?」
……それは勿論社長の言う通りだろう。
けれどようやく表に出てきた涼に、愛や絵里達を会わせてあげられないのはとても気掛かりだ。
それにきっとこんなことになってしまったのは全て私のせいだろう。
……だからせめて皆を会わせてやりたいと思うのは、きっと私の身勝手な罪悪感のせいなのだろう。
「……わかりました」
私はモヤモヤとした気持ちのまま社長の部屋を出る。
「…………」
廊下から見える窓の外は天気予報とは正反対の、昏い暗雲が立ち込めていた。
「……いよいよ始まったね、涼君」
「…………」
僕は涼君にそう投げ掛けると、涼君は何かを押し殺すようにうつ向き、僕の言葉に沈黙で返答する。
「……涼君。今ならまだ引き返せるんだ、手遅れなんてことは決してない。君にはまだ――」
「武田さん……」
僕がそこまで話していると、涼君は唐突に僕の言葉をピシャリと遮り、言葉を紡いでいく。
「……僕は正直に言うと、今のアイドル活動は楽しいと思っています。それはきっと765プロのアイドルの皆さんや、僕がバトルをした961プロの人達もそうでしょう。……でもね、忘れた訳じゃないでしょう武田さん? 今、僕達が笑顔でいられるのは……」
「ああ、片時も忘れた事は無いよ。"一年前"にそのことを痛感した時にね……」
そう、その通りだ涼君。
……だがそれは君が背負う必要の無いものだ。
だが言ったところで君は是とはしないだろうね。
そんな君だからこそ、今こうして苦しんでいるのだから……
「……ねえ武田さん。"夢"ってなんだと思いますか? ……僕はね、こう思うんですよ。"夢"は"呪い"と一緒だって。喪われた"夢"は……見ることのできなくなってしまった"夢"は、やがて"呪い"に変わっていくって、そう思うんですよ。」
「……ああ、そうだね。僕らが今、泡沫(うたかた)の"夢"を見ていられるのも何千、何万と折り重なった"呪い"の上にいるんだろうね。」
「……"夢"を見られなくなった人、"夢"に裏切られた人。僕は夢子ちゃん以外にもこの一年でたくさん見てきました。……けれど"夢"を支えていく筈の大人達は何も助けてはくれない。だったら僕がなんとかするしかない……せめて"夢"を見ていられる位にはね」
「……どうしても決意は変わらないようだね」
……涼君の悲壮な決意は固い。
一年前にも同じ様な話を涼君からは聞いていたが、今でもその気持ちは全く……いやむしろ強くなっているくらいの様だ。
僕がそれを改めて確認していると、涼君は先程まで伏せられいた顔をフッと上げる。
「 ! !」
僕は涼君のその表情に、思わず背筋が凍りついたような寒気を感じる。
「……僕がやらなくちゃいけない……僕が、"夢"を"呪い"になんてさせないように……だからね武田さん、二度と僕にふざけたことを聞かないでください」
「……ああ、僕は僕でしっかりと"贖罪"をしなければならない。……すまなかったね」
涼君をこんな風にしてしまったのは、僕達大人の責任だ……
だからせめて、大人の中で僕だけは君の味方でいよう。
……そうする事が僕の"贖罪"でもある。
「…………」
「…………」
……僕らの間には、ただ虚しい沈黙がいつまでも木霊するだけだ。
無言でこちらを見やる涼君の眼は、まるで"呪われているように"昏く、妖しい光を放っていた……
優等生・経験豊富=何でもそつなくこなせる=天才
私の中での新田さんへの評価はこんな感じです。
……あと一番エロイと思う。