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八神はやてには四人の守護騎士がいる。
そのうちの一人、シャマルは管理局の医療現場で働いている。ショートの金髪でスタイルも器量もいい女性の騎士だ。ピンクの髪が特徴のシグナムのような血の気の多い騎士とは違い温厚な人物である。
時空管理局の個室、昼下がりに八神はやてはシャマルとシグナムを念話で呼び出した。
夜天の書の騎士である二人は主であるはやてに逆らうことは出来ない。もっとも八神はやてが彼等、守護騎士たちをぞんざいに扱ったことはない。心から、それこそ心酔するほどでなければ、忠誠とは名ばかりのものになってしまうからだ。
そんなわけで招集された時は、二人ともそれなりの心持で訪れたのだが――
「これは……」
部屋に入ったシグナムが目撃したのは、色とりどりの料理を囲うように皿を並べるはやてと、箸を一本一本全身で運ぶリィンフォース・ツヴァイの姿だった。
「えっと」
これはどういうことか、立ち尽くすシグナムはそう言いたかったのだろう。
一方、シャマルは、はやてのしたいこと汲み取ると、その支度の手伝いを始めた――器量がいいとはこういうことだ。
「このまえ、終夜君がフェイトちゃんにお弁当作ってるの見て、それで久しぶりに頑張ってみたんよ。そしたら作り過ぎてしもうて、食べていかへんか?」
「そうでしたか……、わかりました。御一緒させていただきます」
シグナムは守護騎士たちの中でも最も古く格式を重んじている。主である八神はやてに対しては、いつもこういった言葉使いをしている。彼女はそうした自分の行動に誇りを持っているし、それと同じくらい主に心酔していた。しかし、それでも打ち解けようとしないわけではない。彼女の望むことは主八神はやてが望むことなのだから。
「終夜君は呼ばなかったんですか?」
はやてにシャマルがそれとなくした質問に、シグナムはつい反応してしまった。顔を少し上げただけなので本人以外は気にしていないようだったが、終夜について改めて考えさせられる機会が出来てしまった。
「なんか大事な用事が出来たー、とか行って断られてしまったんよ」
こんな美少女がご飯に誘っているのに、とため息交じりにはやてが愚痴を付け加えた。
夜天の守護騎士とその主のほとんどは終夜と言う存在にそれほど危機感を感じていない。
危機感と言うと語弊があるかもしれない。砕いて言えば『あやうさ』だろうか、その微妙なバランスを今のところ感じ取っているのはシグナムだけだ。
シグナムからすれば、彼は掴みどころのない水のような存在で、しかしながら風のように軽くない、どこか実態を帯びているものだ。問題なのはその色(・)が見えないということで――濁っているのか、透き通っているのか、赤なのか青なのか――実体があるというのにその中身がなんだかわからないのだ。
しかし、彼が関わってきて問題になるようなことは今のところ一つもない。実際に主である八神はやてのお気に入りでもある。シグナムが抱いているその違和感も次第に薄れていっている。
それでも反応してしまうのは正直自分でもよく分からない。
強いて言うなら彼が彼女の主である八神はやてに初めて会った時に言った一言が頭から離れないからなのだろう。
「自分が持つ力を困っている人のために役立てたい、それが私のできるせめてもの償い」
どういった話の流れがあったかはうろ覚えだが、はやてが終夜に自分が管理局で務めている理由を打ち明けた。高町なのはの旧友であることからつい闇の書事件のことも話してしまった、その後だったと思う。
「素晴らしい志だ、尊敬に値する――けど、間違っている。償いなんてものはそもそも出来ない。事象が過去に戻せるのなら話は別だけど、一度背負った十字架は一生下ろすことは出来ないよ。君のために消えたその友人(リィンフォース・アイン)もそう言いたかったじゃないかな」
そう言って八神はやてが取り出していたデバイス、騎士杖『シュベルトクロイツ』を指さした終夜の顔面を、突発的に殴った彼女の記憶は新しい。
ところが、夜天の書の主は彼女たちが思っている以上に心が強かった。
はやては終夜の言葉を受け入れ「ごめんなさい、それでも――」と手を差し出し、終夜は「いや、すまない……君は強いな」そう言って手を取った。
それを見たシグナムは自分の行動を反省した。
当時、そんなことを正面切って言える人間はいなかった。友人たちでさえ滅多に触れることはなかったというのに、終夜は、知り合ったばかり(・・・・・・・・)という立場をうまく使って聞いてくれたのだ。少女の意志がどれほどのものなのかを。
その後の八神はやての終夜への懐きぶりは例に見ないもので。、しばしばハラオウン家を訪れてはちょっかいを出しに行っているというのが現状だ。
「はい、シグナムの」
昔のことに思いふけって座っているシグナムの前に料理が盛られた小皿が差し出された。はやてがみんなの分を取り分けているようで、自分が最後だということに遅からず気付いた。
「あ……、すいません」
「そういう時はありがとう、って言うんよ」
つい謝りながら皿を受け取ったシグナムに、はやてが人差し指を立てながら注意した。
――どこかで聞いた台詞だが……、いいことなのだろうな
黒髪の青年が同じようなことをフェイトに言っていたことをシグナムは思い出した。
彼は今どこで何をしているのだろう。
◆
次元管理局地上本部はセキュリティーの大半を機械に任せている。そして、その多種多様な防衛機械を統制、管理し、難攻不落の要塞とたらしめているのがサーバールームにあるメインコンピューターだ。外部(・・)からの攻撃は全く通じないと言って良い。出来るとすれば、それこそ巨大な組織形体と潤沢な資金が必要になってくる。今の青年には到底不可能と言うことになるだろう。
「がっ……」
声にならない声が短く吐き出される。おそらく被害にあった当人は何が起こったか分からないまま深淵に落ちていったに違いない――そうして青年はメンテナンス会社から来た最後の一人を気絶させた。
十数人が青年の足元で力なく倒れている。青年は同じような作業を何度も繰り返したようだ。
「月詠」
サーバールームには整列したコンピューターがいくつも並んでいて、それらは常時データを計算し、処理し続けている。ここが管理局防衛システムの頭脳そのものだ。人が頻繁に出入りするような場所ではないので、薄暗く、もし突然誰かが現れても気付きにくいだろう。
まるで深淵な森の中に住んでいる妖精のように彼女は現れた。機械が発する僅かな光が淡桃の唇を紫に変色させていることしかわからない。髪は、おそらく黒かそれに近い色だろう。黒いスーツで上下を揃えているがネクタイはつけていないようだ。女性だとわかったのは、胸のふくらみが顕著に表れていたからだ。
「はっ……、ここに」
月詠と呼ばれた女性は、短くはっきりと返事をした。右手を左胸に当てて。
「ここでの仕事はお前に任せる、計画通りに進めろ」
青年が足元のボストンバッグの底から愛銃を取り出しながら命令した。
「承知いたしました」
そうして女性は青年の足元に転がっているボストンバッグを拾い上げ、再び闇の中に消えていった。
その場から無くなったのはボストンバックだけではない。気が付けば、部屋には青年一人しか残っていなかった。先程まで床に寝転がっていた人たちの姿はもうない。
――流石、仕事が早い……
「さて――」
愛銃を背中に回し、ベルトに挿し込む。灰色の作業着が少し目立つかもしれない。どこかで誰かに拝借させてもらう必要がある。それまでは顔を見られるわけにはいかない。青年は帽子を深くかぶった。
――こちら側(・・・・)が俺の日常だ、集中しろ、いつも通りだ
「――始めよう」
帽子から僅かに覗く青年の瞳は深く、そしてなによりも冷たい。まるでスイッチを切り替えたように、青年の雰囲気はがらりと変わっていた。
黒髪の青年――暁終夜は、生粋の殺人者、プロの殺し屋だ。
――log-out……
さて次が序章のクライマックスといったところです。
次回もよろしくお願いします。