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ガラスの破片が落ち切る前に部屋に新たな侵入者が参戦した。侵入者は扉に身を隠していたフェイトの前に膝をつき着地する。
蒼い騎士が戦場に降り立った。
濃い青をベースに甲冑の縁などは白で装飾されている。西洋風の騎士甲冑だが、腰に差さっているものは鞘に収まる日本刀だった。和洋折衷の騎士が顔を上げると鋭い瞳がフェイトを貫いた。
「ランケア三佐……っ!?」
鈍い金属音が三回、一瞬の出来事だった。
「後ろから撃つんじゃねえよ」
切断された45口径の弾丸がガラスと共に地面に落ちる。
銃弾をたたき切ったランケアは抜いた日本刀を斜めに凪いだ。
銃弾をたたき切られたからと言って、終夜に焦りの色は見えない。いつの間にか被ったガスマスクのせいではない、纏う空気にまだ余裕があるように見えるのだ。
「上の階から飛び込んできたのか?」
機械的な声だった。ガスマスクには変成器の機能もついているのだろう。
終夜は空になったマガジンを地面に落とすと新しいそれを手際よくsw1911に詰めた。手元は見ていない。それだけで終夜がどれだけ銃を扱ってきたかわかる。
「串刺しにしたと思ったんだがな」
そう言ったランケアが乱立する氷の氷柱に触れるとすべてが弾けた。
氷が宙を舞う中、二人はゆっくりと動く。
「厄介な能力だ。悪いが逃げさせてもらうとしよう」
「させるか……」
ガラスがなくなった窓から身を投げた終夜の後をランケアが追う。
フェイトの見たままを告げればそこからはほとんど残像だった。とてもじゃないが自分が入っていけるレベルではない、少なくともそれくらいは分かった。
ガラス窓から空に飛びだした二人は黒と白の軌跡を描きながら、何度も何度もぶつかっているようだった。
時に並行するように、時に絡み合うように。白い軌跡が黒い軌跡を追いかけている。
「あ……」
白が追いついたのを見て、窓に駆け寄っていたフェイトは思わず声を漏らした。
二つの光が同時に距離をとる。
「――くっ……」
終夜が空中で膝をついた。体中に切り傷が見える。大した傷には見えないが、状況はかんばしくないようだ。
終夜はランケアと戦闘する前から既に左手を負傷している。
だがランケアを背後から撃った終夜からすれば、そんなことは言い訳に過ぎない。彼にとって戦いとは過酷であり、そして常に自分を傷付けるものだと知っているからだ。
「終わりだ」
対面して離れていた無傷のランケアがそう呟いた。
抜身の日本刀の先を右下に向け、腰をかがめる。勢いをつけ、この戦いを一気に終わらせるつもりだ。
――終夜……!?
フェイトは驚きを隠せなかった。
未だ立てずにいる終夜が自分の武器であるsw1911を胸にしまい――それはまるで、戦いをあきらめているように見えたからだ。ガスマスクの上からではどんな表情をしているかはわからない。
このままだと終夜が負けてしまう――そう思うと頭の中身が真っ白になる。気が付けば、フェイトはバルディッシュをランケアに向けていた。
ランケアの刀に淡い光が徐々に集まってきている。ランケアの刀はアームドデバイスだ。非殺傷に設定されているはずだが、今のフェイトにとってそれはどうでもいいことだった。
許されざる境界線を越えそうになっていたフェイトだったが、結果から言うと、バルディッシュの矛先は地面に降ろされた。
もし、もしフェイトが一目でも終夜を見ていなかったら、ランケアに向けて攻撃を加えていたかもしれない。けれど彼女は見てしまったのだ。未だ余裕を振りまく終夜の姿を。
「なんだよ、やっぱり強いじゃないか」
終夜は、グランドで転んだ後のように服の埃を払うと静かに立ち上がった。
「おとなしく座ってろ、かなり斬ってやったはずだ」
光る刀を握りながらランケアも冷静に受ける。彼が終夜の体を切ったのは17回普通の人間なら動けないはずだ。ランケアは終夜のことを普通だとは思っていなかったが、それでもこれ以上戦闘を続けられるとは考えていなかった。
「あ? あぁ、結構、痛かった痛かった。でも掠り傷だ」
両腕を大きく広げた終夜はランケアを見据えながら言った。機械的なはずなのにその声は優々としている。
「掠り傷か、その強がりがどこまで続くかな――ブレイド」
『Sir, Yes sir. 』
ランケアのデバイスであるブレイドの刃が怪しく光る。ガスマスクをかぶったままの終夜に狙いを定め、刃先にその姿を映していた。
フェイトの視界からランケアの姿が消えた。
「墜ちろ」
音もなく終夜の背後に回ったランケアがブレイドを振り上げていた。
終夜の体はまだ完全ではなく、避けることは出来ない。だが、時間稼ぎは先ほどの会話で十分だった。
振り下ろされる刀の軌道上に終夜は自分の右手を掲げる。
勝利を確信したランケアは口元を釣り上げた。
◆
ここまでが全てシナリオ通りになっていた。少しも狂いもなく進む物語に終夜は自分の周到さを感じる。
「……なにっ?」
異様な金属音と共にランケアの表情が崩れる。
眉間にしわを寄せ、怪訝そうに敵――終夜を睨み付けた。いやランケアが見ていたのは終夜そのものではない。正確には終夜の右腕を睨んでいた。
ランケアが放った斬撃を受け止めたその漆黒の右腕は、人間のものとは思えない。斬撃の余波が覆っていた制服をはがすとそこに見えたのは、なんとも機械的な、しかし生々しい怪奇な右腕だった。
握られた拳の関節はパズルのような歪な外装に覆われ、腕には赤い光がリズムよく肩めがけて走っている。それはあまりにも血のように見えるので、腕そのものが生きているのではないかと思うほどだ。赤い光が走るのは腕を覆う外皮の隙間だ。外皮は一枚になっているわけではなく、干からびた大地のように細かく分かれている。
ランケアが自分の腕に気をとられている隙に、終夜は左足で膝蹴りを放った。
「――っぐ……!」
不意を打たれたランケアが苦しそうに息を吐き出す。終夜はその隙を見逃さない。
逃げようとする刀を受けた右腕でそのままつかむと、顎めがけて掌底を繰り出した。バランスを崩したランケアはたたらを踏み何とか耐えたが、次の攻撃には完全に反応が間に合わない。
――しまっ……
気が付いた時にはすでに遅く、何度も回転して円になっていく視界をただ受け入れることしか出来なかった。
ランケアが次に感じた衝撃はいくつものコンクリートの壁を背中で破壊するものだった。
ランケアを近くの高層ビルに叩き付けた終夜は深く息をついて、自分のした惨状を反省していた。
思わずとはいえ、関係ない人物を巻き込むのは彼の本心に反している。なにも社会に対して喧嘩を売ろうというわけではないからだ。そんなことをしようとするのはよほどの馬鹿か、よほどの実力者だけだ。終夜にはそのどちらにもあるはずの絶対的な自信というものが欠けていた。
「思ったよりも時間がかかったな……」
右腕など晒すつもりはなかった。が、ランケアが予想以上の実力者だったため使わざるを追えなかったのだ。
今終夜にとって大事なことはこれ以上目撃者を出さずにその場を離れることだ。そうしなければ、この計画は完全に意味のないものになってしまうし、なによりまだこんなところで公になるわけにはいかないからだ。
だから、目の前に立つ者には容赦など出来るはずもできなかった。
「そこをどいてくれないか、フェイト……」
風が目の前に立つフェイトの金髪を横に流している。バルディッシュを両手で持っているフェイトにはまだ迷いが見えた。
◆
フェイトはどうしたらいいか分からなくなっていた。
少し前まではランケアに向けて魔法を放とうとしていたのにもかかわらず、今は助けようとした終夜の前に立ちふさがっている自分が、自分でもよく分からなかった。
ランケアの放った斬撃を終夜が受け止めたときは、正直ほっとしてしまった。でも、その後の終夜の表情はとても寂しくて、今いかなければ何もかもが終わってしまう気がしていた。
何も伝えられないで消えて行ってしまうのは母さんだけで十分だった――フェイトは飛び立っていた。
ミニチュアのように見える町がだんだんと騒がしくなってきていた。終夜が少将を殺した階は上層で並ぶビルなど数える程しかない。強い風が宙に立つ二人の間を吹き抜ける。
「そこをどいてくれないか、フェイト……」
異形の右腕を差し出しながら終夜が言った。
継ぎ接ぎの漆黒の外皮とそこに走る赤い光、人間の腕ではない。一緒に住んでいたフェイトも初めて知った事実だ。
「それが、この理由?」
終夜に問いかける。それは願いに等しかった。
「そこをどけ」
終夜の言葉にはもう色がなくなっていた。いつも自分にかけられる暖かい色はどこにも見当たらなくなっていた。フェイトは下唇をかんで逃げ出したい気持ちを何とか押し殺す。
一歩でも前に進みたかった。
「私、何も知らなかった……。終夜がこんなこと考えているなんて、こんなに悩んでたなんて」
終夜は何も言わない。ただ差し向けた腕を下げただけだ。
「だって、いつも笑ってたし、誰にも優しかったんだもん。初めて会ったときだって、笑ってた。家賃払えなくなって追い出されて、街で喧嘩に巻き込まれたとか……、嘘だったんだよね」
終夜に初めて手を差し出した時のことをフェイトはまだ覚えていた。路地の間に傷ついた猫のように丸くなっていた彼に、フェイトは妙な親近感を覚えていたのだ。
「私、よく分からないんだ。どうしたらいいか。終夜に肩を撃たれた時もね、ここの方が痛くて」自分の胸を押さえながらフェイトは続ける。「終夜になら殺されてもいいかも、とか思っちゃった」
「……馬鹿だな」
初めて言葉を挟んだ終夜を見てフェイトは笑い、「ほんとだよ……」とつぶやいた。風が強い。声が届くはずがないにもかかわらず終夜は顔を背けた。
「でも、それじゃダメだよね。だってそれじゃあ私は終夜に何もしてあげられてない。今も、今までも、私は終夜に何もしてあげられてない」
「気にするな――俺も利用していただけに過ぎない。そういう点では優秀な駒だったよ、お前は」
少し前のフェイトだったら、昨日までのフェイトだったら乗り越えられなかったかもしれない。
終夜を助けたのは、家に迎え入れたのは、どこかで傷のなめ合いをしていたかったのかもしれない。同じ仲間を見つけて、自分のことを慰めてあげたかっただけかもしれない。
でも今は違う。
「私は、もういらない?」
「いらない」
即答だった。終夜にはなんのためらいも見えない。変成器を通したいたからじゃなく、それが終夜の本心だということも今のフェイトにはよく分かっていた。
「そっか……、もう帰ってこない?」
「当たり前だ」
それを聞いてフェイトは安心した。
終夜の中でハラオウン家が帰るべき場所となっていることに。
今ここで自分が動かなければ、終夜は二度と手の届かない――そんなところに行ってしまう気がした。
そうして、少女は決意を固める。与えてもらうだけの関係をここで断ち切るために、自分の気持ちを伝えるために。
「でもね、私諦められないんだ。終夜が隣にいないなんてもう、考えられない」
迷いを振り払ったフェイトは眼前に戦斧を構えた。
「俺には関係ない」
それに合わせて終夜も握った右手を前に出す。
「はぁあああああ」
先手を取ったのはフェイトだった。
フェイトの得意とするのは速さを備えた格闘戦と魔力変換で発生させる電撃だ。槍のような電撃を纏うプラズマランサーはその両方を兼ね備えた技だと言える。
次の瞬間、二人の世界が加速した。
自分の周りにプラズマランサーを生成しながら、金色の刃を展開したバルディッシュを終夜に叩き付ける。
大きく後退した終夜に完成したプラズマランサーをすぐさま発射させた。追ってくる電撃の槍を内ポケットから抜いたsw1911で打ち落としていく終夜は、そのまま反撃に転じる。
二発のプラズマランサーが体を捻った終夜の脇をすり抜けていくと、空中で伏射体制をとり、カートリッジ一本分フェイトに叩き込んだ。
「バルディッシュ!!」
『Yes ,sir』
迫る弾丸をバルディッシュが発生させた障壁で弾きながら、寝転がる終夜に急接近する。舌打ちをしながら立ち上がった終夜は光の刃をすれすれで避けると、フェイトの後ろをとった。銃を手放し、硬質化した右腕の肘でフェイトの背中を強く叩く。
前のめりになっているフェイトのバランスを崩すにはそれだけで十分だった。
勢いそのまま振り返った終夜はフェイトのがら空きになった右わき腹に右膝をねじ込んだ。
「――がはっ!」
追撃を仕掛け、終わらせようとした終夜だったが上空から襲ってきたプラズマランサーを避けるために一度後退した。
「!?」
両足が何かに捕えられる。足元を見ると、黄色いバインドが足首に巻きついていた。トラップだったと気付いたころにはもう遅い。
ほどなくして右手が光る鎖に捉えられた。空中から伸びたその黄色い鎖は、フェイトが今生成したものだ。何も考えなしに突っ込んできたわけではない。フェイトはあくまでも勝つために、先手を取ったのだ。実力は作戦で補う。
「……はぁ、はぁ、バルディッシュ!!」
『Thunder Blade』
黄色い魔方陣の上に載ったフェイトが立ち上がると、周囲の空間が雷の剣に支配された。逃げ道が無いか見回す終夜だったが、どこにもそれらしきものは見当たらない。
フェイトはこの術式さえも終夜と会話しているときから組み上げていた。
「ファイヤー!!」
フェイトの掛け声とともに電撃の剣が拘束された終夜に襲い掛かる。
初段着弾から数十秒、長い爆発音が空に響く。衝撃波が術を組んだ当事者であるフェイトにも届いた。最後の一発が高原の中に突っ込むと、ようやく攻撃が終わる。
光が段々と弱くなってくると、中心で立ち尽くす終夜の姿がはっきりとしてきた。右手の拘束を無理やり壊して、眼前で腕をクロスしていた。
外見上特に怪我をしているようには見えない。ほとんど無傷だった。
管理局の制服はもう役目を果たせそうにないが、腕から覗く終夜の鋭い瞳がそれを物語っていた。
「遊びは終わりだ」
そう言った終夜の足元に、白銀の魔方陣が展開された。ミッドチルダ式の標準的な魔方陣だったが、集まっている魔力の量が桁違いに大きかった。
自分の心臓の音が聞こえる。喉が渇いて、生唾を飲む。
自然とバルディッシュを握る力が強くなっていた。
『That’s a spread fire. We’ll overcome his attack.』
(拡散型です。我々なら乗り越えられます)
主を気遣う一言が大きい。
「うん……、ソニックフォーム」
フェイトは前に進む。自分の我がままを貫くために。願いを押し通すために。
『Sir, Yes sir!!』
「墜ちろ」
フェイトのバリアジャケットが切り替わるのと、終夜が砲撃を放つのはほとんど同時だった。
星のようだ。砲撃と砲撃の間を通り抜けるフェイトは自分が流れ星になったような感覚を味わっていた。
ひとつ、またひとつ、迫りくる砲撃を避けるたびに終夜に近づいている――それがたまらない。アドレナリンが全身を駆け巡っていた。
無表情の、ガスマスクの向こう側にいる終夜に、フェイトは徐々に近付いていた。
「くあっ……!」
終夜が指を鳴らしたその時からだ。フェイトが避けた砲撃が爆発するようになっていた。
ソニックフォームは速度特化になっているため、普段のバリアジャケットよりも装甲が薄い。僅かな攻撃でも今は大きなダメージだった。
――痛っ……
砲撃の爆発が起こるたびにフェイトの体が少しずつ傷ついていく。それでも止まるわけにはいかなかった。今止まれば、せっかく近付いた終夜までの距離が無駄になってしまう。
フェイトが取った選択はさらにスピードを上げることだった。
「終夜あぁああ!!」
加速。加速。加速。
終夜の砲撃がフェイトを追うようになっていた。様々な種類の砲撃がフェイトを撃ち落そうとしている。大きさや規模も違えば、速度だって違う。
けれど今のフェイトにはそんなことは関係ない。目指す場所はただ一点、ただ一か所、ただ一人だ。
雨のような光の中で不意にフェイトが消える。フェイトは遂に終夜の真後ろを取った。
バルディッシュは戦斧の姿から大剣へとその形状を変え、巨大な刀身に一撃必殺の威力を保っていた。
遅れて反応した終夜だったが、掌に載せた魔力をフェイトに放とうとしていた。振り返ることなく、漆黒の右腕だけをフェイトの眼前に晒して。
フェイトは終夜の右腕を間近に見た。その腕はどこか悲しそうにしているように思えた。きっと終夜の本音はそこにあるのだと、フェイトは光に呑みこまれる中、力なくバルディッシュを終夜に振り下ろした。
目を逸らさなかった者が勝者になる――あれはいつの日だっただろう。八神はやてがそう言った。
一人じゃないよ、私がついてる――あれは何処でだっただろう。高町なのはが言っていた。
半人前が……、しっかり前を見ろ――あれは誰が言ったのだろう。そっと背中を押される気がした。
右手から発せられる砲撃がフェイトの髪留めを掠り、空へと跳ね上げた。
終夜のわき腹に、氷の柱が突き刺さっている。近くのビルの屋上からだった。
フェイトは片目を閉じながら、もう一度バルディッシュに力を込める。
光の柱が、神々しい雷の巨剣が終夜を呑み込んだ。