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事情聴取が終わると、外はすっかり暗くなっていた。
一日中拘束されるはずだったにもかかわらず、日付が変わる前に帰宅できるのは、一重に上司であるランケアのおかげだと言えよう。
言い切れないもやもやした“何か”が拭いきれない。
人でにぎわう繁華街や殺風景な路地でもフェイトの顔が上を向くことはなかった。高町なのはや八神はやてはそんな彼女を察してか、一人にしてくれた。結果から言うとそれは本人にとっても幸いだった。
どうしてだかわからない。
なぜあんなことをしたのか。
なにをすればいいのか、すればよかったのか。
そして、彼――暁 終夜がどこに行ったのか。
あの光の中、フェイトの斬撃でガスマスクが外れた終夜は、真っ黒な鎧で全身を身に纏い、そしてどこかに消えてしまった。
見間違いではなかったと思う。決して目を逸らすことはしなかったはずだから。
見間違えるはずがない。終夜は確かに最後に笑っていた。口元だけだが。
空を貫く勢いの光の柱は、終夜に届いたはずだった。いや、届いた。にもかかわらず、終夜はその雷の中で鎧――おそらくバリアジャケットを展開し、一瞬で戦線離脱してしまった。
いったい何が起こったのかフェイトには全く理解できていない。
現場近くのビルの屋上で負傷しながらも氷の柱を生成したランケアも同様の表現を繰り返していた。
空間が裂けた――と。
目の前で見ていたフェイトでも理解できないことだった。電撃が支配する空間の中で、終夜の右側に縦に長いひし形の空間の亀裂が発生し、戦線離脱したなんて。
ありえない。個人の魔力で空間を操作、まして亀裂を生じさせて自分がそこに入っていくだなんて。
自爆行動だったのだろうか。異空間操作で難しいのは入ることではなく出ることだ。終夜は自殺覚悟であんな行動をしたのだろうか。
一度そんな考えが浮かんだが、ありえないとすぐに否定できた。終夜がそんなことをする人間でないことを知って、信じていたからだ。
でも、自分にそんなことが言えるのだろうか。終夜があんなことを、人を殺すことを考えていたなんて妄想すら出来なかった自分に、終夜の何が分かるというのだろうか。
フェイトの不安はそこだった。終夜が生きているか、それとも――
「ただいま……」
不安に駆られながら、今夜は眠れないだろうと思いながら、重い自宅の扉を開ける。リビングがにぎやかだったが、今はとてもそんな雰囲気ではない。リビングを通り過ぎてしまおうとした時だった。廊下に出てきたリンディに鉢合わせしてしまった。私服のところを見るに今日のリンディは仕事が早かったのだろう。勿論、フェイトが帰ってきた時間が深夜近いということもあるだろうが。
リンディと扉の間から義兄であるクロノが誰かと話しているのが覗けた。
――クロノの知り合いでも来てるのかな……
何か話しているのは分かっても、今のフェイトにはどんな音も雑音にしか聞こえなかった。リンディが何か言っているようだったがそれも同じような灰色の音としか認識出来ない。
部屋に入るとなのはとはやての姿もあった。はやてはどうやら今日は一人で来たようだ。いつものシグナムや、つまり騎士たちの姿が見えない。
――そっか、みんな知らないんだ……
今日の事件であの場にいたのは自分とランケアだけ、他のみんなは何も知らないんだ。何も、分かってないんだ。
そう思うと急に胸が痛んだ。声だけではない、見ている風景さえも灰色に段々と、色を失ってきていた。吐き気さえ覚えてきた。
部屋に響く明るい声がフェイトにはとても異質なものと感じられる。
「終夜が、終夜が消えちゃったかもしれないのに、なんで、どうしてみんなはそんなに笑っていられるの!!」
そう叫びたかった。
でも、もう限界だった。心身共に切り詰めていたフェイトは糸が切れたように座り込んで、胸を、強く痛む胸を押さえてうずくまってしまった。
心配したリンディが背中をさすりながら何かを言っている。
その気持ちも今はとても苦痛でしかない。両肩に添えられた手は誰のものかさえもわからない。
みんな、自分を心配してくれているのは分かっていた。だからフェイトは押し殺した。自分のこの表しきれない、このぶつけようのない、憤怒と、嫉妬と、悲嘆と、悲嘆と、悲嘆を。
終夜が消えていったのが異空間だったからかもしれない。虚数空間に落ちていくプレシアと重ねていたからかもしれない。手を伸ばせば触れられる距離でまた手放したからかもしれない。
日常がこんなに簡単に崩れるなんて思っていなかったからに違いない。
いつか別れが来るかもしれない、そんなことは分かっていた。でも自分なら、自分たちならそんな理不尽な別れも乗り越えられるんじゃないかって心の底では信じていた。
「しゅう、や……」
涙と共に振り絞った言葉はそれだった。
もっと話したかった。もっと一緒に居たかった。もっと触れていたかった。
これ以上抑えているのは無理だった。
「終夜あぁぁ……」
抑えられない気持ちがあふれた行先は慟哭だった。
もう会えない、人への思いがただただ溢れていくだけだった。
もう会えるはずのない――
「お、おい、どうした?」
――人の声がした。
泣きじゃくるフェイトの肩に手を置きながら、暁終夜がきょとんとした顔で尋ねる。
世界が色付き始めた。
「お前、うちの妹になにした……?」
今までテーブルについていたクロノがゆっくりと立ち上がり終夜の肩を叩いた。
見た目は笑顔だが、まったく笑っていなかった。終夜は全力で否定するが、フェイトの取り乱しようを見た後だ、どんな言い訳も通りそうになかった。
そうしてクロノ対応に追われていると逆の肩をなのはに掴まれた。こちらも顔が笑っていない。
「すこし……お話しようか?」
流石の終夜も冷汗が垂れる。こちらにもやはり言い訳は通じないようだ。
はやてはお茶をすすりながら、終夜に笑顔を送っていた。まったくもって助ける気が無い。
「しゅ……う、や?」
状況に置いてきぼりにされたフェイトがようやく再起動し始めた。真っ赤になった目で終夜をじっと見つめている。
「お、おお……、大丈夫か?」
二人の般若から逃げるように終夜もフェイトを見返す。とても暖かい声だ。何年ぶりも久ぶりに聞いた、そんな感覚に捕われた。
「終夜……」
「え? ちょ、フェイト?!」
自分の胸に飛び込んできたフェイトを何とか受け止めた終夜。その様子を見て終夜の肩をつかんでいた二人も顔を見合わせて、いったんその場から退くことにした。
「終夜ぁ……」
「……あぁ、どうした?」
猫のような甘えた声で名前を呼ばれた終夜は、天井を見上げながらフェイトの背中に手をまわした。
もう、どうでもよかった。終夜が人殺しだとか、自分めがけて銃を撃ったとか、上司をビルに叩き付けたとか、管理局の本局に火付けた当事者だとか、本当はとても冷たい眼をしているとか、右腕が異形のものだとか、そんな些細なことはどうでもよかった。
「終夜」
そこに彼がいるだけで、それだけで今のフェイトには十分だった。
フェイトにはそれが全てだった。
――end……?
第一章本編終了です。
さて、いかがでしたでしょうか。
第一章、残すはエピローグだけとなりました。
ご覧になっている方がいたら、最後までお付き合いをお願いしたいとおもいます。