よろしくお願いします。
ここからは、本当の物語。
全てを知ってしまうことが幸せだとは思わない。
もし、このまま覚めない夢を見ていたらどれだけいいことだろう。
いや、夢みたいな現実でも構わない。
それを見れるものなら、見続けるものなら、どれほど幸せだろう。
でも、人間っていうのは馬鹿で、どうしてか前に進みたがる。
どうしてかはわからない、理解できない、わかりたくもない。それは、その時、その場所、そういう状況に置かれた本人しかわかないから。
これは、夢から目覚める物語、そう、文字通り“夢”から目覚める物語。
◆◇ Epilogue of lasting ◇◆
病室に響いているのは、定期的な機械音だ。
高町なのはは、目を覚まさない友人、フェイト・テスタロッサの右手を握っていた。彼女のお見舞いに来るのはこれで三回目だ。仕事が終わると毎日欠かさず来ているが、目を覚ます様子は一向にない。
管理局地上本部で起こった未曾有の火災。フェイトは館内に残っている人を救助するために駆り出されていた。そこで何が起こったか、なのはは何も知らない。知らされていない。
表向きは、火災現場で起こった原因不明の爆発に巻き込まれたとなっているが、そんなこと信じていなかった。けれど今のなのはにとって原因など今はどうでもいいことだ。フェイトが目を覚ましてくれること、それが何よりも望むことだから。
「起きて、フェイトちゃん……」
二人きりの病室に返ってくる言葉はない。
なのはは自分が意識不明だった経験も知人が意識不明だった経験もある。
数年前に大きな怪我を負った後のリハビリをする日々は地獄と言ってもよかった。何をしても空気を掴むようにうまくいかない――あんな苦しさは二度と味わいたくない、そう思う。
けれど、目を覚まさないフェイトの手を握っていると、本当に自分が恐れていたことはこういうことだったんだと思い知らされる。自分の父親が目を覚まさなかったあの、もう一つの地獄の日々。
あの時とは違った恐怖がなのはの胸を押しつぶしにかかる。あの時、父親が目を覚まさなかった時にはない、それとは違ったもの――“得られない苦しさ”ではなく、“失うかもしれない苦しさ”――が。
「フェイトちゃん……」
こんなに近くにいるのに、何もできない自分が情けなくて、フェイトを信じ切れていない自分がそれ以上に情けなかった。
半開きの窓から吹き込んだ風がレースのカーテンを揺らす。外に立つ木々は木の葉を枯らし、もうすぐやってくるその時をじっと待つ。人通りの少ない病院の広場に見知った顔を見つけた。八神はやてとその騎士達だ。
――もうそんな時間か……
フェイトの病室にいるとどうしてか時間を忘れてしまう。意識が無いのに幸せそうな、いっそうこのまま眠っていたいのではないのかと錯覚させられるほど安らかなフェイトの寝顔から目が離せないせいだろう。どんな夢を見ているのか、それともやはり意識が無いのか、実際のところなのはには分からないのだが。
「また来るね、フェイトちゃん」
もうすぐ仕事に戻る時間だ。ずっとそばにいたいけれどそういうわけにはいかない。フェイトがこんな状態だからこそ自分がしっかりする必要がある――なのははそう考えていた。
床に置いてあった手持ち鞄を持ち上げ、病室を出ようとしたその時だった。
「なの……は?」
病室の扉に手をかけたまま、なのははほとんど何も考えずにただ振り返った。
白いベッドの上で上半身を起こし、赤子のように首をかしげるフェイトの姿があった。
持っていたカバンが手からずれ落ちる。
何も言えなかった、なんの言葉も出てこなかった。なのははフェイトに駆け寄り、そのすこし痩せた体をやさしく抱きしめた。
◆
冷たい。鎖につながれた手首と氷のような床につきたてたつま先はもう感覚がなくなってきていた。
暗い。光の存在が感じられない。自分が作り出した『無限空間』の闇とは全く違う。そもそも暁 終夜が、生み出した疑似空間の中に光という概念はない。むしろ、すべてのものが光源となっているため、つまり、だから、物自体の把握は容易であるのに対して、地下の牢獄というのは、それも地下50メートルにあると聞く拷問・尋問部屋には光が一切ない。
終夜には拷問・尋問の経験がある――やられる方もやる方もだ。強い光を四方八方から当てられる尋問を受けたときとは違った苦しさが牢獄にはある。不気味というべきだろうか、正体のわからないものに人間は恐怖を覚える。
音が近付いてきてた。革靴が石畳を叩く乾いた音が徐々に大きくなってくる――もっとも、終夜にはそれが誰なのかよく分かっていた。
気配や足音を消さないところを見るとどうやら、今日は拷問というわけではないらしい。
「――うっ……」
突然、部屋が明るくなったので、終夜は思わず呻いた。ゆっくりと瞼を持ち上げると、慣れ親しんだ衝撃がわき腹を襲った。
「おはようだ。目を覚ませ、このクズが」
いつものあいさつに終夜はなぜか安心した。
「あぁ……、おはようございます」
拷問部屋に閉じ込められていた、全身傷だらけしかも全裸な終夜の目の前に一人の女が現れた。女は先ほど終夜を殴った“棒”を床に突きたて、その上に両手を重ねるように立っている。身長は180あるだろうか、高級感あふれる黒いスーツをその女はモデルのように着こなしていた。
鋭い眼光は幼いころから終夜を支配してきた。獣や鳥なんかとは違う、人間の、それも狩人(ハンター)のものだ。切れ目から覗く黒い瞳は見るものすべてを見逃さないような狡猾さがうかがえた。それは見られている終夜も例に洩れない。
一閃。終夜は僅かにその軌道を視覚的にとらえた。“杖”代わりに突き立てられた“棒”から引き抜かれた銀色の刃が終夜の両手を繋いでいた鎖を、まるで糸であるかの如く分断した。
「お前を可愛がる時間は終わりだ――今回の仮の分はしっかり働いてもらう」
力なく地面に崩れ落ちた終夜を見下しながら女は吐き捨てる。
「記憶は……?」
そう言いながら、片膝に“異形の手”を付き何とか立ち上がって見せた。
終夜は今までかかわってきた人間の記憶を消してもらえるように交渉していた。さもなければかかわった人間すべてが“居なかったこと”になってしまう可能性があったからだ。
「お前を覚えている人間はもういない……、安心して戦場で死ね」
終夜は震える、限界の来ている身体に鞭を打ち、背を向けた女の後についていく。
「アイ、マム」
後悔はない。
失ったものがたとえ、暖かな場所であったとしても、青年の胸にしっかりと焼きついているのだから。
過ぎていったものがたとえ、幻の儚い夢だったとしても、青年はきっとそれを忘れないから。
過去に縛られても、引きずって、引きちぎって、すこしでも前に進む。
「早速だが依頼が入った。貴様にはある管理外世界に飛んでもらう――いいな『I・A』」
『I・A』――『インヴィンシブル・アーマーダ』組織に属する一部の者に与えられるコードネームに終夜は背筋を伸ばした。
「了解。その依頼、確かに請け負った」
――To Be Continue……
ご閲覧ありがとうございました。
次回から三期突入です。
不定期ですが頑張っていきたいと思います。
なお、前話のフェイト視点の話は夢です。これは私の表現が未熟なのであえてここに記したいと思います。