よろしくお願いします。
◆◇ 6 ◇◆
時空管理局クラナガン本局。フェイトテ・T・ハラオウンは上司に届ける資料を確認しながら早歩きで向かっていた。彼女が持っている資料は、数日前、各地で起こった研究所襲撃についてだ。暴力団の抗争のような事件で手いっぱいだというのに、彼女の上司はこの事件に興味を示した。反発したい気持ちもあったが上司――ランケア・ユースティティアが言うことに今まで間違いはなかったので、しぶしぶ従っているというところだ。
「失礼します」
捜査準備室に入ると昼食をとっているランケアがいた。左手にカップラーメン、右手に事件の資料と言う姿にフェイトはあきれてものも言えない。
「遅い……、たかが資料を取ってくるだけで何分かかるんだ」
「昼食をとってから来い、と言ったのはランケア三佐ですよ」
持っていた資料を机に放り投げ、ランケアはフェイトの持ってきた資料を受け取った。空になったラップラーメンを足元のゴミ箱に入れると、資料に目を通し始める。ランケアの刃物のような鋭い蒼眼が左右に何度も往復を繰り返す。フェイトは見られている資料に同情した。
「仕事熱心なのはいいですけど、片付けたらどうですか?」
部屋に比例してそれほど広くない机の上は、事件の資料で完全に埋まり切っていた。もはやランケア以外は踏み入れることのできない地雷地帯だ。そんな状況でどの資料がどこにあるか覚えているほうがおかしい、がランケアにはそれが可能だった。
フェイトが持ってきた資料を読み終えたランケアは散らかった机の中から別の資料の束を持ち出した。
「一つ聞いてもいいですか?」
「あ? 短く済ませろ」
「なぜ資料を紙で頼むんです? 取りに行くと私、ため息つかれるんですが……」
そうなのだ。フェイトが遅れた理由の一つにそれが含まれるのも事実だった。資料をもらいに行った先で一々紙に印刷してください、と頼むのだ。電子化の時代、そんなことを何度も頼めば相手も嫌になってくるのは当たり前である。
「……利便性の裏にはな、それ相応のデメリットもあるんだよ。情報化社会の今だからこそ俺は俺なりのやり方でそれのデメリットを回避しようとしてる。それだけだ」
相変わらずランケアは資料に目を向けたままだ。
「お前も忙しくなれば分かる」
「そういうものですか……?」
資料を読み終えたのか、フェイトに向き直ったランケアにフェイトは怪訝そうな表情を隠せなかった。
ランケアの事件に対する熱意やそれにおける捜査姿勢については尊敬する部分が多い、が方法までは真似しようとはとても思えない。同じようなことをする人物がいたらよほどの変人だろう――フェイトはそう思わずにはいられなかった。
「テスタロッサ、貴様戦闘はなかなか目を張るものがあるらしいな」
「え?」
いきなりとんだ話にフェイトはついていけていなかった。黙々と資料を読み漁っていた男が、突然現場の話に切り替えたのだから無理もないといえばそうなのだろうが。
「今回の事件、終幕は案外近いかもしれない」
「どういうことですか?」
ランケアが持っている資料は同事件を担当しているフェイトも目を通している。犯罪組織が次々と襲われている事件と各地で起こっている管理局の研究施設強襲事件の犯人が同一犯かもしれないということは二つの資料を読み比べれば容易くたどり着ける結論だ。
だが、その二つをつなぎ合わせたのはフェイトではなくランケアであり、その二つの事件を同じ土俵に上げる情報収集能力の差であった。情報とは時に無力であり、時に銃よりも優れた武器になりうる。
「襲われた研究所はどれも管理局のものだが、何一つ共通する研究は行っていない。それどころか正直どうでもいい研究ばかりだ。そして死傷者はわずか……ここまで言ってもわからないか?」
「……」
暫く頭を絞ってみたが回答を得られそうにないフェイトを見てランケアはため息をついた。彼からすれば資料を持ってこさせたのもそれに目を通しておかせるものであり、自分なりに難易度は下げてやっているつもりだったがまだフェイトには難しいらしい。
始終変わらないランケアの態度と相まって、フェイトは悔しそうに口を結んだ。
「犯人にとって研究所自体に目的はない。管理局の情報サーバーにアクセス出来さえすればな」
「え……じゃあどうして――」
ふと浮かんだフェイトの質問をランケが回答付きで続けた。
「どうして各地の研究所を襲っているのか、か? 簡単だろ、こっちに意図を悟らせないためだろ。何を探していたのかとかな」
研究所の強襲事件はクラナガン近郊で起きたものを最後に数週間経っていた。フェイトが違う事件の資料を容易く手に入れられたのは、結局事件の全貌、犯人の意図が分からないということで愉快犯と断定付けられ捜査本部が解散となったからだ。
以前から45口径にかかわる事件があったら教えてくれと言付けていた同僚から、ランケアはその事件を知った。自分の担当している事件と結びつけると相手の意図がすんなりと通るからだ。
45口径、犯罪組織、拷問、管理局、研究所、情報サーバー、そしてこの二つの事件の時期が見事入れ替わるようになっていること――これらからランケアはある結論をたたき出していた。
◇
息を深く吸うと冷気が体に浸透していくのが分かる。山の中腹に建てられた温泉宿からは都会と違った夜空が広がっていた。
「綺麗だね」
「都会に比べればな」
終夜が表の駐車場で体のほてりを冷ましていると、後からやってきた高町なのはがおもむろにつぶやいた。二人とも旅館に泊まるので、服装は同じ浴衣姿だ。
「私ね、こうやって終夜君とまた話せてよかったと思ってるよ」
「……それは、またなんで」
なんの恥かしげもなくなくそう言ったなのはに終夜はわずかに言葉を詰まらせた。
「あの日、終夜君が突然消えちゃった日、私すごく辛かったから」
見上げていたなのはが急に顔を伏せた。表情は見えなかったが口元が少し震えている。
神聖な何かを犯してしまうような気がした終夜は、もう一度空を見上げた。
「親戚に引き取られるって決まったのが突然だったからな……、あ、いや、何も言わなくてごめん」
言い訳をした自分が情けなくなって後悔と共に謝罪を押し出した。何を言おうと自分のした行動には責任を持つべきだし、今なのはが聞きたいのは理由なんかじゃないと思ったからだ。
「終夜君、お母さんがいなくなってから元気なかったから、その、私、気になってて……」
震える声で矢継ぎ早に吐き出された言葉の最後は、ほとんど何も聞き取れなかった。
「な、なんでお前が泣くんだよ」
気付かないふりをしていた終夜だったが、ここまであからさまだとそう言わざるをおえなかった。
「泣いてないもん!」
「えぇ……」
目じりに涙を溜めながらも必死に否定するなのは。今にもこぼれそうなそれを浴衣の袖で拭う。そうしてもう一度キッと終夜を睨み返した。
「終夜君が悪いんだからね!」
「ええぇ……」
言いっぱなしのまま旅館に戻っていくなのはに、終夜がかけられる言葉もあるはずがなく――理不尽だ――ついそう思わずにはいられなかった。
翌日、なのはと一言も口を利かないまま帰宅となった。なのはからすれば終夜から話しかけてほしかったのだろうが、当の本人は全く別のことを考えていた。
耐えきれなくなったなのはが隣に座る終夜をチラっと見て、こちらを向いていなかったようだから、そのまま見続けた。終夜は車窓の縁に肘をついて、流れる車窓の風景を眺めていた。そんな終夜の横顔を眺めていると、どこか遠く、遠い何かを見ているように思えた。
「なに?」
「え? あ、えっと」
なのはは自分でも意識しないうちに終夜の服の端をつかんでいたようだ。なぜこんなことをしたのか自分でもよく理解できなかった。
「また来ようね……、今度はフェイトちゃんとかすずかちゃんとかアリサちゃんとか、一緒に」
「……そうだな」
終夜は虚ろなままそう答えるとまた視線を外に戻した。
なのはは心配だったのだ。あの日、昔のように終夜がいなくなってしまいそうで。なんの前触れもなく、闇に撒かれてしまったあの時のように。
終夜は気付いていた自分がもう引き返すことのできるラインを当に飛び越してしまっていることに。もう、こうして悠長に旅行など来ることが出来なくなるだろう。
「いい休暇だった」
誰に言うわけでもなく、終夜はそっと呟いた。
――log-out……
ちなみにこのランケアさん、局側のオリ主です。
一応終夜と対立する形で書いています。