三日月の綺麗な夜だった。
夜の静寂に包まれた森丘狩猟区、そこに俺とルーカスはいた。
本来、狩猟区に行くにはそれなりの装備を用意しておかないと危険である。丸腰でランポスにでも遭遇しようものなら、それは半分、死を意味するものだからだ。
しかし、今回俺達はチェーンシリーズの防具にハンターナイフと、それぞれしっかりと武装していた。腰に付けたポーチには、家で調合してきた回復薬、教官の荷物からくすねた砥石も入っている。準備は万端だ。
「先輩~、ほんとにやるんですか?今からでも村へ帰りましょうよ…教官に怒られますよ!」
「今更何言ってるんだよ、ルーカス!約束したろ?俺達だって出来るってことを、あのハンター達に教えてやるんだ!」
俺はそう言って、何の気なしに腰に下げたハンターナイフを手に取った。
ごく最近になって与えられたそれは、これまで訓練で使っていたボーンククリよりもずしりと重く、頼りがいがあった。鈍く光る鉄の刃は、まだ新品特有の輝きを放ってこそいたが、訓練用に刃を潰したあのダサい骨の剣よりはずっとマシで、むしろかっこよくさえ思えた。
「お、洞窟だ。情報が正しければ、奴はここだな…」
「ほ、ほんとにやるんですか?それに、情報源だって酔っ払ったあのハンター達ですよ?」
「平気だって!それともなんだルーカス?たかがクック相手にビビってるのか?」
「いっ、いえ!決してそんなわけじゃ…」
「なら行くぞ!」
それだけ言って、俺は洞窟の中へと入っていった。
「ちょっ、先輩待ってください!」
その後を、ルーカスが慌ててついてくる。
それを確認すると、俺は足音を忍ばせて、ゆっくりと洞窟の奥へと足を踏み入れた。
* * *
事の始まりは、二日前にさかのぼる。
ココット村の訓練所でいつも通りの特訓メニューをこなした後、俺とルーカスはハンター教官に呼び出された。直々にだ。
「せ、先輩…僕達何かまずいことしましたっけ?」
「お、俺に聞くな!俺は何もやってない…はずだ」
そんな感じでオドオドしながら教官室に入ると、四角いテーブルの向こうに、椅子に座った教官がいた。
「あのー、僕、何かまずいことしましたか?」
開口一番、ルーカスが余計な事を口走った。
「ん、まあいいからとにかくこっちに来い」
さして表情を変えずに、教官は手招きをする。それがより一層、俺の不安を駆り立てた。
「先輩…やっぱり何かしたんじゃ…」
この期に及んでも、ルーカスは小声で俺に聞いてくる。今更何の返事を期待しているのかがよく分からないが、何と言われても俺にはどうしようも無い。
俺が無言で机の前に立つと、ルーカスもついに覚悟を決めたのだろう。多少びくついてはいるものの、黙って俺の隣についた。
「さて…」
教官の何気ないその前置きですら、ルーカスには死刑宣告のように聞こえたらしい。びくっと体を震わせた後、ルーカスは人形のように硬直してしまった。
「今日我輩はな…貴様らをどうするかずっと考えていた…そして判断したのだが…」
そこまで話し、教官は唐突に黙った。
なにやらただならぬ空気が教官室を包み込んだような気がして、俺は思わず生唾を呑み込んだ。目線だけをルーカスに向けると、可哀想な後輩は、すっかり緊張しきっている。これでは何も聞こえないのではないか、という疑問が俺の頭をよぎった。
長いようで短い、しかし永遠にも思えるような静寂の後、教官はおもむろに椅子から立ち上がった。
ルーカスが反射的に身構えようとする。が、彼のその動作は杞憂に終わったようだ。教官は部屋の隅の棚に向かい、普段は厳重に施錠されているそれを開け、布にくるまれた細長い何かを取り出し、そしてそれを机の上に置く。ごとり、と重い音がした。
「これを貴様らに与える!貴様らのハンターへの第一歩だ、有り難く受けとれ!」
要するに、何だか分からないこの包みをくれる、ということだろう。ルーカスと俺は、異様に重いそれを手に取り、何重にも巻かれた麻布の包みをほどいた。
「なっ…これって…!」
驚きのあまり、思わず声が漏れた。
それもそのはず、布包みの中から出てきたのは、作りたてのように鈍く光る、一振りの鉄製の剣だった。
「ハンターナイフ…」
それは基礎訓練の最終段階で渡されるもの。俺とルーカスが憧れていながら、これまで手にすることすら叶わなかったそれが、今自分の手の上にある。なんとも不思議な気分だった。
ルーカスの反応はもっとシンプルな反応だった。目を見開き、ポカンと口を開けている。完全に放心状態のその顔を目だけで見てしまい、俺は思わず吹き出しそうになった。
ルーカスは俺よりも僅かに年下だが、訓練の成績は俺に勝るとも劣らない。ただ、人懐っこそうな顔と、突然のことに時折呆然としてしまうのが、年相応の少年らしさを見せていた。
「明日以降の訓練は、それを使用する!各自手に馴染むまで練習しておくように!解散!」
その教官の言葉すら、ルーカスには聞こえなかったのだろう。俺が小突くまで、彼は間の抜けた顔で硬直しきっていた。
* * *
その日の夜、俺とルーカスは、村の酒場へと足を運んだ。
勿論、俺もルーカスも酒は飲めない。が、食事をすることくらいは出来るため、食堂代わりとしてよく利用している。
酒場には、ちらほらとハンターの姿も見える。ここココット村は、森丘狩猟区に比較的近い上、ハンター達に必要な設備が充実している為、多くのハンター達の拠点として賑わっている。
ハンター達が騒いでいるこの光景は、俺達にとっては至極日常的なものだった。
その日の夜は、初めてハンター用の武器を貰ったこともあって、俺達はいつも食べているジャリライスではなく、それよりも値段の高い五穀豊穣米のピラフを注文した。
「しかし先輩、まさかハンターナイフを貰えるなんて…僕、いますごく幸せです!」
料理が運ばれてくるのを待っていた時、唐突にルーカスはそう切り出した。
「そ、そうか…まさか教官がこんなものをくれるなんて…俺は思っても見なかったよ」
ついさっきまで相当怯えてたルーカスが、今では嬉々とした表情で話している。「お前さっきまで相当震えてたのに、全く現金だな」と言い出しそうになり、俺は慌ててその言葉を飲み込んだ。
「いよいよハンターへの第一歩って感じですね、先輩!これで大型モンスターをバッサバッサと斬りまくりますよー!」
何を思ったか、ルーカスは唐突にハンターナイフを取りだし、天井に向かって高く掲げた。
「あ、ああ。しかし、いくらなんでもすぐに大型モンスターを狩れるとは…」
「お、何だ坊主達?ハンターか?」
向かい側のテーブルに座って、四人で酒宴を開いていたハンターの一人が俺達に声を掛けてきた。かなりの大声な上に、吐く息が酒臭い。かなり酔っているようだ。それに反応したのか、他の三人のハンター達も寄ってきた。こちらも相当酔っている。
「いえ。ただの訓練生です」
俺は、当たり障りの無い事を答えた。下手に余計な事を話して、絡まれる事を防ぐ為だ。
が、その俺の考えは、ルーカスの余計な一言によってあっさりと水泡に帰した。
「で、でも今日これを貰ったんです!ハンターになれる日も近いんですよ!」
手に入れた武器をハンター達に自慢したかったのだろうが、それは結果的に、相手に絡む機会を与えてしまったこととなった。
ハンター達はルーカスが掲げたハンターナイフを少しの間しげしげと眺め…
そして、突然全員で大笑いし始めた。
「あひゃひゃ!こりゃ傑作だ!」
「坊主、本当にそんなのでモンスターを狩れるとでも思ってたのか?そんなひ弱な得物じゃクックすら狩れないぞ!」
「僕ちゃん、悪いことは言わないから早くお家に帰って寝ましょうね~。こわーいモンスターに食べられちゃいますよぉ~。アハハハハ!!」
「『ハンターになれる日も近い』?そんな体つきじゃムリムリ!そんな細い腕じゃおじさん達のような、でっかい武器なんて担げないよ!」
ハンター達は口々にそう言い、そしてまた大笑いした。
ルーカスは言葉を失い、泣きそうな顔になった。それはそうだろう。努力してやっと手にしたものを、あっさりけなされたのだから。
あまりの言われように、普段は(比較的)温厚な俺も、腹が立った。
確かに、今の俺達には、目の前のハンター達の担いでいるような大剣だの、ヘビィボウガンだの、ガンランスだのというような大型の武器は扱えない。そもそもまだそれらの訓練すらやってない。
だが、そこまで言うことはないではないか。
気付けば俺は、衝動的に席を立ち、思わずこう言ってしまった。
「―なら…大型モンスターを、」
「ん、何だ坊主?」
俺の近くに最初に来たハンターが、怪訝な顔をする。
「大型モンスターを狩れば、俺達をハンターと認めてくれるか?」
「ちょっ…先輩、流石にそれはマズイですよ!」
ルーカスが止めに入ったが、もう関係ない。俺は、完全に頭に来ていた。
「いいぞ~。それならそうだな…最近この辺りに出てきたクックでも狩ってこい!最も、そんなのじゃ狩れるはずがなんだがなぁ!あっひゃひゃひゃ!!」
「分かった。明後日までにクックを狩ってきたら、こいつに謝れ。今後絶対に俺達をけなさないと約束するんだ。」
次の瞬間、俺の体は宙に浮いていた。
笑っていたハンターが俺の胸ぐらを掴み、そのまま酒場の壁に叩きつけた。客の数人が、ただならぬ風囲気にざわめきだす。
「あぁ!?なんだ坊主?オトナに向かってその口の聞き方はぁ!?」
どうやら口の中を切ったらしい。生暖かいものが口腔に広がる。胸ぐらをきつく掴まれているせいか、息も苦しい。ハンターの酒臭い息が、俺の顔のすぐ近くまで迫った。
「お、おい、さすがにそれはマズイだろ!」
慌てて別のハンターが、俺の胸ぐらを掴んでいたハンターを引き離した。
俺は力なく、どさりと床に落ちた。慌ててルーカスが俺の近くに駆け寄る。
「いいか坊主!明後日までに、クックを狩ってこいよ!まさか逃げ出そうなんて思っちゃないよなぁ!」
仲間に羽交い締めにされながらも、ハンターは怒鳴り散らした。
俺はルーカスに支えられ、よろめきながら酒場を出た。ハンターの罵声が、次第に遠退いてゆく。
俺は、注文した料理のことなど、すっかり忘れていた。
定まらないその頭は、いかにあのハンター達を見返すかということだけを考えていた…
* * *
気が付けば、ベッドの上にいた。すぐ隣には、心配そうな顔のルーカスがいる。
「あ、先輩。起きましたか」
「てて…。ルーカス、ここは?」
「先輩の家です。ここまで運んでくるの、随分骨がおれましたよ…」
そう言って、ルーカスは盆の上に湿布をのせて運んできた。
「どぞ。使って下さい」
「さんきゅ…」
ルーカスが渡してくれた湿布を、おでこの部分に当てる。頭痛がひどかった。
「先輩…その…さっきはすみませんでした!僕が余計なことを言わなければあんなことには…」
涙目になりながら、ルーカスは唐突にそう謝った。
「そうか…まあ、それをいうならあのハンター達をさらに焚き付けたのは俺だからな。お互い様だよ」
そう俺が言うと、ルーカスの目に涙が溢れた。
「おいおい…おおげさだな」
「でも先輩…どうするんですか?あのハンター達に言ってた、イャンクックの狩猟…」
「う…」
なんだか気まずい空気が、部屋を包んだ。
「ルーカス…あのハンター達、いつまでいそうか分かるか?」
ルーカスの親は、ココット村のギルド支部で働いている。何か分かるかもしれない。そう思い、俺は訊ねた。
「それが…まだしばらく滞在するらしいです…元から酒癖が悪い人たちらしく、拠点に帰るまではあの酒場に入り浸りだろうって、受付嬢さんが…」
なんてこった。そう呟きながら、俺は頭を抱えた。
訓練所に行くには、必ずあの酒場の前を通らなくてはならない。つまりほぼ必然的に、あのハンター達と顔を合わせる訳だ。
「どうします先輩?やっぱりしばらくは訓練所に行かない方が…」
そうするか。その言葉が喉まで出かかった寸前、俺の脳裏にある意思がよぎった。
お前、本当にそれでいいのか?悔しくはないのか?あのハンター達を見返さなくてもいいのか?
そんな声が、俺の頭に響いた。
今思い返せば、あの時の意思は俺の本当の思いだったような気がする。
ハンターを目指す、思春期の少年のたわいもない負けん気。そして俺の本心。
結局、俺はそれに屈する道を選んだ。いや、愚かな選択をすることを望んだ、という方が正しいかもしれない。
そしてそのためには、ルーカスも巻き込む必要があった。
「なあルーカス、こんなとき教官なら、なんて言うと思う?」
答えどころか、急に俺から質問され、ルーカスは驚いた。しかし、少し考えて「何って…『そのような挑発に貴様らが乗る必要は無い!』でしょうか…?」と答えた。
「確かに、教官ならそう言うだろう。だけどルーカス、お前はそれで本当にいいのか?あれだけけなされといて、なんとも思わないのか?違うだろ?本当はあのハンター達を見返したいんじゃないのか?」
その言葉に、ルーカスは一瞬躊躇したような挙動を見せた。
「そりゃ、悔しいですけど…だからって挑発に乗るわけには…」
「大丈夫だよ!」
思わず大きな声が出てしまった。が、気にしない。なんとしてもルーカスを計画に引き込むべく、俺はさらに続ける。
「俺達だけでモンスターを狩れば、教官だって認めてくれるさ!だから行こうぜ、ルーカス!」
「まさか…先輩?」
「そう、そのまさかさ。俺達の力だけで、クックを狩るんだよ!」
ルーカスはあっけにとられた表情をした。俺がそんなことを言うのが信じられないのだろう。
「俺達だけで狩ることができれば、きっと教官だって、俺達がハンターになることを認めてくれる。そうすればあのハンター達を見返せるし、もっといい装備だって手に入るかもしれない。それでもお前は行きたくないのか?」
それが決定打となった。ルーカスはまた少し考え「それなら…先輩の言うことを信じてみます」と答えた。
そしてこの選択が、後に俺とルーカスの未来を大きく変えることとなった…
うーん。文字数が肥大しすぎました…「思い出話」だけで一万字を越えそうな予感がしてなりません…
あ、後しばらくの間更新速度が遅くなります。ご了承ください( ´-ω-)