それは、昼過ぎ―太陽が西へ向かって傾き始めた時のことだった。
原生林の中の少し開けた場所で、エド達の調査隊はつかの間の休息を取っていた。ある者は水筒の水を飲み、ある者は携帯食料をかじり、またある者は雑談に興じている。
「エドさん、ちょっといいですか?」
「ん、どしたルーカス?」
もそもそと携帯食料を咀嚼していたエドは、ルーカスの声に顔を上げた。
レウスヘルムを外した、ルーカスの幼さの残る表情には、何かを自慢したいようなものが見えた。
「お?何か良いことでもあったか?」
少しにやつきながら、エドは訊ねた。
「はい!実はですね……」
満面の笑みを浮かべながら、ルーカスは続きを話そうとする。
「―おい!あれは何だ!?」
が、彼の話はすぐに別のハンターが発した大声に遮られた。
声のした方を見ると、一人のハンターが、何かを指さしている。彼が手にしていた水筒は、地面に転がっていた。
「ん?」
「何ですか?」
エドとルーカス、そして他のハンターや観測員が、一斉にハンターが指している方角を見る。
ひょろひょろと、狼煙のような桃色の煙が、青空に吸い込まれるように上がっていた。
一目で人工のものと分かるように着色された、信号弾の煙だ。
通常は、飛行船や船舶間の連絡用に使われる信号弾。桃色の煙を発するそれの意味を、ルーカスが呟く。
「救難信号…?」
遭難時や、モンスターに襲われた際に使用される信号弾の煙が空に立ち上っていた。
* * *
集落への唯一の入り口を守っていたバリケードが、とうとう破られた。
バリケードを構成していたタルや材木が崩れ、凄まじい音をたてる。その音を聞きつけ、男は反射的に振り向いた。
男の目に映ったのは、バリケードが崩壊した部分から容赦なく侵入してくる大量のイーオス。それらのうち、ほぼ全てが狂竜ウイルスに侵されていた。
イーオス達の目は、充血のせいか真っ赤になり、元は紅かったであろう鱗は、暗い紫色が染みつき、口からはどす黒い何かが出ている。
まるで地獄の底から現れたような、異形なものに変貌したそれらは、目の前の男を喰らうべく、脇目もふらずに突き進む。
「くそっ!何で俺がこんなことやらなきゃならないんだよ!?」
悪態をつきながらも、男は背負っていたクロスボウガンを構え、もはやイーオスとも呼べないようなモノに向けて撃った。
銃口から吐き出された散弾が、先頭を走るイーオスの頭に、胴に、足に直撃する。が、元々の威力が低いクロスボウガンでは、致命傷にまでは至らなかったようだ。
だらだらと禍々しい色に染まった血を流し、弾丸によって抉られた足を引き摺りながらも、イーオスは止まらない。男は必死の形相で繰り返し撃った。撃ち続けた。
最後の一発が当たった刹那、根負けしたのか、まるで人形の糸が切れたようにイーオスは倒れた。
それと同時に、男の持つクロスボウガンの弦が戻りきったまま止まる。弾倉の散弾を撃ち尽くしたのだ。
が、先頭の一頭を倒したところでイーオス達を食い止められる訳が無い。いかんせん数が多すぎる。
男が倒したイーオスの死骸を乗り越えるようにして、別のイーオス達が次々と侵入してきた。
常識的に考えれば、男には勝ち目は無い。
それでも彼は退こうとしなかった。否、退く訳にはいかなかった。
ハンター用の武器を手に戦ってはいるが、男はハンターではない。
彼は動きやすさと機能性を重視した観測員の制服を着ていて、その左胸には『カーター』と刺繍がされていた。彼は、原生林狩猟区を監視する気球に乗っていた、ギルドの観測員だった。
カーターの背後、集落の中心には大勢のアイルー達を乗せた、ギルド所有の古い観測用気球が一機、着陸している。少しでも機体を軽くするためだろう。望遠鏡やその他の重量物は、全て機外に放棄されていた。
「ダメだ!こんな武器じゃ歯が立たない…おい!まだ離陸できないのかよ!?」
カーターは新しい散弾を装填しながら、気球の操縦士に叫んだ。
「まだ無理だ!あと少し…もう少しだけ持ちこたえてくれ!」
高価な道具類の詰まった木箱を、惜しげもなく機外へ投げ捨てながら、操縦士も叫び返す。
「早く!バリケードが破られたんだ、ここはもう持たない!」
ボウガンの銃声とイーオスの鳴き声でかき消されないように、カーターは有らん限りの声で叫んだ。
「待ってくれ!まだ全員を乗せきれてない!」
操縦士も有らん限りの声で叫び返す。彼の言葉通り、ただでさえ狭い気球の乗降口は大勢のアイルー達でごったがえしていて、すぐに離陸できないのは一目瞭然だった。
「早くしてくれ!」
四方をイーオスに囲まれ、圧倒的に不利な状況下で発せられたその言葉には、悲痛なものが交じっていた。
「お前はどうするんだ!?」
軽いパニックに陥りながら、操縦士も悲痛な声で返す。何を分かりきったことを、と思いながら、カーターは声を張り上げた。
「俺はギリギリまでこいつらを引き付けてる!俺のことはいいから早く離陸してくれ!」
「わ、分かった!」
もう一つの木箱を投げ捨て、操縦士は急いで離陸の準備を始めた。
* * *
「い、一体何がどうなっ―がはっ!?」
ハンターの、何度目か分からない疑問の声は、無慈悲にも途中で遮られることとなった。
『それ』の、丸太のように太い尻尾から繰り出された一撃は、木々を薙ぎ倒しながら、疑問の声を上げたハンターのランスの盾を砕き、その体を木の葉のように容易く吹き飛ばした。
「お、おい!大丈夫か!?」
そこから少し離れた所で、いつもとは様子の違うイーオスに双剣で斬りつけて止めを差したハンターが、大声で呼び掛ける。
「うぅ……」
しかし、倒れたランス使いは呻くだけで、動く様子はない。
それを見た数頭のイーオスが、ランス使いを喰らおうと迫る。狂竜ウイルスに侵されたそれらは、地獄の底から這い出てきた死霊を思わせるような不気味さを放っていた。
「う、うあぁ!」
ランス使いは悲鳴を上げ、上半身を上げて必死に後ずさろうとする。しかし、腕だけで後退しているのでその動きは遅く、すぐにイーオスに追い付かれそうになる。
「今行く!」
大慌てで駆け寄った双剣使いがその体を引きずり、無理矢理後退させようとする。
だが、その直後にイーオスが追い付いた。
「ぎゃあぁぁ!!」
「た、助けてくれ!……うっ!」
悲鳴を上げる二人の足に、腕に、喉笛に何匹ものイーオスが噛み付く。もはや抵抗できないハンター達に襲い掛かるイーオスは次々に数を増やし、二人の姿は瞬く間に見えなくなった。
やがて、悲鳴は唐突に途絶え、防具やその中身を、イーオス達が食い破る音へと代わった。
全ては、ほんの数十秒のことだった。
* * *
ハンターを吹き飛ばした『それ』が、ゆっくりとエドの方を向いた。
「な、何で…何でこんなことに……」
「それは俺の台詞だ!今は目の前に集中しろ、ルーカス!」
恐怖と混乱のあまり、幼さの残る顔をひきつらせながらぶつぶつとその言葉を繰り返しているルーカスを、エドはおもいきり怒鳴り付けた。
「せ、先輩…僕はどうすれば……」
エドの方を茫然と見つめながら、ルーカスは言った。
俺とレツの区別もつかなくなったか、とルーカスを怒鳴りつけたい気持ちを抑えながら、エドは大鬼ヶ島の銃口を『それ』に向ける。後付けのスコープを一瞬だけ覗いて照準を確かめると、すぐに引き金を絞った。
大鬼ヶ島に備えられた速射用の機構が、通常弾を四連射する。四発の通常弾はエドの狙い通り、『それ』の頭部に吸い込まれるように命中した。
しかし、『それ』は怯むどころか、エドとルーカスに向かって、突進で突っ込んできた。
「…くそっ!」
悪態をつきながらも、エドは横に転がって突進を避ける。
だが、ルーカスは気が付くのが遅れた。
「ひゃあ!」
情けない声を上げ、突っ込んでくる『それ』を横に飛び込むようにして、辛うじてかわす。
勢い余った『それ』は進行上にあった大木にぶつかり、ようやく止まる。大木はミシミシと音を立てながら傾ぎ、轟音と共に根本から折れた。
「ルーカス!今のうちに逃げるぞ!」
この機会を逃すまいと、エドはルーカスに向かって叫んだ。幸いにも、イーオス達は彼らには目もくれず、ハンターを貪るのに夢中になっている。
しかし、『それ』は巨体に似合わない動きで素早く振り向くと、ルーカスめがけて再び突っ込んで来た。
「痛てて……うわあぁ!!」
起き上がったルーカスが最初に見たものは、彼めがけて突進してくる『それ』―狂竜化し、不気味なオーラを放つイビルジョーの姿だった。
文章力が少し怪しくなってますね。一月間を空けるだけでここまで下がるとは…驚きです( ;´・ω・`)