アイルーの見ている光景、それは地獄だった。
小さいながらも活気に溢れ、彼らの生活の場であり、そしてモンスターのいない安全地帯であった集落は今まさに壊滅しようとしていた。
小さく素朴な家々や集落を守る木製の柵は壊され、焼け焦げて無惨な姿を晒している。
アイルーの耳には恐怖に満ちた仲間の悲鳴や何か大きなものが歩く音、鼻には木材と肉の焼ける臭いが容赦なく侵入してくる。
呆然と立ち尽くす彼を見つけた仲間が、大急ぎで駆け寄りながら、何かを叫んでいる。
「ジルのバカ野郎!早く逃げるニャ!ここにいてもー」
しかし、その仲間は次の瞬間、太い熱線に包まれ、燃えた。
一瞬の後、そこには仲間の姿は無く、小さい炭の様なものが残っていた。それも少し燃えた後、灰となって消滅した。
アイルーが熱線の来た方角に視線を向けると、そこには大きなモンスターがいた。
モンスターがアイルーの方へ頭を向ける。口からは炎と、何か黒い障気のようなものが出ている。逆光の中、アイルーが見たそのモンスターは、まるで火山が歩いているかのように巨大だった。
『鎧竜』グラビモス。アイルーは後にそのモンスターの名前を知ることとなる。
しかし、今のアイルーには、そんなことは関係無かった。
逃げなければ。その動物的本能に突き動かされ、アイルーは全速力でその場を逃げ出した。
* * *
どこをどう逃げたかは分からなかったが、アイルーは原生林狩猟区のベースキャンプへたどり着いた。アイルーの青みがかった毛は汚れ、たくさんの泥がこびりついていた。
辺りはすっかり暗くなり、空には場違いなほどきれいな月がでていた。
ずっと走り続けていたので、アイルーはとても空腹だった。青い支給品ボックスに入っていた携帯食料を食べた。
堅いパンのようなそれはすこぶる不味かったが、アイルーは黙って食べ続けた。
気がつけばボックスの中に四つほどあった携帯食料は全て無くなり、アイルーは満腹と疲労とで
その場に丸まって寝た。
* * *
アイルーが寝入った少し後、四人のハンターがベースキャンプに入って来た。防具についた返り血や、ポーチから溢れ、手に持っているモンスターの皮が、彼らがたった今狩りから帰還したことを示していた。
その内の一人、アロイ装備の剣士が何気なく支給品ボックスを覗きこみ、そして仲間に向かって大声で言った。
「おーい、ボックスの中の携帯食料、誰か食ったか?」
「俺じゃないぞ」別のジャギイ装備のガンナーが言った。
「アタシでもないよ」ランポス装備の女性剣士も同調する。
「って事は…リーダーっすか?」アロイ装備の剣士がリーダー格の男に聞いた。
「いや、俺も違う。とすると…」グラビド装備の剣士、すなわちリーダー格の男は、頭の防具を外しながらある方向を見た。
「あいつだな。泥棒猫は」
そこには、すやすやと寝ている一匹のアイルーがいた。
「まあ、ギルドの許可証なしで来ている俺達も同類か」
「あのアイルー、ちょっと可愛いすねぇ」
「リーダー、アタシにあのアイルー、下さいよ。ちょうどあのくらいのが一匹欲しかったんです」
アロイ装備とランポス装備が口々にリーダー格の男に言う。
「いや、俺が貰おう」
そう言ったリーダー格の男の、ただでさえ端正とは言えない顔の口元に、下卑た笑いが浮かんだ。
* * *
「ほら、さっさと働け!」
その声と同時に、鋭い蹴りがアイルーを襲った。疲労し、傷ついた体では抵抗もできず、アイルーは蹴られるままに吹き飛ぶ。そこからさらに蹴られ、アイルーの皮膚に容赦なく青アザを作る。
「全く、お前は、グズで、ノロマで!俺が拾って、やらなかったら、とっくに、のたれ死んでたんだ、ぞ!」
今日も『主人』は不機嫌だった。どうやらまたギルドに厳重注意を食らったらしい。グラビド装備の防具のまま、アイルーを蹴り続ける。
次第に痛みを感じなくなり、代わりにいやにはっきりしてきた頭脳で、アイルーは考えた。
故郷を、仲間を見捨てて逃げた自分は弱い。弱いから『主人』にこうして蹴られているし、逃げ出すことも出来ない。
力が欲しいにゃ…自分を強くしてくれる勇気が欲しいにゃ…
次第にアイルーの思考は薄れ、闇に溶けていったー
* * *
アイルーは、柔らかいベッドの上で目を覚ました。青い頬の毛には涙のあとがあった。またあのときの夢を見ていたらしい。
ケガから回復した彼は、昨日からチコ村の村長の家にいる。古い輸送船を改築したという村長の家は年代を感じさせるものだったが、清潔で、とても快適だった。
アイルーにはある決意があった。ケガが回復したら、自分を助けてくれたあのハンター達の所へ行こう。お礼を言って、一つのお願いをしようー
アイルーはベッドから降り、村長の部屋へと向かうべく、寝室を出た。
* * *
アイルーは村長の部屋へ入ると、開口一番、大声で言った。
「村長さん、お願いがありますのにゃ!」
「あらァ、ジルちゃん。なあに?」
村長―竜人のおばあちゃんは、一瞬驚いたが、にっこりと微笑み、ジルと呼んだアイルーの方を見た。
「実は、ボク…」
ジルがとつとつと話すことを、村長はやっぱりにこにこしながら聞いていたが、しばらくしてふと思い出したように尋ねた。
「でもあなた、本当にその選択を後悔しない?『やっぱりダメだった』なんてならない?」
ジルは強く頷き、こう言った。
「ボクは、今この選択をしないことで後悔したくないのにゃ。だから、こうして村長さんにお願いしてるのにゃ」
村長はジルの真剣な表情を見ながら、一言、「そこまで言うなら、一度お願いしてみようかねェ」とだけ言った。
今回はジルの過去のエピソードです。次回からはいよいよエドの新装備が登場(する予定)です!( ≧∀≦)ノ