東方署名帳   作:勇(気無い)者

1 / 23
其の一、博麗神社にて

 街中を歩く青年が一人。

 彼の名は霧崎(きりさき)霊牙(れいが)、大学生である。身長180cm、体重67kg。彼女いない歴=年齢で、マンションの一室を借りての一人暮らし。

 服装は白のシャツの上に黒のジャケットを羽織り、下は幅広のゆったりとした黒い長ズボン。

 

『あっちー…』

 

 夏休み初日の、これから更に暑さの増してゆく季節。照りつける日差しは少し厳しく、直視しない様に手で遮りながら見上げる太陽に恨めしそうな視線を送る。

 霊牙は友人宅━━━宇佐見蓮子という、彼と同い年の女性の家へ向かっている途中だった。

 

 

 

 

 

 

 とあるマンションの一室の前。俺はドアの横に備え付けられた呼び鈴を鳴らした。

 中から「はーい!」という女性の声が聞こえ、数秒後。ドアが内側からガチャリと開かれる。

 

『ああ、霊牙。遅かったわね、遅刻よ』

 

 中から現れたのは、俺と同い年の女性━━━宇佐見蓮子である。

 白の半袖のシャツに、黒の膝丈のスカートというラフな格好。

 俺と彼女は子供の頃からの幼なじみである。

 

 さてさて、この女。今、遅かった等と(のたま)いやがったが、俺は指定時間の五分前に到着したのである。全然遅刻ではない。

 そして何より、

 

『お前に言われたくないな、蓮子』

 

 蓮子は遅刻常習犯である。彼女に遅刻がどうとか言われたくはない。

 

『まぁ、とりあえず入って』

 

 誤魔化しやがった。まぁ、いいけど。

 俺は蓮子に招かれるまま、彼女の家へ足を踏み入れる。

 そのままリビングへと通され、

 

『こんにちは、霊牙』

 

 ソファーに腰掛ける、金髪美女に声を掛けられた。

 

『ああ、メリーも居たのか』

 

 彼女の名はマエリベリー・ハーン。メリーというのは愛称で、蓮子が付けたものである。

 先程も述べた通り、金髪美女。服装は紫を基調とした袖無しのワンピース。所々にフリルが付いている。髪全体にウェーブが掛かっており、長さは背に届くか届かないかといった所。

 彼女は大学で知りあった蓮子の数少ない友人━━というか俺とメリーしか居ない━━である。蓮子を通じて、俺も彼女と友人になった。

 はて、いつも頭に被っているドアノブカバーみたいな帽子が無いぞ。ナイトキャップとか言ったか。暑いからか、はたまた室内であるからか。

 

『お茶持ってくるわ。ソファーに座って待ってて』

『ああ、ありがとう』

 

 言われた通り、俺はメリーの対面に置かれたソファーに腰掛ける。

 すると、メリーは「ねぇ、霊牙」と話しかけてきた。

 

『うん?』

『貴方って、蓮子と付き合ってるの?』

『…は?』

 

 突飛な事を言い放つメリーさん。何言うてはりますのん……?

 寧ろ付き合ってるのはお前らだろ? と、言いたい。

 蓮子とメリーはとても仲がよい。そりゃあ喧嘩をしてる所を見た事もあるが、それは例えるなら仲の良い夫婦の如し。喧嘩する程なんとやら。

 まぁ、面と向かってそんな事は絶対に言わないが。藪蛇である。

 

『いや、只の友達だが。何で?』

『同じ大学の女生徒に聞いてきてって頼まれたわ。モテモテね』

『あ、そう…』

 

 どうでも良かった。俺は正直、恋愛事には余り興味が無い。そんな暇があるなら修行をするね。

 と言うのも、俺は漫画の主人公等に憧れを抱く傾向があり、その主人公に近付く為に体を鍛えたりしている。武術漫画なんかだったら、主人公の使う技を体得しようと修行したりとか。端から見れば痛い人、在る意味で厨二病の様な性分である。自分で言うのも何だが、完全に痛い人。

 ま、蓮子やメリーも端から見れば厨二病に近いが。

 

『何の話?』

『何でもねーよ』

 

 リビングへ戻ってきた蓮子の問いにそれだけ返し、彼女から冷たい麦茶の入ったコップを受け取る。蓮子は首を傾げながらも、まぁいいわと言ってメリーの隣に座った。

 麦茶を一口飲み、コップを机に置いた所で、本題。

 

『…で。俺に何の用だ? まさかお茶に誘った訳でもあるまい』

『んっふっふ〜、そうよ。お願いしたい事があってね』

 

 …蓮子の「お願い」か。嫌な予感しかしない。

 子供の頃、彼女のお願いのお陰で碌な目に合った覚えがない。

 具体例をあげると、探検ごっこと称して山へ入り込み遭難、とか。

 

『…何だよ、そのお願いってのは?』

『ええ、その前に霊牙。山は好きかしら?』

『山ぁ? …いや、好きかどうかって…まぁ、どっちかって言うと好き、かな』

 

 山籠もりとかした事あるし。勿論、修行目的で。

 

『それがどうしたよ?』

『キャンプに行くのよ』

『…は?』

 

 キャンプ…?

 

『……山にキャンプへ行くって事か?』

『うん、そうよ』

『何の為に?』

『ちょっと、調査したい神社があってね』

『調査ぁ…? ……ははーん、解ったぞ。秘封倶楽部の活動か』

 

 秘封倶楽部。

 メンバーが蓮子とメリーの二人だけのオカルトサークルである。

 オカルトサークルとか言いつつ、別段除霊とか降霊術とかを研究している訳ではない。蓮子から話を聞く限りでは、主な活動は実地調査が多いみたいだ。二人で遊んでいるだけの様な気もする。

 俺の言った通り秘封倶楽部の活動だったらしく蓮子が、

 

『ピンポーン、正解よ。10点をあげましょう』

『ありがとう』

 

 何の10点だよ。

 

『で、秘封倶楽部の活動がどうしたんだよ。俺は関係ないだろ?』

 

 先程も述べた通り、秘封倶楽部のメンバーは蓮子とメリーの二人だけである。俺は関係ない。

 過去に一度誘われたが、断った。だって蓮子とメリーがイチャついてる所に俺が居たら邪魔になるだろう?

 ……とは口が裂けても言わないが。

 兎に角、俺は秘封倶楽部とは関係ない。

 

『ちょっとボディーガードを頼もうと思ってね』

『ボディーガードォ? 何だ、治安が悪いのか其処は?』

『熊が出るのよ』

 

 ……。

 ……うん…?

 …くま……?

 

『くま……って、あの熊の事か…?』

『どの熊の事か解らないけど、クマ科の哺乳類の事』

『おいいいぃぃィィィィィィィィッ!?!?』

 

 おままおまおまおまままお前は何を言ってるだァー!?

 

『馬鹿かァー!? オメェーはぁ!?』

『馬鹿とは何よ馬鹿とは!? しかも人を指差して失礼ね! あ、E・T』

 

 俺の人差し指に自分の人差し指を合わせる蓮子。

 ギャグやっとる場合かァー!

 

『いや、おまっ…、…お前は俺に死ねと言うのか!?』

『え? 高校の時に山で遭遇した虎を撃退したって言ってなかった?』

『その虎は成獣じゃなかったっつっただろうが!?』

 

 修行と称して夏休みに山籠もりをしていた時の話。動物園から脱走した虎と遭遇し、五メートルぐらいの低層断崖から突き落した事がある。

 多分、生後八ヵ月から一年ぐらいの奴だったと思う。あの時は本当に死を覚悟したが、何とか怪我もなく生き延びれた。奇跡。

 

『虎も熊も大差ないでしょ?』

『あるよ! 軽自動車とタンクローリーぐらい違うよ!』

『霊牙ならきっと大丈夫よ。自信を持って』

 

 突然、メリーから何の根拠もない一言。

 

『持てるかぁ! 熊と闘うなんて無理に決まってんだろうが!』

『どうして諦めるんだそこで! 大丈夫だ気持ちの問題だ頑張れ頑張れ出来る出来る!』

『蓮子うるせぇ!』

 

 頑張って駄目だったら死ぬんだよ! っていうか猟銃でも無きゃあ、どう頑張っても無理だっつぅの!

 

『大体、何処の神社だよ!? 熊が出没する様な場所にある物騒な神社はよぉ!?』

『博麗神社よ』

『はく……、…。今、何て言った?』

『博麗神社』

 

 …。

 ……。

 ………。

 え゛っ!?

 

『……マジ?』

『ええ、鳥居にそう書いてあったわ』

 

 ……。

 博麗神社。

 東方projectにおいて、幻想郷と外を隔てた境界に在るという神社。

 ……え、マジであるの…? 前に何度かパソコンで検索した事あるけど、博麗神社の場所なんて一度も引っかかった事は無いぞ…?

 いや、それは兎も角として。本当に存在するというなら、東方ファンの俺としては是非とも行きたい! 行くしかない!

 

『…行く』

『え?』

『俺も神社に行く!』

『…急に乗り気になったわね……まぁ、いいわ。じゃあ、明日の早朝七時に霊牙の家に集合ね』

『OK、解った。車を出せば良いんだな』

『うん、よろしく』

『任せろ。ナビは任せた』

『任せられたわ』

 

 

 

 話はそれで纏まり、小一時間談笑を交わした後、その日はお開きとなった。

 で、帰ってから気付いたのだが、蓮子は「鳥居に書いてあった」と言った。という事はアイツら、一度は神社に行ったという事ではなかろうか。

 つまり、熊が出るという(くだり)は嘘っぱちで、ただ単に俺をからかっていただけっていう…。

 気付いた時に少しイラッとしたが、博麗神社へ行けるという喜びが勝り、怒りの炎は直ぐに鎮火したのであった。

 

 

 

 

 

 

 翌日。俺の家から四時間近くを費やし、やって参りました博麗神社。

 ……の、石段の前。携帯を開いて時間を確認すれば、現在の時刻は十一時頃。

 車はキャンプ場に停め、此処までは徒歩でやって来た。数日単位で調査するのだとか。

 

『…なっげー…』

 

 しっかし、この石段……かなり長い。目算で二百段ぐらいか? いや、そんなに無いか…。

 まぁ、兎に角長いのだ。

 

『霊牙は体を鍛えてるから大した事ないでしょ?』

『俺はお前らの心配をしてるんだよ』

『私達なら大丈夫よ。色々な所へ行くし、意外と体力あるのよ』

 

 と、メリー。

 そういや彼女らは秘封倶楽部の活動で色んな場所に行くのだった。確かに体力はあるだろう。

 

『ま、無理はすんなよ』

 

 二人にそう告げて登り始め、十分程で上に着いた。二人は僅かに呼吸の乱れが見られるが、とりあえず平気そうである。

 俺? 俺は全然平気である。息も乱れていない。日々の修行に比べれば、この程度は屁の河童にとりである。

 さて、神社に着いた訳なのだが。矢張り原作通りと言うか、神社は人の手が掛かっていないのがよく解る程に荒れていた。

 そこら中に落ち葉が散乱しており、手水舎てみずやには水の代わりに落ち葉が詰まっている。絵馬も幾つか掛かってはいるが、朽ちて割れてしまっている物もある。

 老朽化した神社には、矢張り人の手が掛かっていない。

 

『さて、どうする?』

 

 蓮子に問う。

 

『そうね、ここは二手に別れましょう。私とメリーはあっちの方を、霊牙はそっちの方をお願い』

『了解。何かあれば大声で呼んでくれ。すっ飛んで来るからよ』

『頼りにしてるわ。行きましょう、メリー』

『ええ』

 

 二人は左手の方へ歩いていった。

 

『さて…』

 

 探索の前に、先ずは御参りである。賽銭箱に五円玉を投げ入れ、二礼二拍手。今気付いたが、鳥居を潜る前に一揖いちゆうするのを忘れてしまった。

 …まぁ、いいか。

 

『よし……探索を始めるか』

 

 蓮子達と反対の方から裏手へ回る━━━その途中。

 

『うん…?』

 

 木々の隙間で何かがキラリと光った。

 何かと思って歩み寄り━━━

 

『うぉっ』

 

 足を踏み外した。体が落ちてゆく感覚。咄嗟に土壁を蹴り、地面に叩きつけられる前に受け身を取って勢いを殺す。

 

『…痛たた…』

 

 完全に勢いを殺す事は流石に出来ず、背中が少し痛むが特に怪我はない。さして高くなくて良かった…。見やれば、俺の背より少し高い…ニメートル位の低断層崖。

 折角だから、さっき光った所へ行ってみる事に。

 

『……何だ』

 

 ただの空き瓶だった。誰だよポイ捨てしやがったのは!

 落胆しながらUターンして引き返す。低断層崖は助走をつけて一気に駆け上がった。

 気を取り直して探索再開。神社の裏手へ回ると。

 

『これは…』

 

 そこには、巨大な大木が佇んでいた。

 …まさか、書籍「東方三月精」で出てきた、光の三妖精の新居か?

 確か、ここには元々落雷で裂けた大きなミズナラの木があったんだ。それを博麗霊夢が神木として祀った。しかし、霊夢は祀った神木を忘れてほったらかしにしてしまい、神木は忘れ去られて消えてしまったのだ。そこへ結界の外側にあった目の前の大木が割り込む様に結界の内側へ入り込んだ。

 ……いや、結界の境界があやふやになって、外でも内でもない中立地点になってしまったんだったか…? それを、幻想郷的な力で埋めたと、八雲(やくも)(ゆかり)が言っていた。恐らく、妖精が住み着く事だろう。

 何にしても、外側にもあるんだなぁ。

 

『そうだ、写真を撮っておこう!』

 

 ポケットから携帯を取り出して開くと、

 

『あれ…』

 

 携帯の電波が圏外になっていた。来たときは山中にも関わらず三本立っていたんだが…。

 まぁ、いいか。

 写真を撮り終え、辺りを十数分ほど探索したが、特に何もなかった。

 とりあえず、一度表へ戻る事にする。蓮子達が戻っているかもしれないしな。

 そう思い、表へ戻ってみると━━━

 

『…お?』

 

 ……先程と様子が違う。

 辺りに散乱していた落ち葉はどこにも見当たらず、手水舎を埋め尽くしていた落ち葉は消えて、そこには清浄な水が流れている。

 寂れた絵馬達は全て消え、神社もピカピカとは言わないが、割と綺麗になっている。

 

 そして、何よりも━━━中央に見知らぬ人影があった。年の頃、十五六の少女だ。

 俺の間抜けな声が届いたのか、彼女は此方を振り向いた。

 紅白色の巫女っぽいと言えばそう見えなくもない服に身を包んだ少女。

 紅を基調とした、脇丸出しノースリーブの服、同じく紅主体のスカート。髪は少し長めであろう、後頭部で赤いリボンを使って髪をポニーテールに纏めている。

 そして、二の腕辺りから手首までの長さの、巫女装束の様な白い袖。この袖の所為か、彼女に対して「巫女」という印象を受ける。

 

『あら』

 

 彼女は俺に目をとめるなり、

 

『参拝者かしら? 素敵な賽銭箱はそっちよ』

 

 と。そう声を掛けてきた彼女の姿は、まさしく東方projectの主人公「博麗霊夢」そのものであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。