『第三勢力だと…?』
『……それはつまり、私に敵対する……という事か?』
レミリア嬢の問いに、俺は首を横に振る。
『どちらの側にもつかない、という事です。レミリア様の僕になる訳にはいきませんし、薙の言う様にレミリア様の命を絶つ事もしません。俺は中立の立場としてお二人を止めます』
『……お前は妾無しでは何も出来ぬであろう?』
『それは、薙も同じなんじゃないかな?』
沈黙。辺りが静寂に包まれる。
そして、数呼吸の間を置きレミリア嬢が笑いだした。
『ハハハハハッ! …ならばその剣をへし折ってしまえば、お前は私のモノになるという事だ!』
『うぉっ!?』
その言葉を引き金に、レミリア嬢と薙のバトルが勃発。
レミリア嬢は己の身体能力の高さを生かして、室内を凄まじい速度で縦横無尽に駆けながら草薙の剣をへし折るべく、拳や蹴り、十センチぐらいの長さまで伸びた爪を振るう。
対する薙はというと、俺の右腕を勝手に操りレミリア嬢を迎え撃つ。何て言うか、俺の意志で動かす事が出来ないとか以前に感覚が無い。右腕が完全に乗っ取られている。何これこわい。
人の体を勝手に操るとか、お前も妖刀だろと言いたい。感覚が無いから手離す事も抵抗する事も出来ないし、もう呪われた装備品だろお前。
しかも、その右腕がレミリア嬢に負けないぐらいに速く動くのだ。
これは、何というか、その、傍目に見ているとキモイ。凄くキモイ。変態的な動きという言葉が良く似合う程にキモイ。兎に角キモイ。
何とか抑えようと左手で右腕を掴む。が、駄目…!
機械の様な力強さがあり、右腕の動きに合わせて左手ごと体がガックンガックン揺れる。
右腕強過ぎワロタ。自分の体なのにどういう事だってばよ…。
レミリア嬢と薙(俺の右腕)は互角の勝負を繰り広げているが、いつ均衡が崩れてどちらかが命を落とすか解らない。
『ぅあっ!?』
更に足までもが勝手に動いた!?
大きく一歩踏み込んで剣を振るう。
不意の事だった上、今まで右腕のみで闘っていたので警戒していなかったのか。流石のレミリア嬢も対応出来ず、体を深く斬られてしまい足をつく。思ったそばから均衡が崩れてしまった。
そこへトドメと言わんばかりに剣が振り上げられ━━━
『死ぬがいい!』
それは無情にも振り下ろされ━━━しかし、レミリア嬢の眼前でピタリと止まった。
『……馬鹿者がっ!!』
薙が怒りの声を発する。
何故ならば、レミリア嬢と剣の間に割って入るように、俺の左腕が其処にあったからだ。
『妾が止めなかったらどうするつもりだったのだ、お前はっ!!』
『……その時はその時だ。でも、薙はちゃんと止めてくれただろ?』
『……』
『ぉう…っ!?』
途端に右腕の支配が解かれる。一瞬だけフワッとした感覚があったかと思えば、次の瞬間には腕がプルプルと震えだした。筋肉疲労によるものだろう。
……うん、まぁ、あれだけ人間離れした変態的な速さと動きをしてたんだし、こうなるよね…。
剣を持っているのも辛いので、左手に持ち替える。
すると、背中をびしっと殴られた感触。ちょっと痛い。
振り返ってみれば、其処には実体を現した薙が立っていた。
『お前は甘いぞ、霊牙。妖怪に情けを掛けるなど、甘いにも程がある! ハッキリ言って見損なった! お前を選んだのは失敗だったかもしれんと思う程にな!』
『……』
返す言葉が無かった。
東方の原作キャラであるレミリア嬢を殺めるなど、俺には出来ない。出来る筈がない。
しかし、それを言う訳にもいかない。というか、言ったところで信じてもらえない。
そして、特に言い訳も思い付かない。
『……すまない』
結局、口をついて出たのは謝罪の言葉だった。
それを聞いた薙は怒った様に歯を食いしばり、俺の手から剣をぶんどった。
『もうお前など知らん! 吸血鬼の僕にでもペットにでも何でも勝手になるがいい! このへたれ!』
………。
へたれですいません……。
尚も薙の口撃は続く。馬鹿とか阿呆とか間抜けとかトンマとかへたれとか唐変木とか木偶の坊とかへたれとかクズとか虫けらとかへたれとか。
……へたれが一番…効くわ…。四回も言われたわ…。へこむわ…。
薙の容赦なさ過ぎる口撃に落ち込んでいると、不意に部屋のドアが勢いよく開かれた。中へ入ってきたのは、エメラルドグリーンの髪色をしたショートカットのメイド妖精。
『た、た、大変です、お嬢様! 侵入者です! 黒い剣を携えた人間が、紅魔館へカチコミをかけに来ま━━━』
メイド妖精がそこまで言った所で、彼女の腹部から黒く長細い物体が突き出した。次の瞬間には口から血を吐き出し━━━その体が霧の様に霧散し始め、彼女に刺さっていた黒い物体に引き寄せられ、消えてゆく。
メイド妖精の姿が完全に消滅し、ドアの影から姿を現したのは、全身が真っ黒な人の形をした何か━━━そう、まるで某少年名探偵の漫画に出て来る犯人の様な姿。しかし目は無く、全身は完全に真っ黒。更に、その体からは黒と紫が混じった禍々しいオーラの様なものを発している。
それの手に握られているのは、同じく真っ黒に染まった一振りの長剣。先程のメイド妖精はあれに刺されたのだ。
『……天羽々斬…!』
薙が呟く。
『……あれが…』
あれが。
あの禍々しいオーラを発しているのが、天羽々斬……。
何だ、この感覚は…! 相対しているだけで、全身の毛穴から汗が噴き出す様な恐ろしい感覚は…!
あれは、ヤバい。ただの人間の俺でも解る。尋常じゃあない……今すぐ逃げ出したいくらいだ…!
『おい、霊牙!』
『……ッ!?』
薙に声を掛けられる。しかし、天羽々斬から目を離す事が出来ない。奴の発する威圧感に呑まれているのが自分でも理解出来る。
体が、動かない…!
『……私の屋敷で、勝手な真似を…!』
レミリア嬢が立ち上がるが、また直ぐに足をついた。草薙の剣による一太刀は致命的だったらしい。立ち上がる事すらままならない様子だ。
……今、動けるのは俺だけだ…。俺がなんとかしなくちゃあ…。
そう思っても体は動いてくれない。
やがて、天羽々斬が動き出した。倒れている咲夜さんの方に向かっている。
まさか……まさか……!
奴は咲夜さんの前に立つと、手に持った剣を振り上げ━━━彼女の体を突き刺した。
『……ぁ…ッ! ……あぁ…っ!』
咲夜さんの体が、先程のメイド妖精と同じ様に消えてゆく。
━━━その光景を目の当たりした俺は、自分の中で何かがキレた音を聞いた様な気がした。