『この馬鹿! 阿呆! 間抜け! トンマ! へたれ! 唐変木! 木偶の坊! へたれ! クズ! 虫けら! へたれ! スットコドッコイ!』
霊牙に思い付く限りの罵声を浴びせていると、突然ドアが勢いよく開かれ闖入者が現れた。メイド姿の妖精だ。
『た、た、大変です、お嬢様! 侵入者です! 黒い剣を携えた人間が、紅魔館へカチコミをかけに来ま━━━』
その妖精は喋り終える前に、消滅してしまった。
いや、消滅させられたのだ。
━━━ドアの影から現れた、全身が真っ黒な人の形をした者の手によって。
『……天羽々斬…ッ!』
会うのは初めてだ。見るのも初めてだ。
それでも解る。感覚で解る。八岐大蛇の体から生み出された妾だからこそ解る。
奴から感じるおぞましい気配は八岐大蛇と全く同じなのだ。
あれが、天羽々斬。間違いない。
あの時の霊牙の推測は正しかったのだ。天羽々斬には、八岐大蛇の怨念が取り憑いているのだ!
チラリと、頼りの霊牙に視線を移す。彼は天羽々斬の放つ雰囲気に呑まれてしまっていた。
『霊牙!』
『……ッ!?』
呼び掛けてみても駄目だった。完全に腰が引けてしまっている。
……霊牙には確かに使い手としての資質がある。下手をすれば、今まで草薙の剣を手にしてきた誰よりも高い資質がある。
だが、余りにも未熟…! 戦闘に対する経験が少なすぎる…! 恐らく、命の奪い合いなど一度もした事がないだろう。
……どうするか。
妾が霊牙を操って闘わせたとしても、奴には勝てないだろう。使い手と妾の心が一つになる事で、初めて真の力を発揮出来るのだ。妾一人では太刀打ち出来ない。
第一、真っ先に霊牙が殺されて終わりだ。あの蝙蝠に勝つ事が出来たのは、奴が霊牙を狙って来なかったからなのだ。
だが、天羽々斬は違う。確実に使い手である霊牙を殺しにくる。そうなったら、妾を振るう者が居なくなり、全員天羽々斬によって始末される…!
ふと、天羽々斬が動き出す。先程、妾が意識を断ち切って気絶させたメイド少女の傍らに立ち━━━彼女の体を黒剣で突き刺した。
メイドの少女は、先程のメイド妖精と同じ様に
……この場に霊牙以外の人間が居なくなった。それはつまり、妾を振るう事の出来る者が居なくなった事を意味する。
いや、正確には居なくなってはいない。背後に膝をついている吸血鬼でも、一応は妾を振るう事が出来る。
しかし、草薙の剣としての力を発揮する事は出来ない。妖怪では駄目なのだ。真に力を発揮するには、使い手が人間でなくてはならない。
……だが、贅沢は言っていられない。このまま全滅するよりは、あの吸血鬼に賭けるしかない。
『おい、吸血蝙も━━━ッ!?』
不意に、妾の持つ剣が掴まれた。見れば、剣を掴んでいたのは霊牙だった。
そのまま剣を手に、天羽々斬に向かって歩みを進める。
……一瞬だけ霊牙の横顔が目に映ったのだが、その表情は怒りに染まっていた。先程まで怯えていたのが嘘の様に、怒りの炎を灯していたのだ。
構えも警戒もなく、無造作に歩み寄る霊牙。
それを見た天羽々斬は━━目は無いのだが━━地を蹴り、霊牙へ斬り掛かる。右の斬り下ろしだ。
これに対して霊牙も同じく右の斬り下ろしを放つ。
ガキンッ、という金属音が鳴り響き━━━天羽々斬は剣を弾き返された。
間髪を容れずに霊牙は体を横に一回転させつつ回し蹴りを繰り出し、天羽々斬の腹部に叩き込んで数メートル先までふっ飛ばした。
天羽々斬が直ぐに立ち上がる。霊牙はそれを待つ様に動かない。
コケにされたと捉えたか、天羽々斬が怒り狂った様に剣を振り回す。
が、当たらない。
霊牙はまるで太刀筋を見切っているかの様に、その全てを紙一重で躱す。
当たらない。当たらない。
どれだけ剣を振り回そうが、切っ先が掠る気配すらない。
やがて、霊牙が動いた。回避から一転、手に持った剣での力強い一太刀。
それは、天羽々斬が持つ禍々しい黒い剣を一撃でへし折った。刀身は放物線を描いて床へ落ちる。
それにより一瞬は怯んだ天羽々斬だったが、直ぐ様右手を振り上げ折れた剣で斬り掛かる。しかし、霊牙はそれを予見していたかの様に相手の手首を左手で掴んで止めた。そして、容赦なく剣を振り下ろし、腕を斬り飛ばす。
『━━━ッ!!!』
天羽々斬は痛みに苦しむ様に斬られた腕をおさえていた。喋る事が出来ないのか、呻いたり叫んだりはしないものの、その様相から苦しんでいるのは見て取れる。
霊牙は掴んでいた天羽々斬の腕を放ると、地を蹴り距離を詰めて目にも留まらぬ一閃。天羽々斬の胴体は真っ二つに両断された。
すると、先程剣に貫かれて消えた筈のメイド少女、メイド姿の妖精が数匹。そして、館の門番の娘が天羽々斬の胴体から飛び出した。
天羽々斬の体は塵の様に霧散して消え去り、剣も同様に消滅した。
『……テメーは俺を、怒らせた…』
霊牙が静かに呟く。
天羽々斬との闘いは、霊牙の圧勝に終わった。
ぶちギ霊牙さん。
普段から温厚な人はキレると怖いという。