グチャッ。
肉片が床に落ちる音。
その肉片とは━━━フラン嬢の右腕だった。
『……え…?』
フラン嬢は自分の腕から血が吹き出しているのを見ながら、何が起こったのか解らないという表情を浮かべていた。
それはそうだろう。
彼女は能力を使って俺を壊す筈だった。しかし、実際には俺が
『……助かったよ、薙』
そう、俺は薙のお陰で助かった。
俺がフラン嬢の能力で破壊される直前、薙が俺の右腕を操りフラン嬢の右腕を斬り飛ばしたのだ。
それも、距離に関係なく、である。
俺とフラン嬢の間には数メートル程の距離があった。しかし、薙が俺の右腕を操り虚空を斬り裂くと、フラン嬢の右腕が斬り飛ばされていた。どうやら距離を無視して標的を斬る事が出来るらしい。
思い返してみると、レミリア嬢と薙が揉めた時に咲夜さんが突然倒れたのだ。あれは恐らくだが、薙が咲夜さんの
その時も俺と咲夜さんとの間には数メートル程の距離があったのだ。その距離を全く無視して断ち切った。
断ち切るものを選択出来、距離を無視して斬り裂く。
……草薙の剣は矢張り、神話の剣だけあってとてつもない能力を秘めている。
『うぅう……うあああああぁぁぁぁっ!!』
フラン嬢は叫び出し、斬られた腕の部分を抑えながら床に伏せた。
……少し可哀想な気もするが、薙が彼女の腕を斬り落としていなければ、俺は今頃内臓を床にぶちまけ死んでいた。仕方のない事だった。
……でも、あんなに苦しそうに呻いているのを見ると、ちょっと心が痛む…。何か声を掛けた方が良いだろうか。
そんな事を考えていた時だった。
突然、フラン嬢の呻き声が止んだ。更に数拍の間を置いて、その小さな身体が小刻みに揺れ始める。
そして━━━クスクスと小さな笑い声。
……おいおい、このパターンは…。
フラン嬢がゆっくりと上半身を持ち上げ、
『━━━壊されるのって、気持ちいいんだね…』
……………グレート…ッ!
涙を流しながらも、表情は恍惚とした笑顔ッ!
マジにヤベェーよフラン嬢…! 即刻永遠亭に入院する事をお勧めするぜ。
まぁ、永琳はあくまでも薬師だから、精神的な事は門外漢だろうし診てもらえないと思うがね。
っていうかそれ以前に、こんなイッちゃってるフラン嬢を永遠亭に入れさせはしないだろう。誰だって関わりたくないぜこんなん…。
『お兄さぁん……』
フラン嬢がゾンビの様な足取りで此方に近付いてくる。
『もっと……もっともっと…私と壊し合おう…?』
…やれやれだぜ……何かもう……、……兎に角やれやれだぜ……。
自分の頬がひきつってるのを感じる。これは本当に関わっちゃいけない狂い方をしてらっしゃる……。
これを相手にした霊夢と魔理沙マジで何者だよ?
俺は薙が居るからまだ死なずに済んでるけど、こんなの人間が相手にするのは無理ゲーだろ……。
流石に主人公組は格が違ったとでも言っておこうか。二人とも絶対人間じゃない。
『…ッ!』
不意にフラン嬢が残った左手を此方へ向けた! また破壊能力を使う気だ…!
ヤバイ、殺られる…!
「安心せい、大丈夫じゃ」
唐突にエコーの掛かった薙の声が頭に響く。
大丈夫ってな、どゆこと?
「まぁ、あの吸血鬼を見てみろ」
言われるままフラン嬢へ視線を戻す。と、彼女は左手を握ったり開いたりしながら、小首を傾げていた。
……何してんだ…?
「能力遮断の効果だ」
能力遮断…? 何それ?
「簡単に言えば、相手からの害意ある能力を無効化するというものじゃ」
何それ!? すっごいチート能力!
「ちーと? 何じゃそれは…?」
えっ? えー…っと……最強とか、とても凄いとかっていう意味かな…。
「ほう。外ではちーとと言うのか」
う、うん……。
……本当は少し違うけど…。
っつーか、そんな便利な能力あるならもっと早く使ってくれても良かったんじゃ…?
「すまん、忘れとった」
おいィ…?
まぁ、兎に角フラン嬢の"ありとあらゆるものを破壊する程度の能力"は封じられた訳だ。一撃必殺は無力化した。
……したけど、別にフラン嬢が弱くなった訳ではないんだよなぁ…。依然、ピンチには変わりない。
そんな事を考えているとフラン嬢が、
『お兄さん…"目"が無くなっちゃったよ…? どこに隠しちゃったのかな…?』
『ハッハッハッ、そらぁ秘密です。それより、弾幕鬼ごっこの続きに興じようじゃあありませんか』
『んー……もういいや。白けちゃった』
『えっ』
途端、今までフラン嬢から感じていた圧倒される様な
『……え…っと、もう宜しいので…?』
『だぁーってぇー、私はお兄さんが内臓撒き散らして壊れる所が見たかったのに、"目"が無くなっちゃって壊せないんだもん。つまんなーい』
怖…っ!
『あーあ、疲れちゃったから寝よ。おやすみ〜』
『ゑ゛ゑっ!? いや、ちょっ、待って下さい!』
『んー、何? 私もう眠いんだけど』
欠伸をするフラン嬢。可愛い。
『いや、えっと、サインを戴きたいんですが…』
『サイン…? ……あー、そう言えばそんな事言ってたね。いいよ、紙とペン貸して』
幼女署名中。
『はい、どうぞ』
『ありがとうございます』
メモ帳には英語で書かれたフランドール・スカーレットの名前が。彼女も筆記体で書いており、レミリア嬢と同じくらいに字が上手い。貴族の教養パネェ…。
ってか教養あるのに、あんなクレイジーなのか…。フラン嬢ってよく解らん…。
『じゃ、私はもう寝るね。おやすみ〜』
それだけ言うと、フラン嬢はさっさと部屋から出て行った。
こうしてフラン嬢との激闘は呆気ない幕切れを迎え、俺は無事に彼女のサインを手に入れたのであった。