俺の目の前に博麗霊夢がいる。
……えーっと、どういう事だってばぜ? コスプレイヤーさんなのかな? それにしては化粧してないし、何というか……コスプレにしては見事過ぎるというか…。
それに、辺りに散乱していた落ち葉は何処に行った? 目の前の博麗霊夢(仮)が片付けたとでもいうのか? 俺が裏側を探索してる十数分の間に? 無理があるだろ!
そんな風に俺が思考を巡らせ、その場に立ち尽くしていると、博麗霊夢(仮)が訝しげに此方へと近寄る。
『…何だか見慣れない格好……あ、もしかして外来人かしら?』
『━━━ッ』
彼女の言葉に、思わず息を呑む。
外来人━━━幻想郷へ迷い込んでしまった、外の人間を差す言葉。
……まさか、俺は本当に幻想郷へ…?
…い、いや、まだ彼女が本物の博麗霊夢であると決まった訳ではない。コスプレイヤーさんが俺をからかっているのかもしれないのだ。
しかし、彼女がコスプレイヤーさんだとして、何故こんな所に? そもそも、俺達以外に人は居なかった筈だが…。
矢張り、本当に幻想入りしてしまったのか…?
いやいや、何を考えているんだ俺は。幻想郷なんて、本当に在るわけないだろうが。馬鹿か。
矢張り、目の前の少女はコスプレイヤーさんで…。
俺が考え込んでいると、博麗霊夢(仮)は俺の顔の前で手を振り、
『もしも〜し? 言語は通じてますかー?』
彼女の声にハッと我に返る。
『ご、ごめん、ちょっと考え事をしていて…』
『……その変な反応と変わった服装。やっぱり外来人みたいね』
彼女は咳払い一つ。
『私は博麗霊夢と言います。えっと……此処は幻想郷といって、信じられないと思いますけど、結界で覆われている……まぁ、解りやすく言うと異世界みたいなものです(本当はちょっと違うけど)』
『……!?』
……な、何を言っている…? 目の前の少女は何を言っているのだ…?
此処が幻想郷…? マジで言ってるのか…?
質の悪い冗談としか……いや、寧ろこれは夢か? 夢なのか?
そりゃあそうだよな、幻想郷が本当に在るわけないもんな。
ほら、試しにお尻を思い切り抓ってみても痛たたたたっ!? めっちゃ痛い!
……ゆ、夢ではないのか…?
『あのー、聞いてます…?』
『ふぇっ!? ああ、ごめん、聞いてるよォ!?』
『………』
……凄い疑いの眼差しで見詰められている。
うん、本当は聞いてなかったです。思わず咄嗟に嘘ついちまったぜ…。
『……まぁ、いいです。兎に角、貴方は幻想郷の外の世界から迷い込んでしまったんですよ。あー、外の世界っていうのは』
『ああ、いや…! …うん……知ってる……知っているよ…』
『…知っている?』
博麗霊夢は訝しげに首を傾げる。
『…一体どういう━━━』
『霊夢、居るかしら…っと』
霊夢の声を遮って、背後より別の少女の声。振り返れば、其処には霊夢と同じ位の年頃の美少女が立っていた。
髪は金色で腰辺りまで伸びており、毛先を小さな紫のリボンで幾つか結んでいる。
服装は紫を基調としたドレスで、スカートの先にはフリルが付いている。左手には閉じた扇子、右手は彼女の背丈に合った可愛らしい日傘をさしている。頭にはドアノブカバー……じゃなくて、ナイトキャップ。
━━━彼女の姿はどこからどう見ても、東方projectに登場するキャラクターが一人。境界の妖怪、八雲紫そのものであった。
『見かけない方ね。どちら様?』
『外来人よ』
彼女の問いに霊夢が答える。
八雲紫は「成る程」と呟き、 更に続ける。
『では霊夢、外へ送ってさしあげなさいな』
『言われなくても解ってるわよ! …えーっと……』
『あっ…俺は、霧崎霊牙…です…』
『霊牙さん、ね。では外へ送りますので、私に付いて来て下さい』
『あ、待って!』
踵を返して歩き出した霊夢を引き止める。
『何ですか?』
……今一現状が理解出来ていないのだが…正直混乱している。呼び止めたはいいが、何を言えばいいのか…。
……とりあえず、そうだな…。まずは確認をしなければ。
『えっと……ごめん、俺、少し混乱してて……此処は本当に幻想郷なの? 正直、悪い冗談にしか思えないのだけれど…』
『あー、まぁ混乱するのは仕方ないと思いますよ。……でも、妙な事を聞くんですね? 此処は確かに幻想郷で間違いないですよ』
……マジか? マジなのか?
俺は本当に幻想郷に居るのか…?
……今、それを確実に確認出来る方法を思い付いた。
『えっと、じゃあ君は本当に博麗霊夢なの…?』
『はぁ…? まぁ、そうですけど…』
『じゃ、じゃあさ━━━』
此処が本当に幻想郷で、目の前の少女が本当に博麗霊夢ならば━━━
『君は空を飛べるの?』
━━━博麗霊夢の能力は「空を飛ぶ程度の能力」である。もしも、彼女が本物ならば、空を飛べる筈なのだ。
『……』
少しの間。
やがて霊夢の服が微弱な風を受ける様に揺れる。
そして━━━
━━━彼女の体がゆっくりと宙に浮いた。
『………っ!!』
言葉が無かった。ただ、目の前で起こった現象に感動して、その場に立ち尽くしていた。
人が宙に浮いているのだ。まるで反重力でも使っているのかと思える様に、目の前の少女は空中に佇んでいる。
……これは、認めざるを得ない。彼女は本当に博麗霊夢本人なのだ。そして、此処は間違いなく幻想郷なのだ。
嗚呼、まるで夢の様だ! 俺の目の前に博麗霊夢が居るのだ! というか夢じゃないのか? いや、もう夢でもいい。夢ならば、もう少し覚めないでくれ!
少しして、霊夢が再び地上へ降り立つ。
『……これで満足ですか?』
『……ああ…! ああ! ありがとう!』
俺は感極まって霊夢の手を取り、強引に握手していた。
この感動はアレだ。好きな声優に「〜〜のキャラの台詞をお願いします!」とお願いして、言ってもらえた時の感動に似ている。……気がする。
実際に声優に会った事無いから知らんけど。
『━━━随分とお詳しいんですのね?』
と。背後に立つ紫がそう言った。
振り返ってみれば、開いた扇子で口元を隠し、怖い顔で俺を睨みつけている。
可愛らしい顔立ちの彼女が怖い顔しても、そう怖くはない━━━筈なのだが、何故か背筋が凍る様な感覚に体を支配されていた。まるで蛇に睨まれた蛙の様に動く事が出来ない。鼓動は早鐘を打つように鳴り、息苦しさを感じる。
…これが幻想郷の管理者、妖怪の賢者と呼ばれる大妖怪。八雲紫なのか。
『聞かせて戴きたいですわね。何故、外の人間である筈の貴方が、幻想郷についてそれ程お詳しいのか…』
紫様が目を細め、此方へ詰め寄る。
心臓を掴まれる様な感覚に襲われながらも、
『…えー、まぁ…自分が幻想郷について詳しいのは、かつて幻想郷に訪れた事があると言っていた外の人間から色々教えてもらったからですよ。本当に詳しい人でしてね。勿論、貴女の事も存じ上げていますよ、八雲紫様』
嘘っぱちである。そんな人間の知り合いは居ない。
そもそも、俺には蓮子とメリー以外の友達が居ない。僕は友達が少ない。
……あ…何か悲しくなってきた…。
『………』
紫様は俺をじっと見つめて動かない。対して俺はポーカーフェイスを意識して彼女を見つめ返す。
やがて彼女は目を伏せ、パンッと扇子を閉じて小さく溜め息を吐いた。
同時、思わずチビりそうになる程恐ろしかった威圧感も消えた。心中で安堵の溜め息を洩らす。
━━━貴女達の事はゲームで知りました。
……なんて馬鹿正直に答える訳にはいかない。
もしかしたら、原作者である神主が狙われ、神隠しにでも遭ってしまうかもしれないのだ。そうなったら、これから東方projectの新作が出なくなってしまう。
まぁ、数年前の東方神秘録からチェックしてないんだけど。
『…まぁ、いいでしょう。それで、貴方はどうするの?』
『……え?』
『幻想郷に残るか、外に帰るか』
『………』
……まさか、そんな問いを投げかけられるとは…。そうか、外来人の中には幻想郷に残る事を選ぶ人も稀にいるから、俺もそのクチだと思われているのかも。
……さて。だとすると、常識的に考えれば帰ってしまうのがベストである。
幻想郷には人間達が暮らす「人間の里」と呼ばれる場所がある。幻想郷は小さく、人間の数が減ってしまうと妖怪が困る為、無闇に襲われる無い。つまりは、命の保証がされているのだ。
しかして、外来人はその限りではない。外の世界から迷い込んだ人間は、幻想郷の人間ではないから殺しても人間の数は変わらない。故に、狙われ易く命の危険がある。
それに、此処で暮らす事を選べば外では行方不明となる。俺は一人暮らしだが、いずれ俺の失踪は家族に伝わり、心配を掛ける事になってしまう。
それを考えると、幻想郷に残るのは良くない判断であろう。
━━━だが。それでも。
俺は今、幻想郷に居るのだ。今回は運良く
そう考えると、頭では帰らなければならないと理解していても、何もせず帰るというのは……矢張り、嫌だ。
━━━せめて証が欲しい。俺が幻想郷に居たという証が。
それにはどうすればいい?
ふと、ズボンのポケットにメモとペンが入っていたのを思い出して、それらを手に取りじっと見詰める。
『俺は━━━』
ある決意を胸に秘め、覚悟を口にする。
『━━━滞在する事を選びます』
それが、俺の答えだった。