『…ぅ……ん…?』
目を覚ますと、知らない天井が広がっていた。ボケッとした頭が徐々に覚醒し始め、昨日の出来事を思い出す。
……ああ、そうだ…紅魔館に泊めさせてもらって…。
……今は朝だろうか? 窓が無いので時間帯がよく解らない。携帯は香霖堂だし━━電池は俺が所持している━━、時計は持っていない。
とりあえず起きるか…。
そう思って横に視線を移し━━━メイド姿の少女がベッドの傍らに立っている事に気が付き、
『━━━ヘアァッ!?』
咲夜さん!? ナズェミデルンディス!?
思わず、「親父ィ…」に制御装置を着けられる直前のブロリーみたいな声が出た…。
『おはようございます』
『あ、はい、おはようございます……って、何時からいらしたんですか…?』
『つい先程です。脱衣所で顔を洗ってきて下さい。朝食の御用意が出来次第、呼びに参りますので』
『あ、はい…ありがとうございます…』
『では、失礼致します』
そう言い残すと、咲夜さんは姿を消した。
……朝食って事は、朝なんだな…。何時ぐらいだろうか?
まぁ、とりあえず言われた通りに脱衣所で顔を洗って来よう。
彼処には何故か洗面台がある。蛇口もちゃんとついていて、水も出る。一体、何処から水を引いているのだろうか? 湖か、それとも近くの山か。
『……くああぁぁ……っ!』
大きく伸びをして、ベッドから出ようとしたところ。枕元に何か置いてある事に気付いた。
『……あ、俺の服…』
其処に置いてあったのは、俺が着ていた服だった。白のシャツに黒の幅広の長ズボン。そして、黒のジャケットが綺麗に畳んである。
咲夜さんが洗濯しておくと言っていたものだ。広げてみると、美鈴さんやフラン嬢との闘いで破れたり
どんだけ瀟洒なんだ、あの人……。後でお礼を言わなければ。
俺は自分の服に着替え、着ていた浴衣を畳んでベッドの上に置いた。そして、メモ帳とペン、携帯の電池をポケットに入れ、部屋から出て脱衣所へと向かった。
★
顔を洗った後、レミリア嬢と朝食を摂った。相変わらず殺人的に美味しかったです。
で、今はレミリア嬢と二人で彼女の先導の元、図書館へと向かっている。目的は当然ながらパチュリー・ノーレッジ卿のサインを貰いに行く事だ。
天羽々斬を叩っ斬った時にレミリア嬢が褒美をやる、と言ったのでパチュリー様を紹介していただく事にした。
本当はフラン嬢を紹介して貰おうと思っていた━━いざとなったらレミリア嬢が守ってくれるかもとか甘い事を考えていた━━のだが、レミリア嬢には露骨に嫌そうな顔をされて断られた。フラン嬢とは仲が悪いんだろうか…。
まぁ、兎に角パチュリー・ノーレッジ卿の所へ向かっているのだ。
しかし、ノーレッジ卿……ノーレッジ卿か。何か廚二っぽくて格好いいな。
よし、心の中ではノーレッジ卿と呼ぶ事にしよう。
そんなどうでもいい事を考えていると、レミリア嬢の足が止まった。思わずぶつかりそうになったが、何とか踏みとどまれた。危ない危ない…。
『此処が図書か……』
クルリと振り返るレミリア嬢の言葉が途中で止まる。
それは何故か。
恐らく、俺とレミリア嬢の距離が異様に近かったからだろう。振り返った拍子に彼女の肩が俺の腹部辺りに軽く触れたし。
何故距離がそんなに近いかと言われれば、まぁ俺がレミリア嬢にぶつかりそうになった次の瞬間に彼女が振り返ったからで……。
とりあえず俺は二歩後ろへ下がる。
……改めて彼女の顔を見ると、頬が僅かに引きつっている。
『……霊牙』
『……はい』
『……お前、やっぱロリコ』
『違います!! 断じて違います!! 全力で違います!!』
再び降りかかるロリコン疑惑の誤解を解くのに十数分掛かった。
★
『うわぁ…』
図書館の中へ足を踏み入れると、とてつもない数の本が蔵書されていた。
本、本、本。見渡す限り本棚に収められた本ばかり。本棚は八段入りの物が縦に十以上も積み上げられ、天井に届きかねない程の高さ。当然ながら天井は高い。
横にも広い。積み上げられた本棚が、ズラリと並んで列をなしている。
一体、何千……いや、何万冊の本が此処に蔵書されているのか。管理大変そう……。
『こっちだ』
レミリア嬢が本棚の間へ入ってゆき、その後に俺も続く。
……この本棚、倒れてきたりしないよな…? 流石に固定されてるよね…?
でも固定されてたとしても、地震とかきたら本が落っこちてきそう。恐ろしや…。
暫く直進して本棚の角を曲がると、開けた場所に出た。
其処には、机の前の椅子に腰掛け、本を読みふけっている少女の姿があった。
長く紫色の髪をしており、毛先をリボンで纏めている。服装は紫と薄紫色の縦縞が入った、ゆったりとした服。その上から薄紫の薄い生地のローブを羽織り、頭には三日月の飾りが付いた薄紫のナイトキャップを被っている。
何となくではあるが、寝間着の様な印象を受ける服装だ。
彼女がノーレッジ卿こと、パチュリー・ノーレッジである。
……何というか、本を読んでいる姿が凄く様になっている。思わず、ぼけーっと見とれてしまう程だ。
『パチェ』
レミリア嬢が声を掛け、ノーレッジ卿が漸く此方に気付いたらしい。
『あら、レミィ。……と、何そいつ?』
ノーレッジ卿は俺を見るなりジロリと睨み付けてきた。こ、怖ひ…。
『私の
『……霧崎霊牙と申します。以後、お見知り置きを』
名乗り、礼をする。
が、ノーレッジ卿は興味なさげに「あっそ」と切り捨てた。悲しい。
『レミィは何か用事なの?』
『私の客人がパチェにお願いがあるそうだ』
『そう。私には全く関係ないわね。帰ってもらって頂戴』
うわぁ……心底どうでも良さげって感じだ…。
なんかもう、ATフィールド全開って感じじゃん…。綾波だってそこまで酷くないよ…。
『だとさ。どうする、霊牙?』
と、レミリア嬢。何でそんな愉し気にニヤニヤしてるんですかね…。
『ほんのちょっとしたお願いなのです。お時間は取らせません』
『嫌よ。人間風情が、とっとと帰りなさい』
……取り付く島もないって感じだな…。
だが、諦める訳にはいかない。美鈴さんのサインは予約済みだから、後はノーレッジ卿のサインを貰えれば紅魔組のサインはコンプリートなのだ。
という訳で、必殺ッ!
『お願いします』
ジャパニーズ土下座!
恥も外聞も俺にはぬぇ! サイン貰えるなら靴だって舐めるぞ、俺は!
プライドは投げ捨てるもの!
何か後ろでレミリア嬢がプッと吹き出した様な声が聞こえた気がしたが、俺は一向に構わんッ!
っていうか何で吹き出したんだ? 何か笑える要素あったか? レミリア嬢のツボはよく解らない。
十数秒が経ち、
『…何故、そこまでするの…?』
ノーレッジ卿の問い。俺は頭を上げて答える。
『私は証が欲しいのです。自分が幻想郷に居たのだという証が。そのために、幻想郷の有力者達の署名を集めて回っています。それには
再び頭を深々と下げる。
『……』
━━━沈黙。
頭を下げたままの俺には、ノーレッジ卿が今どんな表情を浮かべているのか解らない。もしかしたら、俺の言葉なぞ無視して机に向き直っているのかもしれない。
それでも、俺に出来るのは誠意を見せる事のみである。例えどれだけの時間が掛かろうとも、サインを貰えるまで此処を動かないつもりだ。
それから一二分が経過しただろうか。
ノーレッジ卿が、
『…解ったわ』
と、観念した様に呟いた。
俺は体をバッと上げて、
『……宜しいのですか?』
『どうせ私がサインするまで居座るつもりでしょ。目障りだし、サインしてあげるからさっさと紙を寄越しなさい』
『……ッ! はい!』
少女署名中。
『ほら、これでいいでしょ』
『ありがとうございます!!』
ごまだれ〜!
ノーレッジ卿の署名を戴いた。英語の筆記体表記である。矢っ張り綺麗な字。
『ごまだれ?』
『あ、お気になさらず』
歓喜の余り、思わず某時の勇者の如くにメモ帳を高々と掲げてしまっていた。馬鹿か俺は。ゲーム脳乙。
レミリア嬢とノーレッジ卿が怪訝な視線を向けてくる。聞かなかった事にして下さい。
『兎に角、これでもう用はないでしょ。早く帰って頂戴』
『あ、あの…もう一つお願いが…』
『……図々しいわね貴方』
図々しくてすみません…。
『で、何よ?』
『小悪魔さん、っていらっしゃいますよね?』
『……何故そんな事を知っているの?』
『幻想郷に詳しいという人に聞いたのですよ』
『……』
ノーレッジ きょう の にらみつける こうげき。
れいが は ないしん ビビって いた。
しかし、ここはポーカーフェイス。内心では冷や汗かきまくりだが、それを悟られてはならない。
幻想郷の住人に東方projectの事を教える訳にはいかないからだ。巡り巡って紫様の耳に入ってしまうかもしれない。まぁ、それ以上に説明するのが面倒というのもあるが。
やがてノーレッジ卿がパチンと指を鳴らした。
『お呼びでしょうか』
本棚の陰から赤毛の少女が現れた。
腰まで届きそうな長さのストレートヘアーで、横髪は肩に掛かる程度。瞳の色も赤。
服装はというと、黒の女性用スーツで胸元には赤いネクタイという出で立ち。また、黒のニーソックスを着用している。
そして、一番の特徴は矢張り、背中と頭から生えた一対の翼だろう。レミリア嬢と同じく、蝙蝠の翼だ。ただ、レミリア嬢と比べて小さく、背中のは五六十センチ程度、耳の上辺りから生えている方は十五センチ程度だろう。
服装の所為だろうか。何となくクールビューティなイメージを受ける。
『彼が署名をご所望よ』
『ほう、署名ですか』
小悪魔と目が合う。彼女はニィと、官能的な笑みを浮かべた。
……何故だろう、背筋にゾクッと悪寒が走った。
小悪魔ってもっとドジっ娘とか駄目な印象があったんだけど、想像と全然違う…。
『……お願いします』
恐る恐るメモ帳を渡す。
『畏まりました』
少女署名中。
『どうぞ』
『ありが━━━』
メモ帳を受け取ろうとして彼女の手が少し触れ━━━瞬間、体中に悪寒が駆け巡った。先程よりも更に凄まじい悪寒。
……だが、特に何もない様子。
『…ありがとうございます』
改めてメモ帳を受け取る。
小悪魔と、漢字で署名されている。何か、パソコンの明朝体みたいな字だな…。
というか、
『…名前って小悪魔なんですか?』
『それが、パチュリー様から賜った私の名前ですから』
『…本来の名前は?』
『ありません。私は小悪魔。パチュリー様に仕える小悪魔。それ以上でも以下でもありません』
うーん、つまり召還者であるノーレッジ卿が彼女を召還した時に小悪魔と名付けたって事かな…?
何か、あくまで執事の人━━あれも人じゃないが━━みたいだな…。
『もう用は済んだでしょう。早く帰って頂戴』
『あ、はい。ありがとうございました』
改めて二人に頭を下げる。
『行くぞ』
『はい』
レミリア嬢の後についてゆく。
そして、図書館を出る前にチラッと振り返ると━━━微笑を浮かべる小悪魔が此方をジッと見ていた。視線が合った瞬間、またもや背筋に悪寒が走る。何なんだ一体…。
とりあえず俺はニコッと微笑み返して、レミリア嬢と共に図書館を後にした。