『もう行くのか』
玄関ホールにて、レミリア嬢がそう言った。彼女の後ろには咲夜さんが控えている。
『ええ、用事は全て済みましたので。色々とありがとうございました』
二人に対面して立つ俺は頭を下げた。泊めさせて頂いたうえ、至れり尽くせりだったので感謝の言葉も無い程である。
特に咲夜さんにはお世話になりっぱなしだった。
『ふぅむ、残念だな。あと二三日もあれば、お前を完全に僕にしてやれたのだがな』『たはは……それは御勘弁を』
乾いた笑いとともに頬を掻く。
本気でやりそうだから怖い。もしも僕になったら、毎日血をすわれそうだ。
まぁ、薙のチート能力があるから"魅了"はもう俺には効かないが。
『それでは、お世話になりました』
『うむ、また何時でも来るがいい。その時はもう一度血を吸わせてもらうがな』
『"魅了"するのは勘弁して下さいね。では、ありがとうございました』
俺はもう一度深々と頭を下げ、邸内を後にした。
★
『美鈴さん』
紅魔館の庭にて。色とりどりの花が咲く花壇の前に屈んでいる美鈴さんに声を掛けた。
『ああ、これは霊牙さん』
俺の姿を見るなり、彼女は立ち上がって此方に歩み寄る。
『約束通り、署名を戴きに来ました。門の前に居なかったので、少々驚きましたよ』
『あはは、すみません。庭弄りも私の仕事の内でしてね。では、署名をしましょうか』
少女署名中。
『どうぞ』
『ありがとうございます』
メモ帳には、丁寧な字で"紅美鈴"と署名が書かれている。
紅魔館の人は何でみんな字が綺麗なんだろうか。
『ところで霊牙さん、少しお時間宜しいですか?』
『え? ええ、構いませんが』
『昨日話していた技ですが……確か、通背拳と言っていましたか』
通背拳。
大林寺拳法漫画の主人公が使っている技である。
体内の気功を掌より放出し、相手に叩きつける大技だ。直撃すれば気絶は免れない程の威力がある。
昨日の武術談義の際に、自分が体得出来なかった技━━主に漫画の技━━について色々と話したのだ。
その一つが通背拳である。
『通背拳がどうかしました?』
『技の詳細を教えて頂きたいと思いまして。気功の技と言っていましたから、もしかしたら体現出来るかもしれません』
マジで? 流石美鈴さん、武術達人である。
あの通背拳が見れるのならば、是非とも見てみたい。
『解りました。まず昨日話した通り、必要なのは強い踏み込みです。そして、重要なのは踏み込みの強い反動を、足から胴へ、胴から腕へと伝える螺旋の動きです。ちょっと動きだけやってみますね』
形だけなら真似出来る。本気で習得しようと一年近く掛けて練習しまくったからだ。強い踏み込みも、それを伝える螺旋の動きも完璧だと自負している。
まぁ、気功が無いから結局は無理だったんだけど。
構えは、右掌を前へ突き出し、左掌を胸元の前へ。足は肩幅程度に開く。
そして、頭の中で師範の姿を思い浮かべ━━━
『はぁっ!!』
大きく一歩前へ出て、右足で地面を踏み抜く。
ダンッ、と大きい音が鳴り響いた。同時、足、胴、腕の順に素早く螺旋の動きを描く。
『とまぁ、こんな感じです。……美鈴さん…?』
彼女は顎に片手を添えて、俺をジッと見詰めていた。
ど、どうしたんだろう…? 何か変な所でもあったんだろうか…?
やがて美鈴さんは俺の背後に回り、俺の背中を右手で軽く触れた。
瞬間━━━体内から暖かい何かが沸き上がり、それが体中を覆う感覚に襲われた。
美鈴さんが徐に口を開き、
『解りますか? これが"気"です』
『━━━ッ』
………。
……これが。
これが"気"の力。
外の世界で、数年以上の修行を続けても決して体得出来なかった"気"……。
『一体、どうやって…』
『霊牙さんは体内で"気"を練る事自体は出来ていました。ですから、それを外側へ引き出してあげただけですよ』
……達人凄ぇ…。
『その状態で、もう一度やってみて下さい』
『………』
言われるまま再び構え━━━
『はぁっ!!』
ダンッ、と強力な踏み込み。その反動が足から胴へ、胴から腕へと伝わり━━━掌から何か力強いものが放出された。
ブワッと風が巻き起こり、土煙が軽く舞い上がる。
『………』
……俺は今、憧れの師範の技を……通背拳を……。
美鈴さんが俺の肩をポンと軽く叩き、
『やりましたね』
『………ッ! はい!』
俺は美鈴さんのお陰で通背拳を習得出来たのだった。チャラララッチャッチャッチャー♪
『ですが、そのままだと体中の"気"がどんどん抜けていってしまいます』
『え゛っ!? それって、ヤバくないですか!?』
『ええ、ヤバいです。ですので、先ずは"気"のコントロールを教えましょう。さぁ、心を落ち着けて』
『は、はい━━━』
その後、気功について数十分に渡るレクチャーを受け、"気"も自在に操れる様になった。
美鈴さん曰く、元々気功に関する基礎は充分に出来上がっていたから体得が可能だったのだとか。漫画の修行を真似てただけなんだが……。
でも、俺はそれ以上に美鈴さんの教え方が良かったのだと思っている。でなければ、俺はこれほど簡単に気功を操る事は出来なかっただろう。
それと余談だが、美鈴さんは軽々と通背拳を打ってみせた。流石達人としか言いようがない……。
★
『では、俺はこれで失礼します』
『ええ、お気をつけて』
開かれた門の前にて。美鈴さんと別れ挨拶を交わし、紅魔館に背を向けようとした時━━━ガチャリ、と。館のドアが開かれた。
中から現れたのは━━━フラン嬢だった。可愛らしい日笠を片手に持っている。日光対策だろう。
彼女はニコニコと微笑みながら俺の前へと歩み寄る。
見た目には可愛いとしか思えないのだが、昨日の狂気に満ち満ちた彼女の言動もあり、俺は内心滅茶苦茶びびっていた。
……いきなり襲い掛かってきたりしません様に…。
『え、っと……何かご用ですか?』
『お兄さんにお礼を言っておこうと思って。私と遊んでくれて、ありがとね』
『あ……い、いえ…。ど、どう致しまして…』
可ん愛いぃ〜。
まさかお礼を言われるとは思っていなかったので、少し
等と思った次の瞬間、
『それから、また私と遊んでくれると嬉しいな━━━次はちゃんと壊してあげるね』
『━━━』
玩 具 認 定。
絶句した。言葉が無かった。背筋を悪寒が全力疾走していた。
マジでヤベェー……フラン嬢にロックオンされた…。
『じゃあね』
フラン嬢はそれだけ言い残し、上機嫌な足取りで館へと戻ってゆく。
俺はもう、顔をひきつらせてその場に立ち尽くしていた。
暫くして美鈴さんが俺の肩にポンと手を置き、
『……ドンマイです』
『……はい』
慰めてくれる美鈴さんマジ優しい。
『では、俺はそろそろ失礼しますね。色々とありがとうございました』
『いえ、私こそ。お気をつけて』
『はい、レミリア様にも宜しくお伝え下さい』
改めて美鈴さんに別れを告げ、俺は紅魔館を後にした。
フラン嬢にあんな事を言われはしたが、もう紅魔館へ来る事は無いだろう。っていうか絶対来ない。死にたくないし。
こうして、長い様で短い紅魔館一泊二日の豪華お泊まり会は無事に幕を下ろしたのであった。チャンチャン。