『では霖之助さん、また』
『ああ、待ってるよ』
日は沈み、辺りはすっかり暗くなった頃。こんな時間になるまで霖之助さんの蘊蓄に聞き入っていたが、魔理沙が止めなければ日を跨いでいたかもしれない。
用事も済んだし、お暇する事に。草薙の剣は鞘に収め、いつでも抜刀出来る様に背負っている。
『…お昼の時みたいな飛行は勘弁してよ』
『わかってるって。吐かれたら嫌だからな』
平常運転ならきっと大丈夫だろう。しかし、箒で飛ぶのは運転というのだろうか?
心底どうでもいい疑問であった。
魔理沙と俺は箒に跨がり、人里を目指して空を行く。
地上でしきりに鳴いていた虫の声も、上空にまでは届かない。衣服がバタバタとはためく音のみである。そして、魔理沙の髪が顔に当たってこそばゆい。
暫くして人里が見えてきた。矢張り幻想郷は大して広くはない。
夜なので、灯りが幾つも連なって遠くからでも判りやすい。
しかし、俺はこの時既に目的地を変更していた。
★
『着いたぜ』
着陸。しがみついていた魔理沙の体から離れ、箒から降りる。
『ありがとう。こんな時間まで付き合わせてごめんね』
『ああ、まさか香霖の蘊蓄に聞き入る奴が居るとは驚きだったぜ』
俺は東方projectを宗教の様に信仰している。原作キャラは神様。つまり、霖之助さんの蘊蓄も、俺からすれば神様の有り難い御言葉と同義なのである。
というか、
『霖之助さんの蘊蓄、結構面白かったけどね』
『……異常だぜ』
そこまで言うか。
『まぁ、私はまた香霖堂へ戻る。ここまで連れてきておいて何だが、お前も一緒に花火やるか?』
『いや、折角のお誘いだけど、俺は別に行きたいところがあるから今回は遠慮しておくよ』
『へえー、何処だよ?』
『紅魔館』
『………』
途端に会話のキャッチボールが途切れる。
どうした魔理沙。そんな哀れむ様な目で人を見て。若干失敬だぞ。
『どうかした?』
『いや……生きて帰れるといいな』
何て不吉な事を言うんだ!
『送っていってやろうか?』
『いや、一応道中で会いたい人が居るから、徒歩で行くよ。ああ、方角だけ教えてくれる?』
『紅魔館はあっちだ。……生きて帰れるといいな』
二度も言うな!
『じゃあな。生きてたらまた会おうぜ』
そして、去り際にも不吉な事を言い残す魔理沙。
彼女の目から見ても、
★
『ラッタラッタラ〜♪』
自分でもよく解らん歌を口ずさみ、雑木林をスキップしながら進んでゆく。 外の世界だったら、完全に不審者である。
僅かな月明かりの元、紅魔館を目指して進む。
さて、会いたい人物がいるとは言ったものの、会えるだろうか? 主な生息地は不明だが、紅魔郷では霧の湖周辺にいた。
まぁ会える確率は低いが、まだ慌てる様な時間じゃない。ゆっくり探せばいいさ。
『あ痛っ!』
…なんて考えながらスキップしていたら不意に転んだ。暗がりでスキップなんてするもんじゃねぇな…。
『大丈夫?』
地面に倒れ伏していると、頭上から声。顔を上げれば、目の前には金髪美少女が立っていた。
外見から察するに、年齢は十歳前後といった所か。瞳は赤く、髪は金色のボブカット。上側が白で下側が黒の洋服を着ており、下は黒のロングスカート。胸元には赤いリボン。また、左側頭部辺りにも赤いリボンをつけている。
どう見てもルーミアです。本当にありがとうございました。
とりあえず俺は服についた砂を払いながら立ち上がる。いつまでも寝そべっている理由は無いし、何よりも傍目に見れば少女のスカートの中を覗こうとしている変態に見えなくもないかもしれない。
『ああ、うん。こう見えて体は頑丈だから大丈夫だよ』
『そーなのかー』
リアルそーなのかーキタアアアアアアァァァァァッ!!!!!
笑顔がかわゆい!
しかも俺の心配してくれるとかマジ天使。誰だよ人喰いとか言ってんの。
ただ、欲を言えば原作みたく両手を横に広げて「そーなのかー」を言ってほしかった。
『ところで、あなたは食べてもいい人類?』
前言撤回。間違いなく人喰いだわ。
誰だよ天使とかほざいてたボケナスは。俺か。
人はこの笑顔に騙されるのだ。
『俺は毒人間だから食べたらお腹壊すよー』
『人間に毒とかあるの?』
『あるよー。しかも吐くほど不味いよー。ゲロみたいな味するからね』
『そーなのかー』
『そーなのだー』
嘘だけどー。っていうか知らんけどー。
『ところでルーミア』
『なにー? ってあれ? 私名乗ったっけ?』
『俺は幻想郷の事なら何でも知ってるんだ。だから、ルーミアの事も知ってるのさ』
『そーなのかー』
『そーなのだー』
わはー。
『ところで、ちょいとお願いがあるんだけど』
『なにー?』
『このメモ帳に名前を書いてくれないかい?』
ポケットからペンとメモ帳を取り出す。
『名前をー? なんでー?』
『俺は幻想郷を巡って有名な人のサイン━━━署名を集めてるんだ。だからルーミアのサインも欲しくてね』
『私って有名?』
『有名だよー。めっちゃ有名だよー』
外の世界では、ね。
『いいよーサインするー』
少女署名中。
『ありがとう。お礼に飴ちゃんをあげよう』
『わー、ありがとー』
ポケットに入ってた飴を渡すと、ルーミアは早速舐め始めた。ゴミは俺がもらっておく。ポイ捨て厳禁。ダメ、絶対。
『じゃあ、俺は行くところがあるからこれで』
『うん、じゃあねー』
ルーミアは飛び去っていった。
……白か。勿論、ドロワだけど。
『……あれ』
ふと、ルーミアの能力を思い出した。
彼女の能力は「闇を操る程度の能力」である。基本的に新月の時以外はその能力で自分を闇に覆っていると聞く。
今日は新月ではないのだが、何故能力を使っていなかったのだろうか?
『……まぁ、どうでもいいか』
多分、今日は月明かりが弱いからとかそんな理由だろう。若しくは、能力使用時に矢鱈と木とかにぶつかるから夜は使わないとか。
『さて、紅魔館へ向かいますか』
考察もそこそこに、俺は再び雑木林の中を進んでいく。
その際、余りの上機嫌に再びスキップしながら進んでいたら、また転んでしまった━━━というのは余談である。