愚かな僕は勇者になれない   作:ソウブ

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一話 演目の始まり

 ――――どうして、こんなことなってしまったんだろう。

 どこで、間違えてしまったんだろう。

 ……最初から……間違っていたのかな。

 

 

 ――――もう、戻れない。

 僕は自分の意思でそれをしてしまった。

 今までの知らなかったからという言い訳も通用しない。

 元々知らなかったでは済まされない事だったけれど。

 僕は、皆を守るためにほかの人間を切り捨てた。僕が、殺したんだ。

 結局僕は、強くも、優しくも、かっこよくも、成れなかった。

 ただの弱い凡人で、クズだ。殺されても文句が言えない。

 僕はそれだけのことをしてしまった。むしろ殺してくれ。

 

 ――いや、嘘だ。死にたくない。皆と一緒にいたい。他の人間なんてどうでもいい。 結局それが、本音だ。

 僕はそんな、正真正銘のクズなんだ。

 だって、皆を失うぐらいならああしたほうがよかった。

 僕は後悔をしていない。

 もしもやり直せたとしてもまた同じ選択をするだろう。

 

 だから、僕はもう既に、終わっている。

 

 

 

 

 ――――なくなっていく。

 僕から、何もかも引き剥がされて。

 無くなって。

 亡くなって。

 ナクナッテイク。

 そして――――歪が混じる。

 強大な、歪が。

 けれど優しく勇ましいものも。

 溶けて、混ざる、雑ざる。

 混ざって、強固に固まる。

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 

 

 

 意識が、覚醒する。

 寝起きで視界がぼんやりする。

 瞬きをしながら、寝起きの定まらない思考で考える。

 今日は、学校あったっけ?

 何曜日か忘れてしまった。

 あるなら、早く起きないと……。

 でも、起きるのめんどくさいなあ。

 後ちょっとぐらい寝ていても、良いんじゃないだろうか。

 うんうん、そうだよ。後ちょっとぐらい。

 寝ようか――と思った矢先、違和感を抱いた。

 

 思考しているうちに意識が段々覚醒していたからだろう。それなりに定まった思考で

、今までと違う感触を感じた。

 僕は今まで寝ていたんだ。なら、いつも寝ているベッドにいるはずだ。

 なのに、寝ている感じがベッドとは違って、すごく寝にくい。

 なんか、ちくちくするような、ごつごつしてるような、そんな感覚。

 眠いが、とりあえずその違和感を確かめようと、起き上がることにする。

 身体が少しだるかったが、なんとか起き上がる。

 すると、異常が目に飛び込んできた。

 

 一瞬で目が覚めてしまった。

「なんだよ……これ……」

 目の前には、まさに異界と言った様な、不思議な世界が広がっていた。

 僕が寝ていた場所は、色んな色が散りばめられた様な巨大な木の根の大地で。

 周りには、神秘的な色合いの大樹が三々五々に生えていて、巨大な根が縦横無尽に絡

まっている。

 辺りには動物や虫など一匹も見当たらず、異様な静けさに包まれている。

 これは夢か?

 頬を抓るが――――痛い。

 すぐそこにある地面に触れてみる。

 夢でしかこんなことはありえないと思う……でも、この質感、頬を抓っても痛いだけ

という事実、これは……。

 現実、なのか……? 

 そんな馬鹿な。

 と、笑い飛ばすことが出来ない。

 それぐらい現実感がある。

 そもそも、もしも夢だったとして、今夢だと分かったなら起きようと思えば起きれる

はずだ。 

 だが、一向に覚める気配は無い。

 つまり、現実ということだ。

 それは分かった。でも。

 どうしても言いたくなってしまう。

 そんな馬鹿な、と。

 こんな異常直ぐには信じられない。

 だって、僕は今まで普通に――――――。

 

 ……あれ?

 僕は今まで、何をしてた?

 というか。

 何も、思い出せない……。

 いや、何もというのは語弊があるかもしれない。

 自分の名前とかは分かる。僕は夢河朝陽(ゆめかわあさひ)だ。

 そして年齢は十四歳、のはず。

 でも、ほとんどの事が思い出せない。

 今までどうやって生きてきたのかも。

 家族や知り合いのことも。

 あらゆることが記憶に無い。

 記憶喪失なんて、本当にあるのか。

 実際に起きたなんて聞いたことも無いぞ。

 いや、記憶が無いからわかんないけど。

 そんな気がしただけだ。

 でも。

 

 自分が記憶喪失だと今僕は自覚した。

 そして、最初にやってきた強烈な感情がある。

 それは、恐怖だ。

 記憶が無いということは、完全な孤独だということだ。

 これからどうすればいいのか。何を頼りにして生きていけばいいのか。

 それが分からない。

 怖い。こんなのは怖すぎる。

 動悸が激しくなって、息が荒くなっていく。

 僕はこんなにも臆病なのか。

 涙が出そうになる。

 でも、この怖さは体験しなければ分からない。

 まるで何も見えない深海に一人取り残されたような、そんな途方もない恐怖。

 僕は、どうすれば…………。

 

 ――――ふと。

 

 思考に生まれた。

 強く、優しく、かっこよく、在らなければ。

 その三箇条を守らなければいけないという思いが。

 

 理由なんて分からないけど、僕はそうしないといけないと、いや、そうしたいと思った。

 だったら、怯えている場合じゃない。

 無理にでも気を奮い立たせて、強く在らねば。

 恐怖に乱されていた息をなんとか落ち着かせて、立ち上がる。

 まずは、状況を理解しなければ。

 これからどうするかは、まず第一に情報を得なければ、何も分からない。  

 だから、この不思議な大木や草がある場所がどんな所なのか、帰れるのか、帰れたとしてその方法は。

 それらの事を確かめなければ。

 とりあえず、どの方角へ行けば良いかも分からないし、適当に方向を決めて歩いてみよう。

「よし……行くぞ……」

 自分を鼓舞するために呟いて、歩き出した。

 ――――――と同時に。

 

 

 爆音。

 木々がざわめき、大地が振動する程の、巨大な音。

 それが突然聞こえた。

「――っ! な、なんだ!?」

 今までの静けさからの、今の轟音だ。

 心臓が縮み上がるほど驚いて、音がした方向に振り向いた。

 けれど、大木たちに阻まれて、その向こうになにがあるのか見えない。

「……行ってみよう」

 あんな音が響いた所に行くなんて危険かもしれないし怖いけど、それでも今は状況を理解しなければならない。

 だから、怖かろうがなんだろうが行かなければ。

 強く、優しく、かっこよくだ。

 僕はその場所へ向けて、走り出した。

 

 

 

 

 ――――僕は、そこで本当の異常を目にした。

 さっきまで異常だと思っていたものは、まだまだ全然、可愛い方だった。

 そう思い知らされた。 

  それぐらい常軌を逸した光景だった。

 走り抜き、大木の海が晴れた先、そこには――。

 

 

 巨大な怪物と戦う少女達がいた。

 

 

 意味が分からない。

 信じられるかこんなもん。

 可笑しいだろ。あり得るかよ。

 いくらそんなことを思ったところで、今目の前で繰り広げられている現実は変わらない。

 動物的ではない前衛芸術のような姿をした、無機物の装置の様な巨大な怪物の姿も。

 それが、年端も行かない少女達に一切の容赦も慈悲も呵責も無く、殺す為の攻撃を仕掛けているのも。

 少女達も不思議で神秘的な衣装に身を包んで、常人ではありえない身体能力を発揮し、あんな強大な怪物達と渡り合えているのも。

 何も、変わらない。

 それでも直ぐに信じろというのは土台無理な話だった。

 当然だ。記憶が無いとはいえ、こんな常識はずれな事とは無縁に生きていたはずだから。

 ――だが。

 ――だけれど。

 ――それでも。

 強く、優しく、かっこよくだ。

 信じられなくとも即座に受け入れて、対処に当たらなければならない。

 異質な非日常に遭った時、適応力が無い者は直ぐに死ぬ。

 そんな知識が僕の中にはある。そう思った。

 ならば、僕はどうするべきか?

 

 

 ……安全な場所に逃げるか?

 

 

 そんな考えが一瞬過ぎった。だが、直ぐにその思考は捨てる。

 逃げるなんて論外だ。

 何故、僕はそう思った?

 いくら強く優しくかっこよく在りたいと思っていても、僕は根っからの臆病だ。

 そんな奴が、いきなりこんな状況に立たされて、死ぬかもしれないのに逃げるという一番安全な選択を捨てるなんて。

 正気の沙汰じゃない。

 なのになんで僕は。

 ……いや、理由は分かっている。

 

 ――――僕は、あの少女達を助けたいのだ。

 どうしても、守りたいのだ。

 それが何故なのかはわからない。

 けど、心の奥底からそんな欲求が止め処無く溢れて止まらない。

 だから、突き動かされるように少女達の下へ走り出した。

 

 

 ――何の力も無い一般人の僕が、そんな愚行をしてなんになる? 

 ――不思議な力を使う少女達の方が、僕より何倍も強い。

 ――僕が出て行ったところで、足手纏いどころかそれにすらなれず直ぐに殺されてしまうだろう。

 

 

 そんな思考が一瞬でぐるぐると回った。

 だけど。

 一般人? 僕に力が無い?   

 いや、『在る』。

 それが、僕にはわかる。

 だから僕は、助けられる!

 そこに向かって走っていると、気づいた。

 何故か、少女達の動きが止まっている。

 なんでだ?

 天辺にベルが在る怪物か、天秤のような姿の怪物か、泳ぎ回っている魚とも言えない様な姿をした怪物か。

 そのどいつかの能力か?

 考えている内に、ワイヤーの様な物を使う女の子がベルの付いた怪物へとそれを飛ばし、ベルにワイヤーを絡ませて動きを封じた。

 どうやらベルの怪物が、動きを止めていたらしい。

 これで少女達は動けるようになっただろう。

 だが、動けない内に隙が出来てしまっていた。

 既に攻撃に移っていた怪物がいたのだ。

 魚の様に、水が無い地面を潜行していた怪物だ。

 桜色をしたポニーテールの女の子に、強力な突進が襲い来る。

 拘束が解かれたばかりで、その子は今避けれる状況ではない。

 その光景が、スローモーションの様に僕の目に映った。

 ――――守らなければ!

 さあ、使えるはずだろう?

 僕には力があるんだ。

 だから今すぐ、引き出せ!

 

 

 ――――――瞬間。 

 

 

 体から力が溢れた。

 白く輝くマフラーが僕の首に現れ、翻る。

 両の瞳は黒から白銀に変わり、煌く。

 そして。

 全開に開いた左手を前に突き出し、右手を拳にして、拳の横から左手の平に打ちつける。

 両手を徐々に離れさせていく。

 すると、手の平と拳の間から、純白に輝く刃が現れていく。

 そうして僕は、勢い良く抜剣した。

 

 

  

 白銀(しろがね)(つるぎ)

 純白に輝く聖剣。 

 総てを祓う希望の象徴。

 そのどれともいえるような、最高峰の剣が手に収まっている。 

 

 強化された身体能力で、一っ跳びに桜色の女の子と魚の怪物の間に入る。

「……え?」

 ポニーテールの少女が後ろで小さな声を漏らす。

 魚の化け物に向けて、光り輝く一撃を放つ!

 刹那。

 化け物の頭部は、跡形も無く吹き飛んだ。

 それと同時に怪物の突撃が逸れ、僕の直ぐ横を頭部を失った化け物の身体が通過していく。

 倒した……か?

「もしかして神託にあった協力者!?」

 少し離れた所にいた、黄色い衣装に身を包んだ三つ編みをした女の子が声を上げた。

 神託? 協力者? 何の事だ?

 気にはなった、だけど、考えている暇は無かった。 

 何故か。

 魚の怪物が、生きていたからだ。

 頭部を失ったままの化け物が、こちらに向かって列車の様な突進を仕掛けてきた。

「傷が修復されてない!?」

 赤色の装束を着たツインテールの女の子が驚きを露わにする。

 だが、化け物の対応に追われた僕の耳にはほとんど入ってきていない。 

 桜色の女の子の後ろの方へ跳び、即座に化け物の前に躍り出て聖剣を振るう。

 今度は化け物の胴体が吹き飛び、外気に曝された体内に四角張ったコマの様な形をした謎の物体が見えた。

 瞬時に理解した。

 だってあからさま過ぎるだろう。

 体内はそれ以外には何も無く、空洞だ。

 一つだけ体内にある良く分からない何か。

 

 ――つまり、あれは奴の弱点だ。 

 

 化け物が離れていってしまう前に再度跳び、魚の怪物の胴体にしがみ付く。

 怪物は僕を振り落とそうと身を捩り、暴れる。

「ぐ……ぐお……」

 乱暴に振り回されすぎて、今上を向いているのか、下を向いているのか、横を向いているのか自分の位置が分からなくなる。

 三半規管が強引に揺さぶられる。

 頭がぐわんぐわんする。

 それでも、気力を振り絞り、振り落とされないように吹き飛んだ胴体の縁を片手で掴む。

 純白に光り輝く聖剣を振り上げる。

 

 ――そして勢いよく、その物体に向けて突き立てた。

 一瞬の間を置き。

 魚の化け物は、砂となって崩れ粒子の様に消えた。

「すごい……封印の儀なしで倒しちゃった……」

 桜色のポニーテールをした少女が呆然と呟いた。

 僕は地面に無造作に投げ出される。

「がっ……はあっ……」

 草地に叩きつけられた衝撃で、一瞬息が詰まる。

「はあ……はあ……っ」

 体を起こし、息を整える。

 倒せた……のか……。

 僕にも、脅威を振り払える力がある。

 そう思うと、悦びに身体が震えた。  

 僕は、僕は……。

 強く、なれた……のか。

 よし、このままバッタバッタと無双してかっこよく――――。

 

「危ないっ!」

 突然。

 そんな声が聞こえた。

 同時。

 風を切る音。

 振り向く。

 ――――巨大な超重量の天秤が、視界一杯に迫っていた。

 

「――っ!」

 間に合わ――――。

 それは、偶然だった。

 本当に偶然、振り向いた時に。

 天秤が迫り来ている方に、僕が右手に持っている剣があった。

 その偶然が、命を拾った。

 神の天秤だ。

 生身にそのまま当たっていたら、為す術もなく血袋へと成り果てていただろう。

 だが、力が入ってなかったとはいえ、光り輝く剣が間に入ったことで、多少は威力が軽減された。

 凄まじい衝撃が奔り、ゴムボールの様に吹き飛ばされる。

 気づいた時には、大樹の幹に激突していた。

 全身が痛い。

 耳からキーンという音がする。

 鉄錆(てつさび)の様な匂いと味が浸っている。

 直ぐには立ち上がれない。

 

 ――――――一歩間違えば、死んでいた。

 ほんの少し油断しただけで、死ぬかもしれなかった。

 これが、命を賭けて戦うという事。

 常に死の危険が付き纏う中、戦わなければならない。

 数秒後には死んでしまっているかもしれない恐怖に耐えながら、体を動かし続けなければいけない。 

 怖い。

 こんな事、僕みたいなガキのする事じゃない。

 最初の魚の奴だって、奇襲だったから簡単に倒せたに過ぎない。 

 分かってる。

 解ってる判ってる。

 ああ、ごちゃごちゃとうるさい。

 僕の思考はどうしてこうも弱気なんだ。

 強く優しくかっこよくって言っただろうが。

 僕みたいなガキのする事じゃないって、それを言ったらあの女の子達はどうなんだよ。

 僕なんかよりも、あの子達にそんな事させる方がよっぽど駄目で残酷じゃないか。

 こうしている間にも、女の子達はベルや天秤と戦っている。

 天秤の高速回転に、ベルの拘束に、翻弄されている。

 助けに行かないと。

 怪我か恐怖か、震えている体を無理やり立たせる。

 頭から目に流れてきた血を拭い取る。

 足を引き摺りながら歩きだす。

 あ――――。

 

 ベルの怪物、あの女の子達が倒してしまった。

 強いな。

 僕は、こんなにボロボロなのに。

 弱すぎるだろ。

 でも、天秤が残ってる。

 あぁ、視界が霞む。

 目を擦りながら前に進み続ける。

 ついに化け物と女の子達の元に辿り着く。

 天秤の高速回転はまだ破れていない。

「大丈夫!? ボロボロだよ……!?」

 隣から大きな声が聞こえる。

 桜色のポニーテールが踊るのが霞んだ視界に入った。

 ちょっと、頭がぼーっとする。

 血が流れた所為かな。

 止血してないし。

 天秤の高速回転による神域の暴風が吹きつける。

 あぁ、鬱陶しい。

 体もだるいし、イラつく。

 沸々と怒りが湧き上がってきて、激しい情動に突き動かされる。

 今すぐ黙らせてやる。

 風圧に耐えながら、超重天秤に近づく。

 耳に入る音が、ほとんど暴風の音だけになる。

 

「ちょっと! 危ないよ!」

「そうですよ! 戻ってきてください!」

「回転の対策を練ってからじゃないと、危険すぎます!」

 

 マフラーや服がバサバサとはためき、風の濁流に目を開けていられない。

 単なるはかりの分際で、この野郎!

 思いっきり聖剣をフルスイングした。

 ……一瞬、剣がさらに強く輝きを放った気がした。

 ガラスが割れる様な、ビルが倒壊した様なそんな轟音が響き渡った。

 豪風が止む。

 煩わしい回転と暴風は消えた。

 

「わあ!」

「うそっ……」

「今の内に封印の儀、行くわよ!」

「分かったわ!」

「わわわっ、えっとっ」

 

 僕は、やったよね?

 視界が上下から黒くなっていく。 

 意識が、途絶えた。

 

 

 

 

 笑う、陰。

 

 歓喜に笑う。

 

 舞台の始まりに、狂笑する。

 

 さあ、愚かで、可笑しく、真っ直ぐな、舞を見ようじゃないか。

 

 そして、悦楽を。

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