「いくわよ!」
風先輩が突撃の合図をし、皆で一斉に接近するアリエス・アクエリアスの元へと駆ける。
僕はレオ・ジェミニが気になり、そちらへの警戒を怠らずに走る。
元々レオは他のバーテックスとは格が違う感じがした。だから警戒するに越した事はないだろう。
――それが、
アリエス・アクエリアスが、その身に纏う巨大な
その剛速球を、皆で一斉に避けた。
だが、僕はレオ・ジェミニの方も見ていた所為で、反応が遅れた。
水球の一つがぶち当たり、強烈な水の衝撃に身悶える暇もなくその中に捕らわれる。
僕は戦闘経験が圧倒的に足りない、気をレオ・ジェミニに
『朝陽!』
銀が心配の声を上げる。
ごめん。しくってしまったよ。声には出せないが、心の中で謝る。
「んぐっ……!」
もうすでに苦しくなってきた。
息を整える間も無く、いきなり水の中に放り込まれたのだ。
さほど息は続かない。
もがいても剣を振っても、一向に水球の外へは出れない。
泳いでも全く前へ進まない。
……これは、やばい。
「ごばっ……!」
大量の
息が、まずいかもしれない。
『そうだっ、思い出した! 朝陽、この水を飲み干せ!』
「……!」
なにを、言ってるんだ……。
そんなことしたら溺れるだけじゃないか。
――いや、この状況で言っている事だ、試してみる価値はあるかもしれない。
先代勇者の言葉だしね。
一気に口を大きく開け飲み込もうとした。
「が、ごっ……!!」
『朝陽! なんで……!?』
苦しい。
尋常じゃない量の泡を吹き出した。
やはり無理だった。もうすぐ完全に溺れてしまう。
何故銀はあんな事を言ったんだ。
勇者システムなら大丈夫だったのだろうか。
それなら僕の力はそれよりも不完全で中途半端っていうことなのか。
そういえば防御力も僕の力は勇者システムより劣っている気がするとか考えてたな。
本当に、中途半端な力だ。
そんな思考が薄れそうな意識の中で
くそっ!
誰かこの状況を打破してくれないかと、水球の外へ目を向ける。
水の中だが、変身したおかげか、まるでゴーグルをつけているように視界は良好だ。
水球の外では、樹さんが僕の方に走ってきていて、他の皆はアリエス・アクエリアスの対応に回った。
樹さんの能力が一番僕を救出するのに適任だと考えたのだろう。
樹さんのワイヤーが僕のいる水球に伸び、水球に難なく潜り込んで僕に巻きつく。
引っ張り出される。
樹さんに抱きとめられる。
ふわりと甘い香りが、
「大丈夫ですか!?」
「ごほっ……ごほっ……かはっ……!」
息の限界から解放され、飲んでしまった水を吐き出す。
身体が少しだるい。
ずぶ濡れの僕を受け止めた樹さんは心配げな顔だ。
「っ大丈夫です……助けてくれてありがとう」
まだ大して話したことも無いのに、こうして全力で助けてくれた事が嬉しかった。
「いえっ……」
樹さんは僕の言葉に安心したのか表情を和らげた後、
少し頬を染め、僕と密着していた体を離した。
やっぱり男と体を触れさせるのは恥ずかしいのだろうか。
僕は今水球から解放されたばかりで、照れる余裕なんてなかったが。
『朝陽……ごめん、アタシが余計なこと言ったから……』
「いや、銀は悪くない。僕のために言ってくれたんだろう? 失敗ぐらい誰にだってあるさ」
銀は戦えない分必死になって考えてくれたのだろう。そんな子を
たとえ命の危機に瀕したとしても、だ。
こうして僕は生きているんだから、何の問題も無い。
アリエス・アクエリアスの方へ目を向ける。
そこには、四人が奴へ強力な一撃を喰らわせる光景があった。
友奈が、「勇者パーンチ!」と叫びながら拳を叩きつけ。
三好さんが二刀をクロスさせるように斬撃を浴びせ。
風先輩が巨大化させた大剣で叩っ斬り。
東郷さんがライフル弾を打ち込む。
アリエス・アクエリアスは、それでバラバラに吹き飛んだ。
「よし!」
思わずガッツポーズをとってしまう。
これで一体倒し――――――
……? バラバラ……?
確かに皆の攻撃は強力だ。神の力を借りているんだから。
でも、だけど、
アリエス・アクエリアスの体の破片が、砂とならず留まっている。
これは、どういう意味か。
その破片が振動し、グロテスクに
まだ、倒せていない――
ということだ。
振動が極限に達し、
辺り一帯、数百にも及ぶであろう膨張の嵐。
そして、
破片がそれぞれ元の大きさまで膨張した、数えるのも嫌になるくらいのアリエス・アクエリアスが生誕していた。
牡羊座の目の部分が、不気味に光っている。
「なんだよ……これ……」
『おかしいだろ……』
「まずいわね……」
「なんなのよこれ!」
「うそ……」
「こんなの、どうやったら……」
「みんな、大丈夫……なはず……」
それぞれ動揺の声が上がる。
友奈でさえポジティブさが弱まっているほどだ。
――アリエス・アクエリアスが、水球を一斉に射出した。
皆動揺はしていたが、咄嗟に回避行動はとった。
それでも、数百はあるであろう水球を避けることはできないだろうと皆思った。
だが――避けれた。
なぜか。
奴らは僕達の方には数個ほどしか放ってこなかったからだ。
その他は、四方八方意味のない場所へと射出していた。
それでも新たになぜ、という疑問が出る。
すぐにわかった。
視界全てが水球に、隙間を作りながらも埋め尽くされていたからだ。
空間全域に張り巡らされた水球は、まるで絡め捕る蜘蛛の巣のようで――
そして、
ここに来て、レオ・ジェミニが動いたのだ。
水球の間にある隙間を通って、大気をも破壊する
――――僕を狙って。
避けることも防御することもできなかった。
アリエス・アクエリアスの増殖に衝撃を受けすぎて、レオ・ジェミニへの注意が完全に削がれていた。
だから、僕は大ダメージを負うはずだった。
――僕の前に、躍り出る影。
桜色のポニーテール、友奈だ。
正面、砲撃が来る方から、抱きしめられる。
衝撃。
巨大なハンマーで殴られたかのような衝撃が
吹っ飛ばされる。
何度も、バウンドしながら。
視界が揺れすぎて、なにがなんだかわからない。
また衝撃が奔ったかと思うと、止まる。
友奈が、僕を抱きしめたまま木に背を打ち付けている。
吹っ飛ばされている間も、僕はまったく痛みを感じなかった。
友奈が、地面にバウンドする度に僕の体を庇っていたことを理解した。
情けなさすぎるだろ……。
なにをやってるんだ、僕は。
「前の、おかえしだよ」
友奈が笑ってそう言った。
前のとは、僕が最初に来た時友奈の前に助けに入ったことだろうか。
それでも、庇われるんじゃなくて守りたかった。
「友奈は、大丈夫なの……?」
「私? 私は平気、精霊のバリアがあるからね」
よく見ると、友奈の背と木の間に牛鬼が桜色の障壁を張っていた。
友奈も見る限りは傷を負っていない。
精霊のバリアって凄いんだな。
デンジャラスビーフとか思ってごめん、友奈を助けてくれてありがとう。
そう、牛鬼に目で伝えた。
解った様子はなかったが。
光が、視界の端に写った。
振り向くと、レオ・ジェミニは離れた位置にいる皆にも砲撃を放っていた。
なんとかギリギリ避けれて入るようだが、ジリ貧だ。
空、遠い場所、高速で
その光景に、戦慄した。
奴らは、巧妙な作戦によりこの状況を造り出したんだ。
まず、アリエス・アクエリアスを単騎でけしかけ、バーテックスを修復させず破壊する僕を無力化。
そして、他の皆の攻撃をわざとその身に受け、体をバラバラにして増殖。
水球を空間全域に張り巡らせ、行動を阻害、その隙間を縫って安全地帯から強力な砲撃をレオ・ジェミニが放つ。
さらに、僕たちは跳ぶことはできても飛ぶことはできない。
恐るべき智恵だ。
奴らは見た目から動物並みの知性しか持っていないかと思っていたが、そんなことはなかった。
もしかしたら人間並みの知性を持っているかもしれないほど奴らは
――どうすればいい?
どうすれば、この状況を打開できる?
場はすでに、こちらが阻止を考える間も無く
その盤面を引っ繰り返す方法は?
――くそっ、すぐに思いつかない!
焦燥感と恐怖ばかりが
頭の中はあらゆる思考が
ちくしょうっ!
考えてる時間がもったいなくて、急いで皆の元へと走る。
友奈もそれに続いた。
唯一遠距離攻撃のできる東郷さんが銃撃を放っているが、レオ・ジェミニは巨体に似合わず素早く、高速で移動、ことごとく避けられていた。
これもジリ貧な状況の要因となっている。
それにしても、なぜ数百個もある水球で攻撃しなかったのだろうか?
少し思考し、考え至る。
僕達がそれをもし防いだ後の強力な手が無かったからか?
確かに、この手の方が安全で打ち破られにくい策だろう。
そんなとこまで考えられるのか、あの化け物共は。
改めて戦慄する。
皆の所に合流する。
だが、そこは砲撃の雨降る死の地帯だ。
すぐにこちらにも、天からの槍に見紛う砲撃が放たれる。
「ぐっ……!」
掠る擦れ擦れで避ける。
超近距離で砲撃が地面に当たり、弾け、僕は吹き飛ばされる。
「朝陽くん!」
ごろごろと地を転がり、直ぐに起き上がる。
砲撃が降り注いだ場所は、クレーターになっている。
あんなの精霊のバリアがない上に直撃でもしようものなら、血も残さず蒸発させられてしまうだろう。
直ぐに起き上がったはいいが、多分打撲ぐらいはしている。
一応変身はしているから、打撲程度で済んだのだろう。
痛みがじんじんと伝わってくる。
皆焦りの表情を浮かべている、早くこの状況を打開しなければ。
ああ、考えている時間が惜しい。
この張り巡らされた水球さえどうにかできればいいんだ。
だったら、水球なんか破壊すればいい。
バーテックスの体を修復させずに消し飛ばせる剣なんだ、だったら、水球ぐらい同じく消し飛ばせるだろ。
やってやる。
「うおおお!」
水球目掛けて
「夢河なにやってるの! また捕り込まれるわよっ!?」
「夢河くん、待って! 今作戦を」
三好さんと東郷さんが制止するが、止まらない。止まれない。
止まったところで、どうやったらこの状況を変えられるっていうんだ。
砲撃をなんとか避け、白の長剣で弾きながら地面近くにある水球まで辿り着き、
純白の剣を振るう。
これで破壊――
できなかった。
手ごたえがほとんどなく、水の中に剣は吸い込まれた。
全く切れなかった。
剣を抜こうとするが、抜けない。
囚われている。
僕の手首も水に覆われ、ここから離脱することもできない。
どうしてだよ!?
バーテックスを消し飛ばせるし、砲撃も弾けたのに!
なのにどうしてこんな……。
馬鹿だ。完全に馬鹿だ。
なにを一人で突っ走っていたんだ僕は。
『朝陽、まずいぞ……早く抜けないと上から――』
頭上、光が迸る。
顔を上げると、
神滅の砲撃が、隕石のごとく迫り来ていた。