――――あれから、一週間が経った。
結局、大雨は一週間も振り続けた。
それこそ大雨洪水警報が出るほどに。
やはりあの雨は、アリエス・アクエリアスの世界を全て水に変えた攻撃の被害だと僕は思った。
一週間雷も鳴らず風も大して吹かず大雨だけが降り続けるというのも不自然だと思ったし、タイミングも良過ぎる。
それを皆に話したら、僕と同じ見解だった。
だから多分あのバーテックスの影響なんだろう。
全く、余計なことしてくれたよ。
なのでまだ打ち上げのカラオケには行けていない。
というか、今日行く。
今日はまさに台風一過といったような快晴だからだ。
青い空は透き通り、太陽が眩しい。
台風じゃなくて厳密には大雨だけだったけどね、似たようなもんだろうけれど。
それに、今日から夏休みに入ったんだ。
だから時間的にも天気的にも完全に問題ない。
僕は新しい家、というか部屋、から出て待ち合わせの学校前を目指し歩く。
カラオケ屋で待ち合わせるのも悪くないだろうが、僕はその場所を知らない。
それで、なんだったら全員で待ち合わせして一緒に行こうとなったわけだ。
新しい住処は大赦の人も使っているマンションで、そこの一室を義務教育が終わって独り立ちできるまで貸してもらえることになった。
結構快適な部屋だった。当然トイレも風呂もあるし内装もシンプルで普通にいい感じだ。
広い部屋はあまり好きじゃないので、八畳ほどの部屋は過ごしやすくてよかった、僕としては六畳でもよかったけれど。
そのマンションには三好さんも住んでいるが、別の階の離れた部屋だ。
さすがに隣にはならなかった、残ってる部屋の関係があって。
それでも同じマンションなので、学校への登校時には鉢合わせして一緒に行ったりはした。
ほら今も、マンションをエレベーターで降りて建物の外へ出ると、三好さんの背中が見えた。
小走りで近づいて声を掛ける。
「三好さん、おはよう」
「ん? ああ夢河ね、おはよう……ってなんで制服?」」
三好さんも振り向いて挨拶を返してくれた。
そして友奈のときと同じ質問をされる。
「ああ、これ? この黒灰色な感じが異様に気に入っちゃって。休日でも着るようにしてるんだ」
着ている制服を示しながら説明する。
「ふーん、そうなんだ」
「うん、そうなの」
三好さんはさして興味のなさそうに返した。
逆に興味があったらそれはそれでどうなのって話だけど。
「見てるだけで暑苦しいわね」
「ええ……!?」
だが、僕は着るぞ。制服、制服っていいじゃないか。
僕は三好さんの隣に並び、一緒に歩く。
…………。
無言で黙々と足を進めるのもなんだし、何か話そう。
「祝勝会、遅くなっちゃったね」
「そうね」
「三好さんは歌とか何が好きなの?」
話題を今日のことにしてみる。
「別に、特にないわよ」
「そう……」
やばい、会話があまり続かない。
え~とっ……何話そう。
あ、そうだ。
「僕結構お金入ったから、今回はちゃんと払えるよ。むしろ皆の分奢れるまであるね」
そう、僕は大赦から結構な額の金銭を貰った。
生活費はもうマンションに移ったときから貰ってるのに、それに上乗せしてくれた。
バーテックスを倒すのに協力してくれた分の給料だと言っていた。
僕はまだ中学生なのに給料を受け取ってもいいのかと思ったが、こんなご時勢だし、肉親もいないしまあいいかと考えを改めた。
なので僕の懐は今、かなり潤っている。
怪しい組織とかいって大赦を警戒してた僕だけど、なんかこうも色々してもらってると頭が上がらないな。
実質僕の保護者代わりみたいな状況だし。
完全に僕の被害妄想だったのかもしれない。
「そうなの? でも自分の分は自分で払えるわ」
「そ、そう」
ああ、なんか僕空回ってるなあ。
ええい、とりあえず話すぞ。
「ところで三好さん――」
「それ」
「へ?」
言葉を遮られ間抜けな声を出してしまう。
三好さんは正面を向いて歩き続けながら、僕に告げた。
「その三好さんってのやめて。夏凜でいいわ、私も夢河じゃなくて朝陽って呼ぶから」
少し不機嫌そうな顔でそんなことを言われた。
「……え?」
なんで急に……?
僕の反応が鈍かったからか、三好さんは立ち止まってこちらに振り向き、言葉を続けた。
「私たちはもう命を預け戦った仲間よ、なのに未だ他人行儀に名字呼びなんて嫌じゃない。それに、アンタは勇者部の一員なんだし。あ、東郷は例外ね」
ああ、そういうことか。
――確かに、そうだね。
僕も親しくなる事には是が非でもない。
よし。
「うん、わかったよ、夏凜さん。これでいいかな?」
なんか前にも同じ台詞を言ったなと思う。
友奈の時にも、これでいいかな? って。
「アンタ友奈と銀は呼び捨てなんだから、夏凜でいいわよ。私も朝陽って呼ぶから」
「そ、そう?」
名前を呼び捨てする女の子がこうも増えてくると、腰が引けてしまう。
今更だろうけど。
「じゃ、じゃあ夏凜って呼ばせてもらうよ」
「ん、それでいいわ朝陽」
夏凜は少しだけ口元を緩ませて、微笑んだ。
それから皆と学校前で合流してから、カラオケ屋に着いた。
制服については、まだ知らない全員に突っ込まれた。
これで説明するのは四回目である。
こんな事態になってまで着たかったのかというと、まあ、着たかったんだ。
服が違うだけで精神的にも少し違うと僕は思うし。
部屋に入ってからは銀が姿を現し、七人という大所帯でカラオケをすることになる。
全員ソファーに座り、誰から歌うのかと思いきや。
「みんな、あのニュースって見た?」
風先輩がやけに真剣な顔で、そんなことを言い出した。
あのニュース?
僕が今住んでいる部屋にはテレビが無い。
だから見ようもないし、知らなかった。
「ニュースってもしかして、水死体のことですか?」
東郷さんがそう聞いた。
水、死体……?
そんな不穏な単語を聞いて僕は、
なんだ、それは。
もう、全部終わったんじゃないのか。
まだ、なにかあるのか。
と、不安な気持ちになった。
「そうよ」
東郷さんの言葉に風先輩が肯定する。
「あ、私もそれ聞いたよ」
友奈が声を上げ、銀以外の他の皆も見たこと、聞いたことがあると言った。
友奈はニュースは見ていなかったようだが、友達が話しているのを聞いたらしい。
夏凜も小耳に挟んだんだとか、僕と同じでそもそも家にテレビがないみたいだからニュースを見ようにも見れないようだ。
スマホはあるけど定期的にニュースの項目を確認しているわけじゃないから知らなかったということだろう。僕もそうだし。
つまり僕と銀だけが知らなかったのか。
ちょっと情弱すぎたかな。
もっと色々見ておくべきだったか。
せめてニュースくらいは。
それと銀が知らなかったのは、僕が知らなければずっと一緒にいた銀が知りようもないのは当然だからだ。
それはともかく。
「水死体ってなんですか? 詳しく聞かせて下さい」
「アタシも知らないぞ?」
それが非常に気になったので、聞いてみる。銀も続く。
「朝陽と銀は知らなかったのね、じゃあ説明するわ。他のみんなは相互認識も兼ねて聞いてね」
と、少し間を置き。
「簡潔に言うと、一週間前にここから少し離れた海岸で、数百人の溺死体が浮いていたのを発見されたらしいわ」
「「す、数百!?」」
銀と一緒に驚いてしまった。
いや、でも、数百って。
多すぎじゃないか?
「それは、なんで……?」
根本的な疑問が口から漏れた。
「まだ完全にはわかってないみたいだけど、恐らくあの合体したバーテックスの影響だと思うわ。大赦も同じ見解だったし」
そうか、奴の所為か。
あの合体したバーテックス――――アリエス・アクエリアス・クラスターは、水の世界を現出させ、樹海を深海へと変えた。
大雨だけが奴の影響で起きた現象だと思っていたけど、溺死体もあの化け物の所為なのか。
それに僕たちがその能力で溺れかけた事と、水関連の事象が同じだ。
ならあのバーテックスの所為で起きた事件と考えて間違いないのかもしれない。
人が殺すにしても、数百人も海で溺死させるなんて出来るわけが無いし。というかそんなことをする意味が無い。
そういう殺し方がいいというサイコパスだったとしても、それだけの人を海に溺れさせるのにどれだけの労力が要るだろうか。
どちらにしろ現実的ではない。
集団自殺にしても、数百人も海で死にたいなんて考える人が一同に集まるとも思えない。
だからきっとそうなんだろう。
「前までならバーテックスの樹海へ攻撃による被害は、地震や事故という形で起きていたけど、今回は今までに例の無い合体したバーテックスが来たから、例外的な被害があったのかもしれないわね」
そう風先輩は言った後。
「それに、猟奇事件の影響で最近まであった近隣地域の警戒が、解かれたじゃない。それも今の話と関係があるんだけどさ」
さらに新たな情報を出す。
さすがにそれは僕も知っている、何しろ学校からちゃんと通達があったし、帰る時間をあまり気にしなくてよくなったからだ。
いやまあ中学生だからそれ相応に帰る時間は気にするけど、近隣地域の警戒があった時ほどじゃない。
「最初の猟奇事件だけど、殺され方が不自然すぎたから犯人への手掛かりが全く掴めていないそうよ」
「不自然な殺され方ってどういうことですか?」
風先輩の話に僕が間を刺す。
「それは、ちょっと言い難いんだけどさ、結構エグいわよ……?」
「構いませんよ」
皆も頷く。
ここまで聞いてそこだけ聞かないなんて、この場にいる全員出来よう筈も無かった。
「そう、じゃあいうわよ。切り立った崖の先で、船の船首の様に突き出た木の杭に、股から肩までを貫かれて吊るされた殺され方よ」
「「「「「「………………」」」」」」
皆、絶句した。
想像以上の、常軌を逸した殺害方法に戦慄した。
全員黙っていると、風先輩がまた口を開いた。
「この杭で貫かれて吊るされるっていうのは、昔にあった拷問方法らしいわ。だから犯人は被害者に相当な恨みを持っていると推測されたんだけど、恨みを持っている人間は見つからなかったみたいね、まあ人の恨みなんてどこで買ってるかわからないけど、それにしたってこのやり方は常軌を逸しすぎているわね」
その通りだと思った。この現代でそんな本の中でしか出てこないような拷問をして殺すなんて、あまりにも現実味が無い。
「その突然現れた杭にも、指紋が一切出てこなくて拭き取られた痕跡すらなかったみたいよ。さらに周りにも証拠になるようなものは出てこなかったから捜査が難航していたようなんだけど」
――そうか。
「そこでさっきの話に繋がるんですね」
僕が聞くと、風先輩が肯定する。
「そうよ、今までは明確に人が殺されるという事象が起きてなかったから、最初の猟奇事件はどれだけ奇妙でも人の手によるものだと思われてたんだけど、今回の水死体の事があってから話が変わったわ。今までに例の無いバーテックスが起こした現象と捉えて調査しているみたいね」
そうか……。
…………ん?
「でも、最初の事件が起きる前の戦いでは、バーッテクスは合体してませんでしたよね? 水死体の件は例の無い合体バーテックスで説明が付きますけど、その前の時は合体せずにバーテックスが三体来ただけなのに、事故や地震じゃなくて人が直接殺される現象が起きるなんて変じゃないですか」
それが気になって、風先輩に質問する。
「そうね、そこは大赦も不思議に思っていて、それも含めて調査中らしいわ」
つまり現段階では解っていないのか。
うーん、難しい。
結局調査のしようなんてあるのだろうか。
「だから勇者システムの入ったスマホは、戦いが終わったから回収される予定だったけど、念のためにもう少し持って置くようにと大赦側から通達があったわ」
念のため、か……。
もう、あんな事起きなければいいんだけどな。
「これでこの話は終わりね、最後に何か質問は?」
ふと思い、それを聞く。
「そういえば僕達中学生の子供なのに、なんで大赦はこんなこと伝えたんですか?」
こういう事はわざわざ知らせないで大人の内だけで調べるものだろう。
その疑問に風先輩が答える。
「バーテックスに関する事だから、勇者であるアタシ達にも伝えておいた方が良いと思ったんでしょう。それをみんなにも知らせて置くようにってアタシは頼まれたわけ」
そうか、僕達は決して無関係ではないから伝えておいた方が良いと判断したのか。
「でもま、中学生のアタシ達に出来ることなんて何もないから、知った上で、もし何か見つけたら報告するぐらいでしょうね。大赦も知らせておくだけでそこらへんの期待はしていないでしょう、多分気休めよ」
「そうですか、わかりました」
僕が了解の意を示すと、一呼吸置いて。
「それじゃあ真面目な話はもう終わり。祝勝会ということで始めたカラオケは、色々あって出鼻をくじかれた感が否めないけれど、それでも一応バーテックスは全体倒してやることやったんだから盛大に楽しみましょう!」
風先輩のその言葉で、祝勝会は始まった。