――――瓦礫、瓦礫、瓦礫。
――――もう、見飽きたな……。
目が覚めた。
それはもう、ばっちりと。
体に痛みも、だるさも無い。
僕、怪我してなかったっけ?
意識を失うほどの。
なんで怪我一つ無いんだろう?
助けられた?
いや、助けられたとしてこんなにすぐ直るわけが無い。
それとも、あれから何日も経っている?
分からない。
今は考えても分からない。
助けてくれた人がいるなら、後でその人に聞こう。
それと、もう一つ。
ここ、どこだ?
いや、ここがどういう場所なのかは分かる。
病院だ。
全面、白い壁、天井、床。
手入れが行き届いたベッド。
そして病院特有の、なんだかあまり好きになれないにニオイ。
だけど、どこの病院だ?
記憶が無いからどこと言われてもわからないけど。
だったら疑問に思う必要も無いか。
意味の無い事を考えてしまった。
ただ、何か考えていたかっただけだ。
記憶が無く、どこかも分からない所に放り出されたんだから。
何かしら懸案事項だと思ったものを片っ端から思考していたかった。
そうしないと余計なことを考えそうだったから。
懸案事項ですらなかったけれど。
もっと頭を巡らせるべき事が他にあるだろう。
たとえば、えっと。
そうだ、あの女の子達は?
記憶が無い状態でファーストコンタクトを取った人達だ。
今縋れるのは彼女達しかいない。
いや違う、待て。
ここは病院なんだから、その先生に見てもらう方が良いだろ。
見てもらえば記憶が元に戻るかもしれないし。
……でも。
なんか。
あの女の子たちの方が信用できる気がするなあ……。
なんでだろう。
記憶、か。
本当に戻るのかなあ。
なんというか、頭の中からすっぽり抜けているような。
どんな治療をしても、自分の中からは取り戻せないような感覚。
そんな感じがする。
だから、いくら頑張っても思い出せないんじゃ。
という思考ばかりが占拠する。
まあ、とりあえず。
誰か人を探そう。
行動の指針が決まり、ベッドから降りようとする。
その時。
奇妙な感覚。
体の芯だけが浮いたかのような、不思議な現象。
それが起きてからすぐに――。
『ん……? あれ……? どこここ?』
女の子の声が聞こえた。
可愛らしいが、男役も務まりそうだなあと思う声。
この部屋には誰もいないはずだ。
部屋の外からの声とは、聞こえる感じが違う。
自分の内側から響いてくるように聞こえる。
というかさっきの僕と同じ疑問を抱いているな、この子。
そんな事より。
「誰だ? どこにいる?」
この声の正体を突き止めないと。
『ん? 人がいるのか? て、体が動かせない!?』
辺りを見回すが、やはり誰もいない。
無機質な病室が広がっているだけだ。
『あれ? なんで視界が勝手に? アタシは何もしてないのに? 一体どうなっているんだ!?』
こっちが聞きたいよ。
それにしても。
体が動かせない。視界が勝手に動いた。
そして、内側から響くような、普通に人の声を聞いたのとは、全く違う感覚。
これは。
「これ、何本?」
指を三本立てて、自分の目の前に翳して聞いてみる。
『え!? 三本……』
やっぱり、そうか。
これは、あれだな。
そのまんま僕の中に居るな。
なんでだよ。
超速理解か。
……でも、現状で出た判断材料からして、後感覚的にそうとしか思えない。
別に超速でもなんでもないだろ。
まだ一応推測の域を出ないわけだし。
というか適応力は大事だってゆってただろうが。
適応できない者は終わる。
とにかく理解した。
「君、僕の体の中にいる?」
変な質問だな、とは思う。
だが、今聞くべきことだ。
『体の中? どういうことだ?』
「だから、精神体的なものが僕の中に発現したのかなあって思ったんだけど。そしてその精神体が君」
誇大妄想みたいだなあ。
でも、感覚的にそんな感じなんだ。
『アタシが、精神体? そんな馬鹿なぁ』
精神体ちゃんは、冗談でしょうといわんばかりの声音だ。
まあ、確かにそんなこと言われてもすぐには信じられないだろうね。
僕も全面的に信じているわけじゃないし。
でも、証拠を見せ付けられれば、別だ。
「そういうだろうと思ったから、多分そうであろう証拠を見せるよ」
『証拠?』
「うん。見ててね。というかさっきも見せたと思うけど」
またもや右手を目の前に翳す。
「この今見えてると思う手、僕の手なんだよ」
『え!? そうなの!? 確かに自分で身体が動かせないけど……』
「さらに、ほら」
病室の中を歩き回る。
「今歩いてるのも僕、そして」
窓の前に立ち止まり、開け放ち、外を見回す。
「今窓を開けてこんな行動をしているのも、僕だ」
『まさか、本当に……』
ほとんど信じ始めているな。極めつけは。
「それに、僕の声も近すぎるぐらいに聞こえないか?」
声の聞こえる感覚も、僕と似たようなものなんじゃないかと思った、だからこれが一番効くだろう。
『確かに、いわれてみれば……』
うんうん、納得してくれたようだね。
納得してくれたとか思っちゃったけど、僕も完全に納得してるわけじゃない。
「わかってくれた?」
最後に確認してみる。
『うん……まあ、一応は分かったよ』
よし、これで現状認識をとりあえずは一つ終えたとして。
「それで、君は誰なの?」
『アタシ? アタシは、
スミ? ソノコ? 誰だ?
『こんな自体だから色々頭からすっぽ抜けてたけど、あの二人は無事なのか? アンタは知らないか?』
「いや、知らないけど……」
おいおい、ちょっと勝手に話を進めないでくれよ。
『そうか、なら探さないと。てっ、身体が動かないんだった! おい! アンタ、ちょっと協力してよ! 友達が危険かもしれないんだ!』
友達が危険って、待ってくれよ。急にそんなこと言われても大混乱だよ。
「ちょ、ちょっと待ってよ。いきなりそんな事言われても、ここがどこなのかも分からないのに」
『いいから頼むよ! お願いだから!』
「うっ……」
さっきから変な状況にテンパって普通に話していたけど、僕は本来人と話すのがあまり得意ではない。
特に女の子とは事務的なことでしか話したことが無いほど、接するのが苦手だ。
いや知らないけど。記憶ないし。
でもそんな気がしただけだ。さっきと同じだ。
記憶の消失具合が曖昧すぎる。
とにかく、先までの普通は、本当に緊張しすぎて、適当に言葉を発してしまっていただけだった。
それがだ。
そんな奴が、女の子から強い感情をぶつけられたら、どう対処していいか分からない。
焦る、すごく焦る。
ましてや、頼み事だ。懇願されてしまった。
僕はどうすればいいんだ。
――いや、どうすればいいんだじゃねえよ。
強く、優しく、かっこよく、だろ?
何をうろたえているんだ。
僕は臆する心を押し殺し、強く在ろうと冷静になるべく、呼吸を落ち着ける。
「とりあえず、落ち着いて。三ノ輪さんの友達のことも視野に入れて、今後の方針を決めよう」
自分にも言い聞かせるように、言葉を吐き出す。
『あっ――――』
三ノ輪さんは一瞬、呆けた様な声を出して。
『う、うん。ごめん。取り乱して……』
落ち着きを取り戻したようで、申し訳なさそうな声音と態度だ。
そんな風にされると逆に僕の方が申し訳ない。
その罪悪感が僕の精神を攻撃してくる。
胸が苦しい。罪悪感は苦しい。こんなちょっとしたものでも、変わりはない。
心を押し殺せ。
平常心だ。平常心。
この程度で乱されていたら、この先やっていけないぞ。
僕は弱い。
けど、少なくとも性格は普通のはずだ。
これぐらい普通に対応しなければ。
強く、優しく、かっこよく。
「いや、いいよ。それよりこれからどうするか――――」
ガチャッ。
急に。
僕の後ろにある、この病室のドアが開く音がした。
驚いてビクンッ、と少し身体が跳ねた。
すぐさま振り返る。
すると。
開いたドアの前、廊下に出て直ぐの所に。
不気味な仮面を被った、着物のような白を基調とした装束を着た人が立っていた。
「え……?」
無意識に掠れた声が漏れた。
なんで……。
ここは病院だぞ?
それなのに何故、こんな格好をした人間が居る?
薄ら寒い恐怖心を感じる容姿だと思った。
だけど、その途轍もなく宗教臭い姿に、恐怖よりも先に、嫌悪感が湧き上がった。
僕は記憶がなくなる前、宗教が嫌いだったのか?
そう思うぐらいの嫌悪感だった。
死ねばいいのに、死ねばいいのに。
何が神だよ。
糞が。
――はっ、僕は何を。
負の感情が無意識に噴き出してしまった。
やっぱり、僕の失った記憶に――――
『
三ノ輪さんの声に思考がさえぎられた。
「え?」
思わず声が漏れる。
三ノ輪さんはこの奇妙な人を知っているのか?
「ああ、起きられましたか。私はあなたを保護した大赦という組織の一員です。事情をお話したいので、まずはゆっくり話せる場所に移動しましょう」
・
・
・
場所は移り、今、談話室のような部屋にいる。
透明なテーブルの両側に三人は座れそうなソファーが対にあり、僕が座っている対面のソファーに白い仮面の男性は座っている。
こんな怪しい人に付いて来たのには、訳が在る。
それしか選択肢が無かったからだ。
まず僕には、記憶がほとんど無い。
そして、何も分からないから、情報が必要だ。
たとえ異様な格好をした人でも、事情を詳しく知っていそうなら、
逃げたとしても、何も分からなくて路頭に迷うだけだろうからね。
三ノ輪さんから情報を得るという手も在ったけど、仮面の人は事情を深く知っているような言動をしていた。
だから、この人から聞いた方がより多くのことを知れると思った。
故に、話を聞くために付いて行くしかなかった。
あと、三ノ輪さんの声は、どうやらこの仮面の人には聞こえないようだった。
なので、三ノ輪さんは今黙っている。
思想に耽っていると、別の、また仮面を被って白装束を来た人が、僕と、対面に座る仮面の男性の前にそれぞれお茶を置く。
「あ、どうも……」
一応礼儀なので、言っておく。
お茶を置いた人は、一度礼をして、部屋を出て行った。
「では、よろしいですか?」
対面の人が話を始めようと、少ししわがれた声で聞いてきた。
「あ、はい」
少し緊張しながら答える。
仮面の男が居住まいを正し、説明を始める。
「数日前、神樹様から信託があったのです。協力者が来ると。そしてその人を保護し、庇護せよと。その協力者が、あなたです」
「ちょ、ちょっと待ってください。シンジュサマってなんですか? 協力とかも、僕は聞いてませんよ」
いきなりわけの分からないことを言われて、困惑してしまう。
まあ、あんな怪物がいる時点で十分わけが分からないんだけど。
でもそんな事一気に言われても、わからない。
「え? 神樹様を知らない? まさか。ありえないでしょう」
仮面の男性はまるで知ってて当然の事のような反応を示した。
誠に遺憾である。
『え? 君、神樹様知らないの? それはさすがに嘘だろ』
三ノ輪さんも同じような事を言う。
え……? 常識なの? まじで?
僕は常識の無い人間?
あ、でも。
「僕、記憶が無いんです……。なので、知らないんじゃないかと……」
そうだ、僕は記憶が無いんだ。知らなくて当然だ。
『え!? 本当なのか、それは!』
「……そう、なんですか……? ふむ、それは困りましたね……」
仮面の男と三ノ輪さんが驚く。
そういえば三ノ輪さんにも話していなかったな。
仮面の男は、仮面の下の顎に手を当て、何事か思案している。
その間に、三ノ輪さんが僕に要求する。
『あ、君のことも驚いたけど、それより、まず須美と園子の事を聞いてみてくれよ』
記憶喪失なんて大事を聞いたばかりなのに、友達のことを急かしてきた。
三ノ輪さんは何事に置いても、その二人が優先らしい。
よっぽど友達が大切なんだな。
まあ、強く優しくかっこよくだからな。
三ノ輪さんのその想いは尊重しよう。
「わかった」
仮面の人に聞こえないように、小声で三ノ輪さんに答える。
『ありがとう、恩に着る』
その言葉に一つ小さく頷いてから、対面の仮面を見ながら聞く。
よく見て気づいたが、白い仮面には大樹の様な絵が描かれている。
「あの、須美さんと園子さんって人のこと、知りませんか?」
その言葉を発した、瞬間――。
空気が、変わった気がした。
凍った様に、部屋が異様な静寂に包まれた。
そんな気がしたんだ。
――気がしただけ……だと思うけど。
最初からこの部屋は僕と仮面の男性(と三ノ輪さん)だけだったんだから。
途中お茶を置いてくれた人は居たけれど、それも一時的に少し居ただけだ。
だから、元からこの部屋は静かだった。
空気が変わったなんて、気のせいだ、きっと。
「……何故……その名を? 記憶喪失と言っていましたよね?」
仮面の男は、真意を窺うような声音で聞いてきた。
あ、そうじゃん。この質問は少しまずかったか?
僕は記憶喪失だ、だから、記憶が無くて知っているはずが無いことを聞いたら怪しまれるに決まっている。
そして怪しまれたら、聞いた理由を話さなければ教えてくれる訳が無い。
理由を話すには、三ノ輪さんの事を話さなければならない。
こんな仮面を付けた、対応が丁寧とはいえ、まだまだ信用ならない人に、三ノ輪さんの事を、つまり重要な情報を
いや、でも捻って聞くことも出来ないし。しょうがなかったかな。
もう聞いてしまったものは仕方がない。この先の対応を考えよう。
といっても、僕はそこまで頭が良い訳ではない。
腹の探り合いなんて高等技術は僕には土台不可能な話だ。
精神的にも、能力的にも。
断言できるね。
だから、もう直球に行こうと思う。
嘘とかついて、後でばれても厄介だしね。
その前に、三ノ輪さんに確認を取ってからだ。
また小声で、尋ねる。
「ねえ、このままじゃ話が進まないから、三ノ輪さんの事、話しちゃってもいいかな?」
『え? うん。いいよ、別に』
あ、良いんだ。
あっさり承諾されてしまった。
なんか少し拍子抜けである。
ここまで簡単に言うんなら、この仮面の人はあまり警戒しなくてもいい人なのかな。
先にも病室で、仮面を被っている人を知っているような事を三ノ輪さんは言っていたし。
警戒レベルを下げてもいいのだろうか。
まだ、分からないけれど。
とりあえず、まずは聞こう。
「実は、三ノ輪銀さんって人の声が、僕の中から聞こえるんです。その人が、二人の事を聞いてと頼んできたので」
自分でも
「……!? 三ノ輪、銀、と仰いましたか……?」
何故か、仮面の男は動揺し、名前を再度確認してきた。
「名前、合ってるよね……?」
声を潜めて三ノ輪さんに聞く。
一回しか名前を聞いてないし、間違えてないか少し不安になったからだ。
『う、うん。合ってるけど……』
三ノ輪さんも仮面の男の反応を不思議に思ったのか、上の空気味の返事だ。
「はい。三ノ輪銀さんです」
「そう、ですか……。声が聞こえるというのは、確かなことですかな? 気のせいではなく?」
「確かに聞こえます。存在していると実感できるぐらいに。気のせいや幻聴では済まないレベルです」
真摯な目と声を意識して言う。
三ノ輪さんは、確かにここにいる。それを心の底から確信できる。
仮面の人はまたしばらく思案した後、答えた。
「………………分かりました。信じましょう。それで、
あ……フルネームは知らないや。
「二人のフルネーム、それで合ってるよね?」
またもや小声で三ノ輪さんに尋ねる。
『うん。合ってるよ』
確認を取って、仮面の男性に向き直る。
「はい。そうです」
「ふうむ。それで、聞いたらどうしたいと?」
三ノ輪さんに聞いてみてくれって事かな。
「その後どうするの?」
『もちろん、会いたいに決まってる』
「会いたいと言っています」
「……………………」
仮面の男は腕を組んで、何事か長考している。
やがて考えが纏まったのか、話し出す。
「すみませんが、今会うことは、出来ないんですよ」
『なんで!?』
三ノ輪さんが不満と怒りのこもった大きな声を出すが、仮面の男には聞こえない。
「それは、どうしてですか……?」
僕が変わりに、聞いてみる。
「実は、二年前のバーテックス、あなたが戦った化け物の事ですね、その化け物との戦いで、乃木園子さんは今動ける状態ではなく、誰とも会わせる事は出来ない状況で、鷲尾須美さんは記憶を無くしていて、思い出させようとすると脳が危険な状態に陥る可能性があるので、鷲尾須美さんとして接する事は出来ないんですよ」
『な…………なんで……そんな……それに、二年前? どういう、ことなんだ……』
三ノ輪さんが、とても信じられない事を聞いたように、当惑した声を出す。
僕も三ノ輪さんの友達がそんな事になっていることに衝撃的ではあったし、同情心も抱きはしたけれど、結局は会った事も無い他人の話だ。情報として頭に入ったというだけで終わった。何も思わないというわけではないけれど。
「本当は、三ノ輪銀さんもその時の戦いで亡くなった筈なんですけどね……」
「『え!?』」
見事に、僕達二人はハモった。
今度は、僕にも実感としてくる衝撃発言だった。
だって、今まで話していた相手の事だ。友達とまでは行かなくても、知り合いぐらいの仲にはなっているかもしれない人の事だ。
三ノ輪さんが、二年前に亡くなっていた?
だから、精神体のようにいるのか?
だとして、何故僕の中に?
「まあ、その事についてはこちらで調べてみますよ」
「はあ……。そう、ですか……」
まだ飲み込めてなくて、気の抜けた返事しか出来ない。
『アタシが、死んでる……? 須美と園子も、そんなことになっていて…………あー! もう、わけわからん!』
いろんな受け入れられない情報を詰め込まれすぎて、三ノ輪さんは混乱している。
「そういうことですので会わせる事は出来ません。鷲尾須美さんに会っても、昔の記憶に関する事には触れないで頂けると助かります」
「はい……わかりました」
「それで……何の話をしていたんでしたっけ…………ああ、そうだ、あなたの記憶が無いという話でしたね?」
「ああ、はい、そうです」
三ノ輪さんの友達の話で、少し脱線していた。
まあ、脱線といえるほど無駄な話ではなかったし、重要な事だったけれど。
「記憶が無いのでしたら、神樹様とか、とりあえず重要な事を色々と教えておきますね」
「お願いします」
・
・
・
――――――仮面の人との話は終わり、今は夕日が照らす道を、車の後部座席の窓越しにぼーっと眺めている。
この車は仮面の人の組織――大赦が出してくれたものだ。
今運転してる人はさっきまで話していた人とは別の人だ。仮面をしているから見た目だけじゃ違う人なのかすぐには判断が付かないけれど。
先刻に教えられた色々な事を、頭の中で整理する。
まず、四国以外の世界は、昔発生したウイルスによって人が住める場所ではなくなっているらしい。
そして、神樹様とはこの世界――四国を、結界を貼って守り、資源の恵みを与えてくれている神様らしい。
でも僕は神というのが何故かどうにも
まあ、情報は重要だけども。
次に、バーテックス。あの無機質な怪物の事だ。
バーテックス達は、結界の外に
人間を滅ぼしに来る巨大な怪物、ウルトラマンでも呼べよと言いたくなった。
そして、結界を張って人間を守っている神樹様を殺してから、人を蹂躙しようとしているらしい。
バーテックスは、それぞれ十二星座の名前を
乙女座のヴァルゴ・バーテックス。
蟹座のキャンサー・バーテックス。
蠍座のスコーピオ・バーテックス。
射手座のサジタリウス・バーテックス。
山羊座のカプリコーン・バーテックス。
天秤座のリブラ・バーテックス。
魚座のピスケス・バーテックス。
牡牛座のタウラス・バーテックス。
牡羊座のアリエス・バーテックス。
水瓶座のアクエリアス・バーテックス。
双子座のジェミニ・バーテックス。
獅子座のレオ・バーテックス。
という感じになっている。
もうすでに僕が来る前に、ヴァルゴとキャンサーとスコーピオとサジタリウスと、そしてカプリコーンは倒したらしい。
僕が来たときに倒したのは、タウラスとピスケスとリブラだと言っていた。
つまり、後は四体だけだという。
というか、さっきから僕、らしいばっかだな。全部聞いただけの話だから仕方ないけど。
でも、らしいばっかで信用して良いのか?
与えられた情報を全て
話半分に信じといた方がいいかな。
それで自分でも見て、考えて、判断していこう。
まあ、それで、そのバーテックスと戦えるのが、あの女の子達――勇者だけらしい。
鷲尾須美さんと乃木園子さんは先代の勇者で、それでバーテックスと戦っていたという事だ。その二人と親しい友達だという事は、三ノ輪さんも勇者だったのかな。
バーテックスは、通常の兵器では掠り傷一つ付ける事は出来ないといっていた。
神樹の、神の力を借りた、借りれるあの子達じゃなければ倒せないと。
勇者システムというのを、使っているらしい。
そして僕は何故か戦える。協力者だと、神樹から神託とやらがあったから、奴らを倒す協力をしてくれと言われた。
その代わりに、学校にも席はすでに用意してあり、生活の支援もしてくれるみたいだ。
僕は――――記憶も無かったし、このままでは路頭に迷うだけだったから。それに、あの子達を助けたかった。
それだけが記憶の無い僕の、唯一のやりたい事だった。だから。
すぐに、バーテックスを倒す協力をすることを、了承した。
途中まで失念していた、何故僕はバーテックスとの戦いで大怪我を負ったのに無傷なのかということも、聞いていた。
戦い終わって直ぐは、大怪我を負ったままだったが、少しも経たないうちに、みるみると人間とは思えない速度で回復していったらしい。そう、まるで魔法のように。
これに関しては大赦側も知らなくて、多分僕の能力か何かだろうと、言っていた。
勇者システムも使っていないのに戦える事といい、僕に関してもわからない事はまだ多い。
それも、
そうして話が終わった後、なんか、スマートフォンというPDAも渡された。スマホと略すらしい。
PDAという種類はわかるのに、スマホというその種類の中の個はわからないのかと、いい加減な記憶の無さを訝しがられた。
だけど、それは僕に言われてもしょうがない。だってPDAってわかっちゃたんだもん。
これで、勇者の皆とチャットとかが出来るらしい。
僕以外の勇者は、これを使って勇者システムを起動し、変身するようだ。
そして僕は、結城友奈というあの戦っていた女の子の内の一人の家に、戦いが終わるまで住まわして貰う事になるみたいだ。
なんでも、神託でそうしろとなっていたらしい。よくわからんな。
三ノ輪さんは、かなり落ち込んでいる。
それはそうだ。自分が本当は死んでいるはずで、友達も知らない間に大変な事になっていたんだから。
あれから、ずっと黙ったままだ。
自分の中で整理をしているんだろうけど、まだ終わりはしないだろう。
僕は、今は待つしかない。
三ノ輪さんのことは、勇者の皆には話してもいいが一般人には秘密にした方が良いだろうと言われた。
僕もそうしたほうが良いとは思っていたので、言われるまでも無かったが。
ただ、記憶を失った鷲尾須美さん、今は東郷美森さんという名前らしいが、その人に記憶を刺激するような事は言わないで欲しいと頼まれた。脳に異常をきたすと言っていたから、そこは気をつけないと。
すべてを信じるわけじゃないけれど、用心するに越した事はない。
と、色々と先に話したことを考えていると。
――何か異様なものが、視界に写った。
窓の外。ガードレールの向こう。
そこにある田んぼの中ほどに、黒い塊が見える。
なんだ、あれは?
最初はカラスか何かかと思ったが、すぐに違うとわかった。
それは、黒い
大きさはそれほどは無い。人と同じぐらいだ。
ずっと見ていると、酷い苦しみや悲しみや憎しみとかが、じわじわとぶつけられている様な感覚に陥る。
あれに対して恐怖と嫌悪感が湧き上がってくる。
こんな事はカラスでは起こりえない。
世界にとって害にしかならない存在。
この世ならざる醜悪なもの。
そうとしか思えない。
僕はこれ以上あれを見たくなくて、目を逸らした。
懸案事項が多すぎて、さらにこんな嫌なもの増やされても、今すぐ車を出て対処する気にもならなかった。
それにあれには近づきたくない。怖い。
僕は自分の周りに関する記憶が一切無い、それゆえに不安も尽きないしただでさえ怖いんだ。
あんなのに構っていられる余裕は無い。
そうしている内に、車は田んぼを通り過ぎた。
あの黒い何かは、もう見えなくなった。
強く、優しく、かっこよくなんて考えは、完全に頭から抜けていた。
本当に、僕はなんなんだ。