愚かな僕は勇者になれない   作:ソウブ

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二十話 絶望の黒

 というわけで、温泉だ。

 銀は一旦僕から離れて皆と一緒に入ることになった。

 服を脱衣所で脱ぎ、温泉とを隔てるスライド式のドアを開ける。

 うん、いい感じだ。

 温泉から漂う湯気、(ふち)の岩、夜の月、いい雰囲気だ。

 泊まっている人が少ないのか、この時間帯でも誰も入っていない。

 まず体と頭を洗い、湯に浸かる。

「あ゛あ゛~」

 おっさんみたいな声が出てしまった。

 それぐらい気持ちよかったのだ、仕方がない。

 左にある壁の向こう側には、皆がいるのだろう。

 声が聞こえてくる。

 

「ああ~」

 風先輩の声。

「は~」 

 これは東郷さんだな。

「ふい~」

 銀。

「いいお湯~」

 友奈。

「疲れが吹っ飛ぶわ~」

 風先輩。

「はふ~」

 樹ちゃん。

「確かに、生き返るわね」

 夏凜。

 声が聞こえるたびに誰の声か頭の中で確認する。

「てかなんでそんな端のほうにいるの?」

「んぐ!? 別に、偶然よ、偶然」

「はは~ん?」

「な、なによ」

「女同士でなに照れてんだか、うふーんっあは~ん」

 風先輩が立ち上がったのか水のザバッとした音が聞こえた。

「べ、別に照れてないしっ!」

 

「こんだけ広いと泳ぎたくなるよね」 

 友奈の声と、本当に泳いでるような音。

「だめよ、友奈ちゃん」

「あぷっ、はあ~い、ぶくぶくぶくぶく」

 

「うへへへへ――」

 風先輩の変な笑い声。

「お、どうしました?」

「――へへへ、普段何を食べてればそこまでメガロポリスな感じになるのかちょっとだけでも、コツとか教えていただけると」

「うんうんっ」

 樹ちゃんがそれに追従するような声。

「確かに、さらに増してドデンと大きくなってるからな」

 鷲尾さんの時からでかかったのか、それはすごいな。

 もう天性だね。至宝だね。

 というか銀、あまり東郷さんの過去について話したらまずいんじゃ。

 忘れかけていたけど、記憶を刺激したら危ないと大赦に言われていたはずだ。

 まあ皆温泉で気が緩んでるのか、声を聞いている限りでは特に気にした風はないが。

「う、普通に生活しているだけです」

「いやいやそんなご謙遜」

 

「はーいっ! お背中流しまーす!」

「ひいいいいいいぃぃ!」

 少し遠くからそんな叫び声が聞こえた。

「背中流すの上手いって、お母さんに褒められたこともあるんだよー! ま、か、せ、てー!」 

「ちょ、ちょちょ、くすぐったいってばー!」

 

 

 うん、皆楽しそうで何よりだ。

 息を吐き出し、声への集中を解く。

 壁の近くで聞き耳を立てていたが、ここの壁筒抜けなんじゃないかな。

 まあ壁の上は何も(へだ)たっていないからそういうもんなんだろうけど。 

 露天風呂だしね。

 んん~やっぱり温泉っていいなあ。

 伸びをして、身体を解す。

 視線を巡らせる。

 

 ――――――ふと。

 

 違和感。

 そんな感覚が意識を駆け抜けた。

 何故?

 再度、視線を巡らせる。

 ――何か、可笑しいものが視界を掠った気がした。

 その掠った位置を探す。

 いや、もう解ってたのかもしれない。

 

 視界の隅。

 

 岩の陰。

 

 隠れるように、強烈な違和感。

 

 見たくない。

 絶対に見たくないと思った。

 だから、白々しくも探すなんて時間稼ぎな行動をした。

 なのに。

 見たくないけれど、視線は自然とそちらに行ってしまった。

 まるで、引き寄せられるように。

 そして、

「――――っ!」

 

 黒。

 闇を煮詰めた、黒。

 

 黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒。

  

 闇、絶望の体現。

 

 黒い(もや)、または影。

 

 心は硬直。さりとて無温でなく、極寒。

 

 恐怖。恐怖が支配する。

 

 圧倒的な、凍てついた恐怖。

 

 恐怖、恐怖、恐怖、恐怖。

 

 恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐怖恐。 

 そのどうしようもなく湧き上がってくる、いや――無理やり湧き上がらされた様な感情が、濁流の様に叩きつけられる。

 

 信念も何もかも呑み込み、押し流され忘れ去られる。

 

 怖い。

 怖い……。

 怖いっ――!! 

 

 嫌だ。

 嫌だよ。

 嫌だッ――――!!!

 

 精神が蝕まれる。

 徹底的に陵辱されていく。 

 そうして僕は――――

 

 限界に――達した。

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 脇目も振らず、お湯から出て走り出す。

 目指すは、人。

 人の居る場所。

 最も近いのは、隣。

 皆がいる場所。

 暖かい場所。

 思考は、誰かそばにいて欲しい、それだけ。

 他は、遥か彼方。

 隔たる壁は、高かった。だがそんなものは、関係ない。

 能力を少しだけ、発現させる。

 体から少し白い粒子が舞い、瞳が一瞬光る。

 跳躍。

 壁をいともたやすく、飛び越えた。

 着水音。

 皆が驚いてこちらを見ている。

 構わず、走り寄る。

 一番近くにいた、赤髪の少女に抱きつく。

「わっ!? ど、どうしたの」

「助けて助けて助けて助けて、助けてよ…………」

 情けなく涙を流しながら懇願してしがみつく。

 この時の僕は、正常ではなかった。

 いきなり女湯に飛び込んできたのだ、言うまでもない。

 問答無用で追い出されても何も文句は言えないだろう。

 それでも、友奈はそうしなかった。

 

 僕の異常を、一瞬で悟ってくれた。

 

「お、落ち着いて朝陽くん、私がいるから、ここにいるから……」

 背中に回される、手。

 暖かい。

「落ち着いて、深呼吸。すぅーはー、すぅーはーって、ね」

 言われるがままに、深呼吸をしていく。

 少しずつ、心が安定していく。

 しばらくして、落ち着いてきた。

「あぁ…………」

 それとともに、視界が暗くなってくる。

 まるで泣き疲れた子供のように。

 意識が、途切れる。

 途切れる寸前。

 

「朝陽くん、大丈夫だよ」

 ――ぎゅっと、体を思い切り抱きしめられる感覚がした。

 

 

 

 

 ――――意識が、暗い底から浮上していく。

 瞼を、ゆっくりと開ける。

 瞬きを繰り返し、視界をはっきりさせていく。

 ……この天井は、見たことないな。

 なんか旅館みたいな天井だ。

 ん?

 ああ、そうだ、旅館だったわここ。

 それで、僕は何をしていたんだっけ?

 ご飯食べて、温泉入って……その後は?

 思い出せない……。

 

「あ、朝陽くん起きた……?」 

 心配そうな友奈の顔が、天井を隠して僕の目の前に来た。

「う、うん」

 か、顔が近い。

 友奈の顔を避けるようにして起き上がる。

 ここは僕らが借りている旅館の部屋だ。

 

「――大丈夫……?」

 友奈がまた心配げに聞いてきた。

 他の皆も不安な表情でこちらを見ている。

「うん、大丈夫だよ、それよりなにがあったの? 僕温泉入ってるところから先が記憶にないんだけど」

「え、覚えてないの……?」

 友奈が驚いて聞いてくる。

 僕は頷く。

 何か重大な事でもあったのだろうか。

 いや、覚えてないという時点ですでにまずい事態が起きたことを証明しているのか?

 温泉でのぼせて倒れただけという可能性もあるが。

 

「あの時朝陽くんは、急に私たちが入ってる温泉に飛び込んできたと思ったら、なにかにすごい怯えているように抱きついてきたんだよ」

 え…………。

「どういうこと……?」

「それはこっちが聞きたいぞ朝陽」

 銀がそう言うが、覚えていないのだ。

 女湯を覗くどころか飛び込むなんてイカれた真似を僕がするとは思えないが、記憶が飛んでるので言われたことを信じるしかない。

 それに友奈がそんな嘘をつくとは思えないし。

 

「一体なんだったのよ…………」

 風先輩のその言葉が、今のこの状況を簡潔に言い表していた。

 

 

 結局、有耶無耶(うやむや)のまま僕になにがあったのかは分からなかった。

 女湯で気絶した僕の着替えは、旅館の人がやってくれたらしい。

 その点は助かった、皆みたいな年頃の女の子に着替えさせてもらうなんて、男として一生物の恥だ。

 とりあえず僕の異常は、思い出すまで待つしかないという結論に至った。

 誰も原因を見ていないし、思い出せなければ対処の仕様がないからだ。

 体に異常も見当たらないし。

 なにはともあれ、もう就寝時間だ。

 僕は男なので、当然別部屋で一人で寝ることになる。

 その部屋に敷かれた一つだけぽつんとある布団に入る。

「皆は一緒で、僕だけ一人ってのはやっぱり寂しいけど、こればっかりはしょうがないか」         

 そんな呟きを漏らしてしまう。

 

『朝陽、一人じゃないぞ』

「――あ、そうだった、銀がいたんだよね」

『忘れんなよな』

「ごめんごめん、一人じゃなくて助かったよ」

 一人だと思った矢先に出てきた人の温もりが、心強い。

「おやすみ、銀」

『おう、おやすみ朝陽』

 そうして僕は、さっきまで意識を失っていたにもかかわらず、ゆったりとした眠りへと落ちていった。

 

 

 

 朝陽が布団に入った頃。

 勇者部の女の子達が集まる部屋にて。

 

「私は端っこ」

「アタシは部長だから真ん中」

「お、すかさず樹ちゃんが隣に付いた、じゃあ私は東郷さんのとーなりっ」

「うんっ」

 皆でどこに布団に寝るか話し合っている。

 

「女五人集まって旅の夜、どんな話をするかわかるわよね夏凜?」   

「え、えっと、辛かった修行の体験談、とか?」

「違う」

「正解は、日本という国のあり方について存分に語る、です」

「それも違う!」

「樹、正解は?」

「コイバナ……?」

「そうそれよ! 恋の話よ!」

「もう一度お願いします」

「こ、恋の話よ、何度も言わせないで……」

「で、では、誰かに恋をしている人……」

 

 友奈が頬を染めながら、該当者は手を上げるようにと促す。

「「「「「…………」」」」」

 沈黙が部屋に満ちる。

「そういうアンタは何かあるの風」

 頬杖を突きながら夏凜。

「そうね、あれは二年の時だったわね、私がチア部の助っ人したとき、そのチア姿に惚れた奴がいてさ、まあデートしないかとか言われたりしたもんよっ、もんよー!」

「うんうん、なるほど……ん?」

 夏凜がしらーっとした表情と雰囲気を醸し出している他の面々に気づく。

「アンタたち、落ち着いてるわね」

「この話十回目っス」

 樹も口調がぶれてしまうほどしらっとしている。

「えぇ……」

 

「なによぉ」

「それしか浮いた話ないのね」

「あるだけいいでしょ」

「で、断ったの?」

「だってさ、同年代の男子ってなんか子供に見えるもん、そいつも端末にいやらしい画像入れて、休み時間に男子達で見てるようなやつだって知ってたからさー」

 

「じゃあ朝陽は?」

 

 一瞬の間。

「朝陽は……どうだろうね、確かに子供っぽいところはあるけど、どうだろうね?」

 風が夏凜の質問を、他の皆にも拡散させる。

 友奈が少し頬を染めながら俯き、皆もどうなんだろうと思索に耽っている。

 

「というか、アタシ達が積極的にかかわっている男子って、朝陽ぐらいしかいないじゃん」

「そういえば、そうですね」

 皆がそれに気づき、嫌でも意識をする。

「そういや、いつの間にか朝陽、夏凜のこと三好さんじゃなくて夏凜って呼んでるわよね」

「そ、それがどうしたのよ」

「いや~何かあったのかなあって」

「別にないわよっ! 肩を共にした仲間だからいつまでも名字呼びなんて堅苦しいと思っただけよ。それに名前呼びなら風も同じじゃない」

「アタシは樹と姉妹だから名字呼びしたらややこしくなるでしょ、それはノーカンよ」

「そうはそうだけど……」

 そこに樹が助け舟を出すように言った。

「私も名前で呼ぶようにして、朝陽さんには敬語をやめてもらったけど、同じ勇者部の一員で、それも私のほうが年下なのに、いつまでもさん付けというのも変な感じだと思ったから変えるようにしただけだよ」

「ふ~ん、そうなんだ」

 風が期待はずれだといわんばかりな声を出す。

 

「それじゃあ、え~と――あ、そういえば友奈って最初っから朝陽に友奈って呼ばれてたわよね。なんかあったの?」

「え、ええっ!? わ、私ですかっ!?」

 自分に話の矛先を向けられて狼狽する友奈。

 その赤く染まった顔を目ざとく見て、風が言う。

「なに顔赤くしちゃってんの~、やっぱり何かあるの?」

「わ、わかりませんよ私にも……ただ、少し気になってはいます」 

 

 純粋に、自分たちのことを始めて必死になって守ってくれた異性のことを。

 そのシチュエーションは、まだ十三歳の少女の心を揺るがすには十分といえた。

 それは他の皆にも当てはまるが、友奈だけなのは単純に一緒にいた時間の差だろうか、ただそれだと銀にもいえる。

 それとも単純に好みだろうか。

 結局は人により、人の心など曖昧で、解らないものだ。

 時間とか理屈じゃないんだ。

 ただ、いつの間にかそうなっている。

 

「友奈ちゃん……まさか、そんなはずないわよね……?」

 東郷が驚愕と不安の眼差しで友奈に詰め寄る。

 自分を救ってくれて、今までずっと拠り所だった親友がとられてしまいそうで、焦りと寂しさと不安が押し寄せてきたのだ。

「そんなはずってなに東郷さん……さっきも言ったように、私にもモヤモヤしててわかんないよ……」

 友奈はそういってるが、その頬を染めて恥ずかしそうにしている姿は、東郷には初恋に悩む少女にしか見えなかった。

 

「友奈ちゃんが遠くに行っちゃうのは嫌……だけど夢河くんは悪い人じゃないし、友奈ちゃんを任せられるかもしれない…………それでも……」

 ぶつぶつと、誰にも聞こえない小声で呟く東郷。

 たとえ危惧しているとおりになったとしても、離れ離れになるわけではないことは解っている、親友なのも変わらないし、会おうと思えばいつでも会えるだろう、それでも、気持ち的に今よりも離れてしまうような気がしてしまうのだ。

 故に、不安が募る。

 

「じゃあ友奈は朝陽のことが気になってるんだね!」

 目をキラキラさせている風と樹、そして興味を持った顔をしている夏凜。

「確かに気になってはいますけど……それだけですよ……」

 いつになく弱気な友奈の声に、皆珍しく思う。

 

 そうして夜は、更けていった。

 一人の不安を、残したまま。

 

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