旅館から帰ってきて、数日後。
またもや銀が、頼んできた。
「須美――いや、今は東郷かな、その東郷ともっと昔みたいに仲良くしたいんだ」
そう、東郷さんとの関係の事である。
「今までは少し気まずかったりしてあまり関われてなかったけど、それじゃ駄目だと思ったんだ。アタシと須美と園子は、親友なんだから。だから協力してくれ、頼む!」
「うん、いいよ」
この日は勇者部が休みだった。
断る理由も無かったし、僕も皆には仲良くしてほしい。
だから、即頷いた。
――――そして今、大型ショッピングモール、『イネス』へとやってきた。
東郷さんに、ショッピングモールへ銀と一緒に遊びに行かないかとメールしたら、了承の返事を貰えたからである。
東郷さんの車椅子を押して歩き、電車に乗り、そしてまた歩き、ここに着いた。
そういえば、東郷さんが家から出てきて会った時の様子がいつもと違った気がしたけど、気のせいかな?
具体的にどう様子が違ったのかは解らなかったが、なんか雰囲気的に違った気がしたのだ。
やっぱり気のせいかな? まあいいや。
何かをした覚えもないし、僕もメンツがこの三人だけというのに少し緊張していたから、東郷さんも多分それだろう。
「どこからいく?」
僕は特に行きたい所もないし、今日は銀の頼みで来たから二人にどこに行きたいか聞く。
「東郷はどこか行きたい場所ある?」
姿を現している銀が聞く。
生前の知り合いに見つかる可能性はあるが、たとえ見られたとして誰がすでに亡くなった人が生きてると思うだろうか。
恐ろしく似ているだけの誰かとしか普通は思わないだろう。
銀への何かしらの執着心さえなければ。
だから多分大丈夫だ。
「私はどこでもいいけれど、他にないなら考えるわ」
「そうか、ならとりあえずゲーセン行こうぜ!」
銀がそう言って、まずゲームセンターに行くことになった。
「敵兵の皆さん、今度は数で来ようというのね? 受けて立ちます。行くわよ三ノ輪さん!」
「おう! それと三ノ輪さんじゃなくて銀でいいぞ東郷」
「うんっ、銀、右側お願いね」
今、ガンシューティングゲームを二人がやっている。
ゲーセンのシューティングはゾンビを打つのが主流だろうけど、これは敵が兵士だ。
二人の様子を見ていると、かなりいい感じに仲良くなってきてるんじゃないかなと思う。
「くっ……ぐっ……」
銀はそれなりに撃ち漏らしたりしている。
シューティングはあまり得意ではないのかな。
ダン、ダン、ダン、ダン、ダン。
ヒット、ヒット、ヒット、ヒット、ヒット。
東郷さんは百発百中だ。
銀が撃ち漏らした分も上手くフォローしている。
「ここらで、一掃させてもらいます!」
うまくやっているようだし、今は二人をそっとしておいて、僕は少しぶらついてみようかな。
適当にゲーセン内をうろつく。
こうしてみると、やっぱりいろんなゲームがある。
でも特にやりたいものも見つからず、散歩のように歩き回る。
と、
目に留まった。
クレーンゲームのガラスを隔てた景品。
四角いそれなりに大きい箱に入っているもの。
――ご○文はう○ぎで○か? コ○ア8/1スケールフィギュア。
それに、僕の魂の底から刺激された。
コ○ア、コ○アじゃないか!
発売なんてされてなかったはずだぞ! どうした! おい!
すげえ、すげえぞ! 取るしかねえ! これは取るしかねえからな僕!
すぐさま両替機に直行し、お札を硬貨に変える。
そしてクレーンゲームの前に立ち、戦闘態勢に移る。
「これより、コ○ア救出作戦に移る」
変なノリになりながら、五百円効果を投入。
これにより一気に三回挑戦可能。
一回二百円だから、一発で取れそうにない物を狙う時はこちらの方がお得なのだ。
――さあ、聖戦の始まりだ。
十数分後。
ああ、ああ、ああ…………。
どうしよう。
ま っ た く 取 れ な い。
これでもかというほど取れない。
すでに一万円ぐらい吹っ飛んでいる。
確かに普通フィギュアはそれぐらいの値段はするけど、さすがにクレーンゲームでこの散財は財布にきつすぎる。
一万円だぞ一万円。
結構な給料が入ったとはいえ、中学生にはかなりの大金だ。
おかしい、なぜこうなった。
僕は絶望的にクレーンゲームが下手なのか。
でもここまで来て取れずに諦める事などできない、無駄に一万円消し飛ばすだけなんて嫌だ。
それにあのフィギュアを絶対に諦めたくない、物凄く欲しい。
だから僕は硬貨を入れる。
さらに五百円投下。
――だが、また失敗。
「も゛う゛い゛や゛だ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
フィギュアを取れず、クレーンゲームの前で、
半泣きで叫ぶ中学生男子の図が、そこにあった。
打ちひしがれていると、肩をポンッと叩かれた。
ゾンビのように振り返ると、苦笑している銀と東郷さんがいた。
「どうした朝陽、何か欲しいのか?」
打ちひしがれているところを見られていたのかな……。
本当はフィギュアが欲しいなんて知られたくなかったけど、見られたら悲鳴を上げるレベルだったけど。
――もういい、恥も外聞も掻き捨ててやる。
「うん……あれが凄く欲しいんだけど全然取れないんだ……」
僕はご○文はう○ぎで○か? コ○ア8/1スケールフィギュアを指差す。
「そんなに取れないのか?」
「うん……一万円くらいこの醜悪機械に呑まれた……」
「そんなにか!?」
「どれだけ欲しかったんですか……」
東郷さんは呆れ気味だ。
そりゃそうだ。
「しょうがない、アタシがやってみるよ」
「いいの……?」
「おう、問題ない」
「ありがとう銀……」
その心遣いに感謝する。
感謝するが、僕がこんなにやって取れなかったんだ。
他の人がやってもそう都合良くは取れないだろう。
そんな諦めの気持ちを抱いたまま、銀が挑戦するのを見ていた。
――――取れた。
は?
一発で取れてしまった。
え?
「おっ、なんか結構簡単に取れたぞ」
僕の苦労はなんだったの?
あの十数分の死闘はなんだったの?
なんであっさりとれちゃってるの?
だったら僕が何回もやってる時どこかで取れてくれてもよかったんじゃないの?
と、そんな理不尽に対する非常に納得しがたい感情があった。
あった、けど。
「ありがとう銀! ほんっとありがとう! 感謝する! やっぱり持つべきものは友達だね!」
フィギュアを手に入れれたのはやっぱり嬉しかったため、全力で銀に感謝した。
「あははははっ、朝陽そんなにこれが欲しかったのかよ」
「ああ、凄く欲しかった」
「真顔かよ、朝陽って結構なオタクだったんだな」
「まあね」
「というかそれはカラオケの時に思いっきり片鱗どころか全面出してたか」
「ま、まあね」
「この前もなんか漫画みたいな小説買ってたしな」
「ま、ま、まあね」
ライトノベル、ラノベのことである。
僕はこの前樹ちゃんの歌を聞くためのヘッドホンと共に、ラノベを買ったのだ。
それもベッタベタのハーレムラブコメバトルものの。
そりゃ気づかれるわな。
「朝陽は気にしてるようだけど、あたしはそういうの気にしないから別に隠す必要はないんだぞ?」
「あ、ありがとう」
ぐう聖。
「勇者部の皆も、気にしないと思うよ夢河くん、私も気にしないから」
「そ、そうなの……?」
皆ぐう聖。
やさしい世界。
ありがとう。
ありがとう!
「さて、銀、次はどこに行く?」
「うーん、そうだなあ――じゃああそこに行こう!」
そう二人が言って、歩き出す。
今は銀が東郷さんの車椅子を押している。
僕は、それに続いた。
「――あっ、待って二人とも!」
「ん? なんだ?」
「なにかあったの?」
「ちょっとね、あれを皆で撮りたいなって」
僕はプリントシールだかプリクラだかの機械を指差した。
『画面を見て、キメ顔を作ってネ♪』
は? キメ顔?
僕はキメ顔でそう言ったなの?
自分で撮りたいとは言ったけど、実はこういうの一切やったことない。
過去の記憶が無いから本当にそうかはわからないけど、とにかく今はやったことないも同然だ。
だから急にそんなこと機械に言われて戸惑ってしまう。
というかこの機械の口調絶妙に腹立つな。
人をイラつかせる天才かな?
キメ顔……キメ顔……。
「ほら朝陽、ぼーっとするなよ、もう始まるぞ」
え?
『撮るよー? 3,2,1、はい、チーズ♪』
パシャッ。
妙に気に障る口調が響き終わると同時に、写真を撮る音が鳴った。
『この顔をシールにしてイイかな?』
「よくないです」
僕は即答した。
いやだってさ、僕の顔酷いよ? この戸惑ったような間抜けな顔。
まるでブサイク童貞が超絶美少女複数人に詰め寄られているような顔だ。そのままボコられるまである。
ボコられちゃうのかよ。
というかどんなかおだよ。
自分で言ってなんだけど。
とにかく、この表情はナッシングだ。
「え~、よく撮れてんじゃん、朝陽は間抜け顔だけど」
「そうね、よく撮れてると思うわ、夢河くんは間抜け顔だけど」
「ひどいっ」
それから。
――まあ、ちゃんと取り直してはくれた。
東郷さんを真ん中にして、左に僕、右に銀という立ち位置で、東郷さんは自然体で微笑み、銀はお日様のような笑みでピースをしている。
もちろん僕は間抜け顔ではなく、かといってキメ顔もできなかったからまるで証明写真のような表情だが、間の抜けた顔よりも何倍もマシだ。
そして銀がプリシーの機械で書いた文字がでかでかと鎮座している。
親 友――と。
「おお、色々と店が変わってたけどちゃんとここは残ってた!」
僕らはフードコートのジェラート店へやって来た。
「ここの醤油ジェラートが最高なんだよ」
東郷さんは車椅子に乗ったままで、銀を真ん中にしてベンチに三人並んで座る。
「へえ~」
全く惹かれねえ。
アイスに醤油ってなんだよ。
僕はチョコ味のジェラートを持っている。
東郷さんは宇治金時味だ。
なんというか、すごく、らしい。
東郷さんはどんだけ
ちなみにこれらのアイスはカップではなくコーンタイプだ。
一口食べる。
うん、うまい。チョコ美味い。
やっぱり甘いものは
甘いものは女の子が好きなイメージあるけど、男だって好きなやつは好きだ。
僕はその一人というだけなのだ。
「なあなあ、絶対美味いから食ってみろよ、ほら」
銀がそういってジェラートを店で貰ったスプーンで掬い、僕の口の前に差し出してきた。
「えぇ……だって、醤油じゃん。アイスは甘いからいいんでしょうが」
「そんなこと言わずに騙されたと思ってっ、とりあえず一口食えよ、な?」
まあそこまで言われたら別に拒むこともないか。
僕はしょうがないと一息吐き、口を開こうとする。
――いや、待て。
今更気づいたがこれ間接キ――
「ええいじれったい!」
「むぐっ!?」
銀が躊躇った僕に痺れを切らして無理矢理口にスプーンを突っ込んできた。
危ないから! 喉にスプーン刺さったらどうしてくれるんだよ!
ああ違う、それよりも間接キスだ、不可抗力とはいえしてしまった。
不可抗力っていうか抵抗空しく無理矢理って感じだけど。
あれ? 無理矢理キスってエロくね?
「で、どうだ?」
「え?」
「味だよ味、美味かったか?」
「ああー……」
正直言ってそれどころじゃなかったので味なんて覚えていない。
でもまた口にスプーン突っ込まれるのも面倒だし、適当にお茶を濁しておこう。
「ウン、ケッコウヨカッタンジャナイカナ」
「そうか美味いか! いや~、やっとこの味を理解してくれる人が現れたよ」
「ハハハハ」
ぬか喜びをさせてしまったかな。
すまぬ、すまぬ。
そんなふざけたやり取りをしていた時。
「なんだか、懐かしい味な気がするわ」
東郷さんがそう呟いたのを耳にした。
「……っ」
銀がそれに反応した。
無理もない、東郷さんの記憶を刺激してしまったら、脳が危険な状態に陥ると聞かされているのだ。
じゃあなんでイネスへ来たのか、ということになってしまうが。
そこは前に友奈たちとここに来た事もあると聞いていたからだと思う。
だから場所に来た程度で記憶が刺激される事は無いと考えたのだろう。
イネスは思い入れのある場所だから、リスクがあまりないのならここが良かったという事なのだろう。
明確に、思い出させようという意思を持って話したりさえしなければ大丈夫だと。
だが、今東郷さんは懐かしい味な気がすると言った。
食べ物はまずかったのか。
場所までは良くても、思い出の食べ物は記憶を刺激するに足るものだったのか。
僕はもっと気をつけるべきだったか。
軽率だったろうか。
銀だけの判断に任せたのはいけなかったのだろうか。
そんな思考が渦巻いていたら、
「ん? なに二人共?」
キョトンとした顔で東郷さんが言う。
「え……? 東郷、大丈夫なのか……?」
銀は困惑した様子だ。
僕もそうだ。東郷さんは記憶を刺激されても平然としているのだから。
「大丈夫って、なにが?」
「いや、いいんだ。僕らの勘違いだった」
「そう……?」
とりあえず、これ以上記憶への刺激をさせるべきではないと、僕は話を遮り終わらせた。
考えてみたが、少し程度の刺激なら問題ないということだろうか。
前にも記憶が無い状態で友奈たちと来たのなら、少しも記憶が影響を受けないというのもよく考えてみれば可笑しいような気もする。
つまり、ある程度は大丈夫なのだろう。
そのある程度の線引きが曖昧だが、とりあえず場所と思い出の食べ物は問題ないということは分かった。
まあ何はともあれ、東郷さんに危険が及ばなくて良かった。
風が気持ちいい屋上。
日はもうすぐ茜色に染まりそうだ。
僕達はジェラートを食べ終わった後、色々とイネスの店を回り、最後にこの屋上に来ていた。
他に人は
静かで、なんだかいい。
「いい景色ね」
「だろ? アタシのオススメスポットだ」
「でも、一つだけ気になるわ……」
「ああ、まあそうだな……」
東郷さんと銀が見つめる先。
そこには、無残に破壊されて上に沿った大橋があった。
それだけが、この景色の一点だけの汚点だ。
「今日は楽しかったわ。誘ってくれてありがとう」
東郷さんが僕と銀を見て微笑んだ。
「アタシが東郷と遊びたかったんだから、礼なんて言わなくていいんだよ」
「僕は銀の提案に乗っかっただけだからね、僕にその言葉を向ける必要はないよ」
「そう……でも、よかったわ…………」
その
夜の東郷家。
その自室で、私は写真を眺める。
今日三人で撮ったプリントシールだ。
「本当に、楽しかった」
不安を拭い去るために、夢河くんという人間を改めて見定めるために、誘いに乗った自分が恥ずかしくなるくらいに。
銀と夢河くんと遊ぶのは、友奈ちゃんと一緒にいる時に匹敵するくらい安らいだ。
なんでかはわからないけど、銀には昔からの友達のような親しみも感じる。
「親友、か……」
どっかりと書かれて、強調された写真内の文字。
私の親友は、友奈ちゃん意外はいないと思っていた。
風先輩は先輩で、樹ちゃんは後輩で、夏凜ちゃんは最近お役目を経てできた友達で。
みんな大切な友達だけど、親友というのはもっと違うもののように思っていた。
だから、親友という言葉に当てはまるのは友奈ちゃんしかいないと、そんな考えを固定していた。
間違いだったのかもしれない。
親友は、早々出来るものではないけれど、出来ることもあるのだ。
それを今日、知った。
銀とは、親友になれるかもしれない。
夢河くんとも、なれるかもしれない。
そんな暖かさを感じた。
そう思ったら、不安は和らいで行った。
友奈ちゃんはもちろん親友だ。だからなにがあってもその関係が切れることは無い。
たとえ誰かのもとへ行っても、会えなくなるわけじゃない。
親友は、親友なんだから。
夢河くんも、純粋な人だ。
裏があるようにも、見えない。
二年前の私と同じように記憶が無いのに、混乱したり暗くなったりせず、明るくいれている、夢河くんは強いのだ。
あの人なら、友奈ちゃんに悪い事が起きるとは思えない。
そもそも友奈ちゃんが選ぶ相手なら、大丈夫だろう。
ちょっと早とちり気味な気もするけど、考えておいて損はないはずだ。
一気に二人も親友が増えるかもしれない。
その事実に、心が躍った。
分かっていたことの筈だけど、私は、一人じゃない。
皆が――勇者部の仲間が、友達が、親友が――いる。
ちょっとした不安が消えた安らぎと共に、私はプリントシールをしまい、電気を消して、布団に入り就寝した。