愚かな僕は勇者になれない   作:ソウブ

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二十二話 キモダメシ

 

 拡散、拡散、拡散。

 

 黒が、ばら撒かれる。

 

 混沌の時は近く。

 

 道化の踊りもピークが近い。

 

 メインディッシュを待つ陰は、不気味な笑みを湛え。

 

 唯(ただ)整える事に専念し、その時を待つ。

 

 アア、待ち遠しい。

 

 早く、速く、疾く、ハヤク。

 

 観タイ――。

 

 

・

・

・

 

 

 まるで、世界の終わりだ。

 

 ――何故、見捨てた? 

 ――何故他人なんか助けなければならない?

 

 ――助けようと思えば助けられたはずだ。

 ――僕にそんな余裕はない。

 

 ――必死に助けようとしている人もいた。

 ――他人と一緒にするな。

 

 ――本当に余裕はなかったのか?

 ――…………。

 

 ――助けられたんじゃないのか?

 ――…………。

 

 ――助けられたんだろ?

 ――そうかもしれない。

 

 ――なのに見捨てた。無視した、振り払った、踏み潰した。

 ――そうだね。

 

 ――お前はクズだな。

 ――僕はクズなのか?

 

 ――どうしようも無いほど醜い奴だ。

 ――僕は醜いのか?

 

 ――僕は善人でも普通でもない、ただの卑しいクズだ。

 ――嫌だ。

 

 ――認めなかろうと、醜いクズだ。

 ――やめろ。

 

 ――クズ。

 ――やめろっていってるだろ!

 

 ――クズクズクズクズクズクズクズクズクズクズ。

 ――黙れ!

 

 ――黙ったところでなんになる? 僕がどうしようもないクズだという事実は変わらない。

 ――それでも僕はそんなの嫌だ! そんなのは、絶対に、絶対にっ!

 

 ――善人じゃない。

 ――嫌だ。僕はそれが良かったんだ。

 

 ――愚か者だ。

 ――僕は善人がいい。そう在りたい。

 

 ――なら、変わるしかない。

 ――どうやって?

 

 ――醜いクズの、反対。自分の理想を考えればいい。

 ――自分の、理想。

 

 ――偽りでも、実践していけば真実にできる。

 

 ――だから、理想の仮面を被れよ、クズ――

 

 

・

・

・

 

 

 夏休みが明けた。

 今日からまた学校だ。

 といっても、学校自体は勇者部の活動で夏休みの間に何回も行ったけど。

 夏休みは、色々とあった。

 カラオケに、海に、イネスに、他にも一杯楽しんだ。

 勇者部の活動にも勤しんだし、皆と遊びに遊んで凄く充実した。

 皆との仲も、かなり良好だと思う。

 勇者部の皆、大好きだ。

 最上に楽しい日常って、こういうことをいうんだなあ。

 本当に、幸せな毎日だ。

 今日から授業とか始まるけど、全然苦じゃない。

 面倒臭くはあるけど、充実してるし、嫌じゃない。

 夏休みの宿題はちょくちょく夜に進めて普通に終わらせたから大丈夫だし。  

 何も問題はない。

 この大切で特別な日常で、僕は生きていく。

 皆で勝ち取った、この平和な毎日を。

 

 

「「「「「「調査依頼?」」」」」」

「そうよ、方々から同じ調査依頼がきてるのよ」

 授業が終わり、勇者部に皆揃った途端、風先輩が宣言したのだ。

 調査依頼が着たから、今日それをやると。

 それにしても、同じ依頼が被って複数来たことなんて、少なくとも僕が勇者部に入ってからは初めてだ。

「どんな依頼なのよ」

 夏凜が率直に聞く。

「それがね、最近この学校の中や近隣で変な黒い影だか靄だかが出るらしいのよ」

 

 黒い、靄。

 頭に、その単語が引っかかった。

 だけど、直ぐにその引っかかりは、思考の海に溶けていった。

 

「それを見た人は皆揃って、『あれは良くないもの』だと感じたみたいだわ。悪霊とか噂されているくらいよ。といってもアタシはあんまり信じられないんだけどね。幽霊なんて。だけどこんなに依頼が来てるから、受けないわけにもいかないじゃない?」

「そうね」

 

「警察に頼むのは駄目ですかね?」

 僕は、そんな頓珍漢(とんちんかん)なことを口走ってしまった。 

 言った瞬間自分でも馬鹿かと思った。

「あのねぇ朝陽、警察が幽霊なんて事件性の無いもので動くわけないでしょ。大赦でもそんな調査しないわよ。だから勇者部に白羽の矢が立ったんじゃない」

 案の定、呆れた表情と声音で風先輩に諭された。

「そりゃそうですよね、すいません」

 ううむ、なんであんなこと言ってしまったんだろう。

 

「それじゃあ幽霊調査が今日の活動ですね」

『肝試しみたいなもんだな、いいね楽しそうじゃん』

 友奈と銀は結構乗り気だ。

「そういうこと、夜に出る頻度が高いらしいから夜に学校で調査ね」

「夜ですか、先生方に許可は取ったんですか?」

 東郷さんが根本的な問題をぶつける。

「大丈夫、アタシがちゃんと取っといたわよ」

「さすが部長ですねっ」

 友奈が言うとおり、風先輩は色々とあれなところもあるが、ちゃんと部長らしいところもあるのだ。

 尊敬できる先輩といえるだろう。

 

「でも、アタシは今日大事な用事があるから行けないのよね。悪いけど他のメンバーで調査はお願い」

「あれ? お姉ちゃん今日何か用事あったっけ?」

「……っ、あ、あるのよっ、言ってなかったけど大事な用事が……」

「そうなの……?」

「とかいって、ただ幽霊が怖いだけなんじゃないの?」

 夏凜がイタズラげな笑みで風先輩をからかう。

「そそそそ、そんなわけないじゃない! アタシは別に怖いわけじゃ……」

「動揺しすぎでしょ……」

「ど、動揺なんてしてないわよ!」

「風は幽霊が怖いのね、一つ弱点を見つけたわ」

「だから違うっていってるでしょー!」

「じゃあ夜行けるわよね?」

「うぐっ……」

「用事ないんでしょ? 樹」

「はい、私が知る限りは」

「ほら、樹も言ってるじゃない、行けるんでしょ?」

「さ、さっきも言ったけど樹に言ってなかっただけだって……」

「本当にそうかしら?」

 皆に――疑いの視線――ジト目を一斉に向けられる風先輩。

 というか疑いどころかこの様子じゃ確定だろうけど。 

 やがてその視線に耐え切れなくなったのか、

「う、う、うわああああああああああ!」

 

 風先輩は逃げ出した! 

 ……尊敬できる先輩?

 

 

 

 結局、風先輩も半ば無理矢理行くことになった。

 言いだしっぺが用事も無いのに自分だけ行かないというのはどうなのという意見の総意があったからだ。

 

 そして夜。

 学校の廊下。

「お姉ちゃんそんなに怖いの?」

「ここここ、怖くなんてないわよ!」  

「じゃあなんで私の後ろに隠れてるの……」

 樹ちゃんが苦笑しながら風先輩に言う。

 やっぱり怖いようで、自分の妹の背中に隠れて歩いている。 

 

 思ったが、幽霊なんかよりバーテックスの方が怖いんじゃないかな。

 いるかも分からない上に、悪霊でも無かったら害も無いだろう相手と。

 人類の脅威で、完全に殺すための攻撃を放ってくる化け物。

 どっちが怖いかは明らかに後者だと思うんだけど。

 いや、『わからない』、というのは恐怖を覚えるものだし人によるか?

 ホラーでも、その脅威がどういうものか分からないから怖いという感情が引き出されるのだ。

 タネが分かってしまえばただ対処しなければならない脅威に成り下がってしまう。

 だから幽霊の方が怖いのか?

 いや、でも、僕はバーテックスの方が怖いが。

 あいつら殺す気マンマンで強力な攻撃放ってくるし。

 やっぱり人によるのだろうか。

 そんな意味の無い事を考えていると、  

 

「そういえば、この学校には七不思議なんてものがありましたね」

 東郷さんがこの状況でそんなことを話し出した。

「な、七不思議!?」

 風先輩が過剰に反応する。

「あっそれ私も聞いたことあります。どんなのがありましたっけ?」

「そうですね、一つは、定番ではありますが理科室の人体模型が動き出す、というのがありますね」

 

 ドガッ。

 

「ぎゃああああああああああああ!!」

 いててっ。

「なななな、なによ! なにが起きたのよ!」

「すいません躓いてドアにぶつかりました」

「こんなタイミングで躓かないでよ!」

「すいません」

 それでも躓いてしまったものは仕方がない。

 弁明すると決してわざとではない。

 夜の学校は月明かりぐらいしか照らしてくれるものが無い。

 当然懐中電灯はあるが今持っているのは東郷さんと樹ちゃんと夏凜だし、照らしているのは前の方だ。

 だから、こう暗いと少し足元がおぼつかないのだ。

 というか、今ちょうど理科室の前辺りに来た時に東郷さんは今の話をしたけど、それは意図的かな?

 だとしたらいい性格してるねえ。

 案外イタズラ好きかな?

 なんだか可愛い。

 真面目っぽいのに――っていうか実際真面目だけど――イタズラ好きというのは可愛い。

 そんなふうに、わいのわいのと僕らは進んでいった。

 

 

 しばらく探索を続けた。

 一階、二階、三階と、ほとんど見回り終えた。

 だが、一向に依頼にあった黒い影だか靄は、見つからない。

 本当にそんなの出るのか?

 ただの見間違いじゃないのか?

 それこそ単なる影を幽霊だと見間違えたとか。

 よくある話だ。

 

『全然見つからねー!』

「見つからないね~」

「そうね、本当にそんなのいるの?」

「アタシも見たこと無いわよ、でも依頼が何件もきてるのよ?」

「もしかしたらイタズラだったとか?」

「その可能性はありますね、こうもくまなく探してるのに出ないとなると、今日はもうあまり遅くならないうちに帰った方がいいのではないでしょうか?」 

  

 皆諦めムードだ。

 やっぱりそんなものいないんだ。

 バーテックスとか精霊とかがいる時点で、なにがいても可笑しくは無いとも思いはするが。

 そもそも銀自体が幽霊みたいなものと言われてしまえば何も言い返せないけど。

 それでも、今回は誰かのイタズラという線が濃厚なんじゃないだろうか。

 黒い影とか、いかにもそんなことする馬鹿が思いつきそうな、何の捻りも無い陳腐な内容だ。

 今日はもう帰った方がいいな、うん。

 ――――――――――。   

 

 

「え――――」

 誰かが、そんな言葉を漏らした。

 でも、僕には、それが誰なのか特定する余裕は無かった。

 僕達の、目の前。

 そこに突然、何の脈絡も無く、現れた。

 

 黒い、黒い、靄が。

 

 脳が、鮮烈に刺激された。

 一瞬で、記憶がフラッシュバックする。

 思い出した。

 思い出した。思い出してしまった。

 

 最初に、結城家へ大赦の車で送られた時に窓の外に見た、異質なモノ。

 次に、旅館の露天風呂の片隅に見た、異質な黒。

 

 記憶の奥に閉じ込めていた、その二回の遭遇に、記憶の扉を強引にこじ開けられて思い起こされた。

 

「……っ」

 楽観していた自分が馬鹿にしか思えなくなる。なにを考えていたんだ僕は。

 こんな世界じゃ、なにが起きても可笑しくはないと思っていたのに。

 自分の浅はかさが嫌になる。

 

 いや、良く考えたら、というか良く考えなくても楽観とかそういうのじゃない。

 僕は思いだしたくなかったんだ。

 記憶の奥にどうにかして閉じ込めて起きたかったから、楽観の皮を被った思考逃避をしていたんだ。

 あんな――あんな、魂の根底から汚泥で汚して、寒いという概念を濃縮したものを擦り付けられるような、醜悪で、絶望で、深淵な、この世に在ってはいけないもの。

 今だって、記憶から塵一つ残さず消し去りたいぐらいだ。

 でも、できない。

 否が応にも、存在を思い知らされる。

 

 そんな精神状態だけど、腹の底から出ようとする悲鳴を、無理矢理呑み込む。

 ここでまた、情けなく悲鳴を上げることは許されない。 

 気絶して、忘れて逃げることも許されない。

 

 だって今は、皆も共にこの醜悪な黒と遭遇してしまっているから。

 あれを見て、目を見開いて硬直してしまっている大切な皆を、このまま置いて自分だけ弱さに逃げることは許されない。

 だから、今は勇気の残りカスを絞ってでも、行動に起こさなければ。

 

 強く、優しく、かっこよく――――

 

「みんなっ! 逃げるぞっ!!」

 僕が力の限り叫ぶと、皆は、はっとしたように硬直が解ける。

 あれに立ち向かう度量は、僕には無い。

 気絶してしまいそうなほどの恐怖を背負ったまま、戦えるはずが無い。

 だけど、皆と一緒に逃げる事はできる。

 その手助けは、できる。

 

「走れっ! 早くっ!」

 僕がそう叫んで直ぐ、全員で走り出す。

 振り返ることはしない。したくない。

 

 振り返ったら目の前にいて、一瞬で殺される。

 そんな想像が、妄想が、頭にチラついて離れないからだ。

 

 そうして昇降口に辿り着き、靴も履き替えず皆で飛び出す。

 学校から離れようと、それぞれの家の方面にバラけることなく固まって走り続けた。

 全員の荒い息遣いと、乱雑な足音だけが、暗い夜道に聞こえる。

 誰もが必死に走り続けていると、いつの間にか、まだ車が走っている人通りがあるところまで着いていた。

 

「はあっ……はあっ……」

 皆膝に手を突いて息を整える。

 恐怖に強張った心も、ゆっくりと落ち着けていく。

 呼吸がそれぞれ落ち着いてきた頃。

 

「あれ……なんだったのよ……」

「わからないわ、でも、すごく嫌な感じがした」

 風先輩と夏凜が気怠そうに言った。

 

「実は僕、前に二回ほどあれを見たことがあるんです」

「二回も!? ……もしかしてその一回って…………」

 友奈が察した事に、答える。

「うん……あの温泉の時だよ、さっき思い出した」

 自分で言って思う。

 そもそも、忘れるほどの恐怖ってなんなんだ。

 あれには、もっと別の醜悪で異質な、想像も付かないような何かがあるはずだ。

 でないと、記憶の奥に無理矢理閉じ込めていた説明が付かない。

「やはり、そうですか……」 

 神妙な表情で東郷さんが顎に手を当てる。

「最初に一回はどこで見たんですか……?」

 樹ちゃんの疑問にも、答える。

「最初に友奈の家に行く途中、大赦の車の中で窓の外の田んぼにいたのを見たんだよ」

「そんなに前から見てたのか!?」

 今は姿を現している銀が驚く。

「銀も一緒にいたはずだけどね……」

「それは、あの時は色々あって周りを見てなかったし……」

 まあ、それはしょうがない。

 あの時銀は一気に受け入れられない情報を知らされて、考える時間が必要だったのだから。

 僕の中に居て、周りの視界も遮断していたのだろう。

 

「とにかく、今日はもう帰りましょう。あの黒いのについてはアタシが大赦に報告しておくわ。あんなののさばらせて置けないしね」 

 風先輩がそう言って、今日は解散となった。

 

 

 ――黒い靄から走って逃げていた時。

 最後まで、僕は振り返ることはしなかった。

 だけど、昇降口に着き、その靴箱の向こうにある扉の方面に向く時、横目で一度見えてしまった。

 

 ――あの黒は追いかけるそぶりも見せず、現れた時と同じ場所で、唯そこに佇んでいた。 

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