愚かな僕は勇者になれない   作:ソウブ

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二十三話 襲撃

 後日学校に行ったら、風先輩が大赦にあの黒い靄の事を報告したと皆に伝えてきた。

 大赦はそれを今調査中らしい。

 だから、その内あれがなんなのか解るだろう。

  

 思ったが、僕以外の皆は、僕ほどあの黒い靄を見ても恐怖は感じていなかったように見える。

 初見で、悲鳴も上げず気絶もしなかったのだから。

 依頼をしてきた人たちも恐らく同じだろう、ここ最近気絶した人が頻発しているなんて聞いていないから。

 

 ――何故僕は黒い靄にあれほどの忌避と恐怖を感じるのだろう。

 

 思えば、僕に関しては分からない事だらけだ。

 記憶が無い理由もわからない。

 自分の能力がどういうものか、何故そんな能力を持っているかもわからない。

 そういえば、戦闘の最中に誰かから与えられたものだと感じた。

 それが誰からなのかもわからない。

 

 懸案事項が多い。

 不安な事が多すぎる。

 

 ――でも、考えたところでわからない。

 推測はできるが、可能性が多すぎて意味が無い。

 全く的外れな結論に至ってしまうかもしれない。

 

 結局、大赦の調査待ちか……。

 そう結論付け、僕は今日の勇者部の活動に勤しむのだった。

 

 

 

 ――――数日経った。

 特に何も起きないまま、いつもどおりに学校へ行き、神樹への拝もいつもどおりスルーして、授業を普通に受け、勇者部の活動をする。

 

 この、いつもの流れが過ぎて行った。

 大赦の調査も終わったという報告は受けていない。

 そんなすぐに終わるものでもないだろうけど。

 不安は募るばかりだ。

 

 今日も勇者部の活動――今回は迷子の猫探しだった――が終わり、家に帰ってきた。

「ただいま」

 誰も居ないマンションの部屋内に向かって呟く。

『ただいま、そしておかえり朝陽』

 銀が僕のくだらない呟きに言葉を返してくれる。

 やっぱり、一緒にいてくれる人というのはありがたい。

「おかえり銀」

 僕も銀の言葉に返す。 

 

 教科書やノートやらが入った鞄を部屋の床に放り、洗面所で手洗いうがいをする。

 今日の晩飯はなににしようかな、などと考えていたら。

 

 

 ――――ピーンポーン。

 

 

 この部屋のチャイムが鳴った。

 誰だろう?

 僕の部屋を訪ねてくる人なんて、勇者部の皆ぐらいしか思い浮かばない。

 というかそれ以外良く知った人がいない。

 今日やる分の依頼が終わって皆帰ったばかりなのに、僕に言い忘れた事でもあるのだろうか。

 でも、それならメールやらチャットやらで送ればいいことだ。

 なら何故? 別の誰かか? でもそれだと誰が?

「銀は、誰がくるか心当たりある?」

『アタシには無いな』

 銀にも心当たりは無いのか。 

 

 僕は訝しみながらドアの前に立つ。

 迂闊にそのままドアを開けることはしない。

 不安に思ったら、とことん用心しなければ。

 だから、声を掛ける。 

「どなたですか?」

 返答は、

 

「大赦の者です、話すことがあるのでやって参りました」    

 なんだ……大赦の人か……。

 ほっと息を吐く。

 声からして、四、五十代の男性だと思う。

 大赦は、最初は何かと怪しんで警戒してしまったが、そう悪い組織ではない。

 色々よくしてもらったし、むしろ疑ってしまったら失礼だ。

 だから何かしら僕個人に用があるんだと思って、ドアを開けた。

 

 そう、僕は、開けてしまったんだ。

 

 

 

 

 ――――――目の前に、銃口があった。

 

 

 

 

「――え?」

 意味が、解らなかった。

 頭が、真っ白になった。

 

 なんで、銃口が目の前にある?

 なぜ、仮面を付けた大赦の人が、拳銃を持っている?

 何故、それを僕に向ける?

 

 思考が、纏まらない。

 わけが、分からない。

 どういうことだ。

 混乱する。

 すると――

 

「お前の所為だ…………」

 

 煮え滾る業火の様な、憎悪の声が、目の前の仮面の下から聞こえた。  

 と、共に。

 

 殺気が膨れ上がった。

『朝陽っ!!』

「――――っ!」

 

 銀が叫んでくれなければ、危なかった。

 そうでなければ、突然の事態に放心していたところを無残にやられていただろう。

 

 銃声――。

 

 銀の声に放心から立ち直った僕は、咄嗟に横に飛び退いた。

 能力を一瞬だけ寸時に発動させたから、飛び退いた速度は常人をはるかに超えるだろう。

 だが、やはり弾丸の速度は侮れない。

 銀の忠言で早めに行動できてたとはいえ、この至近距離から発射された銃弾を完全に避け切ることは出来なかった。

 

 こめかみを抉り、血を撒き散らせながら通り過ぎていく銃弾。

 僕は全力で飛び退いた勢いのまま、狭い玄関の壁に激突した。

 

「つうっ……!」

 こめかみの痛みと、壁にぶつかった体の痛みで呻いた。  

 だが、このまま痛みに悶えている場合じゃない。

 直ぐに離脱しなければ呆気無く打ち抜かれてしまうだろう。

 

『朝陽っ、早く、逃げないとっ!』

「――わかってるっ!」

 言いながら後ろに跳ぶ。

 

 パンッ――

 

 再度拳銃の銃声が鳴り響く。

「ぐうっ……!」

 今度は、左上腕に銃弾がめり込んだ。

 その衝撃と痛みと動揺で、着地に失敗して尻餅をつく。

 けれど、飛び退けた事に変わりは無いので、リビングにまで来れていた。

 

 それでもまだ、玄関から一直線に障害物が無い状態だ。

 これでは敵の射程範囲内だ。

 

 横に転がりながら能力を完全に発動させようとする。

 だが、奴が引き金に力を入れるのにそう時間は掛からなかった。

 

 パンッ――

 

 またの銃声。

 転がっている最中の右足に被弾した。

「うぐっ……!」

 能力の発動が阻害され、漂い始めていた白い粒子は雲散霧消(うさんむしょう)した。

 

 酷くダメージを受けてしまったが、玄関からの死角には辿り着けた。 

 このまま奴がリビングまで乗り込んでくる前に、能力を完全に発動させて迎え撃つなり窓から逃げるなりしないと。

 

 僕は、逃げる方を選択した。

 立ち向かったところでこの傷ついた体で勝てるかもわからないし、そもそも殺さずに無効化とかできる自信が無い。

 バーテックスみたいな完全な化け物はともかく、人間を殺す事はできない。

 何の理由もなく、そう簡単には。

 

 能力を発動してさえいれば、マンションの高さぐらいは大丈夫だろう。

 だから直ぐに、その体に鞭打って立ち上がり、窓の方へ向かった。

 奴は後ろから足音を立て迫り来ている。

 もう一秒も無い。

 焦る。

 焦燥感と恐怖で心臓がバクバクと鳴っている。

 窓に辿り着くまでに剣を取り出し能力を発動させた。

 マフラーの粒子漂う空中に、僕の血が流れ落ちて嫌なコントラストを表している。

 

 涙が出てくる。

 なんで僕が撃たれなくてはならないんだ。

 信じるんじゃなかった。

 銃なんて持ち出してくる連中だった。

 大赦なんて、神なんか信仰してる組織信じるんじゃなかった。

 色々して貰ってるからといって、警戒を解くべきじゃなかった。

 僕は単純だ。

 だから足元を掬われる。

 そもそもして貰っていたと言ったって、全部場所とか物だ。

 なんだ、僕は物で釣られて懐柔された馬鹿か。

 なんなんだよ僕は、全然かっこよくない。 

  

 そして窓に辿り着き、開けている時間も無いと思い白銀の剣を横に薙ぎ、窓を破壊する。

 やっと脱出できる。

 逃げれると希望が差した。

 そう思った。   

 

 

 ――――窓の縁から、銃口が向けられた。

 

 

 他にも、いたのだ。

 大赦の刺客が。

 逃走ルートに選ばれるであろう窓の外に、上から体を命綱で吊って、抜かりなく別の者が待ち伏せていたのだ。

 完全に虚を突かれた僕は、対応できなかった。

 不意打ちに一瞬で対処なんて、僕にはできなかった。

 

 パンッ――

 

 僕の額に一直線に、銃弾が飛ぶ。

 終わる。

 その鉄鉛(てつなまり)が脳天を貫いて、血と脳漿を撒き散らし、何も成せずに僕は終わる。

 理不尽な終焉。

 それが現実。

 その、筈だった。 

 

 そう、筈、だった

 刹那――。

 

 

 

 ピロロ、リリリン。ピロロ、リリリン。

 

 

 

 不安を煽る、電子音。

 もう鳴る筈の無い、電子音。

 だが今の僕にとって、救いとなった電子音。

 

 ――樹海化警報が、狭い部屋に鳴り響いた。

 

 僕の視界の、数センチもない目の前で弾丸は止まっていた。

 あと少しで死ぬところだった恐怖と、助かった安堵とで体から力が抜け尻餅をつく。

 

「はぁ……はぁ……」

 全身からどっと汗が吹き出る。

 死ぬかと思った……。

 怖かった……。

 震えが止まらない。

 泣き叫んでしまいたい。

 でも。

 

 それでも僕は、強く在らないと……。

 そう在らないといけない。そう在りたいんだ。

 

『朝陽……』

 銀の気遣うような声が聞こえるが、今は荒い息を整えるので精一杯で、何も言う事ができない。

「はぁ……はぁ――」 

 

 息と心を整えていると、視界が白く染まった。

 

 

 

 視界が戻ると、そこには不思議な色合いをした樹海が広がっていた。

 いつもの、奴らと戦う結界である。

 人類最後の防衛線だ。

 まあいつものといっても、僕はここに来るのはまだ三回目だが。

 何回も来たいような場所ではないけれど。

 そもそもなんでまたこんなところに移動させられているんだ。

 もう戦いは終わったんじゃないのか。

 祝勝会までしたのに、空気読めよ。

 大赦もなんで僕を殺しに来たんだ。

 僕が何したっていうんだ。

 皆は無事なのだろうか。

 皆のところにも大赦の奴らが襲いに行っているかもしれない。

 だとしたら心配だ。

 といっても今は樹海、この近くにいるはずだ。  

 

 そうやって色々な思考を浮かべてみるが、やはり痛い。

 当然だ。三箇所も撃たれたのだから。

 むしろ三発喰らって、全部致命傷にはならない部分で済んだことは幸運だ。

 不幸中の幸いでしかないけれど。

 幸いといっても、この程度で済んでよかったといっても、痛いものは痛いんだ。

 まだ血がドクドクと流れ続けている。

 早く、止血だけでもしないと、まずい。  

 そもそも致命傷にならない部分といったが完全に素人判断だ。

 もしかしたら動脈が傷つけられているかもしれない。

 だとしたらやばい。

  

「朝陽くんっ!」

 友奈の声が聞こえた。

「また樹海に来ちゃったけど、バーテックスは全部倒し――――」 

「――朝陽くん大丈夫!?」

 友奈が東郷さんの車椅子を押しながら急いで近づいてくる。

 二人は怪我をした様子はない。

 良かった。無事みたいだ。

 そして僕のすぐ近くで膝を突く。

「酷い怪我、早く治療しないと!」

 こんなに狼狽して焦った友奈は、始めてみるかもしれない。

「でも応急処置ってどうしたらいいの東郷さん!?」  

 友奈が振り返って聞く。

「え、えっと、とりあえず止血しないと、ハンカチを出して、後それと太ももと頭の傷はハンカチじゃ長さが足りないから他の布を、といっても他の布なんて無いから私たちの服を破って使うしかないと思う。傷の洗浄は綺麗な水が無いから今はできないわ」

 東郷さんも動揺して、止血方法を並べる。

「東郷さん、銃弾がめり込んでるんだけど、そのまま布で覆っちゃって大丈夫なのかな……?」

 僕はそういう知識はあまり無いけれど、不安に思って尋ねた。

「銃弾!? だとしたら、戦場では壊死しないようにナイフで抉り出したりするって読んだことあるけど、でも素人がやっても危険なだけだし、やっぱりとりあえず止血するしかないと思うわ。後で急いで病院に行かないと……危ないかもしれない……」

 思ったよりもまずい状態だったみたいだ。

 良く考えたら銃で撃たれたんだし当然か。

 でもバーテックスを倒すまでは、戻る事はできない。

 

 東郷さんの話を聞き終わると、友奈と東郷さんは迷わず自分の服を引き裂いて、止血に当たってくれた。

 迷わずそんなことをしてくれるほど親しく思ってくれていることが分かって、凄く嬉しかった。

 左上腕に友奈のハンカチが巻かれ、右太腿と頭にはそれぞれの服の布が巻かれた。

 

 そうこうしている内に、他の皆もやってきていた。 

「朝陽!? どうしたのよその怪我!?」

 風先輩達もやはり驚き聞いてくる。

 もうここで大赦についても話してしまおう。

「えっと、聞いて下さい、僕は――――」

 でも、僕の言葉は中断された。

 

 視界の遠くに、あの無機物の様な化け物の姿が見えたからだ。

「――っ、来たわね。朝陽動ける!? 動けないなら後ろで待ってて! みんな、早く変身するわよ」

 風先輩がそう言い、皆変身していく。

 僕はもう大赦に襲われたときに変身済みだ。

 動けるかどうかは――分からない。

 だけど、動かざるを得ないだろう。

 

 襲来したバーテックスは、三体。

 既に合体しているような異形だ。

 いや、合体しているのか?

 というか、三体の内の一体、体の部分部分が、見たことがあるような気がした。

 僕はスマホを直ぐに取り出してアプリを起動させる。

 地図上に映し出された画面を見て、愕然とする。

 滅茶苦茶だ。

 

 映し出された画面には、山羊双子双子座、射手蟹蠍座、乙女牡牛魚座、と書かれたバーテックスの星座が表示された。

 三体合体バーテックスが、三体もいる。

 それに、全部もうすでに倒したバーテックスだ。

 双子座が二体いるのは、双子だからだろうか。

 意味が解らない。どうなっている。

 

『やっぱり、そうだったのか……』

「やっぱりってなに銀?」

 銀の呟きが引っ掛かり聞く。

『前回の戦いの時にいたバーテックスの一体、多分アタシ前に戦った事がある』

「え!? そうなの!? なんで言ってくれなかったのさ」

『あれで戦いは終わりって聞いてたし、気のせいかと思ったんだ。それに終わったなら終わったで、水を差したくなかった』

「そう、か」

 それでも、懸念事項なら言って欲しかったと思う。

 いや、言ったところで何かできたわけでもないか。

 どっちにしろ、後の祭りだ。

 そんなことは今はいい。

『あの牙みたいなのが手足になってる奴と、変な顔に(はさみ)と針が生えてる奴、前回と同じで合体してるよう見えるけど、多分二年前に戦った事があるやつと同じだと――――』

 

 

 それ以上は、聞けなかった。

 (はや)すぎた。

 いくらなんでも化け物過ぎる。   

 一瞬、瞬きをする前までは、まだ遠くにいた筈だ。

 なのに、瞬きの刹那の後、瞼を開いたら。

 

 ――目の前に、牙の四肢を持つ怪物が、迫っていた。

 

 両腕を振りかぶった姿勢で、いきなり直ぐ目前に現れたのだ。  

 僕は、動けなかった。

 何も、できなかった。

 ただ、その凶牙(きょうが)を受け入れる事しかできなかった。

 

 衝撃。

 

 身体が、グチャグチャにかき回されるような感覚。

 骨が全て粉々に粉砕されるような、虚無の感覚。

 表現しようの無い、滅茶苦茶な感覚。

 

 意識が、途絶した。

 

 

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