愚かな僕は勇者になれない   作:ソウブ

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二十四話 神速のバーテックス

「いやああああああああああああああああああ!!」

 叩き飛ばされながらも私は、自分に降りかかった衝撃ではない別のことに悲鳴を上げる。

 今、一瞬の内に起きたことが、信じられない。

 夢河くんがっ、夢河くんがっ……。

 し――

 

 そんなこと、考えたくない。

 そんなことあってはならない。

 落ち着くのよ東郷美森。

 彼は前にも完全な致命傷を受けても大丈夫だったじゃない。

 だから今度も大丈夫なはず。

 そう、大丈夫。夢河くんは死んだりしない。

 夢河くんは生きる。だから大丈夫。

 急いで、心を落ち着ける。

 今は、動揺していられる状況ではないから。

 

 先の急襲で、状況は芳しくない。

 牙の四肢を持った人間体の奇妙なバーテックス、それが私と夢河くんを叩き飛ばすと同時に、他の二体も攻撃を仕掛けてきた。

 その二体は私と夢河くん以外の皆に、それぞれ集中攻撃を仕掛け、片や動きを止め、片や吹き飛ばしに掛かってきた。  

 私たちは見事に分断された。

 

 私と夢河くん、友奈ちゃんと夏凜ちゃん、風先輩と樹ちゃん。

 ご丁寧に二人ずつ。

 だから今、あの凄まじく疾いバーテックスを私は対処しなければならない。

 動揺している場合じゃない。

 そんなことしていたらあっという間に殺されてしまう。

 精霊のバリアがあるから死ぬ事はないと信じたいけど、過信は禁物だ。

 

 私は空中で、精霊の――不知火(しらぬい)の力を使って――短銃を現出させる。  

 中距離銃と長距離銃よりは、今の状況に適している。

 敵は、途轍もなく疾い。だから、今はとにかく攻撃を当てて近づけさせないようにするのが先決だ。

 そのため、一番軽く、取り回しの利きやすい短銃が丁度良い。

 

 即座に照準をバーテックスに定め、撃ち放つ。

 空色に光る弾丸は、その不気味な姿目掛けて寸分の狂い無く飛翔していく。

 だが、バーテックスの姿がまるで消えてしまったかのようにその場からいなくなる。

 あまりにも容易く、避けられた。

 まさしく神速だ。

 まるで当てられる気がしない。

 こんな化け物に、どうやって勝てと。

 周囲を一目で見回すが、何処にいるのか分からない。

 

 刹那――影が差した。

 ――上。

 振り向く間も無く、凄まじい衝撃が奔る。

 牙のような腕を真上から叩きつけられ、吹き飛ばされる。

 パシッ。

 カラスが罅割れるかのような音が、鼓膜を打った。

 地面に勢いよく叩きつけられ、精霊のバリアに守られてはいるが、少しバウンドし、また衝撃が体に伝わる。

 その衝撃に、呻く。

 だが呻いている時間も無い。敵の姿を視界に捉えようと、目を向ける。

 敵よりも先に視界に入ったものに、驚愕する。

 見ると、今まで傷一つ付かなかった、強力無比を誇っていた精霊のバリアが(ひび)割れている。

 さっきの音はこのバリアが罅割れる音だったのだ。

 ありえない。今までのバーテックスの攻撃を受けても、必ず防げていた精霊のバリアが、たった二回の攻撃で罅割れるなど常軌を逸している。

 この神速のバーテックスは、それほどまでに強大だというのか。

 神速のごとき疾さ、精霊のバリアを罅割らさせる程の剛力。  

 今までのバーテックスとは、違う。

 そう思い知らされた。

 怖い。

 精霊のバリアが敗れてしまったら、絶対に安全ではなくなる。

 死んでしまうかもしれない。

 でも、ただ怯えているだけの時間を、与えてはくれなかった。

 

 ――また一瞬で目の前に現れる神速のバーテックス。

 銃を構える時間も与えられなかった。

 この攻撃を受けたら、もうバリアが持つかは分からない。

 それでも、刹那の後に来るであろう衝撃に備えることしかできない。

 

 心は、不安と焦りと恐れに、満たされていた。

 

 

 

 

 虚無だった身体の感覚が、戻っていく。

 純白の光に、包まれている。

 バラバラな骨も、無茶苦茶に断裂した筋繊維も、元の形に修復されていく。 

 銃弾は摘出され、正常な健康体に戻っていく。 

 

 そうして僕は、全くの無傷の、完全回復を果たした。

 まるでRPGの、全回復魔法でも使ったように。

 いや、この場合は『使われた』か。

 自分の意思でそうできたわけではない。ただそうなっただけだ。

 僕自身は、完全にあの時死んだと思った。 

 だけど、こうして僕は生きている。

 生かされている。

 何か得体の知れない力に。

 死ぬよりはいいけれど、勝手に体を弄くられているようで気分の良いものじゃない。

 

『朝陽、大丈夫か……?』

 銀が心配そうに声を掛けてきた。

「僕は大丈夫だよ、それより銀は何か異常ない?」

 さっき身体が滅茶苦茶になって死に掛けたのだ、前にも確認した事があるが、銀の存在に何か問題が起きていないか心配になった。だから今回も聞いた。

『アタシは問題ないよ』

「それならよかった」

 

 直ぐに話を切り上げて、今の状況に思考を巡らす。

 戦場では一分一秒が命取りになるのだ。

 死の恐怖なんかに、怯えている時間もない。

 今はそんなもの、忘れればいい。

 現実感のないこの状況なら、感覚が麻痺してるから気にしないようにすればいい。

 皆は、どこだ。

 戦っているはずだ。僕も一緒に戦わないと。

 直ぐに辺りを見回すが、見えるのは樹海の根ばかり。

 そうだ、スマホで連絡を取ればいいんだ。

 みんなで話せる通信機能があったはずだ。

 

 だけれど、、皆からの通信は今聞こえない。

 そんな余裕がないのか?

 確かに戦闘中に通信なんてできるほど、今回の敵は甘くないように思える。

 僕は一瞬でボロ雑巾みたいにされてしまったし。

 それはともかく。

 皆どこに――

 

 ――東郷さんが、上から落ちてきた。

 叩き付けられるように。

「あ――」

 守らないと。

 絶対に僕が、守らないと。

 皆だけは、失いたくないんだ。

 そう思った瞬間――。

 

 白い粒子を漂わせ、(なび)いていたマフラーが唐突に弾けた。

 粒子が空中で広がり、粒の様な形状から薄い光へと変わっていく。

 その白い光が、体に纏わり付き、浸透していく。

 身体が、存在が、作り変えられていく感覚。

 そうして。

 

 僕の身体は、先とは別物へと()った。

 

 その間、刹那の出来事。

 体に白銀の光を纏い、僕は東郷さんの元へと一瞬で跳び走る。

 その動きは、正に超越した疾さ。

 超速だ。 

 人間から別次元へと逸脱した、超越の疾さ。

 そして、その速さに耐えうる身体強度。

 さらに、高速の戦いに対応するための目と、卓越した剣術と戦闘技能。

 それがこの、僕の作り変えられた体の主な機能だ。

 

 剣術と戦闘技能が入り込んでくる感覚は、言いようもない気持ち悪さがあった。何しろしたことのない経験が、勘が、混ぜ込まれたのだから。

 普通なら、ただの常人が凄まじい速さを手に入れても、視界も見えないほど目まぐるしく変わり、行動の判断が直ぐに出来ずに無用の長物のなるだろう。

 だが、僕の作り変えられた身体はそんなところもカバーされているらしい。

 馬鹿げているにも程がある、ふざけた力だ。

 こんなんじゃ、鍛錬をした意味があるのかももう分からない。

 だが在るのなら、思う存分に利用させてもらうだけだ。

 一秒も経たない内に、東郷さんの元へ辿り着く。

 その直前。

 

 牙の四肢を持つバーテックスが、東郷さんの直ぐ傍に出現した。

 僕には見えていた。

 奴は、神速で以って東郷さんの前に現れたのだ。

 凶牙を振り下ろすバーテックス。

 東郷さんを殺すために振り下ろされる。

 

 そんなことはさせない。

 僕はそのときが訪れる前に、その間に割り込む。

 白銀の聖剣を(かざ)す。

 激突。

 バーテックスの凶牙と、僕の聖剣が甲高い音を鳴らしてぶつかり合った。

 だが、今までのようにバーテックスの装甲を破壊する事はできなかった。

 ただ、武器と武器同士が()ち合う。その現象だけが起こった。

 武器ではなく体にそのまま直撃したら、僕なんて一瞬で肉の塊へと変えられてしまうだろう剛撃。

 このバーテックスは、今までのバーテックスとは違う。

 お互いの武器の、一度の交わりだけで、そう理解した。 

 これでは、みんなとスマホで通信できる余裕なんてない。

 みんなの方の敵も強力なのだろう、だから通信が全く音沙汰なかったのだ。  

  

 剣と牙を弾き合って、僕と奴は距離を取る。

 その間に東郷さんが起き上がってきた。

「ありがとう夢河くん」

 僕は東郷さんの言葉に答えようとした。

 出来なかった。

 バーテックスが神速で距離を詰めてきたからだ。

 振るわれる牙の腕を剣で受け止める。

 横に薙いでくるもう一方の腕を、無理矢理最初の牙を受け流しながらまた剣で受け止める。

 だが、さらに脚の牙を奴は叩き付けてきた。

 受け止めていた腕を強引に弾いて、その剛脚の前に出す。

 前に出せただけで、今度は、しっかりと力を入れれなかった。

 叩き飛ばされる。

 体を倒れさせないように、なんとか姿勢を維持しようと地面に足を付け、引き摺る。

 だが、それは隙になる。

 神速でバーテックスは僕の前に躍り出てくると、その剛牙を突き出す。

 

 銃声が、鳴り響く。

 バーテックスは、避けるために攻撃を中断して体を捻った。

 東郷さんの援護射撃だ。

 助かった、けれど、驚愕する。

 奴は、スナイパーライフルの弾を、避けたのだ。

 それも、撃ち放たれた後に。

 正に、神速のごとき疾さだからこそできた芸当だろう。 

 

 だが。

「僕も、速さにおいては他の追随を許さなくなったんだよね」

 己の作り変えられた体を自負し、鼓舞する。

 今度は此方(こちら)から、奴へと距離を詰めた。

 奴が神速なら、僕は超越した速さ、超速だ。

 振り下ろした白銀の剣を、神速のバーテックスはその剛牙で以って受け止めてくる。

 凄まじい膂力だ。此方から振り下ろしたのに押されそうなほど。

 それでも、体重を掛け上から攻撃した僕の方に分があった。

 牙を弾き、超速の白閃を何度も奔らせる。 

 その(ことごと)くを、このバーテックスは神速で対応してくる。

 超速と神速の剣戟が繰り広げられる。

 

 ここまでやっても、一撃も奴へは届かない。

 何しろこのバーテックスは、両腕も、両足も、武器なんだ。

 攻撃が通る箇所は、胴体、肩、頭だけだ。

 三箇所もあれば十分かもしれないが、奴にはその四肢の牙がある。

 それで防がれては、そう簡単に剣を届かせてはくれない。

 

 高速の剣戟を続ける僕とバーテックス。

 そのコロシアムに、一石が投じられた。

 東郷さんの狙撃だ。

 この、お互いにお互いの剣筋に集中している剣戟の最中なら、命中するはず。

 そんな確信を持って放たれた弾丸だったのだろう。

 だが――。

 

 この超速と神速の剣戟の中で、バーテックスは、

 風を切って飛来した弾丸を、避けたのだ。

 それでも完全に避ける事はできなかったようで、肩を抉りはした。

 だが、それだけだ。奴に大したダメージは入っていない。

 驚嘆に値するほどの神速。このバーテックスはどれほど疾いのか。

 

 だけれど、奴は避けた刹那に隙ができた。

 一瞬ほどしかない隙だろう。

 だが、その一瞬さえあれば、超速の僕にとって大きな隙だ。

 神速、それは結構。けれど僕も超速だ。

 

 手に持った白刃(はくじん)を幾重にも奔らせる。

 バーテックスの装甲に、命中していく。

 今度は奴が、吹き飛ぶ番だ。

 白刃の猛攻により、吹き飛ぶバーテックス。

 装甲も所々破損している。

 ここでやっと、奴に一矢報いれたのだ。

 

 そう、一矢報いれた。

 その事実が、仇となってしまった。

 油断してしまったのだ。

 奴に攻撃が当たり、勝機が見えたことで。

 一呼吸、置いてしまったんだ。

 

 緑光弾(りょくこうだん)の雨が、正面から迫る。

 牙の四肢を持つバーテックスは、人間でいう口の辺りにある射出口から、吹き飛ばされながら機関銃のごとき弾雨を吐き出してきた。

 隙を突き返された上に、無数の緑光弾だ。

 避けられない。

 雨を避ける事ができるものがいないように、この光弾の雨を完全に避ける事は出来ない。     

 

 ――だが。

 だけれど。

 それでも。

 乗り切れる筈だ。

 今の僕なら。

 こんなところでやられてたまるか。

 超速となった僕を舐めるな。

 強引にでも、突破してやる。

 

 その手に携えた白刃を、超速で振るい続ける。

 雨の一滴一滴を切り消していくように、緑色の光弾を消滅させていく。

 縦横無尽に奔る白閃。

 それは、あたかも光の壁のようだった。

 だけれど、全てを斬れているわけじゃない。

 斬り漏らした緑光弾が、体の方々に掠りぶち当たり、消耗していく。

 破壊力は奴の牙の剛撃ほどではないから、まだ耐えられている。

 それでも血は出る。骨に皹が入る。

 僕の体力か、バーテックスの緑光弾か。

 どっちが先に尽きるかの勝負だ。

  

 果たして結果は。

 銃声。

 僕の、いや僕達の、勝ちだ。

 なんとか弾雨を乗り切れた。

 東郷さんの援護射撃のおかげで、弾雨を途切れさせる事に成功したのだ。

 その間に僕はバーテックスに肉迫する。

 奴は弾を大量に撃って途切れたところに隙が出来ている。

 接近するのは簡単な筈だ。

 

 ――されど、窮地はやって来る。

 弾が一旦途切れた筈の発射口から、放たれる光。

 レーザーじみた怪光線が、眼前に迫り来る。

 僕は奴に肉迫するために、勢いを付けて跳んでしまっている。

 避ける事など、出来なかった。

 身体全体に凄まじい衝撃が奔る。

 咄嗟に剣を盾にしたが、怪光線に叩き飛ばされ、錐揉(きりも)みしながら地面に落ちる。

「ぐっ、うっ……」

 樹海の木の根に落ちた痛みに、呻く。

 内臓が何個かイカれたような気がする。

 骨も何本も折れている。

 直ぐに、立てない。

 それほどの攻撃を受けた。

 だけれど、それを待ってくれるほどバーテックスに人情なんてものはない。

 僕を確実に滅殺しようと、神速で迫り来る牙の四肢を持つバーテックス。

 

 その姿は、命を刈り取りに来た天からの使者そのものだった。

 

 

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