私は、遠く正面にいる敵を見据える。
前に戦った事があるような気がする見た目の、バーテックスだ。
美術館に飾られている様な変な顔に大口が開いた本体に、右腕の様に伸びるエビみたいな尻尾にその先に光る鋭い針。左腕にカニの鋏が三本合って、白い板の様なものが後ろに六枚浮いている。
ヘンテコな姿だ。
そんなことより、東郷さんが心配だ。
さっき、バーテックスに一斉に攻撃された後に大きな悲鳴を上げていた。
何かあったのかもしれない。
大怪我を負ったのかもしれない。
それに、他のみんなとも分断されてしまった。
みんな心配だ。
助けに行きたい。
今すぐにでも行きたいけれど。
「友奈、来るわよ!」
バーテックスの口から放たれた、無数の光の矢が襲い来る。
「――っ」
夏凜ちゃんの声に行きたい気持ちを一旦落ち着け、光の矢を横に飛んで避ける。
みんなのところに行きたくても、あのヘンテコなバーテックスが私たちに攻撃を集中させてる今、この目の前の敵を倒さない限り皆と合流することはできない。
スマホで通信をしようとしても、その隙を突かれてしまうだけだろう。
だから夏凜ちゃんと一緒にあのバーテックスを倒して、皆を助けに行く。
それが、今やるべきこと。
二人で、走り出す。
バーテックスは遠くにいる、何百メートルかくらい先だ。
まずは近づかなければ、攻撃を当てる事もできない。
私は近接格闘、夏凜ちゃんは二刀流の刀使いだ、遠距離攻撃は不可能。
だから何はともあれ、接近する必要がある。
すると、バーテックスは背後にある六枚の白い板を様々な場所に放ち、展開させた。
それを見て、気づいた私は夏凜ちゃんに言う。
「夏凜ちゃん、あの板は反射板だよ! 矢を反射させてくると思うから気をつけて!」「わかったわ!」
以前戦った、見た目が似ているバーテックスがそんな戦法を取ってきた事を、反射板を見て思い出した。
あの時は、二体のバーテックスが協力してその戦法をした。
今回は一体だけだ。
やっぱり合体バーテックスなのかもしれない。
スマホで確認する前に戦いに入ってしまったから、確信出来ないけど。
でも、そうだとしたら二人で倒すのは厳しいぐらいの強敵だ、気を引き締めないと。
予想したとおり、バーテックスは光の矢を連続で反射させて襲い掛からせてきた。
避けながら、走る事は止めない。
だけど、分かった事がある。
あの光の矢、前よりもかなり速い。
反射板から軌道を変えてくる事が分かっていたのに、掠ってしまったほどだ。
精霊のバリアで防いだから、無傷だけど。
それに威力も上がっている。
外れた矢は、地面を小さなクレーターの様に穿った。
樹海が傷付いている。
早く倒さないと。
矢は速いけど、なんとか少し体を掠った程度で済ませられたまま、徐々に近づけている。
勇者システムの力は凄くて、何百メートルの間を埋めるのなんて直ぐだ。
このまま、一気に肉迫する。
と、そう考えた一瞬後に。
ヘンテコな見た目をしたバーテックスの、右腕の鋭い針。
その先端が、白く、光った。
私と夏凜ちゃんは、閃光の眩しさに目を背けてしまう。
失敗だった。
思わず目を背けてしまったけれど、そうするべきじゃなかった。
巨大な白い光弾が、迫る。
バーテックスは、針の先端から白い光弾を生成して、放ってきたのだ。
光の矢ほど速くは無かった。
でも、閃光に目を背けてしまったのと、同時に光の矢も迫り来たことで、避けられなかった。
光の矢を咄嗟に避けたところで、二人とも白い光弾をまともに喰らってしまった いつものとおりに精霊のバリアが一瞬で展開される。
激しい衝撃。
これもいつもどおりに、痛みは無い。
精霊のバリアが振動する。
吹き飛ばされる。
二人とも立ち上がった時には、吹き飛んだ事で敵との距離がそれなりに引き離されてしまった。
簡単に近づけない。
徹底的な遠距離型だ。
どうにかして接近しないとこのまま何も出来ずにやられてしまう。
作戦は。
考えてみる。
何も思いつかない。
それでも、こんなところで負けられない。
「友奈! この程度でへばったわけじゃないでしょうね!」
「もちろんだよ!」
夏凜ちゃんもやる気マンマンだ。
「気合入れていくわよ!」
「うんっ!」
また二人で、走り出す。
「はああああっ!」
夏凜ちゃんは裂帛の勢いで白い光弾を切り裂く。
私も、負けてられないっ。
「勇者パンチ!」
襲い来た巨大な光弾に拳を打ちつけて消滅させる。
二人で協力して、怒涛の勢いで駆けて行く。
自然と私たちの息は、ぴったりだった。
私が光の矢を避けて白い光弾に対処できない時、夏凜ちゃんが割って入ってその光弾を切り裂いて守ってくれる。
夏凜ちゃんが光の矢を避けて白い光弾を避けれない時、今度は私が割って入って光弾を拳で霧散させて守る。
そうやって、どんどんバーテックスとの距離を縮めていく。
無傷とは行かず、光の矢も、白い光弾も当たってしまったけど、精霊のバリアがあるからなんとか進めれた。
もう直ぐ、辿り着く。
バーテックス本体へ攻撃の届く範囲まで。
早く倒して、皆と合流するんだ。
そうして、バーテックスとの距離はもう、後二十メートルぐらいへと――
その時。
あと一っ跳びでバーテックスに肉迫できるというその瞬間。
赤いレーザーが反射板から放たれたんだ。
え!? あれって反射するだけじゃなかったの!?
私と夏凜ちゃんはそんな風に驚いた。
完全に不意打ちだ。
今から避けたくても、避けられない。
私は来る衝撃に身構えた。
でも。
衝撃は、やってこなかった。
視界に差す影。
翻る赤い衣装。
夏凜ちゃんが、私の前に出ていた。
「ぐううっ……!」
夏凜ちゃんは赤いレーザーに正面から当たって吹き飛ばされる。
私を庇ってくれたんだ。
「夏凜ちゃん!」
叩き飛ばされ、倒れた夏凜ちゃんの方を向いて叫ぶ。
見ると、強力な精霊のバリアに皹が入っていた。
うそっ、と驚愕してしまう。
精霊のバリアは壊れない。それが私達の認識だったはず。
その認識が、音を立てて崩れ去っていく。
精霊のバリアは、絶対ではないんだ。
すると、降ってきた感情。
恐怖が、湧き上がった。
だって、今までは、絶対安全な精霊のバリアがあったから、精神的に楽な部分があったんだと思う。
――ううん、楽な部部分があったどころじゃない。そのおかげで、死の恐怖をあまり感じずに来れたのだ。
でも、精霊のバリアが絶対ではなくなってしまった。
死んでしまうかもしれない。
それは、怖い。
――――――――――でも。
今は、そんなこと言ってられない。
時間が無いんだ。
無理矢理に恐怖を押し込めて、いつもどおりに戦えばいいだけだ。
今はそうするしかない。
だって、大切な人達が死んでしまう方が、よっぽど嫌だから。
夏凜ちゃんが心配でならない。
今すぐに助けに行かないと。
死の恐怖なんかより、夏凜ちゃんが傷付いてしまう方が嫌だ。
夏凜ちゃんへ向けて、走り出そうとした。
けれど。
「友奈! 今が攻撃を当てるチャンスよ! 私に構わず早く行きなさい!」
夏凜ちゃんは、鬼気迫る表情でそう叫んだ。
確かに、今が最大のチャンスだ。今すぐに行動しなければ次は無いかもしれない。
だけど。
だけど。
私は勝つために仲間を置き去りになんて出来ない。
そんなことして勝っても、意味がない。
誰かが傷付いたら、駄目なんだ。
誰かが辛い思いをするぐらいなら、私が頑張るって決めたんだ。
「友奈!! 早く!!」
夏凜ちゃんがさっきよりも強く叫ぶけど、私は聞かない。
チャンスはもうやって来ないかもしれないけれど、来る可能性も無いわけじゃないんだ。
勇者部五箇条の一つ、なるべく諦めない。
そして、さらに一つ、なせば大抵なんとかなる。
チャンスなんて、自分でもう一回作ればいいんだ。
結論を自分の中で出して、夏凜ちゃんの元に走り出す。
「バカ!」
夏凜ちゃんが怒ってるけど、許して欲しい。
私は、こうするって決めたんだ。
後でにぼしをプレゼントしようかな。
それに、考えてた時間で既に攻撃できる時間は無くなっちゃってたけどね。
直ぐに決められなかった時点で、夏凜ちゃんを助けに走る以外に選択肢は無かったんだ。
赤いレーザーが、倒れた夏凜ちゃんに続けて放たれる。
「夏凜ちゃんを、傷つけるなあああああ!!」
振りかぶった拳を、赤いレーザーへと思い切り叩き付けた。
離れて直ぐ、元居た場所に次のレーザーが来て地面を抉った。
「バカ友奈! どうすんのよ!」
怒ってるからなのか、顔を赤くして声を上げる夏凜ちゃん。
「夏凜ちゃん」
「なによ」
「夏凜ちゃんは一回のチャンスを逃したぐらいで、私達が負けちゃうと思うの?」
はっとした顔をした後、不敵な笑みを直ぐに浮かべて。
「そんなわけないじゃない。私が、私達が、一回どころか何回のチャンスを逃したところで、負けるはずがない!」
「そのとおりだよ夏凜ちゃん!」
私も、その笑みに笑って返した。
瞬間――
私達の動きが、鈍った。
疲労とか、痛みとかじゃない。
もっと別の、外的要因。
体を包む、変な感覚。
まるで雲の中にいるような、不思議な浮遊感。
人一人分の大きさはある複数の泡が、私達を包んでいた。
いつの間に!?
敵の罠に掛かってしまった。
気づかない内に、普通ではない泡が私達の動きを止めていた。
――そして、
まるで辺り一帯が夕焼けに染まった様に見えた。
破滅を感じさせる、夕焼けの様な光。
バーテックスが、その大口から橙色の巨大光線を撃ち放ってきたんだ。
このまともに動けない状態じゃ、到底避ける事は出来ない巨大さ。
だから私は、巨大光線に背を向けて、抱えていた夏凜ちゃんを強く抱きしめた。
そうして目に写る夕焼け色が、最大限まで明るくなった瞬間。
目が回っちゃうような衝撃が、私の体を駆け抜けた。